2008.1.9

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎薬害C型肝炎解決への政策決定
日本型問題解決のメカニズム

  7日付の朝日と毎日に、読ませる記事が載った。朝日のコラムニスト早野透記者の 「ポリティカにっぽん」 の 「急転劇生んだ自民の奥行き」 と題する記事と、 毎日の総合面 「風知草」 の 「薬害と与謝野馨の助太刀」 という総合編集委員・山田孝男記者の記事だ。

  2つの記事とも、薬害C型肝炎被害者の救済問題で、裁判の和解交渉が決裂した中で自民党の政治家が動いた経過をレポートした。 「同じ病気の仲間を切り捨てるわけにはいかない」 と和解交渉をきっぱりと拒否した原告団の爽やかさが光っていただけに、 自民党が議員立法で解決しようとしたことでほっとした人は多かったに違いない。だから、「なぜそれができたか」 を紹介した2つの記事は、 さすがベテラン政治記者と思わせた。

  早野記者は、民主党や川田龍平議員の動きも含め野田毅氏、山田記者は与謝野馨氏にポイントを置き、 早野記者はこれを「自民党という政党の意外な懐の深さ」と書き、山田記者は、与謝野氏の 「官僚は誠実だった。あとは政治家が動くしかない」 という言葉を紹介し、 福田首相の決断へのメカニズムを書いている。何が一番大きな力になったかはわからないにしても、 日本の 「政策決定」 がこういう形で動いていることを伝える意味は大きい。

  ところで、2つの記事で紹介されているのが、「このままでは福田が危ない! …自民党ハト派がひそかに反転工作に乗り出した様相が見える」 (朝日) 「与謝野が動く直前、政府・与党は悲壮感に包まれていた。… 『官僚に硬直と福田の無能』 というイメージが広がっていた」 (毎日) という政府・自民党の危機感である。

  ことし2008年は、非常に大きな意味で、日本の政治も、経済も、社会も、大反転していかなければいけない年ではないかと思う。 そして、決して 「豊か」 とはいえないかもしれない、しかし、本当に落ち着いた幸せな生活を求める国民の声がいままでになく高まり、それが実を結ぶかどうか、 というところまで来た年ではないかと思う。残留孤児問題を含め、既に、裁判闘争で闘われた問題が政治的に解決されている事実がいくつかあるし、 障害者支援法や高齢者医療についての問題は政府・与党でも検討されている、という。 (なお、「新しい年、『憲法を取り戻す年』にしよう」 =参照)

  今回の 「解決」も、「小さな声」 を勇気を持って大きく広げ、裁判闘争を闘ってきた原告団のせっぱ詰まった思いと闘いの結果で、 自民党議員や政権のお手柄では全くない。

  こんな風にならない前に 「解決」 するのが本当の政治だし、メディアはそうした「弱い声」をもっと早く伝え、広げていく役割を果たさなければならない。 政治の場に来る前に、法廷に来る前に、どう問題提起し仕組みを変えていくか。それが 「報道」 の仕事である。

  その意味では、今回の2つの記事は 「自民党よいしょの記事だ」 と読む人もあるだろう。だが、具体的な政策決定に至る経緯を、 「事実」 を押さえて字にしたことに意味があった。

  しかし、いまマスメディアに期待されるのは、広がっているいろんな 「弱者」 の実態であり、そこでの要求と運動だ。 その運動や要求の中に潜む 「事実」 を、民衆により近い場で取材し、運動に寄り添って考える若い記者たちがどんどん書き出していくことだ。

  記者にとって 「記者冥利に尽きる」 ときは、いままでわからなかった 「事実」 をつかみ、その意味を解明し、「よし、これで行こう」 とパソコンに向かうときだ。 2人のベテラン政治記者と同じように、人々のこころを動かす、現場のレポートを期待したい。
2008.1.9