2010.4.12更新

「時代の奔流を見据えて──危機の時代の平和学」

目次 プロフィール
木村 朗 (きむら あきら、鹿児島大学教員、平和学専攻)


第十九回 オバマ米大統領の “善意” と “欺瞞”
−アフガニスタン戦争と核廃絶のジレンマ

1. オバマ米大統領への平和賞授賞の意味と背景
  オバマ米大統領が2009年ノーベル平和賞を12月10日にノルウェー・オスロの市庁舎で開催された授賞式典に参加して正式に受賞した。 その一週間前にアフガニスタンへの約3万人の米兵の追加増派を発表したばかりであった。
  ノルウェーのノーベル賞委員会が、2009年のノーベル平和賞をオバマ米大統領に授与すると発表したのは10月9日のことであった。 ノーベル賞委員会は授賞理由として、オバマ氏が 「核兵器なき世界」 の実現を掲げて核軍縮や核不拡散に積極的に取り組んでおり、 イラク戦争を開始したブッシュ前米政権のユニラテラリズム(単独行動主義)を改めて、 国連などの舞台を中心にした国際協調外交を通じて世界的な規模での核軍縮の新しい流れを作り出すことに主導的な役割をはたしていることなどを掲げている。

  このオバマ米大統領のノーベル平和賞受賞に対しては、米国内外から賛否両論の声が上がったものの、米国内における比較的冷めた反応とは対照的に、 日本国内の反応が鳩山首相や被爆者の方々をはじめ熱狂的歓迎一色であったのが奇異に感じられるほどであった。

  これに対して、『民衆のアメリカ史』 の著者でもある 『ハワード・ジン氏は、 過去にも 「戦争犯罪人の定義がぴったりとあてはまるキッシンジャーが平和賞を与えられた」 ことを指摘し、 「平和賞は、雄弁に約束をするオバマのように約束をしたことに基づいてではなく、戦争を終わらせる実際の功績に基づいてこそ与えられるべきです。 実際、オバマはイラク、アフガニスタン、そしてパキスタンで残酷で非人間的な軍事行動を継続しています」 と主張している (ハワード・ジン 「戦争と平和賞」 [TUP-Bulletin] 速報830号)。 また、国際政治経済分析で定評のある浜田和幸氏は、近年のノーベル賞委員会が 「前年に戦争をなくしたか、軍縮に最も大きな功績のあった人物に授与する」 とした、 ノーベル氏の遺言を守っていないのではないかと懐疑的な声も上がっていることを紹介するとともに、 オバマ氏とヤーグラン選考委員長(ノルウェーの元首相)の知られざる密接な関係を指摘している (「オバマ氏ノーベル平和賞の怪 ノルウェー株式市場を結ぶ “見えない糸”」、 および浜田和幸著 『ノーベル平和賞の虚構』(宝島社、2009/12/9)を参照)。

  さらに、レルネット主幹の三宅善信氏は、「沖縄返還交渉の功績によって、抜け穴だらけの 『非核三原則』 を提唱した佐藤栄作元総理が受賞(1974年)した辺りから、 この 「平和賞」 だけは胡散臭いノーベル賞だと思うようになった」 と述べ、今回のオバマ大統領への 「ノーベル平和賞を受賞させることで、世界の耳目を集めさせ、 強大な国家権力と雖(いえど)も無視し得ない国際世論というお目付役を作るという意味」 があり、 米国による軍事作戦(イスラエルによるイラン攻撃とその支援活動)の阻止とアラブの湾岸諸国が、原油取引における米ドル決済を中止し、 日本円・人民元・ユーロ・湾岸協力会議(GCC)諸国が検討している新統一通貨、 および金(gold)による 「通貨バスケット」 に移行しようという試みへの米国の軍事的対抗策を封じ込めることが目的であったと推察している (「オバマ大統領ノーベル平和賞本当の狙い」 を参照)。

  今回のノーベル平和委員会において、5人の選考員の間でどのような議論が交わされ、最終的にどのような判断で受賞者(オバマ大統領)が選ばれたのかは、 現在までほとんど明らかにされていない(もっとも一部報道では、ヤーグラン選考委員長が強い主導権を発揮し、 他の選考員の反対意見を押し切って決定したとも伝えられている)。 私たちがその真相を知るためには、受賞者の選考過程を50年間は公表しないというノーベル平和委員会の原則に従って50年後の情報公開を待たねばならない。

2.オバマ米大統領のノーベル平和賞受賞演説が示唆するもの
  オバマ米大統領がノルウェー・オスロの市庁舎で12月10日に開催された授賞式典で行った受賞演説 (『西日本新聞』 2009年12月11日付、を参照)は、 今年4月に行った 「核兵器のない世界」 を掲げて世界中の注目を集めたプラハ演説とはかなり異なった内容・色調を帯びていた。

  オバマ米大統領は、その演説の冒頭で、自分への平和賞授賞が世界中に大変な論争を巻き起こしたこと、その理由の一つが、 キング(牧師)やマンデラ(元南アフリカ大統領)らと比べれば自分が成し遂げたことがわずかであることを率直に認め、 自分よりもよほどこの栄誉にふさわしい人々が多く存在するとの批判に反論できないと語った。 またその一方で、今回の受賞をめぐる最大の問題が自分が二つの戦争の最中にある国の軍最高司令官だという事実にあることに触れ、 自分がその二つの戦争を継続せざるを得ない理由を次のように述べている。

  ≪私は今日、戦争をめぐる問題の絶対的な解決策を携えてはいない。私が認識していることは、こうした難題に立ち向かうには同じ考え方、懸命の作業、 数十年前に大胆に行動した男性、女性を含むすべての人たちの粘り強さが求められる。 さらに、大義ある戦争の概念と平和の必要性について新思考が求められるだろう。 われわれが生きている間に暴力的な紛争を根絶することはできないという厳しい真実を知ることから始めなければならない。 国家が、単独または他国と協調した上で、武力行使が必要で道徳的にも正当化できると判断することがあるだろう。 (中略) そう、平和を維持する上で、戦争という手段にも果たす役割があるのだ。 ただ、この事実は、いかに正当化されようとも戦争は確実に人間に悲劇をもたらすという、もう一つの事実とともに考えられなければならない。 兵士の勇気と犠牲は栄光に満ち、祖国や大義、共に戦う仲間への献身の現れでもある。しかし、戦争自体は決して輝かしいものではない。 決してそんなふうに持ち上げてはならない。両立させるのは不可能に見える二つの事実に折り合いをつけさせることも、私たちの課題なのだ。 戦争は時として必要であり、人間としての感情の発露でもある。≫

  ここに見られるのは、戦争を必要悪ととらえ、「平和のための戦争」 を時として行うことの正当性を唱えなければならない 「戦時大統領」 としてのオバマ氏が現在置かれている困難な立場の全面的表明である。 オバマ大統領は、自分が 「戦争と平和の関係と、戦争を平和に置き換える努力についての難問を抱えている」 ことを訴えるとともに、 「戦争の一つは終わりに近づいている。もう一つは米国が求めなかった戦争、さらなる攻撃から私たちとすべての国々を守るために、 われわれがノルウェーを含む42カ国とともに戦う戦争だ」 と表明することによって、正当性のより薄いと思われるイラク戦争の存在を隠すと同時に、 42カ国がとともに戦うアフガニスタン戦争の正当化を2001年に米国で起きた 「同時多発テロ事件」 (9・11事件)との関連を匂わしながらさりげなく巧妙な形で行っていると言えよう。

  そのことを、ありのままに表現しているのが次の彼の言葉であろう。
  《私はこの声明に、マーチン・ルーサー・キングが何年も前に、この同じ式典で述べた思いを込めたい。「暴力は決して永続的な平和をもたらさない。 社会的な問題を何も解決せず、もっと複雑な問題を新たに作り出すだけである」。キングのライフワークを引き継ぎここに立つものとして、 私は非暴力の道徳的な力を信じる証言者だ。ガンジーとキングの信条と人生において、弱々しく、消極的で、ナイーブなものは何もないことを私は知っている。
  しかし国民を守り保護することを誓った国家のトップとして、彼らの例だけに導かれるわけにはいかない。 私は現実の世界に対峙(たいじ)し、米国民に向けられた脅威の前で手をこまねくわけにはいかない。誤解のないようにいえば、世界に悪は存在する。 非暴力運動はヒトラーの軍隊を止められなかった。交渉では、アルカイダの指導者たちに武器を放棄させられない。 時に武力が必要であるということは、皮肉ではない。人間の欠陥や理性の限界という歴史を認識することだ。》

  ここでオバマ大統領は、ガンジーとキングの非暴力・平和主義の信条・理想への強い共感を示す一方で、 武力行使の必要性をいかなる場合でも否定する 「絶対的平和主義者」 とは一線を画する自分の思想的立場・見解を明らかにしている。 しかし、最大の問題は、どのような場合に武力行使が必要悪として正当化されるのかという具体的事例における判断基準の問題であろう。 オバマ大統領はそのことについて、次のように述べている。

  《まず初めに、戦力行使について規定する基準を、強くても弱くてもすべての国々が厳守しなければならないと考える。 ほかの国々の元首と同じように、自国を守るために必要であれば、私には一方的に行動する権利がある。しかしながら、基準を厳守する国々は強くなり、 守らない国々は孤立し弱くなると確信している。(中略)その上でだが、米国自身が規則を守らないのならば、他者に規則を守るよう迫ることはできない。 規則を守らないのならば、いかに正当化しようとも、われわれの行動が独断的に映り、介入の正当性を損なうことになってしまうからだ。 (中略) 私は、バルカン諸国や、戦争に傷ついた他の地域でそうであったように、武力は人道的見地から正当化できると考えている。 何もせずに手をこまねくことは良心の呵責(かしゃく)を生み、後により大きな犠牲を伴う介入が必要になる可能性がある。 だからこそ、すべての責任ある国家は、平和維持において、明確な指令を受けた軍隊が果たし得る役割というものを認めなければならない。》

  このオバマ大統領の言葉で特徴的なのは、武力行使を恣意的に行ってはならないとして厳守すべき武力行使の基準を尊重する姿勢を打ち出す一方で、 自国への軍事的脅威があり自衛のために必要であると主観的に判断できる場合や他国が深刻な人権侵害・大量虐殺などの破局に直面しつつあると思われる場合には、 (たとえ、その主観的評価・評価が結果的に誤りであったとしても)先制攻撃という形での一方的な軍事力使用・武力行使は許される、 という 「人道的介入」 の考え方を強く示唆している点である。 こうした考え方は、まさにオバマ大統領が演説の中で言及した 「大義のある戦争」(すなわち 「正義の戦争」)そのものであり、 ブッシュ前政権と基本的に変わらない立場・戦略を取っていることを意味している。

  それでは、はたしてオバマ大統領のこうした言葉や基準が本当に厳守されるような形で行われているのか否かを、 特に 「オバマの戦争」 とされるアフガニスタン戦争を取り上げて具体的に考察してみよう。

3.行き詰るアフガニスタン戦争と対テロ戦争の破綻
  オバマ米大統領は今年1月の政権発足後に、イラク駐留米軍を2011年末までに 「完全撤退」 させる方針を打ち出し、 「米軍地位協定」(SOFA)を米国・イラク両政府間で締結して6月には一部の戦闘部隊を都市部からとりあえず撤退させた。 またその一方で、対テロ戦争の主要舞台をイラクからアフガニスタンに移し、パキスタンにまで拡大する形であくまでも継続していくことを表明した。 そして、オバマ大統領はアフガニスタンへの2万1000人規模の米兵増派を決定して、2月には1万7000人の増派を先行実施し、 アフガニスタン国内でタリバン勢力との戦闘を激化させるとともに、隣国パキスタンにも越境攻撃をしかけて戦線を拡大した。 こうした対照的な対応は、イラク戦争は 「悪い戦争」 で、アフガニスタン戦争は 「良い戦争」 であるとのオバマ大統領の考え方・認識が反映していると思われる。

  オバマ政権は、今年3月末に発表した 「アフガニスタン・パキスタン新戦略」 で、 2001年9月11日の米国での9・11事件でアルカイダによって3000人近い犠牲者が出たことに触れて、 アフガニスタンとパキスタンにいるアルカイダを壊滅させることを戦争理由として掲げている。 またオバマ米大統領は、前述した平和賞受賞演説の中でも、「世界の安全保障における米国の責務が消えることは決してない。 ただ、脅威の拡散が進み、任務もより複雑化した世界では、米国は一国だけでは行動できない。この事実はアフガニスタンに当てはまる。 (中略) 北大西洋条約機構(NATO)諸国の指導者や兵士たち、そして他の友好、同盟国は、アフガンでその能力と勇気をもってこれが事実であることを示してくれた」 と語り、 アフガニスタンでの戦争を今日でも正当化し、ともに戦うNATO諸国や同盟国・友好国の貢献を讃えている。

  しかし、そもそもアフガニスタンへの米英による攻撃は、9・11事件の実行犯と断定されたアルカイダの訓練基地がアフガニスタンにあり、 その首謀者とされたビン・ラディンをタリバン政権がかくまっていることを口実に開始されたものであった。 しかし、この自衛権の発動を理由とした攻撃は、報復攻撃・先制攻撃を禁止している国連憲章や国際法の基本原則に反する戦争犯罪 (主権国家であるアフガニスタンへの侵略戦争)であり、その後の占領も違法なものであることは明白である。 それどころか、今日にいたるまで9・11事件がアルカイダやビン・ラディンによる犯行であるとの明確な証拠が一切開示されていないばかりか、 アフガニスタンへの戦争計画自体が9・11事件が発生する前の2001年5月にはすでに作成されていたという驚くべき事実も判明している (成澤宗男 「アフガニスタン戦争の内幕(上)」 『週刊金曜日』 2009年10月16日号、を参照)。

  アフガニスタンには、米軍6万8千人(そのうち ISAFに3万5千人)、NATO軍を中心とした ISAF(国際治安支援部隊)3万5700人、 アフガン政府軍9万人など約20万近い軍隊が駐留しているが(その他に、8万人のアフガン警察)、 最大で3万人とみられるタリバン勢力を鎮圧して 「平和」 をもたらすことがいまだにできていない。 それどころか、今年3月の米兵増派以降も米軍や ISAFなど占領軍やアフガン政府軍への攻撃が止まずに多くの犠牲者を出し続けており、 その一方で、アフガニスタンにおける民間人の犠牲者や難民の数も膨大なものとなっている。 また、悪名高き民間軍事会社ブラックウォーター(2007年9月にイラクのバグダッドにあるニスール広場で、ブラックウォーター社員が、 17人の非武装イラク民間人を殺害した、また2009年2月に社名を 「ズィー “Xe”」 に変更)などの暗躍や、 パキスタンへの無人攻撃機プレデターを使った無差別攻撃などによって、 「パキスタン・タリバン」 と言われる抵抗勢力もあらわれたように、アフガニスタンばかりでなくパキスタンでも反米感情・政府不信が強まり、 政情不安・治安悪化に拍車がかかる結果を生み出している(レシャード・カレッド著 『知ってほしいアフガニスタン─戦禍はなぜ止まらないか』 高文社、2009年11月、 および 「オバマ政権、無人飛行機による殺害にブラックウォーターを活用」 [マスコミに載らない海外記事]2009年8月25日付、を参照)。

  今年8月20日のアフガニスタンにおける大統領選挙における混乱は、 汚職・腐敗(ケシ栽培の拡大と麻薬取引の横行など)と不正・略奪行為がまかり通るカルザイ政権下のアフガニスタンの実情を象徴的に示すものであったと言えよう。 「史上最悪の不正選挙」 と指摘されているアフガニスタンでの大統領選挙では、「カルザイ派の選管職員が、800ヵ所もの偽の投票所をでっち上げ、 ここから数十万の得票が記録された」 との証言もある。 特にカルザイ候補の出身地であるカンダハル州ではカルザイ候補の得票が35万とされたが、実際の投票者数はわずか2万5000人であったという。 そして、今年7月には、アフガニスタン南部で大規模の対タリバン掃討作戦を展開したが、これにともなって、米軍とNATO軍の戦死者の数は、 過去の年間記録を塗り替えるほどになっている。10月26日には、2001年10月のアフガン侵攻以来、最悪規模となる1日で米軍兵士ら14人が死亡している。

  まさに、アフガニスタンの現状は、ベトナム戦争末期と同じような泥沼の様相をますます呈しており、 こうした傾向は約3万人の米兵を追加派兵して増強したとしても基本的に変わりそうにない(現地のマクリスタル司令官は、最低でも4万人の増派を求めていた)。 このように、アフガニスタンでは戦況は完全に行き詰っており、今後さらに、NATO加盟25カ国からの7000人増派という援軍を得たとしても、 「2011年7月までの米軍の撤退開始」 がそのまま実現できるような状況ではないことだけは確かである(北沢洋子 「アフガニスタン大統領選挙と米軍増派」 『月刊社会民主』 2009年10月号、を参照)。

  また米軍は今年4月に、アフガン停戦に向けた水面下の協議でタリバンの政権入りを認め、閣僚や官僚など 「政権の七割」 を委譲することを打診したところ、 すでに国土の7割近くを支配下に置いているタリバン側はこれを拒否してあくまでも 「米軍の撤退」 を求めたという。 こうした事実から、オバマ大統領のアフガン政策のもう一つの柱である、 タリバン穏健派の取り入れによる 「国民和解」 に向けた和平プロセスの方もどうやら暗礁に乗り上げているというのが実情のようである (石山永一郎編著 『彼らは戦場に行った ルポ新・戦争と平和』 共同通信社 2009/12/10、177頁、 および 『図書新聞』 2010年3月13日号に掲載された私のこの本についての書評 を参照)。

  さらに、追い詰められた米軍などが如何に自暴自棄になって残虐な行為に手を染めているかについても、 イラク・アフガニスタンからの帰還米兵の証言によって徐々に明らかになっている。 例えば、非戦闘員への攻撃などを禁じた交戦法規が実際の戦闘で有名無実化していくさまを、 イラクに従軍したアダム・コケッシュは 「ファッルージャ包囲のあいだ、私たちは下着を換えるよりも頻繁に交戦規定を変更しました。 最初は “交戦規則に従え。決まり通りにやれ” でした。その後、“様子をうかがう不審人物は誰であれ撃ってよし” となった時期がありました」 と証言している。 ジェイソン・ウオッシュバーンは 「うっかり市民を撃ち殺してしまったときのため武器かシャベルを持参するんです。 その武器を死体の上に放り投げておくだけで抵抗分子のように見せかけることができるから」 と民間人を誤射した場合に行う隠蔽工作を暴露している (アーロン・グランツ(著)/反戦イラク帰還兵の会 (著)、TUP (翻訳) 『冬の兵士――イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実』 岩波書店 (2009/8)、 および 『図書新聞』 2009年11月7日号に掲載された私のこの本についての書評、を参照)。

  こうしたことから、オバマ政権がブッシュ前政権から受け継いだ負の遺産である対テロ戦争 (「テロとの戦い」) がすでに完全に破綻していることが分かるであろう。 オバマ米大統領は、前述した平和賞受賞演説の中で、「武力が必要なところでは、一定の交戦規定に縛られることに道徳的、戦略的な意味を見いだす。 規定に従わない悪意ある敵に直面しようとも、戦争を行う中で米国は(規定を守る)主唱者でなければならないと信じている。 これがわれわれが戦っている者たちと異なる点だ。われわれの強さの源泉なのだ」 と明言しているが、 すでにアフガニスタンでの 「オバマの戦争」 では交戦規定そのものが形骸化して意味をなさないものとなっている現状があることを、 オバマ米大統領は本当に知らないのであろうか。

  「だから、私は拷問を禁止にした。グアンタナモの収容所を閉鎖するよう命じた。そして、このために米国がジュネーブ条約を順守するとの約束を再確認したのだ。 われわれが戦ってまで守ろうとする、こうした理念で妥協してしまうと、自分自身を見失うことになる。 平穏なときでなく困難なときこそ、ジュネーブ条約を守ることでこうした理念に対し敬意を払おう」 というオバマ米大統領の言葉 (前述の平和賞受賞演説)を私たちはそのまま信じていいのだろうか。 このオバマ米大統領の 「善意」 と 「欺瞞」 という二面性のどちらに重きを置くべきなのか(あるいは、オバマ氏ははたして 「救世主」 なのか、 それとも 「稀代の詐欺師」 なのか)、という困難な問い・選択に答えることが今こそ私たちに求められているのである。

4.アフガニスタンへの日本の支援のあり方はいかにあるべきか
  2001年に米国で起こった9・11事件以降の世界は、新しい帝国秩序の構築をめざす 「グローバル・ファシズムの時代」(武者小路公秀氏の言葉) に本格的に突入したかのようであった。米国のブッシュ前政権は、「新しい戦争(対テロ戦争)」 を掲げ、アフガニスタンへの 「報復戦争」 に続いて、 イラクに対しても一方的な先制攻撃 (「予防戦争」) を国連や国際世論を無視する形で強行した。 米国内では、9・11事件直後から主にアラブ・中東系の人々に対する 「予防拘禁」 や盗聴・検閲の強化がテロ対策の名の下に実施され、 人権侵害の状況が強まりつつある。 日本は、当時の小泉首相が即座に全面的支持を表明したことが示しているように、 その米国の 「正義」 に追随してアフガニスタン戦争への第二次大戦後初めての 「参戦」 を決定したばかりでなく、国内でテロ対策を強化するとともに、 続くイラク戦争にもイージス艦派遣や燃料補給活動等を通じて側面支援を実施し、 その後の違法な 「占領統治」 にも海空両自衛隊による 「後方支援活動」 や陸上自衛隊による 「人道支援活動」 を行った。

  そして、米国で8年間のブッシュ共和党政権に代わってオバマ民主党政権が今年1月に登場し、 日本でも政権交代が実現して9月に民主・社民・国民新党による新しい鳩山連立政権が発足した現在でも、海上自衛隊は今なおインド洋での給油活動を継続中である。 鳩山新政権は、選挙中の民主党マニフェストでアフガン政策の見直しを公約として掲げており、 来年(2010年)1月に期限が来る対テロ特措法に基づくインド洋での海上自衛隊による給油支援活動を中止する方針をようやく固めたばかりで、 それに代わるアフガン支援政策の具体的プランは未だに不透明で一般国民に開示するにはいたっていない。

  インド洋での海上自衛隊による給油支援活動を中止することは、 違法な 「占領統治」 に軍事的に協力するという憲法違反・国際法違反の誤りを正すという意味で一歩前進であると評価できる。 しかし、この中止の方針に対しては、これが 「アフガンでの対テロ戦争に苦悩する米国の足を引っ張り、日米同盟を損なうことになる。 国益は維持できない。」 との批判が内外から出されてばかりでなく、また 「自衛隊の給油活動について、現行の新テロ対策特措法に国会の事前承認など、 新たな条件を付けて給油継続を図る道をなお探るべきだ」(長島昭久防衛政務官の発言)や 「アフガニスタンの国際治安支援部隊(ISAF)の作戦本部への自衛隊員派遣など、何らかの自衛隊の活用の方法がないか検討中である」(北澤俊美防衛大臣の発言) などの声が新政権内からも出される始末であり、本当に来年1月に中止を決定・実現できるのかさえ危うい状況である。
  またその一方で、もう一つの選択肢、すなわち軍事的支援に代わる非軍事・民生分野に限定した形の支援活動については、 アフガニスタンに超党派の調査チームを派遣するなどの新しい動きが見られる。 また、新たに反政府勢力タリバンの元兵士への職業訓練を実施する方針も固めたと伝えられているが、 こうした試みについては一定の評価をすることができよう(例えば、 参議院議員・犬塚直史公式サイト 2009年10月10日、 および 「マガジン9条−伊勢崎賢治の15歳からの国際平和学:第8回」 を参照)。

  ここで最大の問題は、そもそもの原点である9・11事件とそれを契機とした対テロ戦争 (=「テロとの戦い」) をどのようにとらえるのか、という視点であろう。 民主党の公式ホームページには、 「当面の民主党アフガニスタン復興支援策〜法の支配の下での市民社会の発展をめざして」  という題目の中で 「民主党は、アフガニスタンこそ “テロとの戦い” の原点であり、アフガニスタンの安定と復興を達成させることの重要性を強く認識している。 アフガニスタンが再びテロの温床とならないだけでなく、長く続いた銃による支配から脱却して安定した市民社会に移行していくには、 持続的な発展を促す効果的な支援が必要である」 と明記されており、 その基本認識がアフガニスタンを対テロ戦争の主戦場と考えるオバマ米大統領とほとんど同じであることが分かる。 しかし、「アメリカがやりたくてもできないことだからこそ日本がやることに意味があり、価値がある」 (犬塚・伊勢崎両氏の言葉)という命題には一理あるとしても、 こうした認識が果たして本当に妥当なものであると言えるのであろうか。

  対テロ戦争の起点となった9・11事件については、 実行犯とされたアルカイダやその首謀者と目されたビン・ラディンらに対する容疑を裏付けるだけの明確な根拠が今日にいたるまで米国政府 (ブッシュ前政権だけでなくオバマ現政権も)から開示されていないという事実を改めて確認しておく必要があると思われる。 ブッシュ前政権時代に遺族からの強い要求に渋々応じる形で1年以上経った2002年12月にようやく設置された 「米同時多発テロ独立調査委員会(9・11委員会)」 が出した最終報告書 (2004年8月8日) についても、 テロ容疑者に対する拷問などによって強制的に得られた虚偽の自白を前提にして作られたものである可能性が高いばかりでなく、 (9・11調査に一貫して非協力的であったブッシュ前政権は、 様々な証拠隠滅や証言者への箝口令・口封じを行っていたと指摘されている点も含めて)数多くの重要な証拠が不開示であると同時に、 貴重な目撃証言や資料が大量に削除されていたため、今日では米国政府の 「公式見解」 に対して数多くの疑問・批判が有力な裏付けを持って出されており、 9・11事件の真相究明と再調査を求める声が米国をはじめ世界中で静かではあるが日増しに強まりつつあるというのが現状である。

  日本でも、9・11事件の真相究明と再調査を求める新しい動きがきくちゆみさん(平和・環境問題活動家)、成澤宗男さん(『週刊金曜日』 記者・企画委員)、 藤田幸久さん(民主党・参議院議員)らによって生まれており、第3回911真相究明国際会議が米国の建築家リチャード・ゲイジさんを招いて、 12月5日に東京・お茶の水の全電通ホールで開催されたことも、 日本内外に静かではあるが少なからぬ反響を呼んでいるということをお伝えしておきたい (「きくちゆみのブログとポッドキャスト」、きくちゆみ/童子丸開共著 『 超みえみえ テロ&戦争詐欺師たちのマッチポンプ なぜ世界は黙ってこれを見過ごすのか』 (5次元文庫)徳間書店 (2009/9/9)、 成澤宗男著 『「9.11」 の謎―世界はだまされた!?』 金曜日 (2006/09)および、同 『続 「9.11」 の謎―「アルカイダ」は米国がつくった幻だった!』 金曜日 (2008/09)、 藤田幸久編著 『9.11テロ疑惑国会追及 オバマ米国は変われるか』 クラブハウス (2009/03)、 および藤田幸久議員の公式ホームページで公開されている 「9.11テロ疑惑関連資料集」、 木村朗編著 『9・11事件の省察―偽りの反テロ戦争とつくられる戦争構造』 凱風社 (2007/09)、 『週刊金曜日』 2009年4月10日発刊 746号、 および 『図書新聞』 2009年5月23日号に掲載された私の藤田議員の本についての書評、を参照)。
  大手マスコミの意図的な報道管制・自主規制によって一般の方々にはあまり知られていないというのが現実であるが、 その貴重な例外が今年9月11日に共同通信によって全国配信された石山永一郎さんによる記事 「再検証・米中枢同時テロ 真相めぐる論争 今も 学者ら数十項目の疑問」 (高知新聞(9/11)茨城新聞(9/13) などに掲載された)がそれであり、 ぜひ参照していただきたい。

  最後に触れておきたいのは、オバマ大統領が打ち出しているイラクからの米軍の 「完全撤退」 はまったくの 「まやかし」 に終わる可能性が大であるということである。 なぜなら、そこには莫大な資金(米国民の税金)を投入しての巨大基地の建設がいまも続いているという現実があるからである (成澤宗男 「アフガニスタン戦争の内幕(下)」 『週刊金曜日』 2009年10月30日号、および同 「イラク永久占領の野望」 『週刊金曜日』 2009年9月4日号、を参照)。 また米国によるパキスタンへの越境攻撃(無人飛行機の配備を含む)は、アフガニスタン・イラク両国への一方的攻撃と軍事占領と同じく、 明らかに国際法に違反している。イラクからの帰還米兵の 「私たちはテロリストと戦っていると教えられました。 ところが、本物のテロリストは私たちだった。そして、本当のテロリズムはこの占領だ」 という証言が、 現在も続けられている 「オバマの戦争」 の本質を如実に物語っていると言えよう。

  私たちは、日本のアフガニスタンへの復興支援活動を考える場合に、 アフガニスタンで長年本物の人道援助活動(医療支援活動だけでなく井戸掘りや運河・水路作りにも活動分野を広げた)に従事されている中村哲さん (「ペシャワール会」 代表)の 「何をなすべきかより、何をしてはいけないかを考えなくてはいけない。 よその国に便乗して、現地の状況を知りもしないのに行動するのは返って悪影響をもたらす」 (白川徹 「アフガン人は何に起こり、何を求めているのか」 『世界』 2009年9月号)という発言を肝に銘じる必要があるのではないだろうか。
  また、イラクでの人質拘束事件以降も現地との関わりを絶たずに支援活動を続け 「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」 の一員でもある高遠菜穂子さんの 「イラクで失われた命。そこに国境はない。彼らの無念を晴らすためにも検証が必要だ。 そして、私には “ノーモアいらく” という個人的な思いもある。“自衛隊撤退要求の人質” という体験を他の人に味わって欲しくないのだ。 星条旗の上で殺害された香田証生(こうだしょうせい)さんのことも忘れたことはない。 あのとき、イラクにいた自衛官の中にも歓迎もされない “復興支援” に疑問を持った人もいるのではないだろうか。 この戦争から学ばなければならないことは山ほどある」 『週刊金曜日』 2009年12月4日号)という言葉に、一人でも多くの人々が静かに耳を傾けることで、 戦争・内戦と飢餓・貧困に満ちた現在の混沌とした不条理な世界が、来年(2010年)以降に少しでも良くなる方向に向かうことを信じたいと思う。
2009年12月31日 (大晦日に研究室にて)

〈追記 (2010年1月15日、1月18日)〉
※ 昨年12月5日の第3回911真相究明国際会議のために来日されていた米国の建築家リチャード・ゲイジさんに対するインタビュー記事 「WTCは爆破解体された」 が 『週刊朝日』 2010年1月22日号に掲載されました(この記事の中には、 藤田幸久議員のインタビュー 「公式説明は説得力を欠く」 も含まれています!)。 いうまでもなく 『週刊朝日』 は朝日新聞出版が刊行する代表的な週刊誌であり、こうした記事が現時点で大手メディアで堂々と出されたことは、 9・11事件をめぐる情報環境が大きく変わりつつあることを示しており、今後とも注視していく必要があると思います。

1.『週刊朝日』 の山口一臣編集長が今週の見どころに 「WTCビルは爆破解体された」 を挙げています(動画あり) 週刊朝日 談
2. 天木直人さんがブログ 「WTCは爆破解体された」 という週刊朝日の記事と読者の反応 (2010年1月13日)で、『週刊朝日』 のインタビュー記事に言及されています。
3.「日刊サイゾー」 の元木昌彦さんが 第27回 「週刊誌スクープ大賞」 の第1位に、 『週刊朝日』 の記事 「9.11米同時多発テロくすぶり続ける "第7ビル崩落" の疑惑ふたたび」 を選んでいます。
4.「きくちゆみのブログとポッドキャスト」 2010/01/14に、 「週刊誌スクープ大賞に 『週刊朝日』 の911の記事が選ばれた!」 が掲載されています。