2010.8.16

メディアは今 何を問われているか

日本ジャーナリスト会議会員
 桂 敬一
目次 プロフィール

いよいよ白熱化する安保・普天間問題めぐるたたかい

  8月4日の読売新聞・朝刊2面に、オヤッと思わせる記事が出ていた。

「日米同盟の意義 ネット漫画でPR 在日米軍が公開開始」 の見出しの下、在日米軍が日米安全保障条約改定50周年を記念して、 同盟の意義をアピールする漫画を作成、在日米軍司令部のホームページで4日から公開を始めた、という本文24行の小さい記事。 カットに 「私たちの同盟」 と大きくタイトルが入り、少年らしいキャラクターと眼鏡の女の子との二人が星条旗のうえに立っていて、 足元に 「OUR ALLIANCE―LASTING PARTNERSHIP」 (私たちの同盟―永続するパートナーシップ)のサブキャッチが入った、 表紙らしい小さな写真も載っていた。これではなんのことかよくわからない。 記事のなかに米軍ホームページのURLが記載されていたので、あとで開けてみようと思っていた。 しかし、内心、「いよいよテキさん、おいでなすったか」 という気がした。


  ところが、メールチェックのためパソコンを開けたら、「桂さん、みましたか」 と、怒った調子の小林義明さんのメールが届いていた。 小林さんは 「マスコミ九条の会」 ホームページの運営責任者で元映画監督。メールの中身は、このマンガPRのこと。 もうインターネットが動いていたので、小林さんのメール中にあったURLをクリック、早速、実物にお目にかかった。 なるほど、頭にくる。すぐ思ったのは、ほかの新聞はなぜこれを取りあげなかったのか、ということ。 米軍司令部広報は、読売だけに発表したわけではあるまい。さすがに日米同盟推進派の読売は、 短い記事ながら 「価値観が近い日米両国の同盟の意義」 アピールに賛意を表する感じだった。 ほかの新聞もそうならそうで、それでいいし、おかしければおかしい、けしからんならけしからんと、いえばいい。 せめて事実を報じ、そういう視点ぐらいは示せよ、といいたくなった。黙殺はなかろう。

  小林さんは、ネット上のAFP(フランス通信社)4日付けの日本語配信記事も転送してくれた。その一部を紹介する。 「(マンガ)全4部・・・のうち、4日に公開されたのは第1部。主人公は米国の少年 『うさクン』 と日本人の少女 『新居あんず(Anzu Arai )』 だ。 『うさクン』 は・・・『USA』 のローマ字読み、『新居あんず』 は同盟を意味する英語 『アライアンス(alliance)』 に引っ掛けたネーミングだ。 『うさクン』 は 『ウサギ』 にも引っ掛けてあり、ウサギのような耳がついたフードをかぶっている。 マンガのなかで、うさクンはあんずに、『大切なトモダチ』 としてあんずの家を守るためにやってきたと説明している。 マンガは、2人の主人公を通じて、在日米軍の役割や日米同盟の意義を学べる内容となっているという。 ・・・(このPRは)米国による広島への原爆投下65周年を2日後に控えたタイミングでの公開」。 マンガという手法は、PRの対象に日本の若者を意識したため、ということでもあった。「広島」 への言及はピリリと効いているではないか。

  小林さんは大いに怒っていた。漫画の冒頭は、あんずの家にうさクンが 「居候」 としてやってきた場面から始まる。 あんずがのんびりくつろいでいると、うさクンは部屋のあちこちでバタバタ、ゴソゴソ動き回る。 彼女がいぶかっていると、うさクンは突然、「やったよ!」 と叫び、あんずの目の前にでかいゴキブリを突き出し、「台所を守ったよ」 という。 あんずが 「なんでこの家を守ろうとするの」 と問うと、うさクンは 「ボクとあんずが “同盟” なカンケーだから!」 と答える。 そして、あんずが事情を呑み込みかけると、うさクンは 「次は一緒にゴキブリ退治だ!」 と、また叫ぶ。 小林監督の怒りは、殺されたゴキブリの絵に触発されていた。「ルアンダのジェノサイド」 を思い出させられたせいだ。

  私も同感だ。だが、このゴキブリの存在は、私にはもっとほかのことも考えさせた。 なるほど、アメリカ人にとっては、先住民のアメリカ・インディアンもゴキブリだったに相違ないと、とっさに思った。 さらに米軍は、日米安保を盾に確保しつづけた沖縄の基地から、ベトナム戦争に海兵隊を送り込み、B52を嘉手納基地から北爆に出撃させていた。 ベトコンもゴキブリだったのだ。さらにはサダム・フセインやイラク人も、ボスニア戦争の際のセルビア人も、アルカイダやタリバンも、みんなゴキブリだったのだ。 そして、在日米軍基地や自衛隊が陰に陽に、こうしたゴキブリ退治の戦争を支援する関係にあったことを考えると、 日本も、アメリカにゴキブリ扱いされた側から敵とみなされる立場にあったのではないかと、とても嫌な気分になった。 最近、米韓が一緒になって、北朝鮮をゴキブリとみなす姿勢を強めている。 そこではもしかすると、日本もゴキブリ退治に参加させられることになるのではないか。

  そうこうするうちに、うさクンの人のよさと、まるで自分勝手なものの思い方に、おかしくなるのとともに、 こういうPRを本気で広めようとする米軍は気が確かなのかと、思わないわけにいかなくなった。 あんずの家の居候・うさクンは、食事代も部屋代も払っている気配がない。おカネはあんずが負担しているようだ。 うさクンはその代わり、用心棒をしてくれている。こうした関係は、か弱い娘ひとりの所帯に、腕の立つ浪人が用心棒として転がり込んできた、 というような時代劇のシチュエーションそっくりだ。だが、下って現代になると、水商売の女性のところにヤクザの男がヒモとなって居座る、 というようなケースのほうが多い。男はカネづるだから、いかがわしいトラブルから女性を守る。女性も守ってもらっていると思う。 しかし、冷めた目でみれば、女性は、別れ話を切り出したら男に暴力で脅かされるので、黙ってカネを貢ぎ、一緒にいるほかなく、 守ってもらっているなど錯覚でしかない、ということのほうが多いのが現実だ。 なんだ、日米地位協定、「思いやり予算」 みたいな話ではないか。こんなことを想像させるPRは逆効果なんじゃないのと、 米軍広報担当者に言ってやりたくなった。

  もっとも、端倪すべからざるところもあるので、このPRを馬鹿にすることはできない。 自衛隊とアメリカ軍の協力は、平和憲法が自衛権は認めるものなのだから、その前提に立てば、平和憲法に矛盾するものではない、というような、 耳に入りやすい憲法論もうさクンがあんずに説いて聞かせており、あっという間に集団的自衛権が成立しそうだ。 白眉は、アメリカ陸軍第一軍団前方司令部と陸上自衛隊中央即応集団司令部の一体化の説明だ。 両司令部はすでに、神奈川県のキャンプ座間で一緒に行動するかたちをとっているが、その現状、役割を、 これほど具体的にわかりやすくリポートした日本のメディア報道を、私はほかで目にしたことがない。 うさクンもあんずも、ほかの人も、みんなでキャンプ座間にお引っ越しなんです。国外の任務も一緒にやるんです。 うさクン 「今までよりも効率的で」、あんず 「いままでよりも仲良しになるのです!」。二人は熱心に語りつづける。

  そうか、米軍も相当行き詰まっているな、と実感した。ここまでやらなければいけなくなったのだ。 自国のこれからの軍事費の削減、普天間問題の難航、沖縄の基地反対運動が示唆する今後の日米安保の不安定化などに、強い危機感を抱くからこそ、 こんな問題だらけのPRを、マンガにしてまでやらなければならなくなった、ということではないのか。 そのことを考えると、沖縄の人たちの頑張り、粘り強いたたかいに、いまさらながら、敬服する。 マンガで理解を求められた本土の若者たちは、これをどう思うのだろうか。 米軍広報のURL、http://www.usfj.mil/manga/Vol%201/ を開けて、ぜひ実物をみていただきたい。 申し訳ないけれど、これに怒りが感じられず、説得されてしまうとしたら、余ほどの不勉強、あるいは腑抜けとしか言いようがない、と私は思う。 また、朝日新聞主筆の船橋洋一さんにも、このマンガ全編をぜひ読んでもらいたいと思う。 これまで豊富な知識と細やかな論理で、日米同盟の支持を訴えてきたあなたの努力を、このPRは見事に裏切ってしまったのではないか。 日本人の知性やディグニティを一顧だにしない低劣なパブリシティは、結果的にあなたをも侮蔑するに等しい、というべきものだ。

  日米安保、普天間問題はここまできた。本番はまさにこれからだと、ひしひし感ずる。
  以下に北海道新聞に寄せた最近の拙稿も紹介させていただく。あわせてご覧いただければ幸いです。

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北海道新聞7月31日(土)夕刊
桂 敬一 「ニュースへの視点」

「北」 との 対話に米韓の壁

  7月21日、米国のクリントン国務長官がゲーツ国防長官と訪韓、南と北がにらみ合う、依然としてきなくさい非武装地帯(DMZ)を視察した。 60年前、1950年6月20日に、訪韓中のダレス国務長官顧問が38度線を視察、その5日後、25日に朝鮮戦争が始まったのが思い出され、 何か不吉な思いがよぎった。

  I・F・ストーンの名著、『秘史 朝鮮戦争』 によれば、ダレスは、李承晩大統領の揺らぐ基盤を固め、大韓民国を国連に認めさせた立役者であり、 これに反発した北朝鮮の軍事的集結を十分承知していた。同時に彼は、日本を早期に独立させ、 そのための対日平和条約を、冷戦下の自国極東政策に利用しようと構想、朝鮮で戦争が起きれば、その思惑はすぐかなえられると踏んでいた。 実際、戦端が切られると、日本は “特需景気” で経済復興のきっかけをつかんだものの、戦火も完全に収まらないうちに、 対日平和条約であるサンフランシスコ講和条約の締結とともに、今日までつづく日米安保体制に組み込まれることとなった。

  演習に海自幹部
  クリントン・ゲーツ両長官の訪韓は、韓国哨戒艇 「天安」 の爆破は北朝鮮の仕業と決めつける韓国を支援する意味があり、 外交・防衛首脳同士の会談のあとは、両国の協力を北に誇示する大規模な合同軍事演習が、日本海で展開された。 気持ち悪いのは、日本の横須賀が母港の原子力空母、ジョージ・ワシントンと、嘉手納基地に所属する最新鋭戦闘機F22とが出動、 同艦に海上自衛隊幹部4人も搭乗、演習にオブザーバー参加したことだ。 また、この最中に1987年の大韓航空機爆破事件の犯人で北の工作員だった金賢姫元死刑囚が、日韓両政府の異例の協議に基づいて来日、 横田めぐみさんの両親など、拉致被害者の家族と面談し、その一部始終が大々的に報じられた。これも、北を硬化させないわけがない。

  私たちはもう、いったんことあれば、米韓とともに北とたたかわなければならないのだろうか。 北と個別に話し合いを重ね、なんでも平和裏に解決していくという道を独自に模索することは、できないのか。日本には許されないことなのか。

  安保の見直しを
  そしてまた、いっそう 「普天間問題」 の行方が気にかかる。今回のような米韓合同演習を必然化する戦略構想のなかでは、 沖縄の米軍基地の維持どころか、その強化・拡大さえ、要請されることになる。 それでは、沖縄の基地負担の軽減という問題など、吹き飛ばされてしまう。そんな日米安保が日本のためになると、日本政府は本気で考えるのだろうか。 60年前とはまったく異なる発想で、安保そのものを見直すべきではないのか。
(かつら・けいいち=立正大学講師・ジャーナリズム論)
 毎週最終土曜日に掲載します。

(マスコミ9条の会 掲載)