2012.3.8

【 メ デ ィ ア 傍 見 】 21

前澤 猛
目次 プロフィール

「民間・原発事故報告書」 と 「下村発言」 への疑問

  前回の 【メディア傍見S】 について、何人かのジャーナリストから、傾聴すべきコメントをいただいた。 一方、原発に詳しい経済人からは、報告の 「匿名発言」 について、次のような感想が寄せられた。

  <今回のような国難ともいうべき事故の原因究明は極めて難しく、情報源を明確にすれば、その結果、説得力ある報道になると言えるでしょう。 しかし、それが全てかというとそうでもないのでは、と思います。真の真実に迫るためには、「匿名」を条件にインタビューするという手もあるかなと思います>
  <今回、東電関係者には何も聞けなかったとのことですが、東電の人間としては、いま何を話しても叩かれるだけ、 という気持ちでインタビューを断ったのでしょう。それはやむを得ないとしても、そのために調査究明の報告書は、未完成なものとなったでしょう>

  その通りだと思う。そこで、重要な情報を得るためには、情報源の扱い(匿名・仮名扱いか、実名表記か、など)について、 取材者とその情報源との間の綿密な打ち合わせを欠くことができない。それが、ジャーナリズム倫理の基本であり、ジャーナリストの初歩的知識だといえる。 さらに、昨今は、掲載談話の内容を相手に知らせて、その使用許諾を得ることによって、事後のトラブルを避けることが多い。

  報告書で使われた 「首相の行動に対する批判」 発言(補遺@)についても、以上が必要条件のはずだが、 今回、その発言の取材から公表にいたる理解困難な経緯が明らかになった。 引用された発言の主、下村健一氏(ジャーナリスト。臨時内閣審議官=Twitterでの自己紹介)自身が名乗り出て、 そして、肝心の談話の趣旨が違うというのだ。報告書のニュアンスとは逆だと弁解している。(補遺A)

  事実はどうなのか、それはまだ分からない。しかし、取材(調査・報告)する側か、取材された側か、あるいはその双方に、 ジャーナリズムの初歩的なミスがあったのではないか、と疑われる。 つまり、情報の真実性の裏づけ、匿名扱いの必要性、取材時の約束や条件などについての是非だ。 そのため、この重要な報告書自体の意図や信頼性そのものが崩れつつあり、関係者による早急な経緯の公表と事実の確定が待たれている。

  以下は、「報告書と匿名発言」 にかかわる新たな問題を、小生がソーシャル・メディアを通じて知った経緯と、それに対する寸感だ。
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  5日の深夜、Facebook を開いて、下村氏が、次のような重要な証言を Twitter で続けてつぶやいていて、 その衝撃が、それらのソーシャル・メディアを通じて、広く拡大しつつあるのを知って驚いた。
  だが、このような、「つぎはぎのつぶやき」 は、ツイッターの利用者には早急に知られるとしても、それだけでは、報告書の内容の適否に対して、 渦中の下村氏が適切に回答し、疑念の解消に努めたことにはならない。 ソーシャル・メディアの存在と効用は、広く認識されてきたとはいえ、なぜ、下村氏は、公の場、あるいは既成メディアをも通じて、 自らの見解や訂正を主張しないのだろうか。事実証明をソーシャル・メディアにのみ任せていいのだろうか。
  それにしても、民間検討委員会の意図はともかく、匿名発言が、ますますクローズアップされることで、委員会と報告書の信頼性が失墜し、 同時に、記者会見で問題点を見逃したまま報道したジャーナリストの責任が問われることになったのは残念だ。

  下村ツイッターの 「匿名発言」 に関する釈明部分(4日付)は以下の通り。

  【民間事故調/2】 まず、大きく報道された、《電源喪失した原発にバッテリーを緊急搬送した際の総理の行動》の件。 必要なバッテリーのサイズや重さまで一国の総理が自ら電話で問うている様子に、「国としてどうなのかとぞっとした」 と証言した “同席者” とは、私。 但し、意味が違って報じられている。
  【民間事故調/3】 私は、そんな事まで自分でする菅直人に対し 「ぞっとした」 のではない。 そんな事まで一国の総理がやらざるを得ないほど、この事態下に地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達の有様に、 「国としてどうなのかとぞっとした」 のが真相。総理を取り替えれば済む話、では全く無い。
  【民間事故調/4】 実際、「これどうなってるの」 と総理から何か質問されても、全く明確に答えられず目を逸らす首脳陣。 「判らないなら調べて」 と指示されても、「はい…」 と返事するだけで部下に電話もせず固まったまま、という光景を何度も見た。 これが日本の原子力のトップ達の姿か、と戦慄した。
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【補遺】
@ 福島第一原発に代替バッテリーが必要と判明した際、菅首相は自分の携帯電話で 「必要なバッテリーの大きさは? 縦横何メートル? 重さは? ヘリコプター で運べるのか?」 などと担当者に直接質問して熱心にメモをとった。 同席者の一人は 「首相がそんな細かいことを聞くというのは、国としてどうなのかとぞっとした」 と述べた。(各紙報道による民間調査報告書内容から)

A 下村氏は、Twitter 上の自己紹介で、<【現職】 臨時の内閣審議官。専門家も見解が割れる原発事故関連の情報を、 国民にどう伝えれば誇張にも過小にもならないか、広報担当として苦闘中>と書いている。
 まさに、内閣の広報担当という職務にありながら、今回の匿名発言と、その引用のされ方に問題を起こし、 それを公的に是正する措置を取らないということは、彼にも過失か責任かがあり、審議官としての失態でもあろう。 検討委員会との関係、発言の趣意取り違え、不徹底な事後対応などなど、理解しがたい疑問に対して、「下村氏は、世論を意識して匿名発言をしたが、 逆効果となり、責任逃れをしている」 といううがった見方も成り立つのではなかろうか。
(2012年3月8日記)