2011.1.2更新

「時代の奔流を見据えて──危機の時代の平和学」

目次 プロフィール
木村 朗 (きむら あきら、鹿児島大学教員、平和学専攻)


 第二八回
「緊迫する東アジア情勢と日本外交の危うさ
―新防衛計画大綱の狙いは何か」 (下)

3. 新防衛計画大綱・中期防衛力整備計画の狙いは何か
─日米同盟の変質と自衛隊の変貌

  2010年の東アジアにおいては、さまざまな紛争・衝突事件が引き起こされて新しい冷戦状況が生まれ、 鳩山前首相が唱えた 「東アジア共同体」 への道は頓挫しつつあるばかりか、 朝鮮半島を中心に東アジアで戦争がいつ勃発してもおかしくないような不穏な情勢となっていることは、すでに述べた。

  鳩山前首相は、延坪島砲撃事件の際に、「今、朝鮮半島(情勢)が緊迫している。 アジア、日本の平和のためにも(米軍普天間飛行場移設)問題の5月末決着に向けて、最終的な努力をしている。」 「北東アジアの情勢が大変緊迫の度を高めている・・・それだけに普天間の問題に関してもしっかりとした結論を出す必要がある」 と発言していた。 そして、この発言が沖縄駐留米軍の抑止力の再確認と普天間基地問題での辺野古案回帰につながったという事実をここであらためて想起すべきである。

  また、韓国哨戒艦沈没事件(2010年3月26日)で北朝鮮の攻撃が原因であったという韓国の報告書が5月20日に発表された後で実施された 米韓合同軍事演習 「不屈の意思」(7月25日〜28日、 横須賀を母港とする米原子力空母ジョージ・ワシントンを初めとする米第七艦隊と韓国海軍の艦艇が20隻、航空機が200機、 米韓の兵員8000人など原潜からF22までが参加する韓国史上最大の軍事演習)、 延坪島砲撃事件直後に開始された米韓合同軍事演習(11月28日〜12月1日)、 日米安保条約50周年を記念して実施された日米合同軍事演習 「キーンソード」(12月3日〜10日、南西諸島防衛を想定した演習で、 1万500人の米陸海空軍と海兵隊の兵士、日本の自衛隊員が参加するほか、米国から原子力空母 「ジョージ・ワシントン」 も出動した)などは、 対北朝鮮に対する明白な軍事挑発行為であったといえよう。

  そして、これまであまり注目されることのなかったもう一つの危険な動きがあった。 それは、米韓合同軍事演習 「不屈の意思」 (7月25日〜28日)に、 日本の海上自衛官佐官級将校4人が米空母に同乗する形で戦後始めてオブザーバー参加していたばかりでなく、 日米合同軍事演習 「キーンソード」 にも韓国軍の将校がこれも始めてオブザーバー参加していたという事実である。

  こうした一連の動きは、北朝鮮による韓国・大延坪島(テヨンピョンド)砲撃を受け、韓国を訪れた米軍制服組トップのマレン統合参謀本部議長が8日、 韓国軍トップの韓民求(ハン・ミング)合同参謀本部議長との共同記者会見で、中国への牽制の意味も兼ねてか 「北朝鮮の脅威に対し、 我々は団結しなければならない。(米韓合同軍事演習への)日本の参加を望む」 と表明したという事実 (2010年12月9日asahi.com、)や、 韓国との合同軍事演習を終えたアメリカの空母ジョージ・ワシントンやイージス艦などが、 日本の周辺海域で始まる自衛隊との共同演習に参加したことなどと考え合わせれば、それが深刻な意味を持っていることが分かる。

  すなわち、それはまさに緊張した朝鮮半島情勢を開戦前夜に追い立てる極めて冒険な軍事挑発行動であることを意味しているばかりではない。 米韓合同軍事演習への自衛隊の本格的な参加は日本国憲法が禁じる集団的自衛権の行使につながる道でもある。 ましてや、日米韓3カ国合同軍事演習は、明白な憲法違反であるどころか、完全なる憲法無視であって法治主義の放棄に他ならない。 もちろん、米韓合同軍事演習への日本の自衛隊の正式参加には韓国側に強い抵抗感があって現状では困難である。 しかし、今回の日米韓3カ国間の新しい軍事協力が将来の日米韓軍事同盟の結成へとつながる可能性がないとは決していえないこともまぎれもない事実であろう。

  国家間の局所的な緊張・衝突が生じた場合は過剰反応は禁物であり、 ましてや、それを軍事費拡大・組織強化のための好機として政治的に悪用することは許されないはずであるにもかわらず、 このような米軍司令官の公的な場での内政干渉につながりかねない言明と、 先に述べた日本の首脳(鳩山前首相および菅首相)のあまりにも不用意な発言はいったい何を示しているのであろうか。

  そのことを解く鍵が、これから検討する新防衛計画大綱とそれに伴う中期防衛力整備計画である。 菅政権は、日米合同軍事演習 「キーンソード」 が予定通り終了して間もなくの12月17日午前、安全保障会議と閣議を開き、 今後10年間の防衛力整備の指針となる新たな 「防衛計画の大綱」 と今後5年間の 「中期防衛力整備計画」 を決定した。 それは、事前のマスコミ報道なしであったばかりでなく、国会で十分な審議も欠いた形でなされたもので、多くの国民にとっては、 まさに寝耳に水の出来事であった。

  すでに新防衛計画大綱および中期防衛力整備計画については、 多くの論者が的確な指摘や核心的な論評を発信している(例えば、本NPJ通信にある高田 健氏の論評 「9条のしばりの突破をはかり、戦争への道を歩む新防衛大綱 民主党政権下で米国と財界の要求に添って制定」、 井上正信弁護士の論評 「憲法9条と新防衛計画大綱」、 あるいは浅井基文氏のHP 「21世紀の日本と国際社会」 の 「日中関係−回顧と展望−新防衛計画大綱に対する根源的批判として(第1回〜第4回)」 などを参照)。 そこで、ここでは、先述した東アジア情勢の悪化との関連がある点に絞って論じることにしたい。

  新防衛計画大綱とそれと連動した中期防衛力整備計画の主な論点を列挙すると、下記の通りである。

A 「静的防衛力 《基盤的防衛力》」 構想から「動的防衛力」構想への転換
B 「専守防衛」 から 「先制攻撃」 「海外出動」 へ
C 「集中」 と 「選択」 を名目とした軍拡路線の選択 《今後5年間で約23兆5千億円の軍事費投入を計画》 《思いやり予算も従来通り維持》
D 「島嶼部防衛」 「南西諸島防衛」 の重視 《新たな部隊配備−南西諸島へ向かう自衛隊》
E 自衛隊の軍隊化 《新たな任務・役割》 《既存部隊の統廃合と配置替え》
  《旧軍隊の名称復活》 《テロ対策部隊・有事即応部隊の重視》
F 自衛隊と米軍との一体化 《「日米同盟の深化」 に向けた 「日米協力の充実をはかる措置」》 《日米合同軍事演習の強化と米軍の補助部隊化する自衛隊》
G 日米同盟と米韓同盟の一体化 《既成事実の積み重ねによる日米韓3国軍事同盟への志向》
  ※豪州との連携強化も→グローバルな範囲で、戦争をする自衛隊への転換
H 日本版NSC(国家安全保障会議)の創設
I  「仮想敵国」 としての(北朝鮮+)中国の登場
J 弾道ミサイル防衛の強化と集団的自衛権の事実上の行使
  ※全土を覆う地対空ミサイル部隊の配備促進、イージス・システム搭載艦や潜水艦などを増強
K シビリアンコントロールの形骸化
L 「武器輸出等3原則」 見直しへの言及 《「非核三原則」 の緩和は?》
M 自衛隊の海外派兵恒久法制定に向けての地ならし
N PKO法の 「検討」 (PKO5原則の見直し、特に交戦規則の緩和)
O 憲法改悪の再始動 《大連立の動き》

  最大の特徴は、経済大国化と平行して軍拡が急速に進む中国、核武装化を志向し指導体制の転換期にあって不安定な北朝鮮を念頭に、 これまでの 「基盤的防衛力」 (=日本有事・専守国土防衛を重視した 「拒否的抑止力(防衛力が基本)」 に代わる 「動的防衛力」 (=周辺有事・海外出動を重視した 「懲罰的抑止力(攻撃力が基本)」 という新しい概念・構想を掲げ、 「島嶼防衛」 の必要性、すなわち国境を接する南西諸島の防衛強化を打ち出していることにある(「拒否的抑止力」 と 「懲罰的抑止力」 については、 井上正信弁護士の前掲論評 「憲法9条と新防衛計画大綱」 を参照)。

  ここでいう 「即応性、機動性、柔軟性、持続性、多目的性」 を備えた 「動的防衛力」 構想とは、 テロや離島侵攻を想定し機動力や即応性を重視して部隊を運用するという発想から生まれた考え方で、 他国から攻撃を受けて初めて反撃をするという従来の専守防衛を柱とする 「基盤的防衛力」 構想から離れて、 脅威が現実化する前に攻撃するという先制的自衛権行使を前提した考え方、「力による抑止」 の戦略、 すなわち 「敵基地攻撃能力保有論」 に基づく先制攻撃型軍事戦略へ移行・転換することを意味している。 これは、まさに、「自衛隊の装備・運用と制度の両面で自民党政権時代にも打ち出しえなかったきわめて危険な道に踏み込むものであり、 絶対に許すわけにはいかない」 (「しんぶん赤旗」 2010年12月18日付での 市田忠義・日本共産党書記局長の談話 より)。

  また、「島嶼防衛」 に関連して、北海道から南西諸島方面に最大2000人を移し、最西端の与那国島には約100人の陸自 「沿岸監視部隊」 を配備する計画、 海自は潜水艦を16隻から22隻に、空自は那覇基地の戦闘機を約20機から約30機に増強する計画などが打ち出されている。 しかし、南西諸島に上陸占領する可能性があるのはどの国なのか、なぜ海上保安庁ではなく海上自衛隊でなくてはならないのか、 日本にとって中国の軍事力は本当に脅威なのか、といった根本的な問題・疑問についての説得的な説明は一切なされていない。

  その代わりに、米国と財界が強く求めてきた武器輸出三原則の見直しは社民党の反対で薄められたとはいえ、検討課題として残しており、 早期に実現する狙いを隠そうとしていない。 さらに、民主党連立政権の誕生後に見直し・削減の方向が打ち出されていた 「思いやり予算」 についても、 ほぼ現状維持でいつのまにか 「決着」 している有様である。

  さらに、隠された問題として、「沖縄本島の面積の約20%は米軍基地が占めているというのに、今度は離島に自衛隊部隊が配置される。 沖縄中が米軍と自衛隊の軍事の島になる。政府がお題目のように唱える負担軽減はどこにいってしまったのか。」 [おきなわ新防衛計画大綱] 軍拡競争を煽らないで 「沖縄タイムス」 2010年12月18日付)という沖縄からの切実な問いかけに、菅政権はいったいどう答えるというのであろうか。

  このような新防衛計画大綱および中期防衛力整備計画の特徴から、「巨額の軍事費と思いやり予算をはじめ対米軍事協力費を計上して、 日本が米国と財界の要求に応えるという時代錯誤の政策を実行している」 といわざるを得ない。

  そして、「この重大な転換を中心的に推進した勢力は、米国オバマ政権や、そのもとでも画策を続けるジャパンハンドラーと密接な関係を持ち、 日本の軍需産業の拡張を企てる財界と連携した、 防衛官僚や外務官僚に洗脳された民主党内のひとにぎりの新防衛族(北澤俊美防衛相や前原誠司外相、安保外交調査会の中川正春会長、 長島昭久事務局長、吉良州司事務局次長ら)だった。」 (高田健氏の前掲論評 「9条のしばりの突破をはかり、戦争への道を歩む新防衛大綱 民主党政権下で米国と財界の要求に添って制定」 より) ことは間違いない。

  この新防衛計画大綱および中期防衛力整備計画で色濃く現れている中国脅威論に関連しては、 日本では、2010年防衛白書が先行的に打ち出していた認識、 2010年8月に発表された首相の私的諮問機関 「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」 (座長・佐藤茂雄京阪電鉄CEO議長)の報告書、 民主党外交安全保障調査会作成の 「『防衛計画の大綱』 見直しに関する提言」 (2010年11月30日)、自民党国防部会の提言を、 また米国では、朝鮮半島有事を想定した 「作戦計画5027」、核先制攻撃の作戦計画「OPLAN8010」、4年ごとの国防戦略の見直し報告(QDR)、 などを合わせて検討する必要があるであろう。しかし、ここではその余力はないので、特に米国の極東政策、 とりわけ対日政策にジャパンハンドラーズのリーダー的存在として大きな影響力を持つといわれるジョセフ・ナイ氏が月刊誌 『フォーリン・アフェアーズ・リポート』 (FOREIGN AFFAIRS 2010年 No.12)に発表した論文 「アメリカ・パワーの将来−今後を左右するのは中国ではなく、 スマートパワーだ−」 に注目して考察してみたい。 なぜなら、彼の論文が、現在及び将来の東アジア情勢と日本のあり方にとって大きな意味を持っていると考えるからである。

  このジョセフ・ナイ氏の論文は、フォーリンアフェアーズ誌の2010年11月・12月号に掲載されたもので、 「アメリカの時代は終わった、そして中国のような新興国に覇権は移る」 という流行の議論を否定し、「経済の多極化をある程度受け入れながらも、 アメリカは将来もずっと覇権国として存在するはずだ」 と主張している。その一方で、「将来、アメリカの覇権を脅かす勢力が出てくるとすれば、 それは日中韓の東アジア共同体だけである。この3国が共同体を形成してしまうと、アメリカをはるかに上回る力を持つことになる。 しかしいまは日本と中国の仲はすこぶる悪く、東アジア共同体ができる可能性はない。 その意味では、アメリカの覇権は安泰である。」 と米国の本音を率直に語っている(月刊誌 「フォーリン・アフェアーズ・リポート」 (FOREIGN AFFAIRS 日本語版)の 「2010年 No.12」 のレビュー、 リチャード・アーミテージ氏と鼎談がある 『日米同盟 vs.中国・北朝鮮−アーミテージ・ナイ緊急提言−』 リチャード・アーミテージ/ジョセフ・ナイ/春原 剛、文春新書、2010/12/15、も参照)。

  このジョセフ・ナイ論文から、何が読み取れるであろうか。それは、明らかに米国は、「東アジア共同体」、 つまり日中韓3カ国が協力・連携する共同体が東アジアに生まれることを強い警戒感をもっているということである。 昨年夏の政権交代後に 「この地域の安全保障上のリスクを減らし、経済的なダイナミズムを共有しあう」 と東アジア共同体構想の意義を国連総会で演説した鳩山由紀夫前首相(政権交代前にも東アジア共同体構想に言及した注目論文を出していた)や、 中国に100人以上の国会議員を含む600人の団員を率いて訪中した小沢一郎幹事長(当時)が、 なぜあれほど米国の反感を買った理由もそこにあったのである。 このように考えると、尖閣諸島問題による日中の軋轢や朝鮮半島をめぐる南北の緊張も、 実は米国が主導したのではないかという憶測・疑いが出されているのも理由なしとはいえないように思われる。

  ジョセフ・ナイ論文の真の狙いが何であれ、いずれにしても、 日中韓3カ国の協力関係を柱とする東アジア共同体という21世紀の構想の早期実現を敵視するとともに、 東アジアで緊張を激化させることを通じて再び冷戦を発動させ、 第二次朝鮮戦争の勃発、日中間あるいは日露間の本格的衝突・紛争の生起を望む戦争勢力 (軍産複合体と国際金融資本の世界的規模での複合的ネットワーク!?)の策動が蠢いているということだけは間違いなさそうである。

  現在の緊迫しつつある東アジア情勢に歯止めをかけるためには、 ナショナリズムを煽ることによってそれを一層悪化させて戦争勃発に結び付けようとさえしている大手マスコミや、 親米保守の政治家・官僚・軍人・右翼、またその背後にいる戦争特需で潤うことを切望する 「死の商人」 ・軍需産業(一部の労働者を含む) などの真の意図と動向を見逃すことがあってはならない。 わたしたち市民がそうした危険な動向と隠された意図・思惑を常に監視し、 具体的に直面する問題ごとに 「実時間」 で多くの人々にそれを知らせて批判・克服することがいまほど求められている時はない。

  朝鮮半島での戦火を再び起こさせないためには、わたしたちにはいま何をすることが必要なのであろうか。 現在、永田町界隈で水面下で蠢いている大連立の策動を暴いて止めさせることは、戦争勃発と憲法改悪を阻止するための喫緊の課題である。 またそれと同時に、米国と官僚(特に検察・警察)に迎合して大本営発表を繰り返して排外主義的ナショナリズムを煽るばかりでなく、 多くの国民の批判精神を奪って思考停止状態に陥らせることによって 戦争前夜の大翼賛状況を生み出している元凶である大手マスコミの欺瞞的な姿勢を変えさせることは、 日本を真の独立国家・民主国家とするための第一歩ともなるであろう。
2011年1月元旦(自宅でのお正月で、久しぶりの雪景色を見ながら)