2010.3.12

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

非核三原則と密約

  3月9日、外務省が密約問題調査を依頼した有識者委員会が、調査報告書を提出しました。 外務省ホームページで報告書全文と、調査対象の密約文書の全文が掲載されています。膨大なページ数なので私もこれから検討する予定です。
  今後この連載コーナーで、報告書や密約文書について述べることがあるでしょう。
  関心のある方は以下の サイト で文書をダウンロードしてください。

  私もこの調査結果には強い関心を持っていました。元々核兵器問題や日米同盟に関わる密約問題について、 私が尊敬しいろいろアドバイスをいただいている新原昭治さんから、生の情報をいただいたりしていました。 新原さんは、核兵器問題の専門家である上、おそらく、米国の国立公文書館などのアーカイブで、情報公開された秘密文書を自身で探し出し、 それを分析して公表してこられた先駆者といってよい方です。ある時は、米国からメールで、探し出したばかりの秘密文書を送ってもらったこともありました。 皆様の中で密約問題に付いて学習会やシンポを企画したい方がいらっしゃれば、新原昭治さんは是非ご紹介したい方です。

  いま私が注目している点は、密約調査の結果非核三原則を含む日本の核政策、日米同盟の運用との関わりです。 3月9日岡田外務大臣の記者会見がありました。そこで密約問題を巡り、マスコミ記者と緊迫したやりとりがなされています。 マスコミの注目点は、日本の核政策がどうなるのか、日米同盟にどのような影響がでるのか、日米間で核政策を巡り協議をしないのか、という点です。

  岡田外務大臣は、この調査で日米安保体制の運用に影響を及ぼす考えはない、非核三原則を見直す考えはない、 1991年以降の米国の政策変更で密約が具体的に問題になることはない、 (米国から事前協議で核持ち込みを提案されたらどうするかという) 仮定の議論には答えるべきではない、 NCND (核兵器の存在を否定も肯定もしない−Neither Confirm Nor Deny) 政策について米国と協議しない、 (非核三原則から(核の)トランジットも認めないということを米国に主張するかという質問に対して) 政府の考え方は変わらないことを米国に述べている、 非核三原則や事前協議の位置づけについて政権内で改めて確認しない等と述べています。

  朝日新聞のインタビューでは、92年に米政府が水上艦艇などから核兵器を撤去していることから、「寄港が実際に問題になることはない」 として、 米国と解釈のずれを質す必要がないと述べています(3/10朝日新聞大阪本社版)。

  私は岡田外務大臣のこれらの発言を見て、民主党政権は核兵器持ち込みに関する新たな密約を形成しているのではないかと思っています。

  そのことを述べる前に、91年以降の米国の核政策の変更について簡単に説明しておきましょう。 冷戦崩壊後の91年に、ブッシュ(父)政権は海外配備の戦術核兵器の内、空母艦載機部隊を含む水上艦艇、海兵隊の核兵器任務を解除し、 これらの部隊へ配備した戦術核兵器を、米国本土へ引き上げました。 その結果、攻撃型原子力潜水艦へ配備の核巡航ミサイルトマホークとヨーロッパへ配備された核・非核両用戦闘機用の核爆弾以外には、 海外配備の戦術核兵器はなくなりました。核トマホークも米本土へ引き上げています。 その理由は、冷戦終結による海外配備の戦術核兵器の実際的な必要性の低下と、海外配備戦術核兵器の保安問題でした。 戦術核兵器がテロリストの攻撃に脆弱であると危惧したのです。

  これにより確かに、平時には日本領域へ核兵器が持ち込まれたり、寄港通過はなくなったといえます。 しかし、有事には日本へ持ち込まれることは必ずあると考えざるを得ません。核巡航ミサイルを配備する攻撃型原子力潜水艦が、しばしば日本へ寄港していること、 有事になれば嘉手納基地や三沢基地、岩国基地へ核攻撃任務を持つ航空部隊が駐留するでしょう。 核巡航ミサイルトマホークは2013年に退役する可能性があり(オバマ政権が近々発表する 「核態勢見直し」 を見なければ断定できませんが)、 もしそうなれば、残る可能性は航空部隊です。この他、グァム基地から核攻撃に出撃する戦略爆撃機が日本領空を通過したり、 戦略原潜が日本領海を潜水したまま通過する可能性もあります。このような場合日本政府はどうするのでしょうか。

  岡田外務大臣は、このようなことは起こらないから、日米同盟の運用も、日本の政策も変更の必要はない、米国と協議する必要はないとでも考えているとすれば、 これは認識不足でしょう。広義にしろ狭義にしろ密約があるのであれば、今後も不測の事態で米国が核兵器を持ち込む可能性がある以上、 密約調査の結果を踏まえて、政権内で日本の核政策や日米同盟の運用につき、明確な方針を確立し、米国ときちんと協議することが必要です。

  岡田外務大臣の記者会見での発言や、朝日新聞のインタビューでの発言を見ると、核兵器持ち込み問題のきわどい部分、 すなわち、不測の事態において核兵器持ち込みを許すのかということを曖昧にしたまま、日米の従来の政策をそのまま引き続き維持するというのですから、 これまで密約による日米同盟を運用してきた自民党政権と、何ら変わりはないと考えるのです。 これでは、せっかく密約を調査したにもかかわらず、「密約は存在した。しかし、これからも変わらない。」 と米国へメッセージを送っているようなものです。 米政府高官も、日米同盟は変わらないと述べています。これは、「変えてはならない」 というメッセージを日本へ送っているのです。

  元々、密約が誕生した理由は、旧安保時代から核兵器持ち込みは野放しであったこと、 60年安保改訂前から(ビキニ水爆による被爆で)日本で核兵器廃絶運動が大きく成長し、反核感情を無視できなくなったこと、 他方で米国の核抑止力に依存する政策をとり続けようとしたことから、日米安保体制の運用の実態と国民世論の板挟みになり、国民世論をごまかそうとしたことです。

  そのことの是非について、今は述べるつもりはありませんが、当時の政治家たちには、 真実を明らかにして国民的な議論を求めるという勇気がなかったというほかないでしょう。 あるいは、国民を騙してまでも政権を維持したいという、政権欲なのでしょう。またこのような姿勢が、対米従属を深める結果にもつながったに違いありません。

  今回の民主党政権による密約調査の結果は、密約を生み出した力学を何ら変えるものではないといえます。 非核三原則を守るというのであれば、「ただしそれは平時に限る」 とするのか、有事でも核兵器持ち込みは許さないという方針で行くのか、 ここで明確にしなければならないでしょう。前者を選択するのであれば、国民の審判を受けなければなりません。 後者を選択するのであれば、日米同盟の運用について、米国と真剣な交渉をしなければなりません。 核抑止力依存政策も見直さなければならないかもしれません。その場に、政府が最大のよりどころに出来るのが国民世論です。 これまで政府は、国民世論に背を向けて政権維持だけを考えていたから、密約という禁じ手を使ったのです。 民主党政権は、これまでの自民党政権と同じ過ちを繰り返すのでしょうか。

  私たちの立場では、政府が後者の途を選択できるよう世論の結集を計らなければならないということになります。 そうしないと、91年ブッシュ・イニシャチブの時と同様に、せっかくの歴史的チャンスを再び逃してしまうことになるでしょう。