2011.6.23

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

日米同盟強化(深化)の舞台裏

  1 2011年6月15日朝日新聞(大阪本社版) 1面トップに 「空港・港調査 米迫る」 との見出しの記事が出た。 この記事は、例のウィキリークスから朝日新聞が提供を受けた米外交公電(在日米大使館発国務省宛)が元になっている。 2008年7月17日来日したマーケン米国防次官補代理と日本側の外務・防衛両省幹部との会議で、 調査対象となっている日本の空港・港湾23箇所の調査を早急に行うよう要請し、日本側は国内事情から困難だと釈明したとのこと。

  同年11月の公電では、来日したセドニー国防次官補代理が、09年9月までに全調査結果を反映させるよう重ねて要求した。 記事によると08年当時日米間では概念計画(CONPLAN) 5055 の改定作業を進めていたが、米側は空港や港湾の実地調査を、 改定作業完了期限の09年秋までに間に合わせるよう要求したとのこと。秘密扱いで公表されることを想定していない公電は、 日米間で密かに行われている日米同盟強化(深化)の舞台裏を記している。

  ただ、この記事は周辺事態法や新ガイドラインとの関連で説明しているので、断片的な解説となっており、読者にはいささか理解しずらい内容となっている。 日米防衛政策見直し協議(いわゆる米軍再編協議)での日米合意の内容を踏まえると、この記事の意味がよく理解できるはずである。 それは、02年12月から始まり、2006年5月ロードマップ、07年5月2+2共同発表文で合意され、2010年12月新防衛計画大綱でこの合意を更に深化させるとした、 日米同盟の変革のことである。むろん、この源流は新ガイドラインにある。

  2 日米防衛政策見直し協議で最も重要な合意が、2005年10月2+2で合意された 「日米同盟:未来のための変革と再編」 である。 ここで 「一般及び自衛隊の飛行場及び港湾の詳細な調査を実施」 することを合意した。なぜこのような合意をしたのか。 それは以下に述べるように、日米共同作戦計画を策定する上で不可欠な作業だからだ。

  この合意とは、「二国間の安全保障・防衛協力の態勢を強化(要は日米同盟の強化)するための不可欠な措置」 という表題のもと、 「計画検討作業の進展」 という項目の中で記載されている合意である。 ここで述べる 「計画」 とは周辺事態と日本有事の際の日米共同作戦計画のことである。 この検討作業は、「空港及び港湾を含む日本の施設を自衛隊及び米軍が緊急時に使用するための基礎が強化された日本の有事法制を反映する」 としている。 つまり、日米同盟を強化(深化)させる上で、この日米共同作戦計画を完成させることが不可欠であり、空港・港湾調査はそのためのもので、 共同作戦計画の完成は日本の有事法制があって初めて可能になるということである。

  3 ではなぜ有事法制なのか。有事法制が制定される以前は周辺事態法が存在していた。 周辺事態(朝鮮半島有事や台湾海峡有事を想定)で、日本から作戦行動をとる米軍に対して、日本が行う軍事支援を規定した法律である。 周辺事態法第9条は軍事支援に付き地方自治体の協力を規定する。 しかし、この条文は地方自治体に対して 「必要な協力を求めることが出来る」 というもので、強制力がない。 他方、有事法制とりわけこの場合に関係してくるものが特定公共施設利用法と国民保護法である。有事法制は周辺事態でも発動される。 周辺事態と武力攻撃予測事態とは重なる事態だからだ。特定公共施設とは、空港・港湾・道路・海域・空域・電波であり、 地方自治体が実施する国民保護のための措置(住民避難)で必要となるインフラであるとともに、米軍の作戦でも必要になるインフラでもある。 有事の際のこれらのインフラを住民避難での使用と米軍の使用を調整するのが特定公共施設利用法である。 地方自治体との関係では、内閣総理大臣は 「要請」 し、「要請」 でもだめなときは 「指示」 し、それでもだめなときは地方自治体の権限を取り上げ、 国土交通大臣に権限を行使させることが出来る仕組みである。周辺事態法では規定できなかった地方自治体に対する強制力を行使できるのである。 国民保護計画で住民避難に使おうとしている自治体に対して、米軍使用を優先させるため強制的に空港・港湾などを提供させることが出来るようになったから、 日米共同作戦計画が 「絵に描いた餅」 ではなく、実効性のある計画になるのだ。

  4 「変革と再編」 で述べる 「計画検討作業の進展」 とは、一般的な意味ではない。 概念計画5055 (CONPLAN5055)を作戦計画5055 (OPLAN5055)にバージョンアップする作業のことである。 CONPLAN5055 は、2001年9月に日米制服組の間で調印され、2002年12月16日2+2へ報告された。 OPLAN は最終的且つ完全な計画を作成する根拠となるもので、時系列戦力展開データを伴う。CONPLANはその略式計画である。 いずれも米戦域統合軍(例えば太平洋軍 USPACOM もそのひとつ)司令官が作成して、統合参謀本部議長の審査と承認が必要である。 何時から日米間で策定協議が進められたか不明であるが、 97年9月の新ガイドラインで設置が合意された包括メカニズムの中で策定されたものであることは間違いない。 包括的メカニズムとは、防衛協力小委員会(2+2の下部組織)のもとに共同計画検討委員会(日米の制服組で組織)と、 日本の関係省庁局長等会議で構成される。

  「変革と再編」 は、この CONPLAN5055 を OPLAN にバージョンアップすることを合意したのだ。 これまでの新聞報道によると、CONPLAN5055 の改定作業(OPLAN 策定の意味であろう)は 2007年9月までに完了することが合意されたとのこと(2007年1月4日朝日新聞、同年1月30日赤旗新聞)。 そのために、関係省庁局長等会議が7年ぶりの06年11月21日開かれ、共同計画検討委員会が4年ぶりの06年12月13日に開かれた。 包括メカニズムの再起動である。

  5 ところがその後の新聞報道などでは、2007年9月に完成するはずの OPLAN5055 に関する報道がぱったりなくなったので、 私は関心を持ちながらも作業がどうなっているのか分からなくなっていたが、2011年6月15日朝日新聞の上記記事でやっと理解できたのである。 米側は日米防衛政策見直し協議の合意の実行を督促していたのであるが、日本側がサボタージュをしていたということである。 上記朝日新聞の記事によると、日本側は、「(被爆地の)長崎など、歴史的経緯のある場所や、野党勢力が強い場所では調査が不可能だ。」 と釈明し、 「自治体に対して、調査目的を明らかにできない点も制約になっている。」 と説明したとのこと。 朝鮮半島有事で、米太平洋軍は湾岸戦争規模の米韓連合作戦計画(OPLAN) 5027 を発動する。 日米の OPLAN5055は、OPLAN5027 と密接に関連しているはずである。日本の港湾・空港を作戦で使用することは絶対に必要である。 そのために、港湾・空港の能力、その周辺の施設を詳細に調査しなければならない。それにより、「時系列戦力展開データー」 が出来上がり、 OPLAN が完成する。ところが日本側のサボタージュで、当初予定していた2007年9月になっても出来なかったのだ。 さすがにこのような目的のための港湾・空港の調査を自治体へ依頼出来なかったのであろう。そのため、2008年7月に米側が圧力をかけたのである。 先ほどの 「変革と再編」 では、共同作戦計画を完成させるために 「地方当局(地方公共団体の意味)と緊密に調整」 することまで合意している。 日本側のサボタージュは、明らかに2+2合意に違反していたのである。

  日米防衛政策見直し協議による日米同盟の強化(深化)は、米国がその実行を強く迫る中で、日本側は、その内容が国民に知れることを恐れ、 できるだけ先延ばししようとしている姿がうかがえる。日米同盟強化(深化)を巡る舞台裏では、 日米同盟強化(深化)の真の姿が国民に知れることを恐れる日本政府が、米国の圧力との間で板ばさみ状態になっていることが窺い知れる。 水島朝穂教授はよく 「忖度と迎合」 の日米同盟と表現される(最近では 「世界」 7月号 「史上最大の災害派遣 自衛隊をどう変えるか」)。 私もこの言葉を借用させていただくことがある。国民の目から日米同盟を見ると、「嘘と誤魔化し」 の日米同盟と表現も出来るであろう。 密約に塗り固められた日米安保体制、虚構の上に作られた SACO 合意など、日本の安全保障・防衛政策の根幹にこれがある。 私たちが、日米同盟強化(深化)に対する反対運動を推し進め、世論を巻き込むことで、日米同盟強化(深化)を阻止することの展望が開けると思う。

  6 しかしながら、東日本大震災を契機にして、日米両政府はこの膠着状態を突破しようとしている。 6月21日ワシントンで開かれた日米安保協議委員会(2+2)共同発表文のひとつに、東日本大震災への日米共同の救援作戦について、 日米同盟深化の視点からの総括文書がある。その中で、「閣僚は、地方公共団体によって実施される防災訓練への米軍の参加が、 米軍及び基地を受け入れているコミュニティとの間の関係強化に資するとの認識を共有した。」 と述べている。 今後実施される地方公共団体の防災訓練へ、米軍が参加することの重要性を述べているのだが、 その際に、地方公共団体が管理する港湾や空港の能力を調査しようという思惑が見え隠れしている。 大規模な自然災害の際に、米軍の支援があればとても助かります、災害救助に来援する米軍が使用するためです、 「トモダチ作戦」 でお分かりでしょうと言えば、地方公共団体も港湾や空港の能力の調査に協力しやすいであろう。 暴露された公電から見えてくる日米同盟強化(深化)の舞台裏から、表舞台である2+2の共同発表文の意味をこのように読み取ることが出来るのだ。

  なお、日米共同作戦計画策定の詳しい経過や内幕、OPLAN5027 と OPLAN5055 で日本はどのような戦争支援を具体的に想定しているのかに関して、 詳しくは、自由法曹団通信1225号、1226号 「密かに進む戦争国家体制作り上下」、1227号、1228号 「憲法改悪と朝鮮半島有事上下」、 1229号、1230号 「戦争国家体制づくりの源流上下」、1231号、 1232号 「朝鮮半島有事の際の日本からの後方支援上下」 をお読み下さい。