2009.2.11

「時代の奔流を見据えて──危機の時代の平和学」

目次 プロフィール
木村 朗 (きむら あきら、鹿児島大学教員、平和学専攻)

第七回 「オバマ新政権で世界はどう変わるのか
──過剰な期待と大いなる恐れの狭間で(上)」

1.オバマ新政権の誕生と歓迎一色の報道への疑問

  今年の1月20日に、バラク・フセイン・オバマ・ジュニア (B Hussein Obama, Jr.) 氏が、 就任式典に集まった200万人もの米国民衆の熱狂的支持の中で第44代大統領に就任して早くも20日が経とうとしています。 オバマ大統領の就任直後の支持率は68%と故ケネディ大統領の72%に次ぐ高さでした (ギャラップ社世論調査、2009年1月24日)。 これは大統領就任前の支持率82% (2008年12月24日の米CNNテレビ放送) と比べると少し下がり気味であるとはいえ、 依然として高い支持率であることは間違いありません (最新の2月6日のギャラップ社世論調査では支持率65%)。 しかし、その一方で、オバマ大統領の暗殺防止のための厳重な警戒態勢ばかりでなく、就任式当日の歴代最大の株価下落や不可解な就任宣誓のやり直し、 スキャンダルなどによる相次ぐ閣僚指名辞退などという不安材料もすでに出ています。

  米国では新政権発足後3ヶ月間は野党もマスコミも批判を控える 「ハネムーン」 という慣習があります。 オバマ新政権に対しては、国際社会もおおむね好意的な反応を示しているようです。 そうした中で、日本ではオバマ大統領の支持率89.7% (1月22日に発表されたインターネット専業保険会社 「ライフネット生命保険」 が行った 「オバマ大統領に関する調査」 の調査結果) というやや異常ともいえる数字で、 マスコミ報道や出版の分野でも圧倒的なオバマ人気を受けてフィーバー状態が続いています。

  いずれにしても、オバマ新大統領に対する真の評価はこれからであり、今後のオバマ新政権の動向を注視していく必要があります。 以上のことを前提にして、今回の論評では、現時点での、オバマ新政権への暫定的な分析・評価を行いたいと思います。

2.大統領選でのオバマ氏「圧勝」の背景とその意味について

  まず、オバマ新政権の分析・評価を行う前に、オバマ大統領を誕生させる結果となった先の大統領選を振り返ってみたいと思います。

  昨年11月4日に行われた米大統領選では、獲得した選挙人の総数は、民主党のオバマ候補が365人、共和党のマケイン候補が173人でした。 最後の集計となったミズーリ州でマケイン候補が勝利し最終結果がようやく出たのは、 4日の投開票から2週間以上を経た19日のことでした (その後、選挙人による投票は12月15日に行われ、オバマ氏が正式に次期大統領に選出されました)。

  この大統領選の結果を獲得した選挙人の総数から見れば、確かにダブルスコア以上の大差でオバマ氏の 「圧勝」 であったといえるでしょう。 しかし、その内情をよく見ればそれほど単純ではなかったようです。というのは、得票率を振り返ってみると、オバマ氏52%、マケイン氏46%と、 実際には大手マスコミが言うほど、オバマ氏とマケイン氏の獲得した得票数に差はなかったからです。 こうした認識ギャップを生んだ原因が、間接投票で行われる米国の大統領選における小選挙区制に類した 「勝者独占方式 (Winner Take All)」、 すなわち、一般投票で1票でも多く取ればその州に割り当てられている選挙人 (最終的に大統領を決定する投票権を持つ人) のすべてを独占できるという、 驚くべき選挙方式・仕組みにあったという事実にもっと注意を払う必要があります。
  この勝者独占方式は、小選挙区制と同じで死票を多く生みだすばかりでなく、国民による一般投票でより多くの票を獲得した候補が、 選挙人による最終投票で負ける場合があるという根本的な欠陥を持っています。 実際に、2000年11月の米大統領選では、一般投票の結果では、民主党ゴア候補が5099万票 (得票率48.38%)、 共和党ブッシュ候補は5046万票 (同47.87%) と、明らかに 「勝利」 していたはずのゴア氏がその後の選挙人による最終投票で 「逆転敗北」 する結果になりました (このときの大統領選挙では、その他にも見逃すことが出来ない重大な選挙違反などが行われましたが、ここではそのことには触れません)。

  そして、この米大統領選の仕組みのもう一つの重大な欠陥は、民主・共和両党という二大政党以外の第三党の進出を事実上阻んでいることです。 具体的な事例としては、1992年の大統領選では改革党のペロー氏は、18.9%の得票率だったのに、 選挙人を一人も獲得できませんでした (「しんぶん赤旗」 2004年9月12日付)。 今回の大統領選には、全米緑の党のシンシア・マッキニー候補 (元民主党の連邦下院議員で黒人女性) や、 無所属で出馬した米消費者運動家ラルフ・ネーダー候補が出馬していましたが、 その存在は全国放送されるテレビ討論からも締め出されるなど大手マスコミによって完全に無視され、 あたかも民主・共和両党以外の大統領候補者がいないかのように扱われました (詳しくは、堤 未果 「“チェンジ” の裏で失われる “チョイス”」 『世界』 2009年2月号、 を参照)。

  ネーダー氏は、投機が国民生活を破壊する 「カジノ資本主義」 を批判し、大企業中心からの転換が政治の中心課題だと述べ、 オバマ、マケインの両大統領候補は生活できる賃金や企業の説明責任などの政策を持っていないなどと指摘していました。 また、マッキニー氏は、9・11事件の真相究明のための再調査委員会設置やすべての在外米軍基地撤去などを要求している人物で、 米国が解決しなければならない緊急課題として、イラク・アフガニスタン戦争、貧困・雇用問題、金融危機などとともに、劣化ウラン兵器、 白燐弾、クラスター爆弾についても言及し、 一部では選挙の 「台風の目」 となるのでは、と話題を集めていました (詳しくは、成澤宗男著 『オバマの危険―新政権の隠された本性』 金曜日、2009年、 の特に5章 「変革を求める “草の根” の人々」 を参照)。

  この他にも、今回の大統領選には、FRB改革や9・11事件の真相究明を要求する共和党のロン・ポール候補や平和省創設を訴える民主党のデニス・クシニッチ候補、 同じく民主党で軍産複合体を根本的に批判するマイク・グラベル候補など注目すべき人物が出馬していましたが、 彼らの貴重な主張だけでなく大統領選への出馬自体もほとんど大手マスコミによって無視された形となっていたのは大問題だと思います。

  以上のような事実からも、民意を正確に反映できない非民主主義的な性格を持つ大統領選挙のあり方はこれから根本的に見直されなければならないでしょう。
  それでは、オバマ氏の勝因は何であったのでしょうか。ここで指摘しておきたいのは、下記に挙げた五つの要因 (ファクター) です。

1) ブッシュ前大統領の不人気(ブッシュ前政権の負の遺産)
  まず、オバマ勝利の最大の立役者は、やはり何と言っても退任直前の支持率が30%を割っていた他ならぬブッシュ前大統領とその負の遺産ではないかと思います。 アフガニスタン、イラクでの泥沼の戦争と増え続ける財政赤字、 国際社会での米国の威信の低下と孤立をもたらしたブッシュ共和党の政権下の 「悪夢 (暗黒) の8年間」 からの脱却を 多くの米国民が求めたのではないかということです。 ブッシュ前大統領を28%の人々が 「史上最悪の大統領」 とみなし、 その退任を75%の人々が歓迎している世論 (2008年12月27日のCNNの世論調査結果) がそのことを如実に物語っていると思います。

2) オバマ氏の演説の巧さと「カリスマ性」
  また、コロンビア大学およびハーバード大法科大学院卒のエリート弁護士でありながらシカゴの黒人貧困街での社会活動を経験し、 「上院議員1期目」 でイラク開戦に当初は反対したというオバマ氏の異彩を放つ変化に富んだ経歴とその演説の巧さなどが、 「黒人」 (厳密には、ケニア出身の黒人である父親とハワイ出身の白人である母親との間に生まれた 「ハーフ」 で、 先祖が奴隷であったアフリカ系黒人とは異なる出自を持つ 「マイノリティー」) であることのマイナスを、 逆に 「民族の融和・統合」 というプラスに転化する好結果をもたらしたのではないかと思います。 ただ、オバマ氏の民衆を熱狂させてやまない人間的魅力とその 「カリスマ性」 は、本人の意思とは無関係に、 逆に 「ポピュリズム」 や 「ファシズム」 への結びつく可能性も秘めていることにも注意する必要があるのではないでしょうか。

3) 圧倒的な選挙資金と巧みなメディア・コントロール
  そして、オバマ氏が最終的に勝利した要因として決定的ともいえる影響をもったのが、オバマ陣営が集めた圧倒的な選挙資金です。
  オバマ氏が大統領選期間中に集めた選挙資金の総額は、7億4500万ドル (約693億円) という空前のものでした。 この金額は、前回2004年の選挙で民主、共和両党の大統領候補が集めた合計額をも上回るもので、 対立候補であったマケイン氏の陣営が集めた資金3億6000万ドルの倍以上でした。 この大統領選でオバマ陣営は歴史を塗り替える空前の集金力を示したわけですが、問題はその内訳です。 この巨大な選挙資金は、献金者の総数は395万人で、 アフリカン・アメリカンにルーツを持つヒップホップ文化を受け入れてきた新しい世代の支持者たちを中心に、 5ドルから10ドルといった小口の献金をインターネットなどを中心にして集めた 「草の根」 献金とも言われています。
  しかし、実情はそれとはかなり違っていて、200ドル未満の少額献金者は全体の4分の1に過ぎず、 献金の圧倒的部分は、巨大な軍需産業や多国籍企業、ウオール街の金融・保険・不動産産業、 具体的には、ゴールドマン・サックスやUBS AG、JPモルガン・チェイス、リーマン・ブラザーズ、 シティ・グループなどから大口の献金を受けていたことが判明しています (前掲・成澤著 『オバマの危険』 の第1章 「オバマが “庶民” でない理由」 を参照)。 民主党の大統領候補者を決める予備選でオバマ氏が勝利して、ヒラリー・クリントン氏が敗北した決定的要因もやはり選挙資金の差であったと思われます。 これまでの米国の大統領選挙において選挙資金で圧倒的に有利に立った陣営が敗北した前例がないという事実が、 オバマ陣営が勝利した秘密を物語っています (グレッグ・パラスト著 『金で買えるアメリカ民主主義』 角川書店、2003年、を参照)。

  また、それに関連して、オバマ氏のシリコンバレーを味方につけた型破りな IT・ハイテク政策が、 プロパガンダ効果を生んで大統領選を終始一貫して有利に進めることを可能にしたことも見逃せません。 大統領選投票日を目前にした10月29日に、オバマ陣営は7つのテレビネットワークから30分の放送枠を買い取り、 直接アメリカ国民に自らの政策や信条を訴えたことは多くの人々の記憶に鮮明に残っていると思いますが、 あれこそまさに選挙資金とメディアという二つの戦略の一体化した象徴的な出来事であったと思います。

4) 共和党副大統領候補サラ・ペイリン氏の不人気
  共和党のマケイン陣営のもう一つの誤算は、アラスカ州知事であったサラ・ペイリン氏を副大統領候補に担いだことでしょう。 なぜなら、彼女は、副大統領候補として表舞台に登場した直後こそ、新人で初めての女性の副大統領候補ということで話題となってマケイン氏の支持率アップに貢献しました。 しかし、その後のテレビ出演でのインタビューなどで外交問題をめぐる知識や経験の不足が明らかになって共和党支持者からも次第に批判の声が上がり始めるようになり、 その結果、彼女を副大統領候補に選んだマケイン氏の政治判断を疑問視されるような事態となったからです。 それだけに、大統領選後に 「共和党敗北はブッシュ政権のせい」 と語っているペイリン氏の姿を見ると、失笑を禁じ得ません。

5) リーマン・ブラザーズ破綻など金融危機の表面化
  大統領選の終盤でオバマ氏にとっての追い風、マケイン氏にとっては逆風となる大きな出来事が起こりました。 それは、言うまでもなくサブプライム住宅ローン問題に端を発する金融危機の表面化でした。 まず大手証券会社リーマン・ブラザーズが2008年9月15日に経営破綻し、深刻な金融危機と世界同時不況の波に米国は直面します。 そして、討論会などを通じて47歳という若さを誇るオバマ氏が72歳という高齢のマケイン氏よりも、 その対応策と危機管理能力において優れているのではないかという評価がなされ、 それまで均衡していた両陣営の支持率が一挙にオバマ氏へと流れることになったのです。

  以上のようなことから、今回の大統領選でオバマ氏が 「圧勝」 したとは言い難いものであったと言えると思います。 オバマ氏に勝利をもたらしたものは、必ずしもオバマ氏が掲げる 「変革 (CHANGE)」 や 「アメリカの再生」 に圧倒的多数の米国民の期待が集中したというわけではなく、 ペイリン氏の副大統領候補への起用というマケイン陣営の不手際や突然の金融危機の浮上という予想外の緊急事態にオバマ氏が助けられた側面が大きかったことがわかります。
  オバマ氏がヒラリー氏と最後まで民主党の大統領候補の地位を争った大統領予備選だけでなく、 大統領本選挙においても共和党のマケイン氏ともかなりの激戦の上でようやく勝利することが出来たという事実は、 その後オバマ氏が政権移行期および大統領就任後に行ったホワイトハウスの側近・スタッフの人選や閣僚の任命ばかりでなく、 重要な政策決定にまで大きな影響を与えることになったことに私たちは注目すべきでしょう。
 (続く)
2009年2月11日