2010.4.18更新

「時代の奔流を見据えて──危機の時代の平和学」

目次 プロフィール
木村 朗 (きむら あきら、鹿児島大学教員、平和学専攻)


第二〇回 小沢問題をどう考えるか
−検察権力・マスコミ報道との関連で (上)


1.小沢問題をめぐって二つに割れる世論
  民主党の幹事長である小沢一郎氏をめぐる 「政治とカネの問題」 が、昨年3月の第一ラウンド(西松建設事件)から今年1月の第二ラウンド(水谷建設事件)まで続き、 今年7月に実施されることが予定されている参議院選挙への影響なども絡まって、まさに日本社会全体を揺るがす問題として浮上している。 とりあえず小沢氏の不起訴という決着に落ち着いた現在の段階で、 あらためて、このいわゆる小沢問題とは何であったのかを冤罪と報道被害の防止という視点から考えてみたい。

  今年1月から本格的に再浮上した小沢問題をめぐっては、 東京地検特捜部という 「史上最強の捜査機関」 による小沢一郎氏という田中角栄氏の流れを汲む金権政治家の不正献金疑惑追及という 「検察の正義」 を前提とする見方が大手マスコミのほとんど一致した論調として毎日大量に流され、 その流れに乗った形で国会では野党となった自民党がこの民主党の金権スキャンダル(鳩山首相の政治資金問題を含む)を追及し、 それが小沢氏の幹事長辞任(一部は議員辞職!)を求める声の増大と民主党への支持率低下という各種世論調査の結果となってあらわれる状況が生まれている。

  しかしその一方で、こうした一般的な見方に対してさまざまな疑問点を指摘するとともに、 それとはまったく異なる見方を対置するもう一つの世論の流れがインターネット・メディアを中心に生み出されようとしている。 それは、小沢問題を 「検察の正義」 を前提として 「小沢VS検察」 という問題に矮小化するのではなく、「政治とカネの問題」 以上に、 検察組織の強権的体質と記者クラブに代表されるマスコミとの癒着構造が日本の議会制民主主義にとって大きな脅威となっているという見方だ。 それはまた、「検察ファッショ」 と 「メディア・ファシズム」 が結合した 「静かな政治クーデター」、すなわち検察権力とマスコミが一体化した情報操作・世論誘導によって、 昨年8月の総選挙を通じて成立した現鳩山連立政権を打倒する(直接的には今年の夏の参議院選挙で民主党を敗北させる) 狙いを秘めた事実上のクーデターであるという見方にも通じるものである。

  このように世論は現在真っ二つに分かれているのであるが、はたしてどちらの見方が小沢問題の本質を捉えた本当に正しい評価・認識と言えるであろうか。 私自身の見方はどちらかといえば基本的に後者の方で、昨年3月から今日まで続いている小沢問題の本質は、 検察側の怨念とも言うべき小沢一郎氏を狙い撃ちした 「国策捜査」 (政権交代前はその傾向が強かった!) というよりは、 「民主党VS全官僚機構」 あるいは 「鳩山連立政権VS官僚機構・自民党・マスコミ(・米国)」 という権力闘争・政治闘争に他ならないというものである。 換言すれば、検察権力の恣意的乱用(公訴権を独占する検察権力の暴走)と、 それに追随するマスコミの権力監視機能の放棄(また大衆迎合主義と利益至上主義・商業主義の結合)、 そして 「検察の正義」 を微塵も疑わずにマスコミ報道を鵜呑みにして翻弄される我々一般国民の思考停止こそが目下の最大問題、 すなわち、日本の民主主義の危機をもたらす根源的問題であるという見方である。私がそのように考える理由は、以下の通りである。

  まず第一点として、捜査開始のタイミングとその捜査手法のあり方である。昨年3月3日に、 小沢一郎民主党代表の公設第一秘書・大久保隆規氏が西松建設関連のダミーの政治団体を隠れ蓑とした違法な企業献金であることを知った上で 受け取っていたとされる政治資金規正法違反容疑で逮捕されたが、 そのときは政権交代が実現する可能性が高いと見られていた解散・総選挙がいつあってもおかしくないタイミングでの強制捜査であった。 なぜ政権交代のかかる総選挙を控えた時期だったのかは、その後のマスコミを総動員したかのような小沢批判と民主党攻撃の大キャンペーンを見れば、 民主党政権の誕生を何としてでも阻止しようとする狙いを秘めた一種の 「国策捜査」 (政治と検察の一体化とは異なる形での)であった可能性を否定することは難しい。

  この点で、「小沢代表秘書に対する強制捜査が形式犯を理由としたもので、民主党つぶしであることは、検察庁内部で働く者にとっては、あまりに明白なことだと思う。 行政庁とはいえ、司法の一角を担う機関が、政権交代を阻止するために恣意的な捜査をすることが許されるだろうか? 当然、許されないことは、 検察庁で働く2000人近い検事の皆さんはよく分かっているはずだ。 検察庁がここまで露骨に自らが与党の僕であることを明らかにしたことは最近では例がないのではないだろうか」 (「情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)」 2009-03-09) という日隅一雄弁護士(本誌NPJ編集長!)の正鵠を射た鋭い指摘にはまったく同感である。

  また、今年1月15日の石川知裕議員(小沢氏の元秘書)の逮捕は、国会開会直前で民主党大会の前日であった。 通常国会の開会が迫る中で現職の国会議員を政治資金規正法違反容疑(「記載漏れ』 「虚偽記載」 という 「形式犯」 「微罪」) で身柄拘束するという強引な手法がなぜ採られたのか。 東京地検の佐久間達哉特捜部長は、逮捕の理由については 「証拠隠滅の恐れ」 「逃亡の恐れ」 とともに 「自殺の恐れ」 があったからであり、 今回の容疑の時効は3月末で予算審議に影響を与えないためにも早期の逮捕が必要だったと説明したと伝えられている。 しかし、関係資料はすでに特捜部が押収済で、石川知裕議員も昨年末からの事情聴取に何度も応じていることから、証拠隠滅や逃亡の可能性ばかりでなく、 自殺の可能性もなかったことは石川議員周辺の人々(例えば、この間連絡を取り合っていたという佐藤優氏)が証言していることもあり、 こうした検察側による逮捕理由の説明は著しく説得力を欠いており、 石川氏らの証言を得て小沢氏の逮捕・起訴につなげるための別件逮捕であったのは明らかであると言わざるを得ない。
  さらに捜査当局は、会期中に議員を逮捕する場合、議員が所属する議院に逮捕許諾を求めなければならず、 通常国会で石川議員の逮捕許諾請求が与党多数の衆議院で拒否されることも懸念されたとしているが、 その後の経緯からすれば、捜査当局側に逮捕許諾請求をして議会を納得させるだけの石川議員に対する容疑の裏づけを欠いていたことが、 逮捕を急いだ最大の理由だと思われても仕方がないところだろう。

  それにしても、当選したばかりの現職の国会議員が、国会開会直前にしかも秘書時代(5年前)の政治資金規正法の不記載で逮捕されること事態が異常である。 また、フリージャーナリストの上杉隆氏が 『週刊朝日』 (2010年2月5日号の記事 「検察の卑劣」 を皮切りに、12,19日号へと続く)誌上で、 3週にわたって詳細に報じた 「女性秘書監禁事件」 (石川議員の事務所に所属する、何の罪もない母親でもある女性秘書の方が、検事による違法な取調べを受けて、 子どもの保育園の迎えにさえいけなかったという検察の卑劣な違法行為)は、検察当局による 「強制捜査」 という名の 「違法捜査」 の実態の一端を示すものであり、 また、その事実を察知していながら一切報じようとしない大手マスコミの対応は検察権力と司法記者メディアの癒着構造を証明していると言えよう。

  第二点として、捜査方針と捜査対象の公平性についてである。これは、検察はなぜ野党側だけ強制捜査したのか、 また小沢問題ばかりが大々的にマスコミで報道されたのはなぜか、という問題でもある。
  すなわち、昨年3月に西松建設の裏金が問題になったとき、献金先として名前が挙がったのは小沢氏だけではなかったにもかかわらず (他には、自民党では、二階俊博経済産業相、藤井孝男元運輸相、森喜朗元首相、尾身幸次元財務相、林幹雄前国家公安委員長など、 自治体首長では、広瀬勝貞大分県知事、石川嘉延静岡県知事、矢田立郎神戸市長、阪口善雄大阪府吹田市長などの名前も浮上していた─ 『しんぶん赤旗』 2008年12月21日付)、なぜこの中から小沢氏だけが強制捜査の対象とされたのか、という疑問である。
  東京地検特捜部は、西松建設からの小沢氏への献金が他より突出して多かったことを理由としているが、これだけでは説得力に欠ける。 この問題では、司法記者クラブに所属する大手マスコミによって小沢氏だけに詳細な 「説明責任」 が執拗に求められたが、 疑惑を投げかけられた自民党の他の議員に対して同様な追及がなされなかったことは不可解である。 そのことを、ニューヨークタイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏は、「記者クラブによるほとんどの報道が検察のリーク情報に乗るだけで、 検察の立場とは明確に一線を画し、なぜこの時期に検察は民主党代表の小沢氏をターゲットにしているのか、 自民党の政治家は法律上問題のある献金を受けていないのか、といった視点から独自の取材、 分析を行う(記者クラブ)メディアはなかったように思います」 (『SAPIO』 2009年12/23と2010年1/4の合併号の上杉隆氏によるインタビュー記事より)と、 検察の捜査方針に無批判に追従する日本の司法記者クラブの一連の報道姿勢を痛烈に批判しているのが注目される。
  なお、政治資金問題の真相については、松田光世氏の記事 「検察は政治資金規正法を勉強しているのか」 『週刊朝日』 2010年3月5日号および 「指揮権発動」 という "抜けない宝刀" が検察を暴走させている」 (『SAPIO』 2010年 3/10号)を参照。

  また、この問題で見逃せないのが、「西松建設からの政治献金では自民党には捜査は及ばない」 との漆間巌官房副長官(当時)のオフレコの懇談での発言 (『朝日新聞』 2009年3月7日付)である。当初は、「政府高官」として匿名報道がなされていたが、新聞などでその発言が報じられると、 翌8日には、河村建夫官房長官がテレビ番組で 「政府高官」 が漆間氏であったことを明らかにして、漆間氏に対して 「発言は極めて不適切」 と注意したことを明かした。 この漆間発言が政府・検察批判を呼び寄せ、それまでのマスコミによる世論誘導の流れを変えるきっかけとなったことは記憶に新しい。

  第三点として、これまで特捜部が関与した他の類似事件との比較・関連である。過去に特捜部は、ロッキード事件やリクルート事件だけでなく、 鈴木宗男事件、日歯連事件、朝鮮総連ビル詐欺事件、ライブドア事件、防衛省汚職事件などでも同じような無理筋の強制捜査を行ったものの、 そのほとんどが不本意な結果に終わっている。 それらに共通した特徴は、「事実とは異なる不合理な犯罪ストーリーを設定し、威迫、利益誘導などを用いた取り調べでストーリーに沿った供述調書を作成し、 強引に事件を組み立てようとする特捜捜査の姿」 (郷原信郎弁護士 「“手柄を焦る” 組織の疲弊〜福島県知事汚職事件」 2009.10.14 )である。 ここでは小沢問題(西松建設事件と水谷建設事件)との直接の関連が強いと思われる福島県汚職事件と郵便法違反事件を取り上げたい。

  まず、前福島県知事・佐藤栄佐久氏が収賄罪に問われたのが 「福島県汚職事件」 であるが、“ 「知事は日本にとってよろしくない。 いずれ抹殺する」 (東京地検特捜部検事)” という言葉が示しているように、そこには現在の特捜部の暴走を如実に示す要素がそのまま現れている。 それは、原発問題などで独自の対応(国の原子力政策に地方から警鐘を鳴らし続けた)をとる佐藤氏が、 日本の国策にとって有害なものであるとの独善的な意識を持った特捜部側の政治的意図を象徴するものであった。 佐藤氏は、取調べで検察から厳しく追及されたばかりでなく、親戚知人まで過酷な強制捜査に巻き込まれる異常な事態(その結果、3人が自殺、 1人が自殺未遂で現在も意識不明の重体)となるにいたって 「嘘の自白調書」 にサインをするにいたったという。
  東京地裁の1審判決(2009年8月8日)では佐藤氏が 「天の声」 を出してダム工事で前田建設の受注に便宜を図った、 また実弟が経営する会社の土地の売却価格が実勢より高いことが賄賂にあたるとされたが、東京高裁の控訴審判決(2009年10月14日)では、 一審判決で賄賂に当たると認定された 「土地取引代金の差額分の約7千万円」 を 「賄賂には当たらない」 と認定するなど弁護側の主張が一部認められ、 佐藤氏・実弟とも減刑される結果となっている。佐藤氏は控訴審判決後のインタビューの中で、「命より大事な支援者や県職員らが過酷な取り調べをうけ、 私のために自殺者まで出ていましたので、これを収められるのは私しかいない、と思い、事実でない供述調書にサインをしました」 「これ以上の犠牲者を出さないために私自身が、一種の自殺(事実でない供述調書へのサイン)をしました」 と語っている (【PJニュース 2009年12月29日】 、 詳しくは、佐藤栄佐久著 『知事抹殺−つくられた福島県汚職事件−』 平凡社2009年、郷原信郎著 『検察の正義』 (ちくま新書)筑摩書房 2009年、 および岩上安身氏による twitter を参照)。

  つぎに郵便不正事件であるが、これは定期刊行物向けの郵便料金割引制度を悪用して郵便料金を不正に免れた郵便法違反事件で、 村木厚子被告(元厚生労働省雇用均等・児童家庭局長)がそれに絡んだ虚偽公文書作成、同行使事件で大阪地検特捜部に逮捕・起訴され、 大阪地裁で現在争われている。大阪地検特捜部が描いたストーリーは、民主党副代表の石井一参議院議員に 「凛の会」 の元会長・倉沢邦夫被告が口添えを依頼し、 石井議員から厚労省の当時の部長に証明書を発行するよう要請があり、この元部長から決裁権のある課長の村木被告、 係長だった上村被告へと証明書発行の指示が下りたとしている。
  しかし、この事件の公判でも、村木被告が 「私は無罪です。国民から信頼を得られるよう仕事してきた。 国会議員に依頼されても、法に反することを引き受けることはあり得ません」 と容疑を全面的に否認しているだけでなく、 検察側証人として法廷に立った上村被告(村木被告から証明書偽造を指示された 「共犯」 とされる厚労省元係長)も法廷に立ち、 「指示されていないと伝えたが、検事が調書に入れてくれなかった。村木被告とのやり取りの部分は、検事の作文だ」 と異例の証言を涙ながらに語った。
  また、民主党の石井一参院議員から口利き電話を受け、村木被告に便宜を図るよう指示したとされる塩田幸雄・元厚労省障害保健福祉部長が8日の第5回公判に証人出廷し、 「(聴取した)検事から 『あなたから石井議員に電話した交信記録がある』 と言われて (村木への指示を)証言したが、後に 『実は記録はない』 と言われた。 大変な供述をして(村木を)無実の罪に陥れてしまった。事件自体が壮大な虚構ではないのか」 という驚くべき証言を行っている (「ゲンダイ的考察日記」 2010/02/10、を参照)。 また、関連情報として、松田光世氏(自称:どらえもん、菅直人財務大臣の元政策秘書で、かつ日本経済新聞元記者) の ツイッター 、 および 『週刊朝日』 2010年3月12日号の最新記事 「冤罪はこうしてつくられるのか」 にも注目。

  このように検事が関係者を聴取した際、嘘の “証拠” を示唆して、供述を無理やりに引き出すなど強引かつ違法な捜査の実態が次々と明らかになっており、 もはや今後の公判の維持さえ危ぶまれる状況となっているのである。 ここで確認すべきことは、第一に、福島県知事汚職事件では佐藤栄佐久氏が冤罪である可能性が高く、 当時特捜部副部長としてその捜査の指揮を執っていたのが小沢事件を担当している佐久間達哉現東京地検特捜部長であったこと、 (また当時の特捜部部長が東京地検特捜部を現在指揮している大鶴基成東京地検次席検事である)、 第二に、福島県知事汚職事件で偽証をした水谷建設元会長の 「「小沢氏側に5000万円」 を渡したとの証言が小沢事件の有力な根拠となっていること、 第三に、郵便不正事件で逮捕・起訴された村木厚子被告は冤罪であることが公判の過程で事実上明らかになっていること、 第四に、郵便不正事件の最終的狙いは石井一民主党副代表であって、 総選挙を直前に控えた最大野党である民主党に打撃を与えるためであった可能性がきわめて高いということである。

  以上三点にわたって、小沢問題に対する評者の見方を簡潔に説明させていただいたが、次回は他の論者の見解も比較検討しながら、 小沢問題の背景と意味をさらに問うことにしたい。
2010年3月1日