2008.7.19

メディアは今 何を問われているか

日本ジャーナリスト会議会員
 桂 敬一
目次 プロフィール

洞爺湖サミットのカゲで何が起こっていたか
―緊急に解決されるべき問題の行方は―

  7月7日から9日までの3日間、北海道・洞爺湖畔のザ・ウィンザーホテル洞爺で開催されたサミット、第34回主要8か国 (G8) 首脳会議には、 世界中から、緊急を要する重要な問題の解決について、大きな期待が寄せられていた。 もちろん、当初から予定されていた、地球温暖化防止のためのCO2排出規制に関する明確な行動指針の決定も、重要な問題であるには違いない。
  しかし、今春以降の急激な原油の値上がりに伴うエネルギー危機、これと連動、食糧資源の大きな部分がバイオエタノール原料に回されることによって生じる食糧危機、 アメリカのいわゆるサブプライム問題 (低所得層向け住宅融資の不良債権化) によって不安定化した株・債券市場から逃げ出す巨額の投機資金が、 石油・穀物などの商品相場に流れ込み、エネルギー・食糧危機をいっそうこじらせるとともに、世界恐慌まで引き起こしそうな金融危機、 この3つの危機の克服に向かって洞爺湖サミットがどう動くかに、世界中の目が注がれるようになっていた。
  だが、会議が終わってみたら、この緊急かつ重大な問題に対して、すぐ役立ちそうな方策は、何一つうち出されはしなかった。 それどころか、目玉のCO2排出規制でも、縛られるのを嫌うアメリカに公然とそっぽを向かれるのを避け、規制は大事だ―─削減には足並みを揃えてもいい、 とする程度の賛成を取り付けただけで、大まかな削減目標の数値設定さえ、できないままに終わった。 たしかに中国、インド、ブラジルなどの新興国の抵抗もあった。だが、先進工業国側が進んで自ら負うべき厳しい削減目標を提示していたら、新興国もいつまでも、 不満を理由とする抵抗はできなかったはずだ。
  だが、アメリカへのヘンな気遣いが、新興国のサボリを許す結果となった。EU所属国はアメリカに割と厳しかった。 ホスト国、日本が一番、アメリカに甘かった。 しかし日本の新聞は、声の大小の違いは多少あれ、終わってみたらみんな、成功、成功と自賛ばかりが目立つような紙面を、そろってつくったものだ。

  ところが、サミットが終わった途端、気になる動き、問題がすぐ、いろいろと起きだした。アメリカのドル・株・債券の3つが11日、そろいもそろって大幅安値に転じた。 また同日、アメリカの地方銀行だが、住宅ローンでは大手のインディマック・バンコープが破綻、取り付け騒ぎが生じた。 13日になると、ポールソン米財務長官は、政府資金で設立された連邦住宅抵当公社・ファニーメイと住宅貸付抵当公社・フレディマックの経営不安・ 株価急落への対応策として、両社に対する公的資金の注入も考えている、と発表した。 FRB (連邦準備理事会。日本の日銀に当たる) もこれに合わせ、両社への特別融資方針について発表を行った。
  政府は、公的資金注入は必要ないと、さんざん繰り返していってきたのだから、様変わりだ。 問題は、こうした事態が日本にとって対岸の火事ではすまされなくなる、という点だ。 米住宅公社などの米政府機関の債券は、日本の企業もたくさん買い込んでいる。三菱UFJの 3.3 兆円を筆頭に、 みずほ、三井住友の3フィナンシャル・グループ合計で約 4.7 兆円、このほか日本生命の 2.5 兆円を筆頭に、第一生命、明治安田生命、東京海上日動、 三井住友海上の5保険会社で約 3.6 兆円、大和証券グループ本社が約1400億円、それぞれ買い込んでいる事実が判明している。
  1990年代半ばに深刻化した、いわゆる住専問題 (銀行がバブルの時期、ノンバンク、住宅金融専門会社を通じて巨額の融資を行ったが、バブル崩壊後、 それが不良債権化し、経営困難に行き詰まった問題) の解決を10年越しでようやく解決できるところまできたのに、 今度は、アメリカにおける同様の大火事からもらい火し、もう1度、似たような苦労をする羽目になりかねないのだ。

  もう一つ、世界第2位のビール大手、ベルギーのインベブ社が14日、アメリカ第1位 (世界第4位)、 日本でも馴染みのバドワイザーで知られるアンハイザー・ブッシュを、5兆5000億円で買収した事件だ。 両社の合計シェアは、世界市場のおよそ25%にも達し、現在世界1位、イギリスのSABミラーをはるかに超える、 巨大ビール会社が誕生することになるという (日経・15日朝刊)。
  ことがビールだけならどうということでもないが、その背景に大麦、ホップ、トウモロコシなどの原料調達問題が大きく横たわっている点を、重視する必要がある。 合併による規模の効果は、投機資金が相場を荒らしがちな状況のなかでは、栽培契約、取引量先決めなどの可能性を大きくし、 価格の安定化、相対的に低価格での原料調達など、あらゆる点で競争上の優位性をもたらしてくれる。 そのことは、同業間ではさらなる合併・統合を加速するだろうし、小麦製品、酪農製品など、他の食品産業における世界的な巨大企業をも刺激し、 彼らのあいだでの寡占的統合を促すことにもなるだろう。これらのことは、食品企業に投機筋を向こうに回した対抗力をもたせ、一見いいことのようにみえる。
  しかし、企業が投機筋に負けないほどに、たとえば穀物相場での対抗力がもてるようになるということは、その企業自身も、穀物相場で価格支配力をもつようになり、 穀物を食品製造に用いるよりは、金融的先物商品として取り扱ったほうが儲かると判断できたときには、そうする可能性もある、ということを意味する。 金融的先物商品に対する投機とは、その商品の価格が上がっても儲かるし、先にいって下落しても儲かるものだ。 ほかの相手が売りに出るか、買いに出るかで、どっちにも札が張れるギャンブルと同じだ。食べ物がそんな材料にされていいものだろうか。
  また、世界の需要の3分の1とか4分の1とかを1社がまかなえるというような巨大食品会社は、世界中の農業生産者、 食料購入者に対する価格支配力を一手に握りかねない。 途上国の労働集約型の農業生産者は収穫物を安値で買いたたかれ、食品としてその製品を買うときは、高い値段で買わされることになるそれがある。

  日本とて危なっかしい。食糧自給率があまりにも低いからだ。世界的な寡占型食品産業が人為的にタイトな供給状態を続行すれば、対抗する手段がなく、 高い食料品を買いつづけるしかない。そういう意味では、15日に経済産業省が閣議に提出した2008年版 「通商白書」 が重要なメッセージを伝えている。
  新聞報道 (日経・15日夕刊) では、原油、小麦、トウモロコシ、銅の、いずれも原料というべき一次産品4品目だけだが、 その日本における価格の3〜4割は 「投資」 によって押し上げられる結果となっている、とするデータを示したからだ。
  すなわち、原油の国内市場価格はバレル125.5ドル、その50.8ドル (40.5%) は需給以外の部分だというのだ。同様に小麦・ブッシェル7.8ドルの2.7ドル (34.6%)、 トウモロコシ・ブッシェル 6.0 ドルの 2.8ドル (46.7%)、銅鉱石・1000トン 8.4 ドルの 2.0 ドル (23.8%)が、それぞれ実需以外の投資、 投機資金で押し上げられた部分だとみなされている。その部分は市場が透明でなく、説明しきれないこと、07年後半以降、とくに08年に入っての増加が著しいこと、 銅と比べると、広範な領域において投機の対象となりやすい前者3品目での増加が目立つこと、などが指摘できる。
  こんな歪んだ価格形成状況の下で、消費税の引き上げを急いでいいものだろうか。それは物価の歪みをいっそう不健全なものにしていくだろう。 しかし、高度な工業力をもち、工業製品を高く売り、そのカネで食糧・エネルギーを、多少高くなっても買える日本はまだいいかもしれない。 酷い目に遭うのは、売れるものは農産物しかないが、それを安く買いたたかれるにしても、輸出せざるを得ず、 貧しいものは食べるものさえ自国内にみつけることができなくなる途上国だ。
  貧しくても食べるだけは食べられた、という状態さえ奪われてしまう。金持ちG8がこのような危機を打開する有効な手だてをうち出せなかったことを、 なぜ日本の新聞はもっとはっきり批判しないのかと、つくづく思う。

  洞爺湖サミットが終わった、ある種気の抜けた雰囲気のなか、もう一つ別の重大な問題をめぐって重要な動きが生じた点にも、触れておきたい。
  政府の防衛省改革会議 (座長・南直哉東京電力顧問) が15日、福田首相に報告書を提出したが、その中身を放っておくわけにはいかないからだ。
  そもそもこの改革が叫ばれ、首相の諮問会議として改革会議ができたのも、発端は、守屋武昌前防衛事務次官の接待ゴルフ漬けなど、 構造的な汚職体質を一掃、装備品調達に絡む防衛省・防衛産業の利権体質・癒着構造を改革することが、狙いであったはずだ。 だが、その後、石破防衛相が内局=背広組と自衛隊=制服組の人事交流促進、陸・海・空の縦割り組織の一元化を唱えたり、 イージス艦 「あたご」 の漁船衝突事故が起き、たるみの引き締めなどが叫ばれたりするのに連れ、いつの間にか防衛省・自衛隊の組織改革が主眼とされるようになり、 結果的に報告書は、そうした内容のものとなっていた。これによって、防衛大臣が、背広組・制服組一体となった組織を、直接指揮する体制が強められることになるようだ。 文民統制を担保するため、首相官邸の司令塔としての機能を強化する、とする構想も盛り込まれた。
  しかし、たとえば海外に派遣された自衛隊の行動が現場において先行、これを政府レベルで制御しようとしても、現場の事態の変化が早ければ、 即応は防衛大臣レベルで行うほかなく、細かなことのいちいちまで官邸の司令塔に判断を仰ぐなどのことはできないのではないか、とする疑問が湧いてくる。 そのように考えると、かつて戦前・戦中の軍部が、現役武官大臣制にこだわったり、天皇の大権に属するものとしての統帥権を押し出し、 軍の戦略・作戦行動への介入は統帥権に対する干犯だと、批判者を圧伏してきた史実を思い出さないわけにはいかない。
  大方の新聞社説は、改革会議報告に対して、利権・汚職構造改革はどうなったのだ、組織改革だけに傾斜するのは話が違うのではないか、 とする疑問は一応提起していたが、もっと突っ込んだ批判、あるいは問題提起が必要だったのではないか、と思わせた。

  とくに感じたのは、13日、米第7艦隊の原子力空母 「ジョージ・ワシントン」 の横須賀母港化に反対する全国集会が現地で開かれ、 主催団体によれば3万人の市民が集まったというのに、各紙の14日夕刊 (朝刊は休刊)、15日朝刊をみても、このニュースが目に止まらなかったことだ。
  1999年の周辺事態法以降、日米軍統合運用が進展、昨年の米軍基地再編促進特措法制定に伴い、その動きはスピードを上げている。 横須賀には米第7艦隊と海自・自衛艦隊司令部の合同体制が事実上、実現している。 「ジョージ・ワシントン」 はその体制下で横須賀を根拠地とするわけだ。キャンプ座間には米西海岸から米陸軍司令部が移駐、 そこに陸自の 「中央即応集団」 と 「戦闘指揮訓練センター」 が開設された。横田はどうか。ここはもともと、在日米空軍の中央司令機能を担ってきた基地だ。 そこに空自の 「航空総隊司令部」 が移転、日米 「共同統合運用調整所」 が設置された。 そして、「訓練移動」 と称する米軍機の空自基地利用が、反対に 「訓練実習」 と称する陸自の沖縄米軍基地の利用が、どんどん実施されるようになっている。 ミサイル防衛 (MD) 実験に伴う、海外での日米合同演習も進んでいる。このような事態をどうみるべきだろうか。
  制服組の日米軍事交流、というより、太平洋・アジア・中東にまたがる、いわゆる 「不安定な弧」 への効率的な出動態勢を、 日本も巻き添えにして組み立て直す米軍事戦略の再編のなかに、自衛隊は 「部品」 として組み込まれつつある、とみなすべきではないのか。 日本のみせかけだけの 「文民統制」 は、米軍が実力行動に出たら、ひとたまりもなく吹き飛ばされることになるおそれがある。 防衛大臣は米軍側のエイジェントと化されるのではないか。 また、かつての統帥権に代わり、もっと怖い米国防総省の意向が、日本のうえにのし掛かってくることになるのではないか。

  洞爺湖サミットとはなんだったのか。そのカゲで本当に重大な動きとして生じていたことはなんだったのか。 見逃せないのは、アメリカの不吉なカゲ、その忌まわしい影響力ではなかったか。 日本はそれに無気力に向かい合うだけでは、ますます対米従属の深みに転落していくばかりだ。 そして、そのような日米のもたれ合いは、世界中の貧しい国ぐに、人びとの、怨嗟の的とされていくだけだろう。 メディアはそうした状況の出来について、もっと深刻な危機感を抱くべきではないのか。