2012.9.10

【 メ デ ィ ア 傍 見 】 26

前澤 猛
目次 プロフィール

「山本美香さんの死」 について
交換メール(2012年9月3日から9日にかけて時系列に)


前澤から友人へ(9月3日)
  8月22日に、Facebook の 「ジャーナリスト・グループ」 に次のように書きました。
  山本美香さんのシリア戦場での殉職(21日)は、「自己責任」 というにはあまりにも痛ましいです。 山本さんのご冥福を祈り、遅ればせながら遺著 「ぼくの村は戦場だった」 を読もうと、早速 Amazon に注文しました。
  ところが、Amazon から 「予想外の遅延」 との通知の後、やっと本日(9月3日)本が到着しました。 6年前の初版が売れ切れたようで、出版社マガジンハウスによる8月30日付緊急増刷発行の第2刷です。
  奥付と裏表紙に 「2012年8月、シリア内戦の取材中に政府軍の砲撃を受けて死亡」 と書き加えられています。
  山本さんは同書の最終章で
  「ジャパンプレス代表の佐藤和孝氏の鋭い直感と嗅覚、長年の戦場取材の経験が、私の窮地を何度も救ってくれました」
  「気をつけてのひと言で送り出してくれる父・孝治と、国際情勢の新聞記事をスクラップして届けてくれる母・和子にも、感謝の言葉を捧げます」
  と書いて、筆を擱いています。
  まさに、強烈な "遺書" です。社会部記者として、事件災害の現場に何度も足を運んだとはいえ、命を賭したことのないジャーナリストの小生には、 感慨無量、痛切な著書です。

友人の佐野陽子さん(大学名誉学長)から
  山本美香さんの死は、まさに戦死です。痛恨の遺書というのは、まさにその通りだと思います。 このように多数の人類から惜しまれる死もまた、少ないでしょう。
  疑問があります。ジャーナリストは中立の立場から報道する者ですから、戦争ではどちらの側にも立たないものと思っていました。 ところが今回は、反政府軍と行動を共にして政府軍に狙撃されたのです。これはある意味、当たり前ではないでしょうか。 政府軍にとってみれば敵であり、PRESS だから攻撃できないとすれば戦闘で大変不利になります。 ましてや、反政府軍の宣伝をするようなジャーナリストと思われていれば、狙われない方が不思議ではないでしょうか。
  素人の疑問です。

友人の吉田長一郎さん(経済人)から
  いまどき死を賭しての職業など甚だ稀有。探検、冒険旅行の記事とは訳が違う。取材内容の価値評価、取材方法等、どこまで議論されてきたのか、 我々門外漢にとっては不可思議に思われます。これだけ多くの貴重な命を失う中で、自己責任とするだけでは、メデイァ業界としても、 何時までも済まされないでしょう。

前澤から佐野、吉田さんへ
  敵でも味方でも、事実に接近できる取材の便宜さえ与えられれば、どちら側でもよいのです。 ジャーナリストは、一応、中立の民間人を標榜しています(開発途上国や全体主義国の記者は除き)。 現実には、どちらかに利用される恐れは、常に付いて回るので、反対側からは、敵視あるいはスパイ視されるでしょう。
  それ以上は、元国際部のベテラン・ジャーナリストにメールで聞いてみます。返事があったらお伝えします。

池村俊郎さん(元欧米、中東などの特派員)から @
  シリアでの事件、まことに痛ましいことです。ペンの場合、「逃げる」 「退避しておく」 でいけますが、映像はそうはいきません。 この件で明らかになってきたのは、大手メディアは、もはやこうした場に記者を送らないだろう、ということです。 ただでさえ、「行くな」 という社命が出るわけですから、わざわざ苦労して潜入する者が出てくるわけがありません。 そこで、これからこうした場で犠牲になるのは、フリーの記者、映像記者になるであろう、ということです。

  知り合いのご指摘ですが(前澤注:上記佐野さんの疑問に対して)、それはその通りです。 銃を持っていないのだから、狙うな―というヒューマニズム精神が戦場で生きているとはとても思えませんし、それを要求できる立場でもないでしょう。
  ただし、捕虜と一緒に拘束された場合、別な扱いがあってしかるべきかもしれませんが。 とまれ、例外を望むのは、あくまで希望的原則と心得て、どんな結果でも受け入れざるをえません。

  今回の件で問題と思えるのは、事件の真相とは別に、事後の日本側プレス団体の反応と、日本政府の対応です。 私の知る範囲で、日本新聞協会が抗議声明を出し、シリア大使館に抗議声明を伝達に行ったとは聞いておりません。 日本プレスには、尖閣あたりの国境線を越えると、何が誰の身に起きようと、所詮人ごとなのでしょう。

  外務大臣が遺憾声明を出しましたが、本来はシリア代理大使を呼び、厳重抗議するか、代理大使の帰国を求めるくらいの態度を示して欲しかった。 民間事件と片づける悪しき慣例が日本にはあります。それは報道の自由に対する本物の敬意がないことの裏返しなのではないでしょうか。

  この件で私が感じるのは、そうしたことです。中東の内戦取材の怖さは、私も知っているので、まことに取材記者の勇気に敬意を表しつつ、 「銃後」 の仲間からの支援がない日本のプレスの在り方や外務当局の姿勢に、わかってはいても、失望を禁じ得ないのです。

池村俊郎さんから A
  ジャーナリスト殺害だけをとりあげ、あたかも非人道的と言いたげな報道をみれば、一般の目線には 「なにを、特別扱いを求めるのか。 危ない場所に行くのは自分の判断なのだから」 といいたくなるでしょう。すでにアラブ人記者が10人以上死んでいるはずですから、 いま初めてシリア内戦で記者が死んだ、ごとき印象をあたえかねない日本国内報道もおかしい、と後輩記者から指摘されました。その通りかもしれません。

  それでも、私は新聞協会を初め、関係団体の反応の鈍さこそ問題だと思っているのです。 この国の 「報道の自由」 とは、所詮、社の利益につながった時に声高にいうスローガンでしかないのではないか、といよいよ思わざるを得ません。 公益、パブリック・インタレストという大原則と、本質では無縁なのが、日本のプレスの実像ではないか、という若い時からの疑念が深まるばかりです。

鈴木貫太郎さん(日刊マニラ新聞記者)から
  考えてみたのですが、戦場での取材経験がありませんので、 東京新聞特別報道部デスクの 田原さんのブログ を紹介します。鋭い視点でした。

  ただし、山本さんの講義をじかに聴いた者として一言。
  戦場で危険にさらされるのは、ジャーナリストだけでなく、その場で普通に生活している人々も同じです。 そして、直接、争いに関係ない彼らの価値観や常識も一瞬にして飛ばされてしまうのが戦争です―と山本さんは話していました。
  そして、その戦争の異常さを伝え続けることが戦争を無くすことにつながる、と信じて、取材を続けていたのだ、と理解しています。 たとえ政府軍に従軍したとしても、危険があるでしょうし、ホテルにいても、ミサイル攻撃を受けて死んだ記者がいます。 この状況を、僕は 「ある意味、当たり前」 とは思えません。

高井潔司さん(桜美林大教授。元テヘラン、北京などの特派員)から @
  戦場ジャーナリズムについて、私はリアリストなので、前澤さんとはかなり意見が違うようです。 私の感想は、死んじゃおしまい、議論も批判もできない―です。しかし、いくらリアリストでも死者に鞭打つことはできません。

  ただ、前澤さんのメールによると、山本さんは著書の最終章で 「ジャパンプレス代表の佐藤和孝氏の鋭い直感と嗅覚、長年の戦場取材の経験が、 私の窮地を何度も救ってくれました」 そうですが、その信頼は、恐怖を打ち消すための幻想だったのでしょうか。 韓国で見たテレビ放送では、日本記者クラブの会見で、佐藤さんは 「シリア政府は許せない」 と涙ながらに言っていました。 どんな流れでそういう発言になったのか、断片的な放送からはわかりませんでしたが、それは戦場に行く前からわかっていることで、 危険は常に覚悟しておくべきでした。信頼に頼って戦場に通い続けていたことは驚きです。

  山本さんの父親の態度は立派です。恨み、つらみを言わない。娘がやりたいことをやって死んでいった、ということだけですね。

  80年代中ごろまで、マスコミが自社の記者を戦場に送るのは当たり前でした。 イラン・イラク戦争に派遣された私の経験では、戦場取材はそんな格好のいいものではありません。鋭い直観なんてありません。 弾が当たるときは当たる。虫けらのように死ぬだけですよ。まったくの不条理。

  山本さんの死を受けて、彼女の取材活動を評価するなら、なぜ大マスコミも積極的に自社の記者を派遣しないのでしょうか。 その方がむしろ問題です。危険だけれど、これほど重要な仕事を、フリー・ジャーナリストに頼るマスコミこそ問題です。

  危険で、怖いし、不条理な取材ですが、それだからこそ、若い記者は、一度は経験した方がいいと思います。 そういう世界にわれわれは生きていることを実感した方がいい。ベトナム戦争やイラン・イラク戦争は、国際部の記者をそれなりに育てたのではないでしょうか。

高井潔司さんから A
  田原牧さんの論考ありがとうございました。
  同じように感じている記者もいるんですね。そういう人の力や主張が、紙面で十分生かされていないのが最近の大新聞の問題です。 記者は管理されて、せっかくの力量を発揮できていません。

  「表現の自由の空気」 もなくなり、「拗ね者」 が活躍できない時代です。ソーシャル・メディアがますます跋扈し、既成政党が力を失い、 突然維新の会が現れて政権を取るかもしれないとは、末期的様相です。

  それはそれとして、戦場に行くと、自分もいつ死ぬかもしれない、という緊張感が走り、常在戦場だという気持ちがよくわかります。

  私の所属する大学では来年、山本さんを非常勤講師として迎え 「戦場ジャーナリズム」 論を論じてもらう予定でした。 その世話役をしている同僚と昨晩、飲みながら上記のような話をしましたが、同僚から、「山本さんは、ミャンマーで日本人ジャーナリストが狙撃された時、 『亡くなった方を英雄視してはいけない』 と言っていました」 というエピソードを聞きました。

  彼女自身は、十分覚悟していたということなんですね。

前澤
  山本美香さんと同行していた佐藤和孝さんの記者会見(9月4日。日本記者クラブで)の録画が Web にアップされていることを、 天野勝文さん(毎日新聞OB)から聞きました。早速、日本記者クラブの Web で見ました。 記者側の質問と佐藤さんの回答とからなる緊張の一時間でした。また、同じ Web で、二人の写した現場の映像(日本テレビ放映)をみました。
  会見や映像によると、現場は、市民の間に、自由シリア軍、政府軍、不審者などが入り乱れている市街で、 佐藤さんが言う 「予期しない危険」 が伏在していたことが見て取れます。
  従来から覚悟の戦場取材とはいえ、あの街中での、あの瞬間は、不意打ちのようで、山本さんにとっても、佐藤さんにとっても、 「無念の死」 だったと思いました。
  同時に、フランスなどの他国と比べ、日本のメディア界と政府の消極的な対応が、やはりみっともないし、 佐藤さんらの 「秘した無念」 だと印象付けられました。

高井潔司さんから B
  前澤さん、戦場取材は 「予期しない危険」 に満ちています。予期できるならマスコミも記者を派遣します。