2008.1.29

メディアは今 何を問われているか

日本ジャーナリスト会議会員
 桂 敬一
目次 プロフィール

ジュゴンが恥ずかしがっている
──対米従属を脱せよ

  1月25日の朝日新聞・夕刊2面の小さな記事を読んで、いろいろなことを考えさせられた。わずか30行、 「普天間移設 『ジュゴン調査を』 米政府に連邦地裁」 という見出しの記事。沖縄県名護市辺野古は、同県普天間にある米軍飛行場の移設予定地とされているが、 建設される滑走路が伸びる沖合は、天然記念物に指定されている希少生物、ジュゴンの生息地として知られている。
  日米の自然保護団体が辺野古の基地建設でジュゴンの生息地が破壊されると訴えていたところ、サンフランシスコにある米連邦地方裁判所が24日、 基地移設の工事が同地の生態系にどのような影響を及ぼすか調査せよと、国防総省に命じる判決を出したのだ。
  判断の根拠は、アメリカの文化財保護法 (NHPA=National Historic Preservation Act. 朝日は米国歴史保存法と訳している) で、 NHPAが国外で適用されたのは初めてとのこと。このとき、読売と信濃毎日新聞 (長野・松本。共同通信配信) も同様に報道、現地の沖縄タイムス・琉球新報2紙は、 さすがに大きく報じたが、ほかの新聞に記事はなかった。26日朝刊で毎日と静岡新聞が追随した。 共同通信が配信しているのだから、もっと多くの社が取り上げてもいいのに、と思った。

  日本政府が辺野古現地で力を入れてやっている調査は、本工事着手のための事前調査ばかりで、環境アセスメント調査はおざなりの上に、 その結果も完全には公開していない。とにかく日米両政府が申し合わせた工期と日程ありきで、これに沿った強引な作業が進められつつある。
  昨年5月には海中の調査用機器の設置を急ぐために、反対派住民が工事海域に入るのを威圧して阻むため、海上自衛隊を現地に投入するという、 ちょっと考えられないことまで政府は強行した。また、その後も、反対運動に参加した牧師がアクアラングを着けて海中に入ったところ、 請負工事業者の水中作業者がこれを阻止、呼吸装置を外そうとする危険な妨害行動まで取り、住民たちの怒りを買った。
  反対派住民や沖縄の基地撤去運動を進める広範な人たちの意向はまったく無視、在日米軍再編促進特別措置法に基づく再編補助金給付というアメで、 当該地域自治体の歓心をそそり、再編計画を受け入れない岩国市のような自治体には既存の続行中の補助まで打ち切る、 えげつない政府は、なまなかなことでは、引き下がろうとはしない。
  そういうところに、あの柔和な雰囲気を漂わせたジュゴンが、無頓着な米軍と、アメリカのいいなりになるだけで、 自国住民には強引な態度で臨むだけの日本政府に対し、真正面から一本取ったかっこうとなった。

  人間ができないことをジュゴンがやってくれた。日本のことであるにもかかわらず、日本の司法がやってくれないことを、アメリカの司法がやってくれた。
  これをいったいどう理解したらいいのだろうか。沖縄海域のジュゴンは、いくら米軍基地に取り囲まれているとはいえ、 国籍があるとすれば、アメリカ国籍ではなく、日本国籍だろう。
  ジュゴンがものを思うなら、自国の政府や裁判所が自分を救ってくれるどころか、住むところまで潰そうとしているのを、 アメリカの裁判所が出てきて助けてくれそうなのを、どう考えるだろうか。 ありがたいと、手放しで喜ぶより、自分の国のだらしなさが、なんだか恥ずかしい、と思うのではないか。
  同じ日本国籍の、こっちは人間だが、この恥ずかしさの由来をちょっと考えてみると、それが生じてくる根はたいへん深いように思えてならない。

  ヒロシマ、ナガサキに原爆を落としたアメリカは酷い。沖縄の基地を占領中も占領後も抱え込み、ベトナム戦争に利用し、イラク戦争にも使い、 さらに今後の身勝手な戦略再編でも、居座りどころか、基地体制をより強化しようとしているアメリカは、とんでもない。
  しかし、それが環境や文化財などの破壊に帰結するのを禁じる国内法があり、これは外国の米軍基地にも適用されるべきだということになると、 その法理をちゃんと働かせ、司法権が行政権をきちんとチェックするよさがアメリカにはある。
  日本はどうか。アメリカに押しつけられた憲法はもう捨ててしまえと、声のでかい政治家やメディアがいう。 押しつけがあるあいだはしょうがないので守ってきたが、もう押しつけがなくなったから捨てよう、ということらしい。 そこにあるすばらしい法理を自前のものとして生かそうとする考えは持たなかったのか。基地もいやだけど、押しつけがあるあいだは、いいなりになろうということか。
  だとすると、今度の連邦地裁の判決が生かされ、アメリカはジュゴンの住みかを守る―辺野古の大規模基地建設は止めだ、となったら、それを押しつけと受け止め、 日本の政府も基地移転はいやいやながらストップする、ということになるのか。なんだかへんだ。
  日本の民主主義はいつまで経っても一人前にはならない。なんでもアメリカしだいだ。これではジュゴンは、もっと恥ずかしいと思うのではないか。