2009.9.13更新

「時代の奔流を見据えて──危機の時代の平和学」

目次 プロフィール
木村 朗 (きむら あきら、鹿児島大学教員、平和学専攻)

第十六回 今回の選挙結果をどう見るか
−小選挙区制の恐ろしさと憲法改悪との連動の危険性を問う(上)

  昨日実施された総選挙 (第45回衆議院選挙) は、自民党惨敗と民主党圧勝という事前に予想された通りの結果に終わり、 マスコミ報道などで最大の焦点とされていた与野党逆転による 「政権交代」 が実現し、 公示前勢力の115議席ばかりでなく単独過半数 (240議席) を大幅に上回る308議席を獲得した民主党の鳩山由紀夫代表を首相とする政権誕生が確実になった。 すでに民主党を中心として、社民党・国民新党などが参加する新しい連立政権を発足させる本格的な協議が始まろうとしている。 自民党が政権を手放すのは1993年 (平成5年) の細川・非自民連立政権の成立以来であり、 1955年 (昭和30年) の結党後経験したことのない歴史的敗北であったと評されている。 最終投票率は前回の総選挙を上回る約69%で、自民支持層の29%が民主へ、公明からも16%流出、あるいは民主候補に共産票の70%、 自民の4倍超で受け皿、などと報道されているように、民主党への 「追い風」 が吹いたというよりも大きな 「地殻変動」 が起こったことを示している。

  今回の総選挙での自民党の敗因が、地方・弱者の切り捨てと地域・所得格差の拡大を招いた小泉政権以来の 「構造改革」 「規制緩和」 を柱とする新自由主義路線のつけ、 安倍・福田と2代続いた国民無視の政権投げ出し・たらい回しへの批判、 上から目線で庶民の痛みが分からない典型的な世襲議員でマンガ好きで漢字が読めないと揶揄された麻生首相への幻滅、などが指摘されているが、 まさに 「自由民主党への積年の蓄積された不満と不信が最大の敗因」 (麻生首相)、「いままでのつけが全部きた」 (自民党・下村博文衆議院議員) と言えよう。

  また、今回の総選挙は 「政権交代選挙」 とも称されたが、それよりも 「反郵政選挙」 であったとも言うのがふさわしく、その意味で注目されるのが国民新党の存在である。 鹿児島3区で当選した国民新党・元職の松下忠洋氏の 「4年前の総選挙 (郵政選挙) は間違いであった」 という言葉がそのことを象徴的に表している。

  前回の総選挙では、自民・公明の政権与党が、郵政民営化を 「構造改革」 「規制緩和」 の本丸、シンボルとして唯一の争点として打ち出した。 当時の小泉首相による参院での郵政民営化法案の否決を理由とした衆院解散・総選挙実施自体が違憲の疑いが明らかに強いものであったが、 マスコミ報道や野党などによってなぜか強く追及されることもなく、 権力と一体化したメディアの情報操作によって (その背後には米国からの圧力・支援があったと言われる) 「郵政選挙」 一色となり、 「劇場政治」 「刺客選挙」 などの演出がなされる中で、本当に問われるべき多くの重要な争点が隠されることになった。

  今回の総選挙でも、実際に争点として前面に出されたのは、野党側から提起された子育て支援、年金、医療、介護といった国民生活に直結した問題であったというよりも、 「政権交代」 とそれに絡んだ形での政権担当能力・財源問題であった。 そして、残念ながら、今日の政治課題で見逃すことが出来ないより重要な問題だとも思われる 「郵政見直し」 「かんぽの宿」 問題や、 「核・沖縄密約問題」 「ソマリア海賊対処法」 「船舶検査法案」、あるいは 「捜査・取り調べの全面可視化」 「裁判員制度・死刑制度の見直し」、 「児童ポルノ法案」 「電子投票法案」 などが注目を集めることはなかった。

  これとの関連で、現在冤罪で収監中の植草一秀氏が取り上げるべき重要な争点として提起している具体的な5つの政策、1) 大資本の利益を優先する経済政策、 2) 官僚の天下り利権の根絶、3) 消費税大増税の阻止、4) 議員世襲の制限、5) セーフティネットの強化、 も大いに参考となる (植草一秀の 『知られざる真実』 2009年6月6日)。

  今回の総選挙で真に問われるべきは、「平和」 (憲法9条) と「暮らし」 (憲法25条) に直接関わる問題であり、 米国の属国・植民地状態からの自立と大企業 (巨大資本)・外国資本 (国際金融資本) 本位の歪んだ新自由主義的な経済体制からの転換であった。 ここでは詳述できないが、これに関連して特に外交・安保問題で大変参考になるのが、 安原和雄氏の問題提起 「総選挙で問うべき真の争点−平和と暮らしを壊す “日米同盟”」 である (「安原和雄の仏教経済塾」、を参照)。

  安原和雄氏はその中で 「その打開策は、まず破綻した新自由主義路線と決別することである。新自由主義は破綻はしたが、死滅したわけではない。 再生の機会をうかがっていることを見逃してはならない。以上のように日米安保体制を背景に憲法9条と25条の空洞化が進んできたわけで、 平和と国民の暮らしを守り、生かしていくためには日米安保の解体をこそ視野に入れる必要がある。 従来型の自民・公明党政権では新しい時代の要請に応えられない。 一方、民主党政権が誕生しても、政策面で自民党に接近するようでは期待できない。」 と述べておられるが、いずれも時宜に適った説得力のあるご指摘だと思う。

  また、今日のような閉塞状況をもたらした主な原因の一つが、「権力を監視するというメディアの唯一の使命を放棄して、自公政権と一体になってきたこれらメディアこそ、 日本をここまで悪くした最大の責任者である」 と天木直人氏も指摘しているように (天木直人のブログ 「この国を悪くしたのはこの国のマスコミであることがはっきりした」)、 メディアの劣化と言論統制の拡大であることは明白であろう。 そして、その大手マスコミがあまり触れたがらない問題で、何よりも問題視する必要があるのが、 有権者の民意を正しく反映しない現行の小選挙区を主体とした非民主的な選挙制度のあり方であろう。 「政権交代」 をもたらした今回の総選挙の結果を一応は歓迎しながらも、その一方で得体の知れない不気味さを感じているのは私だけではないだろうと思う。 昨晩 (正確には今朝) の選挙番組の冒頭で、自公政権に終始好意的であったキャスターの田原総一朗氏が、 「自民党がこんなに負けていいんだろうか」 「民主党がこんなに勝っていいんだろうか」 としきりにぼやいていた。 私も、田原氏とは多分異なる文脈で今回の民主党圧勝をもたらした小選挙区制度のカラクリとその恐ろしさを実感している。

  ただ、ここで誤解のないように述べておきたいのは、今回の総選挙の結果によって、 これまでの地方軽視・弱者切り捨てと対米従属・軍拡路線を本質的な特徴とする自公政権に代わって、 既得権益とのしがらみが比較的少ない民主党を中心とする新しい連立政権が出来ること自体は基本的に歓迎・評価しているということである。 この意味で、現実的観点から 「総選挙を前にして─敢えて私は民主党の圧勝を願う」 と表明している天木直人氏の主張にも共感する部分がある (「天木直人のブログ」 2009年08月30日)。 特に、取り調べの全面可視化や裁判員制度の見直し、記者クラブ制度の見直しなどの改革には本格的変革の胎動として期待するところ大である。

  しかし最大の問題は、今回の総選挙で民主党が小選挙区のカラクリによって実際の民意以上の 「大勝」 (それも必要以上の 「圧勝」) を得たことであり、 それ以上に鳩山代表・小沢前代表をはじめ民主党議員の多くが小選挙区制による二大政党制の信奉者であることである (民主党は衆議院議員の比例代表部分の議員定数を180から100に削減するという政策をマニフェストで公約している!)。 また、日米安保体制や自衛隊の存在を憲法9条の観点から見直すのではなくて、 (小沢前党首が主張したような) 国連決議があることを理由にアフガニスタンへの ISAF (国際治安支援部隊) への参加を含む自衛隊の海外派兵を志向する姿勢を明確にし、そのための憲法改正の必要性も隠していないことも重大な問題である。 この点で、いま注目されている民主党と連立を組もうとしている社民党との間の、日米安保体制の下での米国による核の傘と日本の非核3原則との矛盾 (これは、 そのまま日本国憲法と日米安保条約の矛盾に他ならない!) をいかに調整・解決するのかにも今後注目していかなければならない。

  政治評論家の森田実氏は、ご自分のブログ (「森田実の時代を斬る」 2009.8.25 (その1) 森田実の言わねばならぬ 【709】) の中で 「小選挙区制下では政党は独裁化する。 ごく少数の政治家が実権を握る。民主党の場合は小沢一郎氏が全権力を握る可能性が高い。何が起ころうとしているのか、読者諸兄姉は、すでにおわかりのことと思う。 小選挙区制下で圧倒的支持を得た政党は独裁化するおそれが強い、ということである。」 と指摘している。

  私もこの森田氏の指摘に基本的に同意するものである。来年に予定されている参議院選挙でもし民主党が単独過半数を得た場合、 社民党などとの連立解消や自民党・公明党などとの大連立・政界再編を経て、 公職選挙法の改正による完全小選挙区制への移行や国民投票法の適用を通じた憲法改正の実施もあり得るかも知れないのである。 このことを、今度の総選挙の結果を無条件で歓迎している多くの国民、とりわけ護憲 (あるいは創憲、活憲) の立場にある人々に真摯に考えてもらいたいと思う。 また特に、小泉政権登場前後から現在に至るまで本来の役割である権力への監視・批判と国民の知る権利の代替を放棄し、 「政治のワイドショー化」 を推し進めて、権力と一体化した情報操作を行ってきたマスコミにも猛省を求めたい。 それは、今回の政権交代を、強権政治・独裁への道ではなく、 従来の国民無視の政治・経済からの決別と真の民主主義の実現につながるものにするために不可欠であると考えるからである。

  最後に、今度の選挙に関連した重要なニュースとして、昨日、 小選挙区制廃止をめざす連絡会の主催で 「小選挙区制反対・議員定数削減反対討論会」 が東京・文京区民センターで開催され、 新しい小選挙区制反対闘争がスタートしたこと (「週刊金曜日」 2009年8月28日号)、 ネット選挙運動の一環として最高裁裁判官に対する国民審査で不適切な裁判官を罷免するための取り組みが初めて大規模になされたことをご紹介したい (例えば、 ネット選挙運動 「最高裁判官をあなたがチェック!! 国民審査で竹内行夫にバッテンを!!」、を参照)。 いずれにしても、この小選挙区制を含む現行の選挙制度がもつ深刻な問題点については次回の論評で詳しく論じることにしたい。
(続く)
2009年8月31日 (第45回衆議院選挙を終えて)