2011.1.1更新

「時代の奔流を見据えて──危機の時代の平和学」

目次 プロフィール
木村 朗 (きむら あきら、鹿児島大学教員、平和学専攻)


 第二七回
「緊迫する東アジア情勢と日本外交の危うさ
―新防衛計画大綱の狙いは何か」 (上)

1. 鳩山政権の挫折と菅政権の豹変をもたらしたものは何か
──特捜検察の暴走と異様なマスコミ報道

  昨年夏に戦後初めて実現した本格的な政権交代の意味するものは何であったのか。そこで問われた最大の問題は、 この国は本当に民主国家であり独立国家なのかという本質的な問題であった。それは同時に、この国を支配する者は誰なのかという核心的な問題でもあった。

  政権交代前から執拗に仕掛けられた特捜検察による小沢一郎民主党代表に対する恣意的な強制捜査・政治(国策)捜査は、 政権交代そのものを阻止することには失敗したものの、小沢首相誕生と本格的な「革命政権」の成立を阻むと同時に、 民主党代表から幹事長に 「降格」 された小沢氏の政治的影響力を限定することには成功した(鳩山政権は、「鳩山・小沢政権」 であったというよりも、 政府から小沢氏を排除した「脱小沢政権」 であったというのが、評者の認識・評価である)。

  また、「政治とカネ」 問題での小沢氏に対する特捜検察による強制捜査は、「検察の正義」 を鵜呑みにした異常なマスコミ報道の支援を受けながら、 民主党を中心とする連立政権が成立後も引き続き執拗に行われ、普天間基地問題とともに、 「脱官僚政治」 と 「対米自立」 を当初掲げていた鳩山政権を挫折させる大きな要因となった。 普天間基地問題で政権交代前に 「海外移設、最低でも県外移設」 を掲げていた鳩山民主党政権が、 その基本方針を何ら具体化することもできずに放棄させられることになったのは、 官邸(平野博文官房長官)・外務省(岡田克也大臣)・防衛省(北澤俊美大臣)・国交省(前原誠司大臣)が、 政治家・官僚と一体となって鳩山由紀夫首相の意思を尊重することなく従来の対米従属の路線で動いたからに他ならない。 普天間基地問題の解決のための5月末の期限設定という 「無用な約束」 は、まさに外務・防衛官僚の面目躍如といったところで、 それこそ 「落とし所」 ならぬ 「仕組まれた罠」 であった。もともと 「対等な日米関係の構築」 と 「日米同盟の深化」 を両立させることは大きな矛盾があり、 小沢氏を中核として欠いた鳩山政権は、挫折するべくして挫折したとも言えよう。

  鳩山首相・小沢幹事長のダブル辞任の後を継ぐ形で登場した菅直人首相が最初にやったことは、 亀井静香国民新党代表との約束であった郵政民営化見直し法案の 「凍結」 と、 普天間基地問題で鳩山政権がグアム・テニアンへの海外移設などの本来の 「腹案」 に手をつけることなく、 不本意な形で受け入れを余儀なくされた辺野古案での日米共同声明での合意を 「遵守」 することであった。 そして、菅首相は、財務省官僚の入れ知恵・刷り込みか、 参議院選挙前にこれまでの民主党のマニフェスト・公約を裏切る形で突然の消費税値上げ表明を行い、当然ことながらその直後の参議院選挙に惨敗して、 鳩山首相・小沢幹事長のダブル辞任によって急上昇した民主党支持率を台無しにする結果を自ら招いたのである。

  さらに菅首相は、参議院選挙惨敗の責任を取って辞任することも無く、選挙後に予定されていた民主党代表選挙で、 特捜検察の暴走とそれに追随する異常なマスコミ報道によって四面楚歌の状況にあった小沢一郎氏に 「圧勝」 して今日にいたっているのである (民主党代表選挙の結果は、実際は一般に報道されているような 「圧勝」 というよりも 「辛勝」 であり、 記入者の名前がそのまま出る投票用紙に見られるような不正行為が大掛かりに行われたとの指摘もある)。 民主党代表選挙後の菅政権(明白な 「反小沢政権」)が、菅首相の 「豹変」 とともに、 政権交代前の総選挙での公約であるマニフェストからあらゆる面で大幅に 「後退」 しており、 まさに 「変質」 したと言ってもよい 「体たらく」 「死に体」 の状態にあることは言うまでもない(その具体例が、全面可視化の棚上げ、 記者クラブ制度・クロスオーナーシップの存続、企業献金の復活、思いやり予算の維持など)。

  その一方で、依然として小沢一郎氏に対しては、 検察当局が全力を挙げて必死にあれほどの強制捜査で手を尽くした結果でも不起訴にせざるを得なかったにもかかわらず、 今度はあらたに匿名の市民が政治告発することを可能にした検察審査会による強制起訴という形で今もなお言われ無き人権侵害を受け続けている。 この憲法違反の存在との指摘もある検察審査会による強制起訴を理由として、 国会で与野党が一致して小沢氏に政治倫理審査会や証人喚問への出席と国民への説明責任を求めるいまの国会の姿は、 あまりに異常であると考えるのは私だけであろうか。

  以上のことから、鳩山政権の挫折と菅政権の豹変をもたらしたものが次第に見えてくる。 それは、既得利権勢力(特捜検察に代表される官僚、記者クラブ制度やクロスオーナーシップなどにしがみ付く大手マスコミ、 旧与党・現野党、財界・軍需産業、親米右翼、民主党内反小沢派など)であり、その背後に米国の影を見るのは容易であろう。 (この間の動きについては、NPJ論評・第二〇回〜第二二回 「小沢問題をどう考えるか(上)(中)(下)」、 第二三回 「日米安保体制の再考―今こそ、米軍基地撤去と対米自立のチャンス!」、 第二四回 「いまこそ対米自立の機に 抑止力という幻想超えて」 などを参照)。

2. 東アジアでの新冷戦の発動と頓挫する 「東アジア共同体」
──急速に悪化する国際情勢の摩訶不思議さ

  ここでも同じような構図が見え隠れしている。昨年1月の米国での 「チェンジ」 を掲げたオバマ政権の登場は、日本での鳩山政権の誕生と同じく、 基本的は歓迎すべき出来事であった(オバマ政権の評価については、NPJ論評・第七回〜第九回 「オバマ新政権で世界はどう変わるのか−過剰な期待と大いなる恐れの狭間で(上)(中)(下)」、 および第十九回 「オバマ米大統領の “善意” と “欺瞞”−アフガニスタン戦争と核廃絶のジレンマ」 を参照)。

  しかし、この日米両国での民主党による政権交代後の国際情勢の悪化、とりわけ緊迫する東アジア情勢はあまりにも急でかつ不自然であり、 その背後にきな臭い動きを感じるのは私だけであろうか。

  「東アジアでは、東西冷戦がまだ継続している」。このことを否応無く実感させられたのが、韓国の大型哨戒艦・天安号 「沈没」 事件(2010年3月26日)から、 尖閣諸島(中国名:釣魚島)沖での中国漁船衝突事件(2010年9月7日)を経て、 韓国の延坪島砲撃事件(2010年11月23日)へと続く一連の韓国・北朝鮮間あるいは日中間での紛争・衝突事件である。 ここで注目されるのは、こうした紛争・衝突事件を起こしたすべての非・責任は北朝鮮と中国にあって韓国・日本にはないとされていること、 またいずれの事件においても米国の存在・名前が直接表には出てこないことである

  しかし、こうした見方・評価ははたして一連の紛争・衝突事件の事実関係と真相を反映したものであろうか。 結論的に言えば、こうした見方・評価は必ずしも正確な事実関係の把握に基づいた妥当なものとは到底思われず、 むしろ一方の当事者の側の利益・立場を反映したかなり一方的な見解・主張であると言わざるを得ない。

  具体的には、第一に、天安号 「沈没」 事件では、当初からもう一方の当事者である北朝鮮が一貫して全面否定するなかで、 韓国の市民団体や第三者である中国・ロシアも北朝鮮の攻撃による 「撃沈」 事件であるとの韓国・米国・日本の政府見解に重大な疑義を呈している (例えば、「『天安』 号沈没事件 依然として証拠が不十分 参与連帯が指摘する 8つの疑問点」 『朝鮮新報』 2010年5月25日を参照)。 そればかりではなく、韓国・米国による 「捏造」 事件だと一貫して主張しているだけでなく、 天安号 「撃沈」 事件を韓国・米国による 「偽装」 「捏造」 事件、すなわち米軍による天安号 「撃沈」 を韓国が加担させられる形で隠蔽した事件だ とする北朝鮮の見解・立場を支持・補強する見解も出されている (例えば、副島隆彦の学問道場 掲示板 2010年5月28日田中宇 「韓国軍艦 『天安』 沈没の深層」 2010年5月7日「韓国哨戒艦艇の完全剪断破壊:米原潜コロンビアの関与確認できず」 『新ベンチャー革命2010年5月23日No.130』 などを参照)。

  第二に、延坪島砲撃事件は韓国が 「護国訓練」 という軍事演習を実施している最中に、 北朝鮮の再三の警告を無視して従来から争いのある黄海上の南北軍事境界線にあたる北方限界線(NLL=North Limit Line) であえて実弾射撃を行ったことから起きており、 重大な軍事的挑発を先に行ったのが実は韓国であったという事実も明らかになっている。 韓国側は 「護国訓練」 とは別の通常の 「射撃訓練」 の一環として行ったと釈明しているが、 北朝鮮側からすればとうてい受け入れがたい主張であることは明らかだ。 また、護国訓練とは、1994年から中断されている韓米合同軍事演習 「チームスピリット」 を代替する訓練として1996年から実施されているもので、 米軍も沖縄駐留の海兵隊を含め7万人余りが参加する予定であったという (2010年11月16日) (C)YONHAP NEWS

  第三に、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件では、 当時の前原誠司国交相の独断による中国人船長の緊急逮捕(この背景に米国の影を指摘する声もある)と、 その後の唐突な釈放(沖縄・那覇地検当局による政治・外交上の理由とした 「超法規的な措置」 の背後に官邸・仙谷由人官房長官の指示があったことが指摘されている。 また、ここでは、この事件に関連して反中ナショナリズムを高めることになった 「尖閣ビデオ漏洩」 事件については触れない)。

  以上のように、韓国・北朝鮮間の二つの事件、すなわち天安号 「沈没」 事件は韓米軍事演習、 延坪島砲撃事件は韓国の 「護国訓練」 という軍事演習・訓練の最中に起きた事件であり、いずれの場合も米国の直接・関与が指摘できること、 また日中間で起こった中国漁船衝突事件でも尖閣諸島各島の実質的な管轄権を握っているとみられる米国の存在・影響を無視することはできない。 このような東アジアにおける一連の紛争・衝突事件の背後に、 中国が強く反発している黄海への空母乗り入れを何としてでも実現しようとする米国の長年の野望があったとの注目すべき指摘もなされている (『DAYS JAPAN』 最新号を参照)。 東アジアに新しい冷戦を発動し、日中両国間に楔を打ち込んで、 韓国・北朝鮮を反目させて朝鮮半島の緊張を一気に高まようとしているのはいったい誰なのか。 そのことは、米国を中心にして韓国・日本・豪州との間で行われている一連の軍事演習の軌跡を見てみれば一目瞭然であろう (例えば、「対北朝鮮戦争挑発── 危険な米韓共同軍事演習(11/28〜12/1)、日米共同軍事演習(12/3〜10)をやめよ!」、 および下記を参照)。

☆ 2010年度の米軍を中心とした合同軍事演習の流れ(「反戦反天皇制労働者ネットワーク」 の 「天皇誕生日祝賀反対12・23大阪集会」 より転載)
◆【3〜12月の主な米韓合同軍事演習など】
▼3月9日〜20日〜4月30日
  朝鮮を先制攻撃し占領する戦争シナリオ 「作戦計画5027」 などに基づき韓国全土でおこなう米韓年次合同軍事演習キーリゾルブ・ フォールイーグルを実施(米軍1万8千人、韓国軍2万人超)。在日米軍および全世界の米軍から部隊が参加。 沖縄ホワイトビーチと佐世保を拠点とする第7艦隊旗艦ブルーリッジも参加。18日以降、フォールイーグル合同野外機動演習に移行し、 一部分は4月30日まで合同演習が続く。岩国の米海兵隊が参加。このなかで3月26日、天安(チョンアン)艦事件発生。 以降、米軍は沖縄の米戦略偵察機2機で「共和国」地域を毎週2−3回ずつ偵察。
▼7月25日〜28日
  東海(日本海)で米韓合同軍事演習 「不屈の意志」。動員装備・武器体系は1976年以来、最大規模。 訓練は艦対艦・艦対空・空対艦・対潜訓練、朝鮮軍核心施設打撃、「共和国」 特需部隊の海上侵入防御、 サイバー攻撃に備えたコンピューターネットワーク防御など立体的。 米原子力空母ジョージ・ワシントンなど米韓艦艇(潜水艦含む)20隻余、米空軍嘉手納基地配備のステルス戦闘機F22ラプターが参加。 海上自衛隊将校、オブザーバーで初参加。韓米は年末まで毎月、連合海上訓練実施を表明。
▼8月5日〜9日
  韓国軍が天安艦事件現場近くの海域で大規模軍事演習(兵員4500人、艦艇29隻、航空機50機)。 朝鮮軍が9日、米軍が一方的に定めた北方限界線(NLL)近辺海域に抗議の砲撃。
▼8月16日〜26日
  韓国各地で朝鮮半島有事を想定した米韓合同軍事演習 「乙支(ウルチ)フリーダム・ガーディアン」。米韓両軍約8万6千人が参加。
▼9月27日〜10月1日
  黄海で韓米合同の対潜水艦軍事演習。
▼10月13日〜14日
  韓国主管の大量破壊兵器拡散防止構想(PSI )に基づく朝鮮海上封鎖訓練 「イースタン・エンデバー10」 を釜山周辺海域で実施。自衛隊艦船も参加。
▼11月22日〜30日
  韓国軍は米韓合同軍事演習に重ねる形で、韓国軍7万人以上、戦車軌道車両600基以上、戦闘ヘリ90機以上、艦艇50隻以上、 航空機500機以上を動員した大規模軍事演習 「2010護国訓練」。このとき、朝鮮の延坪島(ヨンピョンド)砲撃事件。
▼11月28日〜12月1日
  黄海上における原子力空母ジョージ・ワシントン参加の大規模な米韓合同軍事演習。黄海上では初めて朝鮮の大量破壊兵器拡封鎖訓練も実施。
▼12月3日〜10日
  日本の周辺海空域と全国各地の基地などで、過去最大規模の日米共同統合演習キーンソード(鋭利な剣。兵員4万4千人、艦船60隻、航空機400機)。 米原子力空母ジョージ・ワシントンや日米のイージス艦も参加し、 沖縄東方周辺海域や九州西方周辺海域などでは海上・航空優勢を確保する訓練(島しょ防衛や朝鮮の弾道ミサイル発射想定訓練)を実施。 韓国軍が初めてオブザーバー参加
▼12月6日〜12日
  韓国軍は延坪島西方に位置する大青島(テチョンド)を含む全国29カ所で海上射撃訓練。
▼12月13日以降
  米韓合同軍事演習予定

  そして、本当に驚くのは、こうした東アジア情勢の急速な悪化に日本外交が思考停止・機能不全に陥っているように見えることである。 天安号 「沈没」 事件を受けて当時の鳩山首相が、「北朝鮮の行動は許し難く、国際社会とともに強く非難する。」 「もし韓国が国連安全保障理事会に決議を求めるということであれば、日本として先頭を切って走るべきだ。」 と述べたのに続き、 菅首相が延坪島砲撃事件後に、朝鮮半島有事に自衛隊派遣を示唆する発言を行って韓国側の強い反発を招いたことは記憶に新しい。 こうした日本のトップの発言は、「尖閣周辺で日米共同軍事演習を」 という 「建白書」 を民主党の長島昭久前防衛政務官ら43人が出したという動き(「産経新聞」 2010年9月27日付)などとともに、 露骨な排外主義的ナショナリズムをもたらす日本の政治・外交の不在をまさに物語っている (沖縄県石垣市の市議2人が12月10日に尖閣諸島の南小島に上陸したことや、 延坪島砲撃事件を理由とする朝鮮学校無償化停止という不当な措置などもそうした不毛なナショナリズムのあらわれであろう)。
2010年12月31日(大晦日に自宅にて)