2013.6.9

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

その日(中国との武力紛争)に備えよ
─自民党新防衛計画大綱への提言を読む その1

 2013年6月4日、自民党は 「新『防衛計画の大綱』策定にかかる提言」(「防衛を取り戻す」)を発表しました。 第二次安倍内閣は今年中に平成22年大綱に代わる新しい防衛計画大綱を策定する予定ですから、自民党からこれへ反映させるべき内容を提言したのです。
  平成22年大綱は、元々は2009年12月に策定予定でしたが、政権交代があったため、それまでの作業が一旦キャンセルされ、 改めて民主党政権が2010年12月に策定しました。自民党は政権交代の前である2009年6月9日 「提言・新防衛計画の大綱について」 ―国家の平和・独立と国民の安全・安心確保のさらなる進展―を発表しています。そのため、二つの提言を読み比べることも必要です。 2009年6月の提言については私のコーナーで3回シリーズ 「憲法改正を狙う自民党提言」 (2009年6月27日7月10日8月22日)をアップしています。

 今回の提言を読んだ率直な印象として、この小論の標題がすぐに浮かびました。 20009年6月の提言が中長期的な展望で書かれていたことに比べ、今回の提言はきわめて切迫感があふれています。 平成22年大綱策定後の安全保障環境が悪化したこととして、北朝鮮の弾道ミサイル発射や核実験、 中国がわが国周辺海空域で活動を活発化していることを真っ先にあげています。防衛計画大綱は10年間を見通した防衛計画ですから、 わずか3年で新しい防衛計画大綱を策定するなど異常なことです。それを合理化する最大の理由が北朝鮮と中国の動きというわけです。 北朝鮮は地域における最大の不安定要因、中国はわが国周辺諸国の大きな不安定要因と定義しています。 このような安全保障環境の悪化に対する安保防衛政策の具体的な提言がどのようなものか見て行きましょう。

 真っ先にあげている提言に憲法改正と立法改憲(国家安全保障基本法制定など)がありますが、これは次号に回します。 新防衛計画大綱の中身として具体的に提言していることは、よく読むと中国への軍事的対処が中心になっています。 「高烈度下においても、着実にわが国防衛の任務を全うできる能力を確保」 するため 「強靱な機動的防衛力」 構築を目指します。 「高烈度下」 とはきわめて厳しい戦闘状況のことでしょう。「強靱な機動的防衛力」 構築のための具体的な施策では、 シームレスな事態対応(領域警備を例としてあげます)、統合運用の強化(闘う自衛隊の創設です。例として陸上総隊創設をあげています。)。 情報・偵察・警戒監視( ISR)機能強化、島嶼部防衛として初動対処能力強化、島嶼部防衛に不可欠な海空優勢確保のため対空・対艦・対潜能力強化、 増援部隊展開のための活動・補給拠点の設置、先島諸島周辺空域の防空能力の強化のため先島諸島へ空自の基地を整備、 緊急事態での初動対処・迅速な増援・島嶼奪還のための強襲着上陸作戦のため自衛隊に海兵隊機能を付与、 そのための編成・装備(オスプレイを装備する水陸両用部隊の新編)、 戦車・火砲を含む高練度部隊の対規模かつ迅速な展開のための部隊編成・運用の見直し、輸送能力の強化、敵策源地攻撃能力の保有、 などを提言しています。これらは明らかに東シナ海での中国との武力紛争を想定した布石です。

 島嶼部防衛のための以上のような具体的詳細な提言は、2009年6月提言にはありませんし、 これ自体切迫感が伝わってきます。さらに不測の事態に備えようとの切迫感が伝わるのは、敵策源地攻撃能力保有の提言です。 2009年6月提言でもこの能力保有を検討すべきと提言していますが、今回のものは、この能力の保持について検討を開始し、速やかに結論を得る、 としています。弾道ミサイル防衛でも、日米で開発中の能力向上型迎撃ミサイル(現在のSM-3では到達高度の関係から十分な迎撃能力がない)を 「可能な限り早期に導入する」、Jアラート等の情報伝達体制を強化すると提言しています。急がなければならないというのです。

 島嶼部防衛では、中国との武力紛争を想定すれば、勝敗を決するのは海・空の優勢確保です。 中国本土と沖縄本島からそれぞれ約300キロ離れた尖閣諸島海域での戦闘となれば、双方にとり長い海上補給路と海上輸送部隊、 海上戦闘部隊の敵からの攻撃による消耗を最小限に押さえながら闘うことが絶対に必要です。 自衛隊と中国軍が東シナ海での海・空優勢を争う武力紛争を想定していると思われます。島嶼部が中国軍に占領されれば、その奪還作戦を行います。 まず陸上自衛隊の海兵部隊がオスプレイと水陸両用戦闘車輌で強襲着上陸します。その前に着上陸作戦の援護として、 海と空から敵中国占領軍へ攻撃を行い、その戦闘力を削ぎます。その後重装備の陸上部隊を上陸させて、 陸上自衛隊海兵部隊が築いた橋頭堡を確保してそこから敵中国占領軍の掃討作戦を敢行します。 万一、後続部隊の上陸作戦に失敗すれば、殴り込みをかけた陸上自衛隊海兵部隊は全滅します。およそこのような戦闘を考えているのでしょう。 そのための布石を着々と打とうとしているのがこの提言です。「高烈度下」 での防衛任務達成という意味は、恐らくこのような事態を意味しているのでしょう。

 実際の武力紛争に耐えうる自衛隊を作ろうと思えば、莫大な防衛予算が必要になります。 「強靱な機動的防衛力」 構築のため、提言は自衛隊の人員・装備・予算を継続的に大幅に拡充すると述べています。 さらに、諸外国並みの必要な防衛関係費を確保するとも述べています。そのため、米軍再編経費は防衛関係費から外すべきなどと姑息な提案までしています。
  諸外国並みといっても、米国はこれから10年間で約50兆円の防衛予算削減を迫られています。ヨーロッパ諸国も軍縮しています。 何処と比較しようというのでしょうか。2009年6月提言では、07年の防衛費では日本は世界第5位であること、中国は世界第3位であることを挙げて、 中国の軍事予算と日本の防衛予算との乖離が増大していることに懸念を示して、「骨太の方針:ゼロベース」 の見直しを提言しています。 あたかも中国と軍拡を競うかの書きぶりでした。今回の提言も中国を念頭に置いていると思います。 東南アジア諸国も軍事予算を増やしていますので、これらの諸国も念頭に置いているのでしょう。 自衛隊の人員と装備及び防衛予算を 「継続的に大幅に増大」 すれば、一体東アジアの国際関係はどうなるのでしょうか。 日本の歴史認識問題と憲法改正問題で、日本に対する懸念が広がっている最中の日本の大幅な軍拡は、日本の安全保障政策に対する不信感を増大させ、 国際関係が不安定になる一方です。むろん私たちの暮らしに重大な悪影響を及ぼします。 「大砲よりバターを」 はいささか古いスローガンのようですが、今の日本に生活する私たちが声を大にして叫ばなければならないスローガンと思います。