2008.2.12

メディアは今 何を問われているか

日本ジャーナリスト会議会員
 桂 敬一
目次 プロフィール

同胞の苦悩を顧みない大新聞
―─今なぜアメリカ一辺倒なのか

  2月10日開票の山口県岩国市長選は、有効総投票数 9万2,380のおよそ半分ずつを、2人の候補が分ける接戦の結果、わずかに 1,782票 ( 1.92%) の差で、 岩国基地への米空母艦載機移駐に賛成の福田良彦候補 (前自民党衆院議員) が当選した。
  移駐反対の旗を堅持する井原勝介前市長は、これまでの住民投票・市長選挙 (いずれも2006年) を通じて、幅広い市民の支持を獲得してきた。 今回の投票率は76.26%と、前回 (65.09%) を大きく上回っている。これをみれば、井原候補の支持基盤が崩壊したとは、到底いえない。 移駐賛成派による今回の投票者動員がわずかに優った、といえるのみだ。
  だが、11日現在 (休日で11日夕刊と12日朝刊は休刊)、東京の新聞各紙をみる限り、 ようやくノドにささった小骨がとれた、といわんばかりのニュースの扱いで、おおむねあとは、日本全体での米軍再編が進むと観測、 それを既定事実として受け入れる風が強いのに、驚く。

  臆面もなく再編を推進せよ、と主張──読売、日経、産経

  観測どころか、臆面もなく、これを弾みに再編を推進せよ、と主張するのが読売、日経、産経。
  社説で 「現実的な判断が下された」 (産経)、「米軍艦載機移駐を着実に進めよ」 (読売)、「・・・民意踏まえ在日米軍再編進めよ」 (日経)が、彼らの言い分だ。 産経の 「現実的な判断」 とは、北東アジアには 「冷戦構造が厳然として残る」 のだから、アメリカに頼るのは当然というもの!。 また、読売は、米軍基地拡大・強化に関して 「政府と協力すれば、様々な地域振興が可能となる」 と、岩国市に助言する。 政府は、在日米軍再編促進特措法に基づく再編交付金を、再編計画受け入れ自治体には大盤振る舞いする一方、 沖縄・名護、神奈川・座間など受け入れ拒否の自治体にはゼロとする阿漕なやり方をしている。読売はこれを当然視するわけだ。
  岩国に限っていえば、もともと米軍基地はあり、96年の日米特別行動委員会 (SACO) 報告に基づく米空中給油機受け入れに応じたときの、 新庁舎建設補助金を受給中だったが、井原市長の下での移駐拒否で、政府はこの給付を突然中断、約束違反を犯したのが真実だ。 いくら読売でも、この点は批判すべきではないか。日経にいたっては、なにが 「民意」 かの判断がずさんに過ぎる。 最初の住民投票、市町村合併後の市長選の結果に対する評価がまったくない。僅差の賛成派市民の勝利は、万々歳というものではなかろう。 そこに潜む苦悩をどう汲み取るかの配慮が必要なはずだ。
  あとは3紙そろって、これを弾みに沖縄・普天間の名護移転を早くやれと、かねてからの再編促進論のトーンをいっそう上げるだけだ。

  政府の責任を明確に批判──毎日、東京、朝日

  これらと比べると、毎日の報道の視点設定、論説のポイントは、岩国市民の苦悩に配慮する色合いが濃い。 賛成派候補が市長になった岩国に、政府がかねてからの補助金の再開と新たな交付金の支給の両方を行うために 「新補助金」 を考えている、と報じたニュースは、 政府のインチキさを伝えている。社説の 「国は対立解消の責任果たせ」 も、こじれの原因は政府の強硬策にあるとし、住民の意思の尊重を説く。 だが、社会面報道までみると、基地反対の建前よりも現実のカネが大事だと賛成に転ずる市民が多くなるのはしょうがないか、 とする調子から抜け出せていないのが、やはり情けない。
  むしろ東京新聞の社説、「街を分断した国の責任」 のほうが、補助金中断、交付金ノーというムチの政策こそ住民分断の元凶だと、 政府の責任をより明確に批判していて、わかりやすい。
  不可解なのが朝日だ。1面トップに 「米軍機容認の新顔当選 反対の前職を破る」 と大きく報じ、 毎日を除くほかの4紙が1面トップ扱いしなかったのとは際立って違った扱いをしたのはいいが、社説はなしだったのだ。 社説は、シリーズ 「希望社会への提言」 の16回目、「年金は税と保険料を合わせて」。曜日指定の決まりものかもしれないが、この日は新聞休刊日で、翌12日は朝刊なし。 2日間の空白のあとの社説になるのだとしたら、いかにも出し遅れの証文というかっこうだ。 社会面もトップ、「アメとムチ 交付金で 『兵糧攻め』」 と、政府のえげつなさを批判、井原前市長の無念を前面に出しており、 他紙が福田新市長を大きく扱ったのとは異なる。だが、社論としてこの結果をどのように受け止め、それによって生じた問題の解決をどう考えるか、 の見解が示されなかったのは腑に落ちない。

  アメリカ タカ派の硬直した世界戦略にこちらからコミット

  今回岩国の市長選の結果は、沖縄・普天間基地の名護移転、アジア・太平洋地域における米軍指令中枢の神奈川・座間への移転などの問題の帰趨に、 大きな影響を及ぼす可能性があった。それだけではない。北海道・小樽港の米第7艦隊旗艦、揚陸挺指揮艦・ブルーリッジの利用定例化、 横須賀の米原子力潜水艦母港化、さらにはミサイル防衛計画の日米一体による推進 (都心にも自衛隊のPAC3が配備)、 沖縄・米海兵隊のグアム移駐に伴う巨額な日本側費用負担の発生など、地域住民・国民の懸念や関心を喚起する問題の行方にも、それは大きな関わりを持っていた。
  ブッシュ大統領のアフガン・イラク戦争の過ちと失敗が明白になったアメリカでは、大統領選がすでに進行過程にある。 その結果如何によっては、アメリカの世界戦略が大きく方向転換し、日本としてもアメリカの平和勢力との連帯を強めながら、日米軍事同盟を改変、 非軍事的な国際協力に重きを置く方向に舵を切り替えていける可能性も出てくる。
  そうした矢先、わざわざアメリカの最右派、タカ派の硬直した世界戦略にこちらからコミットし、あえていえば、ブッシュの敷いた路線順守をあくまでもアメリカに求め、 多くのアメリカ国民が変化と平和を目指す方向に歩き出そうとするのを妨害しようとする日本は、いったいなんという国なのだ、と思えてならない。 自国の社会保障費を削減、軍事費の負担を増やしつつ、なんでそこまでやるのか。
  しかも、本稿執筆中、また沖縄で米兵が14歳の日本人少女を暴行したニュースが飛び込んできた。どのぐらい同じ悲劇を繰り返せば、政府は住民の苦悩をわかるのか。

  なぜ、トップニュース──元時津風親方と兄弟子3人の逮捕

  投票日前の数日間でも、メディアがこれら日本各地で起こっている問題をくまなく報じ、その都度、岩国市長選の意義に注目を集める議論を展開していたら、 全国の目は岩国に注がれ、そのなかで現地有権者の問題意識も、大いに変わったはずだ。取り上げるべき問題はほかにも生じていた。
  米サンフランシスコ連邦地裁の 「ジュゴン判決」 (名護・辺野古のジュゴン生息地に対する米軍基地建設の影響調査を命じた判決)、 岩国市長選・福田候補の応援で、橋下徹大阪府知事が 「地方自治体は国の防衛政策に異議を挟んではならない」 と、公正さと妥当性を欠く発言を行ったこと、 政府が、岩国市よりは協力的だと名護市には再編交付金の支給方針を決めたことなど、投票日前に報じ、論ずべき材料は、たくさん出てきていた。
  しかし、全紙がそれらをいっせいに大きく報じるとか、賛否の議論を公然と取り交わすとかすることはなかった。 名護市への交付金決定のニュースは、ただその事実が伝えられただけでは、岩国市の移駐反対派市民を威嚇し、 動揺する市民に反対を諦めさせる効果しか及ぼさなかったのではないか。
  代わって、投票日直前、大きなニュースになったのが元時津風親方と兄弟子3人の逮捕。 8、9、10と3日間、各紙は競って1面トップ、社会面トップをこのニュースで飾った。呆れたのはNHK、開票日=10日夜、7時のニュースのトップがまたこれだった。

  勇気をもって歴史の変化に向かい合うメディアの出現を

  最後に、読売、日経、産経の10日紙面をもう一度振り返ってみよう。どれも1面トップは別のニュースだった。 読売は、鎌倉時代の彫刻師・運慶作の文化財未指定の仏像が近く米に流出しそうだ、という話題。日経は、新日鉄が4月に鋼板を値上げとの予測報道、 産経は 「追跡 鳥インフルエンザ」 と題する企画報道で、「大流行迫る 『その日』」。どれもいってみればひまネタだ。
  社説も見直しておこう。この日は1本が 「岩国市長選」、残る1本が、読売 「源氏物語 千年紀を迎えた世界文学の傑作」、 産経 「建国記念の日 国づくりの歴史を学ぼう」、日経 「迷惑メール規制は実効性を」。
  生起しつつある国際社会の歴史的な情勢変化のなかで岩国市長選のポジションを考えると、その結果の受け止め方は、 今後、数年から10年ぐらいのあいだに日本がどのような方向で変化を求めていくべきかとする問題に、深く関わっていると考えざるを得ない。
  そう思うとき、この3紙の歴史的知性の程度の低さには驚き、呆れる。彼らの思惑は、当分は明文改憲が持ち出せないので、いけるところまでは解釈改憲でいけ、 というものではないか。だがそれでは、やがて世界と時代が変わり、日本国憲法の出番がやってくるチャンスを、結局潰すだけに終わるおそれがある。
  ほかの新聞はどうか。彼らに決然と対せず、適当につき合うだけでは、いずれそのポピュリズムに巻き込まれてしまいはしないか。 知的に誠実に、また勇気をもって歴史の変化に向かい合うメディアの出現を、日本と世界の市民は待っている。