2013.6.12

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

その日(中国との武力紛争)に備えよ
─自民党新防衛計画大綱への提言を読む その2

 提言を憲法問題の視点から読んで見ましょう。まず気づいたことは、専守防衛政策という言葉が消えていることです。 2009年6月提言では、「専守防衛、非核三原則、軍事大国にならないこと…といった防衛政策の基本は維持しつつ」 と述べて、 敵ミサイル基地攻撃能力の保有を提言しています。敵基地(策源地)攻撃能力の保有は、政府解釈では憲法の法理上保有は可能だが、 専守防衛政策からこのような能力は持たない、というものでした。そのため、かつてはF4ファントム戦闘機導入の際、空中給油装置をわざわざ撤去しました。 長距離戦力投射能力は専守防衛政策に反するという理由です。現在では空中給油装置はついており、空中給油機まで保有し、 海上自衛隊も長距離、長期間の外洋作戦が可能な大型補給艦や全通甲板の大型自衛艦(ヘリ空母)を保有しており、 専守防衛政策は看板倒れになってきています。敵基地(策源地)攻撃能力を保有すれば、専守防衛政策は完全に失われるでしょう。

  今回の提言では、敵策源地攻撃能力保有が二ヶ所も登場しています。その半面で専守防衛政策という言葉すら出ていないのですから、 わが国の防衛政策では専守防衛政策はもはや無用の長物ということなのでしょう。

 専守防衛政策とは、憲法9条についての政府解釈から直接出てきたものです。自衛権行使の三要件と同じ内容です。 しかも、毎年の防衛白書で 「わが国は、憲法のもと、専守防衛政策をわが国の防衛の基本的な方針として実力組織としての自衛隊を保持し」 と述べているように、自衛隊が憲法に違反しないということの大前提になる政策でした。 専守防衛政策をなくしてしまえば、これまでの政府解釈から自衛隊がなおも合憲であるとはいえなくなるはずです。 専守防衛政策の放棄は解釈改憲そのものです。専守防衛政策についてはこのコーナーの 「ここまできた集団的自衛権憲法解釈見直しJ」(2012年10月16日)で詳しく論じていますのでご覧ください。

 提言は、北朝鮮を地域における最大の不安定要因、中国をわが国を含む周辺諸国にとって大きな懸念要因と定義して、 わが国を取り巻く安全保障環境が不安定であると述べ、それに対処すべき安全保障政策の基盤となる重要課題として、 「国防軍」 設置をはじめとした憲法改正、国家安全保障基本法制定、日本版NSC設置、集団的自衛権行使、日米ガイドライン見直しを挙げます。 憲法改正を 「わが国の国防の基本理念を明確にするため」 と位置付けています。 憲法改正の狙いが9条や前文の恒久平和主義にあることを率直に述べています。 以上の諸課題は、憲法の明文改正以外はすでに具体的に進められているものばかりです。9条の解釈改憲、立法改憲です。

 国家安全保障基本法案は、昨年6月に自民党が法案概要を発表しています。 石破茂現自民党幹事長が中心となって作った法案で、概要といってもほとんど完成した法案です。参議院選挙後に自民党から法案が議員提案されるでしょう。 この法案概要では、集団的自衛権が丸ごと行使できる内容となっており、 これが制定されれば憲法9条2項の意味のほとんどがなくなってしまうほどの立法改憲です。 この法案についてはこのコーナーの 「ここまできた集団的自衛権憲法解釈見直しK」(2012年10月23日)で詳しく論じていますのでごらんください。

 日本版NSC設置法案は、安全保障会議設置法改正法案、内閣法改正法案として6月7日衆議院へ提出されました。 参議院選挙後の臨時国会で審議される見込みです。日本版NSC設置法案の核心部分は、 日本の安全保障防衛政策の策定で官邸が主導的役割を果たすことにあります。その一つが安全保障防衛政策を策定するための四大臣会議です。 四大臣とは内閣総理大臣、官房長官、外務大臣、防衛大臣です。案件によっては統合幕僚長が出席します。 もう一つは国家安全保障局(100人規模の官僚組織といわれています)の新設です。安全保障防衛政策はここで作られます。 国家安全保障局へは自衛隊制服組が入るでしょう。2007年第一次安倍内閣が同様の法案を提出した当時の新聞報道では、 各自衛隊は一佐クラスを入れようと考えていたようです。一佐クラスとは陸自では連隊長クラス、海自では小規模艦隊の司令官クラスです。 憲法政治の下ではじめて制服自衛官が日本の安全保障防衛政策を仕切る仕組みができるのです。この意味はきわめて重大です。 自民党憲法改正草案第二章は、現行憲法が 「戦争放棄」 との標題であるのを 「安全保障」 としています。 国防軍を安全保障政策の手段として有効活用しようというものです。日本の安全保障政策が軍事力を背景にしたものに変質します。 すなわち言い換えれば戦争政策に変質するということです。日本版NSCは自民党憲法改正草案の先取りとなるでしょう。

  国家安全保障局に各省庁が分散集積している秘密情報を集中させる仕組みを作ります。そのことから、当然に秘密保全法制が必要になります。 日本版NSCについては、このコーナーの 「日本版NSCと秘密保全法制」(2011年12月1日)で詳しく論じていますのでご覧ください。

6 秘密保全法制
  秘密保全法制はすでに法案が完成しており、いつでも国会へ提出できる状態と考えられています。 秘密保全法制の詳しい分析と批判は、昨年5月に私が書いた 「徹底解剖秘密保全法 生まれも育ちも中身も秘密に包まれて」(かもがわ出版)がありますので、 ぜひお読みください。

  提言は二箇所で秘密保全法制定を提言しています。一つは国家安全保障会議設置に伴い、 内閣の情報機能を強化するため各省庁の秘密情報を国家安全保障局へ集中させ、内閣が一元管理をするために必要とするものです。 もう一つは、平素から緊急事態に至るまで、日米間で隙間のない協力を行うためです。これは集団的自衛権行使にもかかわります。 そのため日米間で緊密な情報共有・協力が必要です。米軍の情報=自衛隊の情報となりますので、日本側の秘密保全が不十分だと情報共有、 協力ができないというのです。日弁連は秘密保全法制が憲法の国民主権と民主主義原理に反し、基本的人権を侵害するものとして強く反対しています。

7 ガイドライン見直し
  日米ガイドラインとは、日米防衛協力の指針のことで、武力紛争において日米間で共同作戦を行う上でのグランドデザインです。 現在のガイドラインは97年に合意され、周辺事態での日米間の共同作戦計画策定を合意したものです。 97年版ガイドラインを全面的に改定する作業が民主党政権下で合意され、現在取り組まれています。 提言はガイドライン見直しの項目の中で、「集団的自衛権」 に関する検討を加速させると書いています。 アジア太平洋地域での日米間の役割・任務・能力の分担を包括的に再検討して、集団的自衛権行使の態勢を作るためです。 このようにガイドライン見直しは必然的に集団的自衛権行使を禁止している9条解釈変更を迫るものです。

  憲法問題の視点から提言を読めば、この提言が新しい防衛計画大綱へ取り入れられれば、わが国の安全保障防衛政策を遂行するためには、 憲法の明文改正、立法改憲、解釈改憲が不可欠となってくることが理解できると思います。その意味で自民党の提言は 「憲法違反のすすめ」 なのです。