2008.7.8

メディアは今 何を問われているか

日本ジャーナリスト会議会員
 桂 敬一
目次 プロフィール

「ワシントン幕府」に吸収されていく自衛隊
―日米安保の変質を前田講師が徹底分析―


  マスコミ九条の会主催の公開市民セミナー 「対米従属」 第5回は、「日米安保と自衛隊の変質―米国の世界戦略は日本に何を求めるか」。
  講演後の質疑応答のなかで、参加者が 「対米従属の根っこには、日本人に心の従属があるのはないか」 「米軍の一部に組み込まれていくことを、 自衛隊員自身はどう思っているのだろうか」 とする質問に、前田哲男講師 (軍事ジャーナリスト・評論家) がこう答えたのが、強く印象に残った。
  「横須賀が日本海軍の軍港だった期間が61年、米海軍軍港になってからが63年。 戦時中、敗戦直後を知っている人間には、軍港の光景は、『従属』 を意識させるが、それしか知らない子ども時代を過ごしたものにとって、それは原風景であるに過ぎない。 漁船衝突事故を起こしたイージス艦の艦長はそのとき仮眠していた。アメリカのミサイル実験への協力が無事に終わったら、あとはどうでもよかった。自立がない。 昔の日本海軍では考えられないことが起こった。そもそも思いやり予算が、従属根性まる出しのものだ」、「自衛隊員ひとりずつからその気持ちを聞いたことは最近ない。 しかし、岩国、三沢の基地をみると、自衛隊と米軍で、入り口はそれぞれ違っても、なかに入ればすでに共同利用になっており、日米の共同統合運用が進み、 戦闘指揮の米軍の優越性が認識できるから、いろいろ感ずるところがあるのではないか。
  基地内の米兵・家族用の PX (酒保) では、米軍調達品の免税特例や思いやり予算のお陰で食品が安く買える。 しかし自衛隊員やその家族は利用できない。関税法違反になるからだ。家族住宅では、米兵は 100u 近い家を安く使える。これも思いやり予算だ。 自衛隊員は比較にならない狭い家に高い家賃を払わねばならない。何か感ずるところはあるのではないか」。 一般には、対米従属のせいで自衛隊をもたねばならず、ますますその防衛力増強を迫られているようにのみ理解されがちだが、当の自衛隊員こそ、 対米従属を切実に感じ、理解する立場にあるようなのだ。

  前田講師は、最近における日米安保体制の変質と自衛隊の変質、在日米軍再編、日米軍事一体化に対する考察に入る前に、 「なぜ日本は従属国家になったのか、そしてなぜ、かくも長く従属がつづくのか」 とする切り口から、日本の軍事的対米従属の特徴を解明していった。
  その第一点として、昭和天皇による 「国体護持」と、米国政府による天皇制を利用した 「無血占領」 との利害が一致し、 憲法第1条 (天皇) と第9条 (戦争放棄) がある種のバーター関係におかれ、前者において国体護持=天皇制維持を、 後者において日本の軍事力の解体・非武装化を、制度的なかたちで実現する妥協が成立した、と指摘する。
  だが、そこには、天皇からのマッカーサー元帥訪問、その写真の新聞掲載強制というかたちによる占領軍側のシンボル操作が行われ、 権力交代が日本国民に周知される厳しい現実が存在した。 だが、この妥協のお陰で日本政府も、天皇のご 「聖断」 で戦争が終わった―─その勅語を受けて日本の再生に励み (「承詔必謹」)、「国体護持」 を貫こうと提唱、 敗戦は誰が悪いわけではない、「一億総懺悔」 だと、国民に訴えることができた。 このような仕組みのなかで昭和天皇は、11回もマッカーサーと会談を重ねるなどして、占領軍の日本統治のあり方に心理的担保を与えてきたことも、見逃せない。
  重要な例として1947年9月の 「沖縄発言」 が指摘できる。 天皇は、米国の軍事占領が日本の主権下で長期に続行されることが望ましい、と語った。それは沖縄の現状と無関係ではあるまい。 そして、戦後すぐに構築されたこのような 「ワシントン幕府」 に、その後の日本の政府関係者・政治家が、参勤交代していくことになった。 「対米完敗」 意識をもった日本が、アジアに関しては 「対中不敗」 意識をもちつづけ、再考されてよい 「大東亜戦争」 史観も簡単に放棄、アメリカ史観に依存し、 冷戦の論理に従属していったのも、その後に禍根を残した。
  鳩山政権は辛うじて対ロ関係改善の端緒を残した。1950年代末、石橋首相が病に倒れなかったら、彼は中国とのあいだで、 西ドイツのウィリー・ブラント首相が冷戦下でも対東欧諸国との関係改善を実現したのと同じような役割を果たし、 アメリカ一辺倒から脱却する足がかりを残す可能性があったが、その機会は失われた。 その後は岸信介路線による日米安保路線がつづいたが、これに対して、1993年に成立した非自民連合、細川護煕内閣は 「多角的安全保障協力構想」 を唱えた。 だが、それは口先だけに終わり、村山富市社会党委員長を首相とする自社連合内閣では、9条維持を唱えてきた政治集団が自衛隊合憲・日米安保容認論に転じ、 主体性を喪失、急速に政治な力を弱めた。
  他方で安倍晋三内閣は、日本を独自の 「美しい国」 にするとの理念を高く掲げたが、その方向に反する 「米軍一体化」 の旗を振り、当然のことながら破綻した。 前田講師は、この全プロセスにおけるまやかし、隠しごと、見逃し、捻れ、こじれが現在の 「米軍再編」 に集約されている、と語ったが、軍事はまさに政治の集約である、 と実感させ、興味深かった。

  「対米従属」の時代区分とアメリカの占領政策・日米軍事提携の変化の対応は、第1期・1945年以降の初期占領期 (非軍事弱体化から冷戦下での占領政策見直し)、 第2期・1952年からの冷戦期 (サンフランシスコ平和条約と日米安保条約の同時締結とその後の日本再武装過程)、 第3期・1995年以降の冷戦崩壊後 (「安保再定義」、「日米同盟」 化、「9・11以後」 自衛隊海外派兵、米軍再編) の3期に大別することができる。
  第1期の軍事体制は、日本は非武装、アメリカが保障占領を続行という形態だったが、第2期になると、朝鮮戦争の勃発、社会主義中国・ソ連の脅威を前に、 アメリカはまず警察予備隊の創設を迫り、日本全体を 「極東における反共戦略のキーストーン」 に仕立て上げることを目論んだ。 当初の安保条約にすでに、日本が自国の防衛責任を漸増的に負うこと、米軍の戦力配備の権利を 「日本国は、許与し・・・合衆国は、これを受諾する」 こと、 が記され、「占領軍」 は 「駐留軍」 と書き替えられ、日米行政協定には米軍に対する駐兵権の保証、内乱介入権の付与が書き込まれ、 琉球諸島の統治の切り離しと基地の拡大を、日本は呑まされた。 また、その線に沿って、対米公約のかたちで警察予備隊が保安隊、自衛隊に変身させられていった。
  ただ、アメリカは日本の軍備の大増強を迫ったが、政府は9条合憲の枠内での変身に収める抵抗をつづけ、 自衛隊でも 「自衛のための必要最小限程度の実力」 にこだわった。この過程で、訓練での右向け右も “eyes right !” と号令されるほど、 再軍備過程はアメリカ一色だったが、MSA 協定交渉に当たった池田勇人・宮沢喜一は、米側の強い要求に対して抵抗、陸自18万人体制の線を守った。 しかしこれでは、いつもアメリカに大きく出られる引け目が生じる。 60年安保改定を進めた岸信介首相はこれを嫌って対等の立場を求め、確かに米軍の内乱介入権条項は撤廃させた。 だが代わって双務性が強まり、「極東の範囲」 における防衛責任を背負わされるなど、新しい従属性を強める結果を招いた。
  一方、野党の側は、「三矢作戦」、「不沈空母」、「3海峡封鎖」、「シーレーン防衛」 など、政府が新たな従属性の付加された日米安保体制下で自衛隊の任務範囲を拡大、 米軍の戦略行動に不用意に追随させようとする動きが生じると、国会でそれらを暴露、問題化してきた。またそれを、メディアも大きく取りあげ、批判してきた。

  ところが、こうした状況に大きな変化が生じたのが、第3期、冷戦崩壊後だ。ソ連の脅威が消失、日本の軍事力を利用するアメリカの口実は消えた。 だが、そこに起きた第1次湾岸危機と戦争はアメリカに、日本に向かって “show the flag” といえる機会をもたらした。 これに対して、日本の大国主義的な国際社会への登場を願う保守勢力や一部のメディアも、呼応した。
  細川首相が 「多角的安全保障協力構想」 を唱えると、ジョセフ・ナイ米国防次官補は日米安保同盟の 「漂流」 を恐れ、いわゆる 「ナイ・リポート」(95年) を発表、 アジア・太平洋地域における日米同盟再強化策を提唱した。
  その後、96年の 「日米安保共同宣言」(橋本・クリントン声明) で 「地球規模での問題についての日米協力」 が謳われ、97年には 「新ガイドライン」 が合意され、 日米安保は、地理的な日本本土の防衛に限らない、「事態の性質」 に由来する危機である 「周辺事態」 に備えるものへと変質させられた。 周辺事態への対応は拡大自由だ。99年には対応国内法=周辺事態法が制定された。 「放置すれば我が国…(への) 武力攻撃に至る」 事態に対する米軍を支援するための米軍協力法だ。
  だが、2001年、「9・11」 が起きると、さらに状況は大きく変化する。 アメリカは世界規模の非正規戦、対テロ戦争の考え方をうち出し、アフガニスタン、イラクへの戦争を開始、 日本にも今度は “boots onn the ground” と呼びかけてきたからだ。日本はアフガン戦争にはテロ特措法でインド洋上の給油協力ですませたが、 イラクでは人道復興支援特措法で自衛隊の現地派遣まで踏み切った。 もはや周辺事態は無限定に拡大、同盟軍=米軍のたたかいにはどこにでも、自衛隊が参加することになりかねない状況が生まれつつある。 自衛隊のイラク派遣とともに、有事法制=武力攻撃事態法 (03年)・国民保護法 (04年) も制定された。
  その後の事態の推移はどうか。05年10月、原子力空母の横須賀配備決定 (非核3原則無視)、自民党 「新憲法」 草案 (自衛軍創設、集団的自衛権行使容認)、 在日米軍再編方針 (米日作戦機能合体、「全土の沖縄化」) という、9条を虐殺するかのような発表が、27日から29日、たったの3日間に行われた。
  2014年完了予定で、日米軍統合運用も進められている。横須賀では米第7艦隊と海自の司令部が合同化した。 キャンプ座間には米軍本土の陸軍司令部が移駐、陸自 「中央即応集団」 「戦闘指揮訓練センター」 が開設された。 横田米空軍基地には空自の航空総隊司令部が移転、日米 「共同統合運用調整所」 が設置された。
  このような 「新ガイドライン安保」 の実態は、日米の軍事一体化とか融合とかいうものではない。米軍戦略のなかへの自衛隊の部品化、吸収とでもいうべきものだ。 そして、さまざまな新しい問題が生じている。
  07年の在日米軍再編促進特措法は、米軍基地受け入れ自治体に交付金を出す一方、岩国のように協力拒否なら既定の補助金まで打ち切る事態を生んだ。 米軍機の空自基地利用、陸自の沖縄基地での訓練など、双方交じっての基地利用が激しさを増している。 小樽・室蘭に空母が寄港、新潟にイージス艦が入港など、港湾・空港などの民間施設も影響を受け、沖縄・少女暴行事件、横須賀・タクシー運転手殺人事件など、 民間人巻き添えの犯罪も多発する傾向がうかがえる。 米普天間基地の名護への移転、沖縄の海兵隊のグアム移転など、実現に要する費用負担の増加という問題も、これからのことだ。

  こうした従属を断ち切るにはどうしたらいいか。
  一つにはきたるべき政権交代が大きなカギとなるだろう。 新政権が安保条約をなくせば、基地は消滅する。旧東ドイツでは統一の過程で政権交代があり、国内のソ連などの基地を消滅させた。 しかし、日本の新政権が民主党に代わるだけでは、その公算は小さい。
  二つ目は、地位協定の改定と、「国内法優位」 「対等性」 の原則の確立。それができれば、弊害除去の可能性は大きい。 93年、ドイツは NATO の補足条約=地位協定を改定、成果を上げた。日本もその気になればできることだ。
  三つ目としては、日米合作で米軍再編を進め、その実質で解釈改憲の幅を広げ、結果的に明文改憲に結びつけようとするやり方への対処だ。 9条護憲を型通り唱えていくだけでは有効でない。相手方の 「解釈」 内の問題点それぞれに具体的に壁を立てたり、9条のもち得る積極面を政策化して提案を対置し、 解釈改憲そのものを阻んでいくべきだ。
  たとえば、非核3原則、武器輸出禁止、宇宙の軍事利用禁止などは、再確認し、法制化する必要がある。 目前に厳としてある3自衛隊約24万人についても、これをどうするか、具体的に検討、国土警備隊、国際災害救助・復興支援隊、 国連 PKO 参加の国連待機組織などとして、自衛隊のあり方・役立て方を考えていくべきではないか。 その際、コンプレックスの裏返しのような 「対中不敗」 意識をほったらかしにせず、しっかり見直して克服する必要もある。 石橋政権が長命だったらやったであろう誠実な対中改善、細川政権が一旦ではあれ、志した 「多角的安全保障協力構想」 を、新しいかたちで再興し、 日米関係を多極化する世界情勢のなかで捉え直そうとする政権ができれば、中国をはじめとする東アジアの国々の理解と支持も得られるはずだ。
  前田講師はこのようにまとめながら、ご自身所属の研究集団 「平和フォーラム」 が05年に発表した 「憲法具現法」 としての 「平和基本法」 の一部を紹介した。 前田講師は、重ねて政権交代の重要性を強調したが、政権を目指す政党・政治集団に対して、「平和基本法」 的なアイデア、 アメリカの戦争への自動的参加を阻む方策を、今問い糺し、きちんと議論していくことの重要性は理解できた。
  メディアにそのような役割を、大いに果たしてもらいたいものだと思った。

<セミナー・次回以降の開催予定>
最終回=第6回 7月12日(土) 13時30分 会場:全水道会館(水道橋)
<共同討論>「日本は 『対米従属』 からの脱却と自立をいかに図るか」
   パネリスト:前田哲男 (軍事ジャーナリスト・評論家)
          山家悠紀夫 (暮らしと経済研究室代表)
          古関彰一 (獨協大学教授)
   コーディネーター:桂 敬一
会    費:資料代 1000円、学生 800円
申 込 先:日本ジャーナリスト会議  電話:03-3291-6475