2013.8.13

憲法9条と日本の安全を考える

弁護士 井上正信
目次  プロフィール

国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案と秘密保全法

1 日本版NSC創設への途(安倍首相の執念)
  日本版NSCは、国家的危機に際して内閣総理大臣を頂点として、トップダウンで危機管理に当たる国家体制を作ろうとする広範囲な計画の一部です。
  2006年6月22日自民党政務調査委会 「国家の情報機能強化に関する検討チーム」 (町村信孝座長)提言では、国際テロ、大量破壊兵器拡散など新たな脅威に対して、国家の情報能力の強さが決定的な意味があり、 そのために対外情報機能強化は一刻の猶予もならないとして、 内閣の情報集約・総合分析機能強化策と内閣直属の対外情報業務に特化した情報機関の新設(日本版CIAだ!)、 情報共有の促進と情報コミュニティーの緊密化のために、秘密保持を義務づける法整備を提言しました。

  これを受けて第一次安倍内閣は2006年12月1日、内閣に情報機能強化検討会議を設置しました。 情報機能強化会議は2007年2月28日に 「官邸の情報機能強化の基本的な考え方」 を安倍総理へ提出し、内閣の情報機能強化策を提言するとともに、 「秘密保全に関する法制の在り方」 との表題で、秘密保全のための新たな法制の在り方について検討が必要としました。 さらに情報機能強化検討会議は2008年2月14日 「官邸における情報機能強化の方針」 を提出し、この提言を実行するため、 2008年4月2日内閣に 「秘密保全法制の在り方に関する検討チーム」 が作られて、2009年8月まで作業を進め、 その後民主党内閣となった2010年12月7日内閣に 「政府における秘密保全に関する検討委員会」 が設置され、検討チームの作業を継承しました。 その後この作業は民主党政権下に引き継がれて、2011年8月に有識者会議報告書が秘密保全法制の制定を天元したのです。

  もう一つの流れは、2006年11月13日に内閣に設置された 「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」 です。 「官邸機能強化会議」 は 2007年2月27日に報告書 を安倍総理へ提出しました。報告書は、 外交・安全保障戦略を政治の強力なリーダーシップにより迅速に決定できるように官邸が迅速的確な判断を行える仕組みを作る(内閣の司令塔機能強化)として、 四大臣(総理、官房長官、外務、防衛)会合と国家安全保障問題担当内閣総理大臣補佐官の設置、それを支える事務局の創設、 事務局には自衛官を積極的に活用すること、各省庁からの情報提供の仕組みを作る、そのために、国家安全保障会議の構成員、事務局、 情報提供を受けた者に対する思い守秘義務を課すなどの秘密保護の仕組みが必要としました。

  このように、内閣が国家安全保障政策を立案遂行し、国家的な危機に際して危機管理をトップダウンで行うための国家システムの構築を、 いずれも内閣総理大臣の権限強化により実現しようとして、その不可欠な一部として秘密保全法制が検討されていたことがわかります。

2 2007年第一次安倍内閣による法案提出
  第一次安倍内閣は、当時ブッシュ政権のホワイトハウスと国家安全保障問題で情報交換をしたり政策調整をするため、 米国の国家安全保障会議(NSC)をモデルにした日本版NSCの創設に執念を燃やしました。 国家安全保障問題担当内閣総理大臣補佐官を、安全保障問題担当大統領補佐官のカウンターパートにする構想です。 この創設と秘密保全法制定は安倍総理の強い意向が働いたようです。2007年2月28日朝日新聞の記事によると、 官邸機能強化会議の委員は報告書へ早期の秘密保護法整備が盛り込まれたことに不満を示しました。 日本版NSCと秘密保護法制とを結びつけるのは筋違いと、ほとんどの委員が反対しましたが、 議長代理の小池百合子首相補佐官が 「首相の意向です」 と押し切ったそうです。

  第一次安倍内閣は2007年4月6日に安全保障会議設置法等の改正法案として、日本版NSC設置法案を国会提出しました。 この法案は、2013年6月7日に提出された法案と基本的な構成は同じです(ただ、2007年法案では専門家会議と事務局に分かれているが、 2013年法案は国家安全保障局一本にしている点が異なるようですが)。 2007年法案は国会審議がなされないまま第一次安倍内閣が総辞職したため、福田内閣で(安倍晋三氏にとっては)無念の廃案になりました。

  当時2007年3月2日中国新聞は、NSC事務局へ陸海空各自衛隊が一佐クラスの幹部を送り込む構えと報じています。 このことは、2013年法案で構想されている国家安全保障局でも同じことになるでしょう。安全保障政策が戦争政策になるということです。 自衛隊法第3条の改正(これも第一次安倍内閣時代)により、自衛隊海外任務が本来任務とされ、同時に防衛庁設置法改正により防衛省となり、 防衛省が外務省と並んで安全保障政策を所掌業務とする法制が作られましたが、内閣官房という政権中枢にまで制服組が入り込んで、 国家安全保障政策を策定することになるのです。自民党改憲草案第2章が 「安全保障」 となっていることの先取りです。

3 2013年6月7日提出法案 の内容
  安倍首相が日本版NSCと秘密保全法をセットで追求していることは2項で説明したとおりである。
  日本版NSC法案は、安全保障会議設置法を改正する国家安全保障会議設置法案と内閣法改正法案とで構成されています。 内閣法改正法案の主要な改正点は、内閣官房へ国家安全保障局の設置とその任務、国家安全保障局長と次長二名の設置、 国家安全保障担当総理補佐官の任命です。

  国家安全保障会議設置法案は、従前の安全保障会議の9大臣会合を存続させ、それまでの9大臣会合の審議事項の中から、 新たに付け加えられた審議事項である 「国家安全保障に関する外交政策及び防衛政策の基本方針並びにこれらの政策に関する重要事項」 (法案第2条九号)を四大臣会合の審議事項とします。国家安全保障会議の位置づけは、総理大臣に対する諮問ということでは安全保障会議と変わりません。

  第6条では、内閣官房長官と関係行政機関の長に対して、国家安全保障会議に対する資料、情報の提供義務を課しています。 ここが秘密保全法制と重なる点です。

  第8条では、国家安全保障会議に国家安全保障担当内閣総理大臣補佐官が出席できること、 議長は必要に応じて統合幕僚長その他関係者を出席させることができることが規定されています。

  国家安全保障会議を運営する国家安全保障局は法案では第12条で 「会議の事務は国家安全保障局において処理する。」 と定めるだけで、 その任務権限組織は内閣法改正法案が規定しています。

  ではどのような運用になるのであろうか。実は2013年5月10日には(法案提出前!)に早々と内閣官房内に国家安全保障会議設立準備室を立ち上げました。 国家安全保障会議の運営のイメージについては、 準備室が作成した説明資料 がわかりやすいです。 国家安全保障局長は、内閣危機管理監と同格で内閣情報官よりも格上の職責です。国家安全保障局長は平素から内閣危機管理監と緊密に連携します。 ただし、危機に際しての事態対処 オペレーションは、法令に基づく対策本部(災害対策基本法等、有事法制)や内閣危機管理監が担当するとしています。 しかし、国家安全保障会議は緊急事態に際しての国家安全保障に関する外交・防衛政策の観点から必要な提言を実施するとしているので、 事態対処のオペレーションに深く関与することになるでしょう。 国家安全保障担当総理大臣補佐官は、四大臣会合には常に出席してその影響力を行使することになるでしょう。 米国NSCでは、国家安全保障大統領補佐官がNSCスタッフの長を兼ねており、NSCの会合をリードする役割を持っているとされていますが、 日本版NSCでは、事務局長と補佐官が併存する体制になり、どちらが主導権を握るのか問題になるかも知れません。 おそらく国会議員が就任すると思われる総理大臣補佐官の能力次第ではないかと思います。

4 国家安全保障基本法案 とセットの日本版NSC、秘密保全法
  2012年7月6日自民党国家安全保障基本法案(概要)には、第6条で政府が 「安全保障基本計画」 を定めるとして、 そのために安全保障会議設置法を改正することを規定しています。国家安全保障会議の創設を前提にしている規定です。 法案概要の中心は、集団的自衛権を丸ごと行使することですが、それだけにとどまらず、国家安全保障政策遂行のため、それを国家の優先事項として、 国家のありよう、国民と国家の関係にまで踏み込んで変えようとしています。 集団的自衛権を行使することはそれだけ広範な国家改造が必要になることを意味しているのでしょう。 この場合、米国との安全保障、軍事政策との整合性を図らなければなりませんが、 国家安全保障会議は米国NSCと安全保障政策上の緊密な連携を図ることが狙いでした。

  法案(概要)は第3条三項において秘密保全法制定を規定しています。 「我が国の平和と安全を確保する上で必要な情報が適切に保護されるよう、法律上・制度上必要な措置を講ずる。」 との規定です。

  このように我が国が集団的自衛権を行使する上で、日本版NSC創設と秘密保全法制は密接につながっているといえます。

5 自民党改憲草案の先取り
  日本版NSCは、外務省が主管してきた我が国の安全保障政策を官邸が主導し、その実態は自衛隊制服組が強い影響力を行使するという、 いわば戦争政策に変化させる仕組みになるでしょう。憲法第9条が求める非軍事安全保障政策とは正反対のものです。 自民党改憲草案第二章が、現行第二章の 「戦争放棄」 から 「安全保障」 と表題を変え、その内容は自衛軍の創設となっているように、 安全保障政策が軍事力を有効に行使するもの(戦争政策)となっているのです。 日本版NSCはその意味で自民党改憲草案が制定されれば、第二章を実行するための国家組織として機能するでしょう。

  自民党改憲草案第九章は 「緊急事態」 である。緊急事態に際しては自衛軍が大きな役割を果たすことが想定されます。 改憲草案第9条の2で自衛軍の任務に国内治安維持活動が含まれており、 自衛軍が緊急事態での国内治安維持活動を担うことを想定した規定であると思われます。 緊急事態制度を有効に運用するために,情報コントロールが不可欠な仕組みとなります。その基礎を作る国内法制が秘密保全法です。 秘密保全法は自民党改憲草案を先取りする国内法制になるでしょう。

  国家安全保障基本法が制定されれば、日本版NSCは国家安全保障政策を立案推進する国家の中枢機能を担うものとして位置づけられています。 国家安全保障基本法案自体が、現行憲法下で集団的自衛権を丸ごと行使し、政府の各省庁の行政に国家安全保障政策を優先課題とし(第3条2項)、 国民には国家安全保障政策に協力努力義務を課し(第4条 自民党改憲草案第12条、13条の先取り)、自衛隊海外派遣恒久法を制定して、 国連機関の授権や決議がなくても国益判断で海外へ自衛隊を出動させ、武力行使にわたる活動をさせる(第11条)、 武器輸出三原則を撤廃する(第12条)ことなどとを規定しているように、それ自体立法による憲法の恒久平和主義の否定です。 自民党改憲草案の丸ごと先取り(自衛軍か自衛隊という言葉の違いがあるくらい)となっています。 この中で国家安全保障会議設置法と秘密保全法がしっかり位置づけられていることに注意をしなければならないでしょう。

6 憲法問題の視点から
  日本版NSC設置法案を憲法問題の視点からどのように理解すればよいでしょうか。 法案が行政組織法であるため、これ自体が直接憲法に違反するとは言いがたいという意見があるかも知れません。 しかしながら、日本版NSCは国家安全保障基本法案で制定を予定されているように、 憲法に違反する集団的自衛権行使を前提にした国家安全保障政策を立案、遂行するためのものであること、 国家安全保障局には自衛官が含まれる意味は、軍事的抑止力を背景にした安全保障政策となることを示しているのです。 憲法9条は安全保障政策を立案遂行する政府に対して、恒久平和主義の観点から安全保障政策を立憲的に統制する憲法規範であり、 軍事的抑止力を背景にした安全保障政策は立憲主義に反するものです。その意味で、日本版NSC設置法案は憲法に違反する法案です。