2009.11.14

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

北朝鮮による核開発をどのようにして止めさせるのか

、 北朝鮮は核開発問題を解決するための6者協議の途中で、これまで二回の核爆発実験を行いました。2006年7月と2009年5月のことです。 北朝鮮の弾道ミサイル発射や核爆発実験を非難する安保理決議に対して、北朝鮮は 「二度と絶対に6者協議へ参加しない」 と表明しています。 北朝鮮はもはや外交交渉により、核兵器と核兵器開発計画を断念せず、米国との間で核軍縮交渉を行おうとしているのでしょうか、 それとも断念させることができるのでしょうか。専門家の間でも意見が分かれていると思います。 むろん私は6者協議の枠組みで断念させることができると考えています。 これまでの北朝鮮核開発を巡る16年間の歴史をざっと振り返ってみましょう。

、 北朝鮮は85年にNPTへ加盟します (IAEAの保障措置協定は未締結)。ソ連による軽水炉建設支援を期待したからです。 ところが、肝心のソ連は韓国と国交を結び、後ろ盾の中国も韓国と国交を結びます。 さらにソ連が崩壊し、いわば二階に上がったはしごをはずされた格好で国際的に孤立した北朝鮮は、対米安全保障のため、核兵器開発に動き始めます。 他方で北朝鮮は米・日・韓との関係改善にも動きます。90年12月北朝鮮は韓国との間で 「朝鮮半島非核化宣言」 を調印します。 ブッシュ (父) 政権が91年に海外配備の戦術核をすべて米本土へ引き上げる決定をし、在韓米軍の核兵器も撤去したことから、 北朝鮮は92年に IAEA保障措置協定 (査察協定) を締結し、米朝高官協議も始まります。
  93年1月に発足したクリントン政権は、国防戦略として 「拡散対抗戦略」、「ならず者国家ドクトリン」 を採用します。 これは、ブッシュ政権1期目の国防戦略と極めて類似したもので、大量破壊兵器と運搬手段 (弾道ミサイル) の拡散に対しては、 核兵器を含む先制的軍事攻撃で阻止するという政策を含むものでした。「ならず者国家」 とは、湾岸戦争で敗北したイラクのような、反米地域軍事大国のことです。 北朝鮮はその筆頭です。「ならず者国家」 こそが冷戦終結後の米国にとって、ソ連に代わる最大の脅威としたのです。 IAEA の査察により核開発疑惑が出て、査察を拒否した北朝鮮は、まさにこの軍事戦略を最初に適用したケースとなりました。 北朝鮮による核開発疑惑に対して、クリントン政権が採った軍事的な強硬路線に対して、北朝鮮は93年3月 NPT 脱退宣言を行います。 米国が軍事的威嚇で北朝鮮核開発問題を解決しようとした結果、94年春以降第二次朝鮮戦争の瀬戸際となり、米国は戦争を決意し、 装備と兵員を増派したのです (第一次核危機)。しかしこの危機は、カーター元大統領の訪朝と金日正とのトップ会談で急速に収束し、 10月には米朝ジュネーブ合意 (枠組み合意) が成立します。 その後、北朝鮮の核開発問題を巡り、第二次、第三次と危機が発生しますが、94年の危機に至る経過と類似の経過をたどります。

  第二次核危機は、2002年10月ピョンヤンでの米朝高官協議の際、北朝鮮がウラン濃縮による核計画を認めたとした (北朝鮮は否定) ことから、 米国がジュネーブ合意による重油支援をうち切ったことに対し、北朝鮮は凍結中の核施設を再稼働し、NPT 脱退宣言を行いました。 米朝双方が強硬路線を突き進むことになります。しかし、中国の仲介で2003年4月から3カ国 (米・朝・中) 協議、同年8月から6者協議が始まり、 2005年9月共同声明に合意します。 しかし、同時期に米国が北朝鮮に対して金融制裁を始めたことから、共同声明具体化のための6者協議は暗礁に乗り上げます。 北朝鮮は、2006年7月初の核爆発実験を行い、同年10月7発の弾道ミサイル発射実験を行います (第三次核危機)。 金融制裁で苦況に陥り、停滞した6者協議を進展させるための北朝鮮による瀬戸際政策といえます。

  強硬路線がかえって核開発問題を深刻化させたことから、ブッシュ政権は北朝鮮政策を対話路線へ切り替え、6者協議が再開され、 2007年2月共同発表文 「初期段階の措置」 へ合意します。これは、05年9月共同声明を具体化させた北朝鮮非核化のロードマップです。 その後非核化措置の検証を巡る米朝対立を解消できないままブッシュ政権は任期を終え、オバマ政権となります。 オバマ政権が北朝鮮に対して有効なアプローチをなかなか採らない中で、北朝鮮は2009年4月ロケット発射 (人工衛星打ち上げの失敗)、 5月第二回目の核爆発実験を行います (第四次核危機)。

、 このように、北朝鮮は米朝関係が緊張し自らの安全保障への危機を感じたときに、核開発を大きく進めてきました。 なぜ北朝鮮は自らの安全保障のため、危険な核開発を進めるのでしょうか。私はこの問いに対して次のように考えています。 北朝鮮は朝鮮戦争時の原爆攻撃の脅威を受けてきました。その後92年に韓国から米国の戦術核兵器が撤去されるまでの30年以上、 北朝鮮は核攻撃の脅威にさらされていたことを理解することが必要です。北朝鮮は自らの安全と体制の存続のため、核兵器を保有しようとしてきたのではないでしょうか。

、 では、北朝鮮の完全な非核化とはどういうことでしょうか。NPT への復帰と IAEA 保障措置協定の完全な履行、包括的核実験禁止条約 (CTBT) 批准、 平和利用目的以外の核施設と核計画の廃棄、保有核兵器の廃棄と核実験場の閉鎖です。
  北朝鮮はこれに応じるでしょうか。私は外交交渉により北朝鮮の完全な非核化は必ず達成できると思っています。

、 金正日にとって何が最も重要な目的でしょうか。北朝鮮の体制保証と経済発展であることは誰も異論はないでしょう。 だから強硬な政策によりこの二つの目的を阻害すれば、北朝鮮が屈服してこちらの要求を受け入れるという主張が他方であります。 しかし北朝鮮はそうならないということは、これまでの16年間の核開発問題を巡り繰り返された歴史が物語っていると思います。 長年北朝鮮問題を見てきた私の目には (北朝鮮問題の専門家ではありませんし、情報は限られていますが)、北朝鮮は極めて自尊心の強い国柄に見えます。 国際的に孤立すればするほど、この個性を強烈に出します。圧力に屈服することは北朝鮮にとっては絶対に耐え難いことでしょう。

  私は、圧力 (とりわけ軍事的圧力) により北朝鮮を屈服させる道を選択するのではなく、北朝鮮にとって最重要の目的を得させながら、 完全な非核化を含む北朝鮮問題の包括的な解決の道筋をつけるという外交交渉によるしか方法はないと思っています。 国際紛争を外交により解決するということは、お互いにウィン・ウィンの関係を築くことです。

、 北朝鮮の体制保証と経済発展のためには、米朝・日朝の国交正常化、朝鮮戦争終結のための平和条約締結 (米、中、韓と北朝鮮が当事者)、 米国による消極的安全保障の法的誓約、不可侵条約締結、経済制裁解除と経済支援などが必要でしょう。
  北朝鮮が核開発計画や核兵器・核施設を完全に廃棄することを促すために、有利な条件が生まれてきています。 北朝鮮は、米国など5カ国には核兵器保有を認め、その他の加盟国には認めないという核不拡散条約 (NPT) の不平等性を非難してきました。 米国は北朝鮮に対して核攻撃を計画しているのに、北朝鮮が核保有して何が悪い、そもそも核兵器を禁止する国際条約など存在しないなどと主張しています。 核兵器が国際法上禁止されていないという点には、私は同意しかねますが、少なくとも米国も北朝鮮と同じ主張をしています。 米軍の核作戦文書には必ずといってよいほど、核兵器の使用は国際法で禁止されていないという文言が登場します。 米国の主張を前提にすれば、北朝鮮の主張は間違っているとはいえません。同類なのです。

  NPT が本質的に不平等な条約でありながら、現在190カ国とほとんどの国家が加盟している理由は、NPT のグランド・バーゲンが背景にあります。 NPTのグランド・バーゲンとは、核兵器国と非核兵器国との間での、核軍縮、不拡散、平和利用の権利の保障についての包括的取引のことです。 この三つがきちんと守られることで、初めて NPT の正当性が出てくるのです。 これに加えて、NPT では条文化されませんでしたが、条約締結交渉段階から非核兵器国は核兵器国に対して、核攻撃を行わないという消極的安全保障を求めてきました。 95年 NPT 再検討会議の結果 NPT は無期限延長されますが、その際核兵器国は共同声明を出して、非核兵器国に対する消極的安全保障を約束しました。 2009年9月歴史上初の安保理首脳会議で採択された1887号決議 「核兵器のない世界」 のなかで、 やはり、消極的安全保障が核不拡散体制を強化することを確認しています。

  グランド・バーゲンのどの要素を強調しすぎても、核不拡散体制は弱体化します。ブッシュ政権が、核軍縮義務は既に果たしている (存在しない) として、 2000年5月 NPT 再検討会議では不拡散問題に焦点を当てようとしたため、会議は分裂したことや、その後核兵器を巡る情勢が不安定化したのはその好例です。

、 前置きが長くなりましたが、なぜ今有利な条件が生まれてきているのかといいますと、 オバマ政権のイニシャチブにより、NPT のグランドバーゲンを蘇らせているからです。オバマ政権は誕生したときから 「核兵器のない世界」 を目標にしていました。 4月6日プラハ演説の内容は、1月にホワイトハウスホームページに掲載されていた 「オバマ・バイデンアジェンダ」(オバマ政権の政策) に登場していたものです。 プラハ演説は更にその内容を発展させたものとなっています。 さらに、安保理首脳会議を呼び掛けて自ら議長となって1887号決議を採択させ、同じ日に国務長官クリントンは、 包括的核実験禁止条約 (CTBT) 発行促進会議に10年ぶりに参加して、早期発効に向けた決意表明を行いました。 また、米ロの STARTJ 後継条約の年内締結を果たすため、東欧へ配備しようとしていたミサイル防衛システムの配備計画を撤回しました。 オバマ政権は発足時から 「核兵器のない世界」 に向けたイニシャチブを周到に準備してきたといえるでしょう。

  オバマはプラハ演説の中で、NPT のグランド・バーゲンを正当に評価しています (「The Basic Bargain is Sound」 と述べています)。 核超大国の米国がこのように大きく変化しようとしている状況に、必ず北朝鮮も応えてくるはずです。

、 私は、米国がオバマ政権の 「核兵器のない世界」 を北朝鮮政策へ生かして、北朝鮮に対して体制を保証し、米朝の国交を正常化し、 消極的安全保障の法的な誓約をし、北東アジア非核地帯に賛成し、北朝鮮の核平和利用の権利を認めるなら、これまで6者協議では困難なテーマとして、 合意に至らなかった高濃縮ウラン (HEU) 計画・ CTBT 批准・核兵器廃棄と核実験場の閉鎖を交渉テーマとする可能性があると考えます。 その鍵を握っているのは他ならぬ日本です。この点は次回に述べるつもりです。

、 ではどのようなプロセスでこれを実現すればよいのでしょうか。現実的には6者協議の枠組みを再開することが最も適切でしょう。 北朝鮮は 「二度と絶対に参加しない」 と言っていますが、その後態度を軟化させています。米朝高官協議が年内にも開かれる見通しです。 予断は許しませんが、6者協議再開の見通しは十分にあると思えます。6者協議が再開され、2005年9月共同声明を踏まえた非核化のプロセスを進めるのであれば、 米国は体制を保証し、米・日と北朝鮮国交正常化、朝鮮戦争終結のための平和条約締結、消極的安全保障の法的誓約、不可侵条約締結、経済制裁解除、 と経済支援、核の平和利用の権利を保障して軽水炉建設を援助するなどを約束すれば、北朝鮮の完全な非核化は達成できると思います。

10、 これらの措置は、消極的安全保障の枠組み、不可侵条約を除けば、これまでの約16年間にわたる米朝関係の中で、一度は合意されていたことばかりです。 消極的安全保障については、二度にわたり合意されてます。北朝鮮は枠組み合意に至る米朝協議で、消極的安全保障の法的誓約を求めています。 ジュネーブ合意では、「米国は北朝鮮に対して、米国が核兵器による威嚇または核兵器の使用を行わない旨の正式な保証を付与する。」 という文言が入りました。 法的誓約 (条約) ではありませんが、このような合意に達したのです。 さらに6者協議では、2005年9月共同声明で 「米国は・・・北朝鮮に対して、核兵器あるいは通常兵器による攻撃または侵略の意図がないことを確認する。」 と合意されています。従って、上記のような措置は、極めて現実的なものであるといえます。

11、 むろん一直線には進むとは思っていません。完全な非核化の最終段階では、非核化のための検証問題で、北朝鮮は自国に対する一方的な検証だけではなく、 在韓米軍基地や在日米軍基地の検証を持ち出すかもしれません。 なぜなら、第二次朝鮮戦争を想定して、日米同盟でも米韓同盟でも、有事には韓国や日本へ核兵器持ち込みがあり得ることは隠れもない事実だからです。 核兵器を保有している北朝鮮がこのような提案をすることは十分考えられます。
  私たち日本人は、北朝鮮問題の包括的解決を目指す場合、 日米同盟のあり方そのものに対する政治的な判断をしなければならない時点が必ずやってくることを覚悟しなければならないのです。 北朝鮮のこの要求は、日米同盟の完全な非核化要求だからです。
  実は、2005年9月共同声明と2007年2月合意文書 「初期段階の措置」 には、日米同盟のあり方に関わる合意がなされているのです。 共同声明には、「6カ国は、北東アジア地域における安全保障面の協力を促進するための方策について探求していくことで合意した。」 と述べ、 合意文書には 「初期段階の措置が実施された後、6者は共同声明の実施を確認し、 北東アジア地域における安全保障面での協力を促進するための方法及び手段を探求するために、速やかに閣僚会議を開催する。」 と述べています。 ここで言及している方法手段とは、6カ国が当事国となる北東アジアでの安全保障の枠組み構築でしょう。

  日米同盟は紛れもない軍事同盟です。軍事同盟は必ず仮想敵国を想定して、そのための共同作戦計画を策定し、軍事演習を重ね、地域へ分断と対立を持ち込みます。 さらに、日米同盟はミサイル防衛により対立と分断の壁を宇宙空間にまで拡大しています。 地域的安全保障の枠組みを構築しようとすれば、軍事同盟の役割は変わらざるを得ません。 北東アジア非核地帯を含む地域的安全保障の枠組みを構築するための多国間協議のプロセス自体が重要です。 このプロセスを通じて、長年の対立と相互不信、脅威感情を徐々に解消し、協調的関係を築くことが出来るからです。 軍事同盟による分断と対立の関係は克服せざるを得ません。 このような協調的関係が進展すれば、安全保障に果たす軍事同盟の機能は相対的に低下させざるを得ないはずです。 私たちは、近い将来このような局面に立たされ、真剣に日米同盟のあり方を検討しなければならなくなります。 その際に、日米間の軍事的役割を対等なものにし、軍事同盟をより強化する方向で再編するのか、そのための憲法改正を視野に入れるのか、 それとも日米同盟を解消する方向で9条、平和的生存権など恒久平和原則を生かした戦略を採用するのか、 今から議論を重ねなければ、発展する北東アジア情勢の中で、私たちは取り残されるかもしれません。 私たちがどのような進路を選択するのか、このことは、今後の北東アジアの国際関係を大きく左右することになります。

  次回は、これまでの見解を踏まえて、わが国の北朝鮮政策はどうあるべきかを考えてみます。