2011.7.1

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

より深化し、拡大する日米同盟?

1 2011年6月21日ワシントンで開かれた2+2は、共同発表文 「より深化し、拡大する日米同盟に向けて : 50年間のパートナーシップの基盤の上に」 を発表した。 日米両政府とも実現の見込みのないことを分かっていながら、自公政権時代の普天間基地移設案に回帰したり、 風前の灯の菅内閣、国政のコントロール能力を失った民主党政権、東日本大震災の復興の手がかりすらつかめない日本の中央政界など、 タイトルとは裏腹に、日米同盟の足元が怪しくなっている。

  それでも、日米両政府はこれまで築かれてきた日米の軍事一体化の強化という路線を進めようとしている。 今回の共同発表文で合意された内容は、地上・海洋から宇宙空間・サイバー空間まで日米の一体化を強化しようとしている。

2 今回の日米合意は、国名こそないが中国を強く意識した内容である。6月23日朝日新聞で編集委員加藤洋一氏の解説が出ているが、 「中国という眼鏡をかけて見れば、結構露骨な内容」 という日本政府関係者の言葉を引用している。 中国はそのことを十分認識しており、早速中国は外交ルートを通じて 「東アジア地域の緊張を高めるだけだ」 と批判をした。

  「L 日米同盟の安全保障及び防衛力の強化」 では、日本の新しい防衛計画大綱の 「動的防衛力」 構築と、 オバマ政権の軍事戦略2010年QDR 「4年毎の国防見直し」 にある 「アクセス拒否/エリア拒否」 への対処を挙げて、 これを踏まえたいくつかの強化策を合意している。動的防衛力の構築もアクセス拒否/エリア拒否への対処も、 台頭している中国の軍事的能力を抑止するためのものである。 「能動的、迅速且つシームレスに地域の多様な事態を抑止し、それらに対処するために、共同訓練・演習を拡大し、施設の共同使用を更に検討し、 情報共有や共同の情報収集・警戒監視・偵察( ISR)活動の拡大」も、対中国軍事シフトである。 「航行の自由」 「海洋安全保障」 は海賊対策も含むが、主要には中国シフトである。宇宙・サイバー空間への日米協力の拡大も中国シフトである。 6月23日中国新聞(共同通信配信)は、2+2の会議の中でクリントン国務長官が中国の海洋進出を「地域に緊張をもたらしている」 と名指しで批判したと報道している。

3 合意文書はいくつかの日米同盟強化の重点分野を合意したが、その中で二つについて述べたい。 ひとつは、「定期的な二国間の拡大抑止協議」 が立ち上がったことを歓迎していることである。 これは、北朝鮮による2006年7月弾道ミサイル発射、同年10月初の核爆発実験で、タカ派の安倍内閣の下、 日本は大騒ぎとなり周辺事態を認定しかねない動きもあり、額賀防衛庁長官や麻生外相が敵基地攻撃論を主張したり、 麻生外相や中川自民党政調会長など政府与党高官が核保有論をぶち上げるなどし、 安部首相は周辺事態を認定して周辺事態船舶検査法発動を検討すると答弁したため、米国はこれを懸念して日本の強硬論を押さえようとした。 10月16日ブッシュ大統領は中国の懸念を紹介しながら日本の強硬姿勢を牽制し、ライス国務長官は日米外相会議後の記者会見で、 核抑止力を含めてあらゆる手段で日本の安全を確保すると発言した。

  オバマ政権下での核態勢見直しに、影響を与えたといわれる米議会戦略態勢委員会の報告書作成作業において、 委員会がヒヤリングした駐米日本大使館の4人の外交官が、 海洋発射核巡航ミサイル(トマホーク)の退役による日本への拡大抑止に懸念を示すなどの動きがあり、 オバマ政権は新しい核政策(核態勢見直し2010年4月)で、 米国の拡大抑止の信頼性、有効性を確かなものにするため同盟国と協議するという方針を打ち出した。

  2010年11月11日朝日新聞は、2009年7月に日米の外務・防衛当局の局長による 「日米安保高級事務レベル協議(SSC)」 で 「核の傘」 をめぐる定期協議の立ち上げに合意し、2010年2月に第1回の会合が行われたと報道している。 2010年8月新安保防衛懇報告書が発表されたが、その中に、米国による拡大抑止の実効性を保証するため、米国任せにすることなく、 日米間で緊密な協議を行う必要があると提言しているが、オバマ政権が提案していることに乗っただけの内容である。

  「定期的な二国間拡大抑止協議」 であるから、日米の外務・防衛当局者の間で制度化された協議であること、 予め指定された日米の一定の地位にある官僚(例えば課長級や審議官級)による会議であることが分かる。 ここで協議された結果は必ず日本の安全保障政策、防衛政策に反映されるであろう。

  これは何を意味するのだろうか。拡大抑止とは、共同発表文にも述べているように、 「核及び通常戦力の双方のあらゆる種類の米国の軍事力」 による抑止力である。 「定期的な二国間の拡大抑止協議」 に言及している部分で 「(核能力によるものを含む。)」 とわざわざ括弧書しているくらい、 日米両政府は核兵器にこだわっているともいえる。 日本の立場からこれを言い換えれば、不測の事態で米国の核兵器を使って日本を防衛することを米国へ要求することである。 この拡大抑止力を有効に機能させ、信頼性をもたせる(米国の本気度に日本が安心するとともに、 仮想敵には本当に使うかもしれないと信じ込ませるという両面がある)ために、日本と米国とが平時から協議するのであるから、 武力紛争下での米国の核兵器使用計画に、平時から日本が何らかの形で参画することに他ならない。 その結果、不測の事態で日本が米国の核兵器使用計画の手足を縛る(例えば核兵器持ち込み禁止など)ことはもはや考えられない。 もし米国が核兵器を使用するなら、日本はその共同正犯となるのである。

  新防衛計画大綱は非核三原則見直しを打ち出さなかったが、「非核三原則見直し」 などのセンセーショナルな方針を出さなくても、 非核三原則は無に帰することになるであろう。

4 もうひとつは、「日米同盟の基盤の強化」 のため、情報保全制度(秘密保護法制のこと)の重要性を強調していることである。 2005年10月、2+2の合意文書 「日米同盟:未来のための変革と再編」 では、日米同盟の一体化強化として、 国家戦略レベルから部隊戦術レベルまでの情報協力・共有の重要性を合意している。しかし、度重なる日本の情報保全の脆弱性の露呈から、 日本の秘密保護制度が日米同盟強化のアキレス腱であることが明らかとなった。 そこで官房長官の下で2010年12月 「政府における情報保全に関する検討委員会」 を立ち上げ、その中に 「法制検討部会」 を設置し、 有識者懇談会が開催されている(詳しくは2011年4月14日アップした 「新防衛計画大綱と秘密保護法制」 を参照)。 アップした当時は法制検討部会の有識者懇は第3回まで開かれていたが、6月10日第6回会議が開かれて、報告書を検討している。 当初のスケジュールでは第6回会議で有識者懇は審議を終えることになっているので、報告書が作成されたはずである。 その内容は不明である。第5回会議の審議内容を公表されている議事要旨で見ると、公務員法上の秘密保護規定とは趣旨が異なること、 自衛隊法の防衛秘密保護規定は新しい秘密保護法制に取り込み、統一的に運用すること、日米防衛援助協定等に伴う MDA 秘密保護法とは別立てにする、 等が話し合われている。これらの議論から、包括的な秘密保護法を検討していることが推測される。

  今回の共同発表文では、この取り組みを 「歓迎し」、これが情報共有の向上につながることを 「期待」 していると述べている。 2+2とそれをお膳立てする日米の事務方の会議で、「政府における情報保全に関する検討委員会」 での議論が詳細に報告されたものであろう。 第6回有識者懇で審議された報告書も出されていたのかもしれない。

  日米同盟の一体化の強化のために、日米の情報共有が重要であり、そのための秘密保護法制の制定というわけであるが、これは憲法の危機である。 言うまでもなく、国民の知る権利とそれに寄与する報道の自由は、民主主義社会の基盤であり、日米同盟の深化が憲法と両立しないことを示唆している。

5 東日本大震災の際に行われた 「トモダチ作戦」 についても、わざわざひとつの合意文書 「東日本大震災への対応における協力」 を作っている。 この作戦は日米同盟の深化の一里塚として位置づけていることを示している。米軍再編では行詰った日米同盟を、 トモダチ作戦でブレイク・スルーさせようという魂胆である。

  「この大規模な共同対処の成功は、永年にわたる二国間の訓練、演習及び計画の成果を実証した。」 と述べる。 二国間の訓練、演習とは軍事演習・訓練であり、計画とは共同作戦計画のこと。この一文は、トモダチ作戦は訓練や演習ではなく実戦であったこと、 日米の共同演習の積み重ねとそこから作られた共同作戦計画が実戦でも有効であったことを誇っているのである。

  東日本大震災では、米軍は統合支援部隊(JSF)を編成し、米海軍太平洋艦隊司令官(ウォルシュ海軍大将)が支援部隊司令官、 在日米軍司令官が副司令官となり、横田基地に総勢300人の司令部を置いた。3月末時点で兵員18000人、艦艇9隻、航空機140機を投入した。 他方自衛隊は、陸自東北方面総監部へ 「災統合任務部隊JTF-TH」 を置き、陸自東北方面総監が司令官となり、 最大で106,300人の兵員(このうち最大は陸自70,000人)という自衛隊史上最大規模の統合任務部隊を編成した。 この日米両軍の統合部隊が実戦活動で連携したのであった。
  さらに、市ヶ谷・横田・仙台に自衛隊と米軍の日米調整所を立ち上げ、この経験が将来のあらゆる事態への対応のモデルとなると総括している。 市ヶ谷とは防衛省本省のこと、横田基地には在日米軍司令部があり 「日米同盟:未来のための変革と再編」 では、 横田基地へ 「共同統合運用調整所」 を設置することを合意している。これが機能したことを述べているのである。 つまり日米両軍は、演習・訓練ではない実戦において、初めて共同統合運用調整所を使ったのである。 横田基地のJSFへは、陸幕防衛部長番匠幸一郎陸将補(彼は陸自第1次イラク派遣部隊司令官)が常駐した。 初の共同運用調整所が有効に機能したことは、「将来のあらゆる事態への対応のモデル」 になるという貴重な経験を積んだ。 軍隊にとって災害救助も武力紛争での実動の訓練という位置づけであることを、この合意文書が率直に語っているのである。 私は、今回の自衛隊の救援作戦は、率直に評価することはやぶさかではないが、軍隊がそれを行うことは、 常に戦争への準備となることもしっかりと認識しておく必要があると思う。 さらに今回のように日米同盟の強化に寄与するのである。このような大規模自然災害に備えるために、 自衛隊ではなく、自衛隊を災害救助部隊に転換する方向が憲法を実践し、かつ、有効な災害対処となる途であると考える。