音楽・女性・ジェンダー ―─クラシック音楽界は超男性世界!?
第42回
暮れ行く 2013年…
好天、穏やかな冬日和に恵まれた大晦日の東京…掃除や惣菜造りの合間に、ゆっくり耳傾ける余裕がなかった女性作曲家のCDを取り出し、聴いている。
18世紀はじめから20世紀始めにわたる欧米各国の女性達によるクラリネット作品を集めたアルバムである。
管楽器用に作曲した女性に焦点を当てたCDなんて、ほんとうに珍しい。
もっとも、本連載で何回も取り挙げたファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの収録例は歌曲をクラリネット用に編曲したものであるし、
カミラ・ロッシの、1708年ヴィーンで上演されたというオラトリオ作品からの抜粋ではシャリュモー(クラリネットの前身といわれる管楽器)が使われている。
つまり全てがオリジナルのクラリネット作品を集めたCDというわけではない。
けれども9人の女性作曲家の作品紹介と生い立ち、さらに女性達が無視されてきた歴史的背景なども含め、
大変丁寧な行き届いた解説を執筆しているのがなんと男性なのである! CDのクラリネット演奏を引き受けている当のご本人でイタリア人、
ミラノ音楽院のクラリネット教授を勤める傍ら、録音やオーケストラとの共演暦も豊富、未知のレパートリー拡充にも熱心に取り組んでいるという…
歴史上最悪の転換点ともいうべきこの2013年を締めるのに、呑気にまたぞろ女性作曲家の話とは顰蹙モノかも知れない。
ただ、このCD解説を読みすすめるうちに、「女性の活用」 を臆面もなく表明したこの国の首相のことが二重写しになってしまったのだ。
世紀の悪法たる秘密保護法の国会論議に、本来専門家でもない女性を 「答弁専門大臣」 に祭り上げ、
参議院での本会議では沖縄の自民党女性議員を賛成意見表明者に選ぶ…どうだ、
国の行方を左右する重要審議にちゃんと女性を登用させたではないか…といわんばかりのポーズが見え見えだ。
しかもあろうことか、前者は今なお塗炭の苦しみにあえぐ福島の出身、後者は普天間基地問題で政府側に寝返った沖縄選出の議員なのだ。
表面的な同情を惹き、糾弾を回避しようとするその狡猾さには、今更ながらあきれ果ててしまう。
「活用」 などという言葉使いも、どこか女性を資材扱いしているとの批判もある。
だが何より、まるで本気度や誠実さがなく、どこまでも見せかけでしかない安倍普三の姿勢と、かたやクラシック音楽という、
きわめて特異な領域ながらその歴史観さえ覆しかねない上記クラリネット奏者の取り組みとの違いは、余りにも鮮烈ではないか…
12月6日、実は私はあの参議院本会議を傍聴していた。
強行採決後、傍聴席から靴を投げ込んだ男性Aさんの止むに止まれぬ行為をすぐ脇で見届けながら、
何一つ抗議らしきことができなかったわが身を恥じるばかりだが、この件に絡めては言いたいこと、書きたいことが限りないほどなので、
次回以降、適宜触れていきたい。
大晦日にずれ込んだ今回、ひとなみに一年の回顧を、と思いついたきっかけは、
新年用に掛け代えたばかりのカレンダー冒頭にあった次のフレーズである:
「女が女であることを高らかに謳いながら、
道を拓いてくれた女たちへ、
愛と感謝を込めて。
女が連なって生き、
つくってきた歴史のシッポに、
わたしたち今生きている女たちがいる」
ジョジョ企画の刊行になるこのカレンダー、正式タイトルは 『姉妹たちよ―女の暦』。
これまでにも何回か本連載で役立たせていただいた。ところが昨年は休刊とのお知らせ、
20年来女性問題についてのもっとも重要な拠り所と購読してきた私にはなんとも悲しく、体の一部をもがれたような気分で落ち込んでいたところ、
なんと2014年、一年だけの休止でめでたく復刊! 冒頭に書いたような世情では、男女を問わず誰でも、ますますこのカレンダーのアピール文に深く、
強い意義を認めるのではなかろうか。この2014年版には音楽の世界からも久しぶりに鶴田錦史さんが登場。
音楽史を長らく教えながら、この伝説的な琵琶の名手が女性とは知らずに教暦の半分以上を過ごしてしまった破廉恥には触れぬこととして、
現役の市原悦子さんやイトー・ターリさんなど、実演にも接している女優さんや、直接お話しする機会も多々あるパフォーマーが選ばれているのが、
いかにも心強い。
このカレンダーに絡めて総括しておきたい私自身についての事柄を一点だけ。
予告させていただいた国立女性教育会館NWECでの展示 「音楽と歩む」 が無事終了した(2013・8・1〜12・15)。
4ヶ月半の期間中に来館者6000余…この人数をどう評価するか、私には判断できないが、同館の企画展としては成績優秀とか。
そして年末20日から来年1月末日まで、お茶の水女子大学図書館にて継続が決定、すでに開催中である。
ただし元の展示全部ではなく、大きな壁掛けパネルのみに規模を半減、
この連載開始の誘印となった2007年の 「女性作曲家音楽祭」
のガイド・ブックを再構成したおしゃれな床置きパネルが省かれたのはなんとも残念ではある…
しかし代わりにお茶大が備えている女性音楽家に関する図書資料が加えられたとのことで、これまた有り難い。
実は、このように他所での継続が可能とは全く知らなかった私にとって、思いもかけぬ嬉しいこのニュース、改めて声を大にしてお誘いしたい。
お茶の水女子大学が位置する茗荷谷は東京の中枢部、反してNWECがある武蔵嵐山は池袋から快速でも一時間以上かかる。
宿泊設備も環境も抜群の素晴らしさとはいえ、こんな辺鄙な? 遠方にしか女性のための施設はできないのか…と思いきや、
1980年代の開設に関わられた尊敬すべき先輩の女性ジャーナリストから、仰天ものの裏話を伺った。
母親や妻たちが家事から解放されて集うためには、
わざと遠くの不便な地を選び泊り込みにしなければ無理と男たちに納得させる必要があったから…
女に学びを与えるためにそこまで策略を働かせなくてはならないとは! これがまさに今なお世界有数の経済大国におけるジェンダー実態なのだ。
開発途上国の女性差別を嗤っている場合ではない。
因みにNWECでは企画事業を全国各地に巡回させることが本意なのだそうだ。
お茶大とは国立同士、スムーズに交渉がまとまったのであろうが、公私を問わず、また図書館でなくとも各種ホールや女性会館などにも、
運搬費さえクリアできれば展示資料を貸し出すとのこと。
なんらかの機関にご関係の皆様には、唯一国立の女性教育施設であるNWECの存続を図るためにも、この情報を有効活用していただきたい。
展示は過去の忘れられた作曲家たちから現役の作曲家、そして指揮者、コンサート・ミストレス、大ホールの支配人へと繋がり、
そのシッポに上記忘れられた歴史上の女性作曲家をしつこく追いかけている私も…展示対象に混じる本人が口にすることではないかもしれないけれど、
ありきたりの展覧会にない、女性と音楽をめぐる新しい発見や刺激をお探しの向きには、ともかく一度お茶大へ足を御運びくださるようお願いして、
2013年最後の回を結ぶことにする。
どこをどう探しても、新しい年の幸せな萌芽は見当たリませんが…ともかくも、NPJスタッフの皆様、そして読者の皆様のご健康を、心よりお祈りいたします。
2013.12.31
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