憲法9条と日本の安全を考える
改憲を準備する新防衛計画大綱中間報告
1 防衛省は7月26日 「防衛力のあり方検討に関する中間報告」 を発表しました。
本年12月に閣議決定される新しい防衛計画大綱への防衛省からの提言です。防衛計画大綱策定では、これまで必ず有識者懇談会を組織し、
その報告書を受けて閣議決定されていました。それと併行して防衛省(庁)内に 「防衛力のあり方検討会議」 が作られて、そこでも検討が進められていました。
今回は有識者懇談会は作られませんでした。
中間報告は、これまで長年にわたって維持されてきた憲法9条を踏まえた防衛政策であるPKO参加五原則、武器輸出三原則を見直すこと、
専守防衛政策から保有をしないとしてきた敵基地攻撃能力の保有、海外での武力行使になる恐れからできないとされてきた警護活動、
治安維持活動を行うための態勢の検討、違憲の疑いのある自衛隊海外派遣一般法の制定、秘密保全法制の制定を求めています。
専守防衛政策という言葉すら出てきません。さらに、言葉自体使っていませんが、内容からは集団的自衛権行使にわたる提言を行っています。
官僚組織は政策の継続性を重視するはずです。中間報告はこれまでの防衛政策を大きく変更する内容を含んでいます。
中間報告についての防衛省の記者会見で、2013年版自民党提言を参考にしたと説明したそうです。
新しい防衛計画大綱を策定する上で、有識者懇談会の報告書はなく、自民党からの提言しかない中で、与党からの強い要請があったことは疑いがありません。
2 防衛計画大綱は我が国の安全保障、防衛政策を定める基本的な文書であり、
安全保障会議で審議決定された上で閣議決定されるものです。そのような高度な政治的文書に対する提言を、
防衛省の官僚たちが作成することの意味は重大です。
これまでは有識者懇談会が前面に出て、防衛省(庁)内の 「在り方検討会議」 は黒子役でした。今回は前面に出たのです。
防衛省の官僚による憲法改正問題への介入です。
3 なぜ今新しい防衛計画大綱を策定しようとしているのでしょうか。
現在の大綱(22大綱)は、民主党政権下の2010年12月に閣議決定されました。
向こう10年間の防衛政策を定めるもので、情勢に重要な変化が生じた場合には見直しをするとしていました。策定からまだ3年も経過していません。
北朝鮮と中国の脅威を強調してみても、22大綱当時のものと基本的なものは変わりありません。
防衛官僚の作った中間報告だけを見てもその理由はわかりません。これは自民党の政権戦略だからです。
自民党は選挙公約で新しい防衛計画大綱策定を主張していました。
自民党は2009年6月と2010年10月に 「提言・新防衛計画の大綱について」 という文書を発表しています。
2009年版は政権与党時代のもので、2009年12月に防衛計画大綱を閣議決定する予定で、それに対する与党としての要求という性格でした。
2009年9月に政権交代があり、自民党は野党となりました。2010年版は野党としての提言です。
この二つの提言はほとんど同じで、情勢の変化が反映しているだけです。
二つの提言はいずれも憲法明文改正や立法改憲である国家安全保障基本法、日本版NSC設置法の制定などを前提にした防衛計画大綱を提言しました。
さらに自民党は政権与党に復帰してから2013年6月4日 「新『防衛計画大綱』策定にかかる提言」 を発表しました。
その内容は2010年版提言のダイジェスト版です。
すなわち、新しい防衛計画大綱は、22大綱が自分たちで作ることができなかったことへのリベンジという側面があると思いますが、
なによりも第二次安倍内閣が執念を燃やしている憲法改正を先取りするためであると言えます。
2010年版提言を読めば、もう一つの理由が浮かんできます。
2009年に行われた事業種仕分けで防衛費(装備品費)が削られたことに対して 「断固抗議する」 と強い感情をあらわにしています。
2009年版も2010年版も軍事費の増大を提言しているからです。2013年提言は、「防衛力の量的、質的増強を図るため、
自衛隊の人員(充足率の向上を含む)・装備・予算を継続的に大幅に拡充する。
(太字は井上)」 と述べているのです。財政再建の時代に軍事費だけは聖域どころか大幅な軍拡をしようとしているのです。
これが新しい防衛計画大綱策定の二つ目の理由と思われます。
4 専守防衛政策を維持するのか
中間報告では、安全保障防衛政策の基本方針や防衛力のあり方に関する記述の中に専守防衛政策という言葉はありません。
2010年版提言では専守防衛政策を見直すと述べています。2013年版では専守防衛政策という言葉は出てきません。
それどころか国防の基本方針の見直しという項目を立てています。中間報告は 「弾道ミサイル対処態勢の総合的な向上による抑止・対処能力の強化について、
改めて検討し、弾道ミサイル攻撃への総合的な対応能力を充実させる必要がある。」 として、敵基地攻撃能力保有の検討を表明しています。
2009年版、2010年版自民党提言は敵基地攻撃能力として、巡航ミサイルや 「弾道型長射程固体ロケット」 保有を提言しています。
「弾道型長射程固体ロケット」 とは、固体燃料推進の弾道ミサイルです。
巡航ミサイルや弾道ミサイルによる敵基地攻撃には、攻撃手段だけでは何の意味もありません。
標的を正確に探知する偵察衛星、早期警戒衛星が必要です。さらに、標的を攻撃した成果(攻撃が成功したか失敗したか)を確認する偵察手段が必要です。
十分破壊できなければ二次攻撃が必要です。
敵基地を攻撃するおそらく最も確実な手段は、爆撃機、戦闘機による空爆です。これを実行するためには、攻撃型空母や足の長い戦略爆撃機か、
空中給油機が必要です。自衛隊には2機の空中給油機がありますが、空中給油機は一度に1機しか給油できないため、
現在の自衛隊には敵基地攻撃能力はないといっていいでしょう。93年5月に北朝鮮が日本海に向けてノドンミサイルを発射したことがありました。
これを受けて防衛庁は密かに北朝鮮のミサイル基地の爆撃を研究したことがあります。
その結果は、北朝鮮のミサイル基地を攻撃できる能力はないとの結論でした(2003年5月6日 中日新聞)。
空爆にとって最も脅威になるのが敵防空ミサイルです。敵基地を空爆する際には、
敵防空ミサイルを無力化する電子戦機や敵防空ミサイル基地攻撃を任務にするSEED部隊が必要です。
長射程の対レーダー攻撃ミサイル(米軍のHARMなど)を装備します。
敵基地攻撃能力を持とうとすれば、莫大な軍事費が新たに必要になります。一つの敵基地を破壊するには1発のミサイルでは不足しますので、
複数の巡航ミサイルや弾道ミサイルが必要です。多数のミサイルの保有、偵察衛星、早期警戒衛星の保有、敵基地攻撃部隊の創設、長距離爆撃機、
攻撃型空母など途方もない費用です。これを捻出しようとすれば、当然軍拡になりますが、それでも限られた防衛予算の中で、
他の装備を削ることになるでしょう。その結果自衛隊は極めていびつな編成となるのではないでしょうか。
このような敵軍事力とのいたちごっこのような防衛政策ではなく、9条を踏まえた安全保障政策を採用すれば、
より安上がりで安全な日本を作ることができるはずです。
専守防衛政策と敵基地攻撃能力保有については、
このコーナーで2009年5月30日 「『敵基地攻撃論』が狙う9条改憲」 という小論を掲載していますので、
詳しくはこれをお読みください。憲法9条に関する政府解釈では、法理的には9条の下でも敵基地攻撃能力の保有は可能であるが、
専守防衛政策との関係から、防衛政策としてはこれを持たないというものでした。
敵基地攻撃能力は攻撃的な防衛政策となり、かつ、先制的自衛権行使になる恐れがあることから、私は憲法9条では許されないものと考えています。
敵基地攻撃能力保有は、周辺諸国とりわけ韓国と中国に日本に対する強い警戒感を与え、日本に向けた軍事的能力の強化となり、
かえって我が国の安全保障を脅かすという「安全保障のジレンマ」になりかねません。
それ以上に、私は2013年版自民党提言や中間報告を読んで、ちょっと待ってほしいと思いました。
なぜなら、北朝鮮の弾道ミサイルへの脅威を抑止すると称して、国内の反対論を押し切って弾道ミサイル防衛を導入し、
これまで1兆円以上の国費を費やしてきたのではないでしょうか。それでは不十分というなら、これまでの弾道ミサイル防衛はいったいなんだったのか。
北朝鮮や中国の核兵器の脅威に対する抑止力のため、米国の核抑止力に依存する政策をとってきたのではないでしょうか。
敵基地攻撃能力保有論は、これらの防衛政策は意味がなかったとでも言うのでしょうか。
5 海兵隊機能の付与
中間報告は島嶼部への攻撃に対して実効的に対応するためには、部隊を迅速に展開するため機動展開能力や水陸両用機能が必要として、
自衛隊に海兵隊的機能を確保すると述べています。第二次安倍内閣は殊のほかこれを重視しています。
中間報告では具体的な装備などには言及していませんが、すでに昨年の防衛予算では、水陸両用戦闘車両の導入の研究が始まっています。
2013年版自民党提言ではさらに具体的に、島嶼部奪還作戦の遂行のため、水陸両用車両やオスプレイを装備する水陸両用部隊としています。
これまで自衛隊には海兵隊的機能はなかったのです。敵前上陸作戦は攻撃的作戦であり、専守防衛政策に反するからです。
しかし、2012年8月第3次アーミテージ報告は、陸上自衛隊の水陸両用機能強化を提言しています。
今年の6月には米本土西海岸で米軍の軍事演習 「ドーンブリッツ」 へ陸・海・空自衛隊から約1000名が参加し、
陸上自衛隊は米海兵隊と共同で敵前上陸演習を行いました。すでに陸上自衛隊の海兵隊化は始まっています。
尖閣諸島を中国軍が占領し、自衛隊が奪還作戦をするなどは、軍事的には考えられません。
自衛隊が海兵隊機能を持てば、米海兵隊と海外での共同作戦を取ることが可能になります。
国防予算を毎年5兆円削減しなければならない米国にとっては、自衛隊が海兵隊の戦力を補完してくれるので、
軍事費を節約できて使い勝手のよい自衛隊になるでしょう。
6 PKO参加五原則の見直し
中間報告は 「国際平和協力活動の迅速かつ効果的な実施をさらに進めてゆくためにも、PKO参加五原則や一般法・・・・も視野に入れた制度整備について、
政府全体として検討していく必要がある。」 と述べて、PKO参加五原則見直しと自衛隊海外派遣一般法制定を提言しています。
中間報告はさらに具体的に、
「将来的に、治安維持や警護任務等のより強制力の高い活動に対して派遣される可能性があることを考慮した各種態勢の検討を行う必要がある。」
と述べています。治安維持活動や警護活動は、武力行使となる恐れが高いため憲法9条武力行使禁止原則に反する恐れから、
これまでできないとされてきた活動です。
自民党は2010年5月に国際平和協力法案を国会へ議員提案しました。警護活動、安全確保活動、船舶検査活動を可能にし、
任務遂行のための武器使用や正当防衛・緊急避難要件がなくても対人殺傷行為が可能であり、国連安保理や総会決議がなくても、
政府の国益判断で独自に海外派遣できる自衛隊海外派遣恒久法です。
憲法9条に反する法律です。2012年11月の衆議院解散では廃案になり、自民党は選挙公約でこれを制定するとしています。
防衛省は近い将来国際平和協力法案が可決成立して、自衛隊がその任務につくことを予想して、今からその態勢を作ろうというのでしょう。
憲法に違反する既成事実の積み上げになります。
7 武器輸出三原則の見直し
中間報告は 「武器輸出三原則等の運用の現状が、近年の安全保障環境等に適合するものであるか検証し、必要な措置を講ずる。」 と述べて、
見直しを提言します。武器輸出三原則は2011年12月に見直されて、国際的な武器共同開発、
国際平和協力活動事案に限定して包括的に例外扱いとされました。
自民党が制定を狙っている国家安全保障基本法案には武器輸出三原則を撤廃する規定が含まれており、
防衛計画大綱へこれを入れようとしているのでしょう。
8 集団的自衛権行使
中間報告は、日米同盟の強化の方向性という標題で 「我が国が担うべき役割・任務や日米防衛協力の指針(ガイドライン)の見直しに関する議論を通じ、
日米防衛協力をさらに強化していく。」、「西太平洋における日米のプレゼンスを高めつつ、
グレーゾーンの事態(領土・主権、経済権益等を巡る武力紛争に至らないような対立や紛争の意味)を含め、
平素から各種事態にかけてシームレスな協力体制を築く観点から、日米の共同訓練、共同の警戒監視、施設・区域の共同使用の拡大を引き続き推進する。」
と述べています。言い換えれば、平時・情勢緊迫時・危機・戦時の各段階で、
情勢の展開に応じてどのような段階でも空白のない日米の共同対処(共同作戦)をとることを可能にしようというものです。
これは平時から集団的自衛権を行使できる態勢を作るものです。言葉こそ集団的自衛権はありませんが、書かれてある内容は集団的自衛権そのものです。
これは第3次アーミテージレポートが強く求めていることでした。
9 中国、北朝鮮との武力紛争も想定した中間報告
中間報告は我が国を巡る安全保障環境として、中国を 「我が国を含む地域・国際社会の安全保障上の懸念」、
北朝鮮を 「我が国を含む地域の安全保障にとって重大な不安定要因」 とし、
北朝鮮の核兵器開発と弾道ミサイルを 「我が国の安全に対する重大な脅威」 と定義しています。
2013年版自民党提言を中国との武力紛争に備えようとするものと評価しましたが、中間報告には自民党提言のような露骨な表現はないものの、
敵基地攻撃能力の保有、自衛隊への海兵隊的機能の付与を求め、グレーゾーン事態を強調してそれへの対処を提言しているのは、
中国との武力紛争を想定した軍事政策を作ろうというものです。
さらに自衛隊が各種事態に十分に対応するために、基地の復旧能力を含めた抗堪性を高めることがきわめて重要だと述べています。
抗堪性とは、敵の攻撃で被害を受けても被害を限局したり、被害の復旧を速やかに遂げて、敵の攻撃下においても基地機能を有効に維持する能力のことです。
実際の戦闘を想定しているから 「極めて重要」 なのです。
10 秘密保全法
中間報告は、各種事態が短時間で深刻化する安全保障環境の中で、各種事態の兆候を早期に察知して適切な政策の実施に迅速に役立てるため、
情報機能の強化の重要性を強調します。その前提として、「秘密保全体制に十分配慮する」 と述べています。
秘密保全法制の制定も視野に入れているのでしょう。
秘密保全法制はこれまでさまざまな角度から制定の必要性が主張されてきました。
政府の情報機能強化、内閣の国家安全保障機能強化、日本版NSC設置、日米同盟の強化(集団的自衛権行使の態勢)のための情報共有・強化です。
中間報告は 「防衛力のあり方」 との標題の下で、防衛力の役割として各種事態に迅速、有効に対処するために自衛隊部隊の統合運用の重要性を述べ、
統合運用の観点から自衛隊の体制整備での重視の方向性として 「指揮・統制・通信・情報機能(C3 I のこと)の強化」
のための秘密保全体制の重要性を述べています。
つまり、厳しい安全保障環境で安全保障防衛政策を遂行するためには秘密保全法制が不可欠だというのです。
政府が秘密保全法制定にかける強い意志が伺われます。
秘密保全法制定は第3次アーミテージレポートが求めているものです。「防衛戦略:同盟の相互運用性」 の表題で、陸自の水陸両用機能強化を求め、
米軍(とりわけ海兵隊)と自衛隊との相互運用性を強化するという文脈の中で、防衛省の秘密情報保護のための法的能力強化を要求しています。
中間報告はこれを意識していると思われます。
11 中間報告の内容がどれだけ新しい防衛計画大綱へ採用されるか不明です。
第二次安倍内閣の安全保障防衛政策がどのようなものになるのかは、12月に閣議決定される新しい防衛計画大綱の発表を待つしかありません。
中間報告はその内容を示唆しており、6月9日、
6月12日にアップした 「その日(中国との武力紛争)に備えよ─自民党防衛計画大綱への提言を読む その1、2」
と本稿は、新しい防衛計画大綱を分析するための予備作業として書いたものです。
本稿と併せてお読みください。10月の臨時国会から始まる憲法改正に向けた前哨戦(臨時国会では秘密保全法案、日本版NSC設置法案が、
来年通常国会では国家安全保障基本法案が改憲勢力との対決法案になるでしょう)の一つの分野として、憲法改正を阻止する上で、
新しい防衛計画大綱の内容は大変重要です。
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