2012.8.1

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

集団的自衛権と秘密保全法

 7月6日、自民党総務会は国家安全保障基本法案(概要)(以下基本法案)を承認した。 新聞報道によると、次期衆議院選挙での選挙公約の柱にし、政権奪取後法案として国会へ提出するとのこと。 同じ日に、政府の国家戦略会議フロンティア分科会の平和のフロンティア部会報告書(以下報告書)が発表された。

  両者とも、憲法9条のもとでの集団的自衛権行使は違憲であるとの政府解釈を変更して、集団的自衛権行使を行おうとするものである。 それだけではない、秘密保全法制定を提言していることも共通している。

  ご承知のように、政府は今国会へ秘密保全法案を提出しようとしているが、PKO協力法の改正法案も提出しようとしている。 恐らく任務遂行のための武器使用や、警護任務を付与する内容になるのではないかと想像している。 PKO協力法改正法案は、法案化作業は済んでおり、内閣法制局との調整を残しているだけと言われている。

 奇しくも同日に、憲法改悪に関する同じ内容の提言がなされるという事態は、これまで経験したことがない。 その上、4月27日には自民党が憲法改正草案を発表し、たちあがれ日本やみんなの党がほぼ同じ内容の改憲提言を発表している。 憲法改悪を巡る情勢は一気に緊迫してきている。ここで気を引き締め直して、これらの動きを正確に見据えて反対運動の力を高めなければならない。 日弁連は、7月27日に 会長声明 を公表し、集団的自衛権行使禁止の政府解釈の見直しに反対し、 それを可能にするような憲法違反の法案を国会提出しないよう強く求めた。

  この小論では、集団的自衛権と秘密保全法に限定して私の意見を述べる。

 なぜ今集団的自衛権と秘密保全法がなぜセットで提言されているのであろうか。まず 「なぜ今」 を考えてみたい。

  6月1日にアップした 「米軍再編計画見直しと憲法9条」 を、もう一度お読みいただきたい。 ここで、4月27日の日米安保協議委員会(以下2+2)共同発表文と5月1日の日米首脳会談共同声明を論評した。

  ここで私は、米軍再編見直し協議は米国の新しいアジア太平洋戦略を実行するためのものであり、民主党政府はこれに全面的(無批判)に付き従い、 台湾海峡有事から派生する南西諸島有事を想定している防衛計画大綱の動的防衛力構想を、アジア太平洋へ拡大し、それを日米の動的防衛協力と称して、 平時から、日米両軍が警戒監視、偵察活動、グァム・テニアンでの共同訓練を行うもので、これは平時からの共同防衛体制をとることで、 集団的自衛権行使の態勢に他ならないことを述べた。 これは、ここに至る90年代以降の日米同盟の変革により、我が国の防衛政策が個別自衛権行使の態勢を次第に拡大したものの、 憲法9条の制約から公然とは集団的自衛権行使ができなかったが、これを乗り越えようとしていることも述べた。

  これを書いた時点では、冒頭に書いた動きはまだ表には出ていなかったが、まさかその1ヶ月後に具体的な動きとなるなど、思いもしなかった。 自民党内の改憲派からは、安全保障基本法案に対して、これができれば憲法改正の必要性がなくなるとして、反対意見もあったという。 憲法9条のもとでも集団的自衛権行使を可能にする国内法制を制定することは、いかにも性急である。 それだけ憲法9条明文改正を待ってはおれないのであろう。

 ではなぜ秘密保全法が必要になるのか。 基本法案は 「我が国の平和と安全を確保する上で」 秘密保全法制が必要だとする。平和と安全の確保といえば、必ずそれを脅かす脅威を想定する。 基本法案は 「外部からの軍事的または非軍事的手段による直接又は間接の侵害その他あらゆる脅威」 と定義している。 これとほぼ同じ意味が自衛隊法第3条(自衛隊の任務)第1項にある。「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、 直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛する」 とされている。いわゆる自衛隊の主たる任務である。これを具体化したものが、防衛出動と治安出動である。

  ここでは集団的自衛権と秘密保全法に限定して論述するので、間接侵略、治安出動には言及しない。

  基本法案が集団的自衛権行使を規定しようとしているのは第10条である。詳しいことは別稿に回すが、ここで規定されている集団的自衛権行使は、 国連憲章第51条と何ら差異がない。国際平和協力と称するPKO活動や、安保理の要請による軍事的関与だけではない。 米国がタリバーン政権下のアフガニスタンを攻撃し、NATO諸国が軍事協力をしたのも、集団的自衛権行使なのだ。

  我が国が集団的自衛権を行使する事態とは、米国との集団的自衛権行使が最も考えられる事態である。 基本法案が国内法として制定されれば、日米安保体制はNATO並みの集団防衛体制となるはずである。 90年代以降の日米安保再定義、その後の日米防衛政策見直し協議は実態面からそれを目指してきた。 ただ憲法9条が制約となって、国内法制がついてゆけなかった。 秘密保全法制もその一つであった(2011年12月1日アップの 「日本版NSCと秘密保全法制」)。

  なぜ秘密保全法制が求められるのか、その理由は簡単である。日米が集団的自衛権を行使するためには、今以上に日米両軍の一体化が求められる。 90年代以降の日米安保体制の変革はすべてそれを目指していた。日米の軍事一体化は次第に抜き差しならないところまで到達している。 既にごく最近、航空自衛隊総隊司令部が横田基地内に開設され、 横田基地をホームベースにする在日米空軍と航空自衛隊の戦闘部隊の司令部が同じ基地に同居しているのだ。 横田基地には、既に日米統合運用調整所が設置されている。 陸上自衛隊では、海外派兵の先遣部隊として真っ先に派兵される中央即応連隊の上部組織である中央即応集団司令部が、来年3月末までには、 在日米陸軍司令部のあるキャンプ座間へ移転する。キャンプ座間には米陸軍第一軍団前方司令部がある。 このように組織面でも日米両軍の一体化は着々と進んでいる。

  米軍と自衛隊との一体化が深まればそれだけ軍事秘密が共有されることになる。米軍の秘密=自衛隊の秘密ということだ。 自衛隊の秘密が簡単に漏洩するようでは、米軍としては安心して情報提供ができない。現代の戦闘は情報の共有、協力が要である。 2007年8月10日に日米の軍事秘密包括保護協定(GSOMIA)を締結したのもそのためである。 現在進められている秘密保全法制の制定も、GSOMIAが促進している。

 日米同盟の強化は、このように最早抜き差しならないところにさしかかっている。 明文改憲を正面から求めようとすれば、日米同盟の強化のテンポについてゆけないため、9条の解釈を変更するという、 なりふり構わない手段を執ろうというのであろう。

  2010年5月26日には、自民党から議員提案として国際平和協力法案が提出されて、現国会まで継続審議となっている。 この法案は、2006年8月30日に自民党国防部会防衛政策検討小委員会がまとめたものである。この法案は海外で公然と武力行使を行おうというものである。 詳しくは自由法曹団通信第1218号 「自民党防衛政策小委員会 『国際平和協力法案の分析』」 を参照されたい。

  私はうかつにも、この法案が既に国会へ提出されていたことに気付いていなかった。ごく最近赤旗新聞の記事で知ったばかりである。 国際平和協力法案といい、集団的自衛権行使の憲法解釈見直しといい、PKO協力法改正法案といい、これらが作られれば、 最早憲法9条は死滅してしまうだろう。秘密保全法制はそれを補強するためのものである。 憲法9条改悪を許さないためにも、秘密保全法制を制定させてはならない。