2008.1.3

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎食い物にされた「戦争責任」
「遺棄兵器処理」水増し請求とは何か

  防衛省の疑惑で、大手コンサルタント会社の 「遺棄兵器処理の水増し請求」 という話が浮上している。 「遺棄兵器処理」 とは、旧日本軍が廃棄した毒ガスの処理のことだ。日本政府は、その処理をしないまま被害を出し、いくつもの訴訟が起きているのに、 一方で、これを食い物にして、利益をむさぼっていた企業があった、という話。問われる 「戦争責任」 を 「カネ」に変える 「軍需会社」 …。とても許せる構造ではない。

  1日付読売新聞は、東京地検が 「パシフィックコンサルタンツインターナショナル」 (PCI ) を、事業費水増しの詐欺容疑で立件する方針を固めた、と報じた。 地検は既に10月中旬、同本社などを家宅捜索、報道もされているが、経済上のリスクを一切負わず、 遺棄兵器処理事業を独占受注していた同社首脳らの詐欺罪が成立すると判断した、という。 (http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080101i101.htm)

  かつての戦争で、日本は1907年のハーグ陸戦規約で禁じられている毒ガス兵器を大量に製造し、中国全土でこれを使った。 1945年、国民軍、人民解放軍、それに北からのソ連の進攻で負け戦になった日本軍は、これが問題にされるのを恐れ、 細菌兵器とともに残った化学兵器を地中に埋めたり、川に流したり、爆破したりして隠した。

  遺棄されたのは、中国側の推計では200万発、日本の調査でも70万発。ところが、戦後まもなくから現在に至るまで、 こうした毒ガスが建設工事中に掘り返されたりして出土し、知らずにそれを扱って被害に遭う新たな被害が各地で続発した。

  一方、国際的には1993年に署名された化学兵器禁止条約 (1995年批准) で、かつての化学兵器について、調査・処理し、無害化する義務を負い、 この 「遺棄化学兵器処理事業」 も始まった。今回の事件は、この毒ガス処理のために数百億円の 「処理費」 を受け取った会社が、 実はその日本人の血税を横取りしていた、という犯罪だ。

  問題は、日本政府が、毒ガスによる新たな被害者に対してまで、「日中共同声明で処理済みだ」 として、何の謝罪も賠償もせず、 被害者たちは裁判で争うことを余儀なくされていることだ。裁判所の判断も分かれているが、「戦争責任」 を回避しようとする政府に、 「遺棄化学兵器被害者対策」 に手をつけようという発想はない。

  1つだけ例を挙げると、2003年8月、チチハル市の団地の地下駐車場建設現場から、5つのドラム缶が掘り出され、中から漏れた液体が吹き出し、 周辺の土に浸み込んだ。何の液体なのかわからなかったが、旧日本軍で「きい剤」と呼ばれたマスタードとルイサイトの混合物。 作業員や、ドラム缶や土壌が持ち込まれた廃品回収所や学校で液体や土に触れた人たち、少なくとも44人が被害を受け、1人が亡くなった。 日本政府は3億円を「遺棄化学処理事業にかかわる費用」として支払ったが、この新たな被害者に、謝罪や賠償がされたわけではない。 いま裁判が進行中だ。
  [参考] チチハル8・4被害者を支援する会
  [参考] NPJ 「訟廷日誌」 チチハル毒ガス事件
  昨年夏、私はチチハルの現場を訪れ、被害者たちにも会った。この事件を知り、今回の 「水増し事件」 を知り、「申し訳ない」 と言う以前に 「恥ずかしい」 と思ってしまう。

  「戦争責任」とは、そんな「恥を知る精神」なのではないか、とも思っている。 (了)

 ◎参考:中国での旧日本軍の行為をめぐる裁判の関連サイト。
2008.1.3