2008.5.19

メディアは今 何を問われているか

日本ジャーナリスト会議会員
 桂 敬一
目次 プロフィール

長期の支援が必要な中国・四川省の災害救助
―現地の状況は今、日本に何を求めているか―


  昨夜 (18日深夜)、私の東京大学社会情報研究所 (現在の情報学環) 時代の大学院の教え子、 劉雪雁 (現在、日本のマルチメディア振興センター国際通信経済研究所勤務) さんから、中国・四川省の大地震の災害状況と、 被災地の人々の置かれた状況、被災者にはどのような救助が必要となっているか、などを伝えるメールが、届いた。
  一時帰国中の中国からその日、日本に戻り、急いでまとめた報告で、その内容は、日本のマスコミが伝えるものとは、ひと味もふた味も違う。

  私たちは、日本のメディアによってしか災害の状況、救援活動の概要を知ることができない。 中国政府が当初、日本の救助隊の派遣を受け入れようとしなかったこともあり、メディアはその態度を問題視する傾向をみせがちで、 私たちもその影響を被らざるを得なかった。 農薬汚染ギョーザ、チベット問題、長野・聖火リレーの騒ぎ、胡錦涛主席訪日と大きな進展がみられない東シナ海ガス油田問題などがあり、 とにかく中国は相手にするのが厄介だ、日本と違う、とするような空気をメディアが醸し出す風もうかがえた。
  だが、劉雪雁さんのリポートを読むと、中国も普通の国であり、政府も当惑するような未曾有の大災害に直面すれば、 大勢の被災者が国際的な救援を必要とする点は、他の国と何一つ変わらないことが、よくわかる。 彼女は、自分のレポートを 「転送自由」 で日本の多数の市民に読んでもらいたいと述べている。

  そこで今回は、以下にその全文を紹介し、皆さんに読んでいただくことにした。

  劉さんは、日本語が上手なので、彼女の文中の依頼に対して答えられることがあれば、ぜひ答えを送っていただきたい。 また、救助について聞きたいことがあれば、問い合わせをしていただきたい。 また、市民的な立場から救助活動を開始している事例があれば、それも知らせてあげてほしい。 このような日中の市民的なネットワークが幾重にも結ばれれば、それは国際的な相互扶助の新しいやり方として、両国市民の経験に蓄積されていくだろう。 また、メディアにも、政府の動きや、国の建前にこだわる視点からもっと自由になり、市民の視点に立って、日本に何がやれるのか、 やるべきなのかを追求、取材・報道をいっそう活発に進めてほしいと思う。
  これからは、日本では想像もできないほどの広大な地理空間のなかで、食糧・飲料水の確保、医療・防疫、生活インフラの復旧、 倒壊物などの撤去と都市的復興基盤の整備などが始められるはずだ。 都市型災害の阪神・淡路大震災、辺地・山古志村の壊滅を伴った新潟県中越地震の二つを経験した日本だ。 役に立つ支援はいろいろ考えられるはずだ。長期にわたる支援体制の検討が待ち望まれる。


(以下は、劉雪雁さんからのメール)
2008年5月18―19日
  皆さま

  こんにちは。劉雪雁です。
  ご無沙汰している方も多いと思いますので、BCCにて失礼いたします。
  5月12日に中国四川省で起きた大地震から、明日で7日目となります。

  大地震の惨状は、いろいろなメディアを通じて伝わってきましたが、メディアが入っていない地域、或いは、注目されている激甚被災地以外の地域も、 被害は極めて大きく、救援が届いていなかったり、不十分だったりする地域が、まだたくさんあります。

  李白の 「蜀道難」 という詩に、「蜀道難、難于上青天」 (蜀道の難きは、青天に上るよりも難し) と書かれたように、 もともと険しい山々が地震で崩れ落ちたのですから、救援の難しさは想像を絶するものがあります。今回の大地震は、本当に未曾有の災難です。

  大地震発生後の2日目、14日に、私は出張で上海と寧波に行き、今日 (18日) の午後に東京に戻ってきました。 中国にいた間に、仕事の合間を縫って、携帯メールや電話で、四川と関わりのある親戚、友人と連絡を取り合い、被災地の状況、 特に今、救援物資としては何が一番必要とされているかについて、情報を集めました。

  重慶出身の友人と連絡が取れました。彼女のお父さんは被災地の役人で、救援活動に当たっています。 彼女経由でお父さんに問い合わせたら、激甚地ではテントと薬品、特に破傷風抗毒素が至急必要だ、との返事が来ました。

  被災地支援の命令を受けて病院に待機している外科医の友人からの返事は、現地ではふとん、テント、薬品 (特に抗生物質) が大変不足しているということでした。

  15日に連絡が付いた親戚の話によりますと、大量の救援物資が成都 (四川省の省庁所在地) に集まっているが、 山間激甚地への道路が山崩れで寸断されたままであり、一番必要とする地域に救援物資が入れず、そのまま溜まっている、とのことでした。

  本日 (18日)、成都から300キロを離れた青川県木魚鎮に救援隊を派遣した、マレーシアの華字新聞編集長からメールが届きました。 食糧、飲料水、医薬品、発電機などの救援物資を2台のトラックで送り届けたら、木魚鎮の住民7000人が歓声を上げたとのことです。 木魚鎮の住民にとって初めての救援物資でした。 しかし、薬品はあっという間になくなりました。抗生物質、鎮痛剤、下痢止め薬、痒み止め、睡眠薬がまだまだ不足しているとのことです。

  生き埋めになった生存者の救出が気がかりですが、地震からまもなく1週間がたとうとしています。 この段階になると、生き残った被災者たち、特に負傷したり、病に倒れたり、家族を失ったりした人々にとって何が一番必要なのかが、大問題になっています。 被災地から遠く離れた日本にいる自分に何ができるかを、考えてみました。いま思いついたことは、以下の2点です。

(1) 現在、中国国内各地からはもちろん、日本も含む世界各国から、義援金と救援物資が集まってきています。 その状況を、中国メディアの報道や、現地で救援活動に参加しているボランティアたちのブログから知って思ったことは、 後日、被災地の復興にたくさんのお金が必要になりますが、今は、緊急救援物資の補給が優先されるべきだ、ということです。 現在、世界各国からの救援物資の取り扱いは、ほとんど政府ルート (中国紅十字会=赤十字のこと。半官半民の組織) で行われています。 しかし、被災地の範囲は極めて広く、窓口が中国紅十字会1箇所だけですと、人手も十分でなく、迅速に物資を送り届けることができる地域も、限られてしまいます。 政府ルートの救援はすでに稼動していますが、これと並行して民間ルートが利用できれば、緊急救援物資をより迅速に、またより広い範囲にわたって、 被災地に送り届けることができます。

  民間ルートの利用には、信頼できる受け皿を選ぶ必要があります。救援活動に携わるNGOやボランティアのサイトを調べ、下記の情報を発見しました。

  中国で有名なアンチウイルス・ソフトウェアの会社=北京瑞星科技有限公司は、飛行機2機をチャーターし、激甚被災地の一つである四川の綿竹市へ毎日、 救援物資を輸送しています。民間からの救援物資だけでなく、中国衛生部 (日本の厚労省に当たる) と中国紅十字会の救援物資も運んでいます。 瑞星公司のサイトには、専門の救援ページがあり (下記のリンク参照)、被災地が一番必要とする物資の情報が毎日更新され、リストとして掲載されています。
 
http://www.rising.com.cn/2008/helpme/index.shtml
  また、寄付者リストもきちんと公開されています (下記のリンク参照)。
  http://www.rising.com.cn/2008/helpme/loverlist518.shtml

  私が今日 (18日)、瑞星公司の24時間緊急ホットラインに直接電話し、確認したところ、外国からの救援物資は、郵送でも貨物運送でも受け入れる、 との回答を得ました (ただし義援金は受け付けません)。 また、現時点で一番必要なのは、消炎薬、消毒液、テント (帳蓬、Zhang Peng)、ろうそく (蝋燭、La Zhu)、軍手 (線手套、Xian Shou Tao)、 マスク (Kou Zhao)、ラジオ (収音機、Shou Yin Ji)、電池です (カッコ内は中国語表記とピンイン表記です)。

  瑞星公司の連絡先は以下のとおりです。

  住所:中国北京市中関村大街22号中科大廈101室
  電話:+86-10-82678866 内線201 (24時間対応)

  * 内線番号へは、代表電話がつながったら、直接201をプッシュしてください。ただ、電話対応は中国語のみだと思います。
  * すでに物資を送った人たちのメモもサイトにアップされています。例えば、「開梱しなくても中身が分かるように、 段ボールの表に中に入っている品物の品名と数を大きく書いたほうがよい」 のようなアドバイスなどです。

  被災地によって、一番必要とされる救援物資の種類が異なります。 例えば、大人用の紙おむつ、女性の生理用品、絆創膏、ビニールシート、ビニール手袋などを至急に必要とする地域もあります。 また、救援物資を受け入れる民間機構はここ1箇所だけではないはずです。被災地の都江堰市にある、別の団体にも電話してみましたが、つながりませんでした。 その結果、今日は確認の取れた瑞星公司の住所だけを記しましたが、他の信頼できる受け皿が見つかりましたら、 またその名称、住所、必要物資等の情報を皆さまにお知らせします。ただ、このBCCリストから外してほしいという方がいらっしゃいましたら、どうぞ遠慮なくご連絡ください。

(2) すでに二次災害を防ぐことが急務となっています。被災地の衛生状況が悪化しているからです。 悪疫の感染が広まったら、またたく間に巨大な二次災害に発展するおそれがあります。 とりあえず救助された被災者も、また救助に当たってきた人々も、心身ともに疲れきっています。 しかし、中国では二次災害を防ぐための経験や知識、情報が極めて不足しています。救助に当たる人たちでも、十分な専門知識を持っていないのが実情です。 一方、日本には防災の経験や知識の蓄積がたくさんあります。 しかし、私が 『防災白書』 や、自治体レベルでまとめられた二次災害防止対策、日本赤十字の資料などを調べてみたところ、 日本と中国では、社会インフラ、教育水準、地域の社会状況、災害のタイプなどが、あまりにも違うことに気付かされました。 日本の経験がそのまま中国の、とくに広大な辺地山間部を含む今回の被災地には、応用できないのではないか、と危惧します。

  巨大震災の二次災害を防ぐために、「どんなことが一番大事か。どんなケアをすべきか。どうすれば二次災害の発生防止や拡大阻止に効果的か」 について、 誰にでも (教育レベルの低い人たちにでも) 分かるような、簡潔にして要を得た 「秘訣」 がありましたら、ぜひ教えていただきたいと考えます。 それを中国語に訳して、中国のネットに載せるか、中国の各メディアにいる友人たちを通じるなどして、被災各地の住民に周知していきたいと思います。 せっかく生き残った被災者が、ふたたび犠牲者となることのないよう、せめて二次災害を最小限に抑えなければ、と思います。

  このメールを書くのに、4時間以上もかかってしまいました。書き終えたいま、日付も変わってしまいました。 現地では今日19日から3日間は、「全国哀悼日」 とされたようです。被災者たちが1日も早く地獄から脱出できることを、心から祈りたいと思います。

  一人の人間がいかに無力なものか、今回の震災で痛いほど分かりました。 しかし微力ながらでも、被災者たちのお役に立てればと思い、皆さまのご協力をお願いするしだいです。どのような形でも構いません。 ぜひ力と知恵をお貸しください。よろしくお願いします。

劉 雪雁
  xyliu@@oak.ocn.ne.jp (@ を一つに送信してください)

(転送自由)  2008.5.19