2011.11.15

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

サイバー攻撃と自衛権

1 最近毎日のように、サイバー攻撃関連の記事が紙面をにぎわしている。 三菱重工、IHI、川崎重工、三菱電機、といった防衛産業、原発メーカーへのサイバー攻撃が大きく報道され、 今度は衆議院のネットサーバーや議員のパソコンへのサイバー攻撃が大きく取り上げられた。 これらの報道に共通していることは、サイバー攻撃の策源地がいずれも中国を指向していることだ。

2 サイバー攻撃の実態や被害の全容解明は時間がかかるし、おそらく多くの部分は隠されると思われる。 私は、これらの報道には裏があると考えている。政府は、来年通常国会へ秘密保全法案を提出することを決定した。 内閣府の下の設置された 「政府における情報保全に関する検討委員会」 2011年10月7日決定である。 この検討委員会の設置とその審議内容やその背景については、 2011年4月14日にアップした 「新防衛計画大綱と秘密保護法制」 で詳しく書いたので、 是非参照されたい。

  この検討委員会には、秘密保全法制の検討と情報保全システムの検討のための二つの有識者懇談会が設置され、 法制懇の報告書は8月8日に発表された。システム懇の報告書は先に発表されている。

  日弁連は、秘密保全法案提出の動きに対して、26年前の国家秘密法案への反対運動の蓄積を踏まえて、重要な問題として現在取り組みを始めている。

3 相次ぐサイバー攻撃報道は、これらの政府の動きを側面から促進する役割を果たしている。 その上、中国がサイバー攻撃に何らか関わっているという、新たな中国脅威論を構成しようとしている。 実は、現在日米間で密かに、サイバー攻撃に対して、自衛権(集団的自衛権)を行使使用とする計画が進行しているのだ。 その相手は中国である。マスコミ報道はこの日米の動きも促進させる作用がある。

4 10月26日朝日新聞(西日本本社版)に、小さいが重要な記事が出ている。 「サイバー攻撃 『安保の対象』 米国務長官が追加の意向」 という記事で、 25日来日したパネッタ国防長官と一川防衛大臣との共同記者会見での発言を紹介したものである。 サイバー攻撃は日米安保条約5条の対象事態にするというのである。安保条約5条は、日米共同防衛条項で、 政府の説明は日本側は個別的自衛権、米国は集団的自衛権というものだ。むろん、このような法的構成には批判がある。 日本の領海にある在日米海軍艦船に攻撃がなされた場合に安保条約5条を発動すれば、日本側は個別的自衛権行使になるかすこぶる疑問である。 この点は本稿の目的ではないので、これ以上は述べない。

5 米国は既に、サイバー攻撃に対して軍事的対応を行うという軍事政策を立てている。 サイバー空間をこれまでの軍事作戦空間である、陸・海・空・宇宙に加えて、第5の空間と位置づけている。 2010年2月に発表されたQDR (四年ごとの国防見直し)では、サイバー戦を国防総省にとり重要な分野とし、サイバー戦の新たな作戦概念を策定し、 米軍にサイバーコマンドを創設するなどの軍事政策を策定した。これを受けて、2011年2月 「国家軍事戦略2011」 が公表された。 この中で、サイバー空間を新しい戦争の領域と明確に定義し、陸・海・空・宇宙に加えて第5の領域とし、大量破壊兵器、 通常戦力の抑止・対処と同様にサイバー空間における抑止と対処を行うとする。

  おそらく米国は、サイバー戦において、単にサイバー空間での抑止と対処だけはなく、自衛権による武力行使も選択肢に含めていると思われる。

6 このような米国の軍事政策を受けて、防衛省もサイバー攻撃に対して自衛権行使ができないか、法的な検討を始めたようだ。 2011年3月に、平和・安全保障研究所が 「サイバー脅威の動向と主要国のサイバーセキュリティ政策の現状と課題」 と題する報告書がある。 この報告書は、平和・安全保障研究所が、防衛省平成22年度委託研究として作成したものである。

  平和・安全保障研究所は、防衛庁・外務省を主務官庁として、昭和53年に設立され、現在の理事長は西原 正氏(国際政治学者、防衛大名誉教授)である。 防衛研究所 「防衛研究所の調査研究に関する達」 によると、委託研究は、特別研究と所指定研究を外部委託されたもので、 特別研究は 「内部部局(いわゆる内局のこと)の要請を受け、防衛政策の立案及び遂行に寄与することを目的」 とされ、 所指定研究は 「防衛政策の策定に資することを目的に広範囲な安全保障の観点から実施する」 研究である。 上記の報告書は、今後の防衛政策に生かされることを想定しているといえる。 防衛省では、サイバー攻撃に対して安保条約5条を発動するための準備を着々と進めているのだ。

7 米国、ロシア、中国、北朝鮮などでは、サイバー戦争を想定した何らかの部隊を持っていると言われている。 ことがサイバー空間だけで終わる問題ではなく、サイバー攻撃を武力紛争法上の武力攻撃とし、これに対して、 自衛権を行使として武力攻撃をすることを正当化するとすれば、ことは深刻な問題である。 サイバー攻撃に対して安保条約5条を発動するというパネッタ国防長官の発言は、国際社会に武力紛争拡大の火種を投じるものだ。 私は、自衛権行使の比例原則(相手の武力攻撃に対する反撃は、武力攻撃と均衡するもの)からも、 あくまでもサイバー空間での防護と反撃に止まるべきであると考える。

  この問題は、これからも引き続き注目してゆかなければならないであろう。