2012.2.15

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

米軍再編の見直し協議

  2012年2月8日、日米安保高級事務レベル協議の結果、共同発表文が公表されました。 普天間基地移設問題で、これまでのパッケージ論(沖縄駐留海兵隊の一部グァム移転、普天間基地の名護への移設、 嘉手納以南の5基地の返還のパッケージ)から、海兵隊のグァム移転を切り離して先行させることを中心とした、 これまでの米軍再編合意と日米協定の見直しです。

  この新しい合意は、今後の普天間基地問題や、それを含む日米同盟の在り方に深く関わる問題であり、憲法9条の改悪を許さない運動にとっても、 これをどのように評価し、今後の運動につなげるかは重要だと考えています。

  共同発表文を検討する前に、そもそも、普天間基地移設問題が歴史的にどのように扱われてきたかを振り返ってみたいと思います。

  普天間基地移設は、96年4月に東京宣言(日米安保共同宣言 橋本総理大臣とクリントン大統領)において、合意されたものでした。 共同宣言には、普天間基地移設を重要な内容とするSACO(沖縄に関する特別行動委員会の略称)の重要な進展に満足するとの記載があります。 同年12月にSACO最終報告書が発表されます。この最終報告書に、普天間基地の外、9施設の返還(一部返還を含む)が合意されました。 移設条件付きです。米軍再編へのロードマップ(2006年5月1日)で合意された普天間基地外、嘉手納基地以南の5施設は、 すべてSACO合意に含まれています。

  では、SACO合意とは何であったのか。90年代に米国はグローバルな軍事態勢の見直しに迫られました。 冷戦時代の敵であるソ連とワルシャワ条約機構軍が解体したからです。その一環として米国を盟主とする軍事同盟の見直しを始め、 日米安保再定義と呼ばれるプロセスが始まりました。96年の東京宣言はその仕上げと言うべきものです。 日米安保再定義を構成する内容は、東京宣言の外、97年9月に策定された新ガイドラインがあります。 東京宣言で、78年旧ガイドライン見直しが合意された結果です。

  しかし、これに沖縄の強い反対運動が立ちはだかりました。95年9月の沖縄での海兵隊員による少女暴行事件が、沖縄にたまったマグマに点火したのです。 これを乗り越えるためのものが普天間基地移設を含むSACO合意だったのです。 つまり、普天間基地移設は当時の日米安保再定義により日米同盟を強化するため、という位置づけであったのです。 むろんこの時点では、沖縄駐留海兵隊の再配置は問題になっていません。

  ところが、沖縄の人々の強い反対から、工事のための杭一本も打てなかったように、 普天間基地移設は全く進まなかったのです。その後時代は流れ、国際情勢も変化します。 ブッシュ(Jr)政権になり、新たな米軍のグローバルな態勢の再編が進められます。 グローバル・ポスチャー・レビュー(GPRと略称)と呼ばれる見直しの一環として、 日米防衛政策見直し協議(いわゆる米軍再編協議)が2002年12月から進められました。 すると、普天間基地移設を含むSACO合意は、日米防衛政策見直し協議の結果合意された米軍再編の内容に取り込まれます。

  GPRのアジア・太平洋政策として、グァムを戦略拠点として強化し、そのために沖縄駐留海兵隊の一部を再配置するというのです。 そのことと、嘉手納基地以南の5施設返還をパッケージとしました。SACO合意ではパッケージにはなっていなかったものです。 ですから、パッケージ論は必然的なものではなかったのです。

  パッケージ論は、主として日本政府の尻を叩くことと、沖縄の人々の懐柔と世論の分断でした。 でも、沖縄の人々はそれを見抜いて、普天間基地県内移設を阻止してきました。その結果、米国はGPRを進めることができなくなりました。

  さらに、ブッシュ政権時代からオバマ政権となり、中国脅威論が年を追う毎に高まり、対中国軍事戦略を見直す必要に迫られたのです。 中国の接近拒否(Anti Access)領域拒否(Area Denial)(A2・ADと略称)戦略をうち破るための新しい軍事戦略が必要になりました。 それが統合空・海戦闘構想(Joint Air・Sea Battle Concept (JASBCと略称、米国人はこの手の略称を好みます)です。 2010年2月米国の 「4年ごとの国防見直し(QDR)」で、JASBCを開発すると述べています。 これは、まだこれから米海軍と空軍とが協議を進めて完成させる作戦構想なので、現在は作戦概念(Concept)の段階です。 ただ基本的な要素としては、中国の長距離攻撃兵力(中距離弾道ミサイル、巡航ミサイル、対艦弾道ミサイル、爆撃機など)により、 在日米軍基地は初戦で攻撃され機能を失う、東シナ海の米軍艦船は作戦の自由を失う、そのため、主要な米国の攻撃戦力を、より後方であるグァム、 ハワイなどへ移し、中国の攻撃による脆弱性を取り除くという内容を含みます。

  2011年11月にオバマがオーストラリア議会での演説で明らかにした、新しいアジア・太平洋戦略は、 海兵隊の一部をオーストラリア(ダーゥイン)へ配備するというものです。 この意味は、実はグァムも中国の攻撃から聖域ではないため、より安全な地域へ移転させるというものです。 この他、ハワイ、フィリピンなどへもローテーション配備すると言われています。

  このように、普天間基地移設はその時々の米国の都合により、位置づけを変えられながらきました。 米国とすれば極めて危険な普天間基地は、将来とも存続させることは、日米同盟にとって危ないとの認識があり(万一航空機事故があれば、 嘉手納基地の存続問題にもなりかねないとの危惧)、これに代わる新しい使い勝手の良い基地が新設されるのであれば、 理屈はどのようなものでもよいとの身勝手さと、日本政府が新しい基地を名護へ作りますと約束したので、日米同盟の抑止力を梃子にして、 それならば新基地を作らなければ普天間は返さないよと、圧力をかけている構図に見えます。

  米軍再編によりグァムを戦略拠点にするというのであれば、普天間基地の撤去を要求すべきでした。 米国のご都合主義、身勝手さと、それに対して何等文句も言わず、無理難題を沖縄に押しつけようとする日本政府の卑屈な姿勢に、 とても腹立たしい思いがします。

  では、2月8日の共同声明で米国がパッケージ論を止めたのはなぜなのでしょうか。 米国とすれば、いくら日本政府に圧力をかけ、沖縄の人々を懐柔しようとしても、17年間全く進展しなかったため、これ以上パッケージ論に固執していては、 逆に米国の新しいアジア太平洋戦略を進める障害になると考えたからと思います。 現に、米国議会が2012年度のグァムへの海兵隊移設予算を全額否決したのは、名護への新基地建設が進まないことと、 海兵隊のアジア太平洋での再配置の全体計画が示されないことを挙げています。 これまで沖縄は、パッケージ論に対して異論を唱えてきましたが、日本政府は、米国が受け入れるはずもないと判断して、取り合わなかったのです。 パッケージ論を止めたことも、米国流の身勝手さで、日本政府は梯子を外されたと言えます。

  パッケージ論を止めたことは、沖縄の人々の強い反対運動が、米国を追いつめた結果と言えます。

  2月8日の共同発表文の重要な部分は、第2と第3パラグラフです。 第2パラグラフでは 「両国は…強調する。」 と日米共同の意志を示しています。 その内容は、沖縄から海兵隊をグァムへ移駐させ、グァムを戦略拠点として発展させることを、日米同盟の不可欠の要素であり続けるというものです。

  第3パラグラフでは、この米国のアジア太平洋戦略の見直しを述べています。それは、「地理的により分散、運用面でより抗堪性、 政治的に持続可能な米軍の態勢を達成すること」 が目標であるとしています。この二つのパラグラフは、日米同盟の進化の内容として、 米国の新しいアジア太平洋戦略を取り込もうというものです。それはどのようなものになるのか。

  「運用面での抗堪性」 という意味は、「地理的により分散」 と重なるもので、中国からの攻撃に対して、脆弱性を持たないという意味です。 これはオバマの豪州議会での演説の内容と同じ文脈です。

  共同発表文で述べられている米国の 「アジアにおける防衛の態勢に関する戦略的な見直し」 とは、 現在米軍が進めているJASBCと深い関係があると私は見ています。

  JASBCを具体的に構想した米国 「戦略予算評価センター」 の 「エアシーバトル 作戦構想の出発点」 によると、米国と中国との武力紛争では、 作戦初動で中国軍は、米国の前進基地への大規模な先制攻撃や、宇宙空間、サイバー空間での攻撃を行い、グァム、嘉手納、三沢、佐世保、横須賀、 関連自衛隊基地などが攻撃対象になると想定しています。 中国の陸上から1500キロ以内に展開している米艦船に対する巡航ミサイル、対艦弾道ミサイル攻撃を行うとしています。 ですから、豪州、ハワイ、フィリピンへの移駐やローテーション配備は、中国軍のこの攻撃をかわすという意味があります。

  このような作戦概念に深く関わる米国の新しいアジア太平洋戦略に、日米同盟の深化と称して、 日本を丸ごと投げ込むことは、空恐ろしいことです。新防衛計画大綱で動的防衛力構想、島嶼部防衛作戦を打ち出したのは、 やはり、JASBCと深い関連があります。むろん米国は中国との戦争を予想しているのでも、それを目指しているのでもありません。 ただ不測の事態に備えているのです。そのことが、中国への抑止力になるという理屈です。 しかし、国際関係はどのようなことから緊張をはらむか予測はできません。私たちがこれからの日本と中国との関係を、 憲法9条に基づく外交戦略のもとで、平和的に発展させ、共存共栄を図ろうとすればするほど、日米同盟はその障害になりかねません。

  日米防衛政策見直し協議の段階では、未だ中国に対するこれほどまでの脅威論はなかったと思いますが、現在では、日米同盟の深化路線は、 中国を軍事的に抑止するという、私たちにとって危険で、私たちの現在と将来の平和と繁栄の障害物になりつつあります。 今回の共同発表文は、私たちに日米同盟のあり方を問い直すことを求めていると思います。

10  最後に、普天間基地問題について述べます。 私は、県外移設論では結局、沖縄は、普天間を固定化するか、名護への移設を選択するかという選択を迫られるしかなくなると思います。 これでは沖縄の民意は分断されるでしょう。県外移設論ではなく、普天間基地撤去を強く主張しなければならない段階に来ていると思います。 危険な普天間基地は撤去すべき、というのが出発点であったはずです。95年以降の普天間基地撤去問題が、迷走し、 米国のご都合主義で位置づけがころころ変えられてきたのも、代替施設建設という日本政府の方針があったからです。

  9月8日共同発表文は、普天間基地撤去をさせるチャンスが到来していることを示していると思います。