2008.4.27

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎「傍論」批判、判決無視でいいのか
イラク派遣違憲判決に問われる立憲政治とメディア(上)

  自衛隊のイラク派遣の差し止めなどを求めた訴訟で、名古屋高裁・青山邦夫裁判長は、17日、イラクでの航空自衛隊の行動について、 「憲法9条1項に違反する内容を含んでいる」 と、9条をめぐる裁判所の判断では砂川事件の伊達判決、 長沼事件の福島判決以来になる実質的な違憲判決を下した。

  原告は、違憲の確認や派遣の差し止め、さらに平和的生存権に基づく損害賠償などを求めていたが、これらの請求はいずれも棄却、 国側勝訴としたため、国が控訴することはできず、原告が控訴しないとしているため、確定することになった。
  そして、平和的生存権について、「平和的生存権はすべての基本的人権の基礎にあり、単に憲法の基本的精神や理念を表明したにとどまらず、 憲法上の法的な権利として認められる」 と述べたり、イラクの現実について、「イラク、特にバグダッドは国際的な武力紛争が行われており、 特措法にいう 『戦闘地域』 に該当する」 とし、「現在イラクにおいて行われている空自の空輸活動は、政府と同じ憲法解釈に立ち、 イラク特措法を合憲とした場合であっても、武力行使を禁止したイラク特措法2条2項、活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反し、 かつ、憲法9条1項に違反する活動を含んでいることが認められる」 と判断しており、重要な内容をはらんでいる。

  これに対し、政府はこの判決を全く無視し、中央のメディアはそれに対し及び腰だったことが目立っている。 しかし、地方紙の新聞論調を細かく当たってみると、「この判決を真摯に受け止め、論議を始めよ」 「それを押して活動を継続するなら十分な説明がまず必要だ」 「司法判断は思い。直ちに撤退するべきだ」 とまっとうに受け止めてることがわかる。順次見ていくことにしよう。

  ▼「判決無視」の政府、在京メディアも批判に及び腰
  まず、政府の姿勢だが、判決を受けて福田首相はすぐ、「違憲判断」 について 「傍論でしょ? 脇の判断…」 と述べ、 「判決は国が勝った」 として自衛隊の行動についても 「特別どうこうすることはない」 と切り捨てた。 町村官房長官は 「傍論を認めるものではない」 と、判決に不服を表明した。

  改めて中学の社会科のおさらいをするつもりはないが、三権分立の日本社会で、裁判所は違憲判断をすることができ、 その判断は立法や行政に対するチェックの役割を果たすものだ。 その意味で、9条の政府解釈から説き起こし、イラク特措法についてもそれを認めた上で、自衛隊が実施している行動について判断した名古屋高裁の判決は、 まさに真摯に受け止めなければならないものだ。この点から言って、違憲判断を 「傍論でしょ? 脇の論…」 という福田首相の人を馬鹿にしたような姿勢は、 内容以前に、まずその点において責められるべきであり、第一、教育上よろしくない。

  18日付の新聞各社の社説は、朝日新聞はさすがに 「判決を踏まえ、野党は撤収に向けてすぐにも真剣な論議を始めるべきだ」 と書き、 東京新聞も 「撤退も視野に入れた検討が必要ではないか」 と書いたが、毎日新聞は 「活動地域が非戦闘地域であると主張するなら、 その根拠を国民に丁寧に説明する責務がある」 「輸送の具体的な内容についても国民に明らかにすべきである」 としか言わなかった。 判決を一切無視する政府の姿勢を批判する主張は、少なくとも在京紙のこの日の社説には見られなかった。

  19日になると、判決を受けて防衛省の田母神俊雄航空幕僚長の 「私が心境を代弁すれば大多数は 『そんなの関係ねえ』 という状況だ」 という発言が報道された。 判決が現地で活動する隊員に与える影響を問われて答えたものだが、「司法判断をやゆしたと取られかねない発言に批判が出そう」 (産経新聞) と書きながら、 その発言を問題にする論評はない。さすがにこれについては、原告団が抗議するなど問題になった。

  石破防衛相も22日午前の参院外交防衛委員会で、民主党議員の 「責任ある立場の人間の発言としていかがか」 という質問に、 「大変人気ある芸能人の発言 (決まり文句) を引用して述べたことが適切だったかどうか、やや違和感を持つ」 と述べながら、 「現場の隊員に迷いが出るとすれば、政府の立場に変わりはないということを述べたものだ。 気持ちを引き締める心情においては理解できる」 と答えたとのことで、憲法判断がこうも蔑ろにされていることをどう考えるか、重要だと思う。

  ▼「傍論批判」露骨な読売、産経
  その中で結局目立つのは、この判決が、国を勝たせる中で議論を展開したことへの露骨な批判だ。 読売新聞は社説で 「兵輸送は武力行使ではない」 との見出しで 「自衛隊の活動などに対する事実誤認や法解釈の誤りがある。 極めて問題の多い判決文だ」 と主張する一方で、「傍論で違憲 問題判決」 と1面で書いた。

  日経新聞は 「違憲判断を機に集団的自衛権論議を」 として、「集団的自衛権を巡る政府の憲法解釈の無理を浮かび上がらせたものとして注目したい」 と述べ、 自衛隊は 「戦闘活動には参加すべきでないが、後方支援には幅広く参加すべきであると考えてきた」 立場から、 「集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更が必要となる」 と言い、安倍政権が作った懇談会について、福田内閣が消極的なことを突き、 「名古屋高裁の判断は、福田政権のちぐはぐな姿勢に対する批判のようにも見える」 と結んでいる。

  産経新聞は社説に当たる 「主張」 では 「イラクでの航空自衛隊の平和構築や復興支援活動を貶める極めて問題ある高裁判断」 と言い、 「政府は空自の活動を継続すると表明している。当然のことだ」 と、違憲判決など一顧だにしない姿勢を示し、 3面でも 「『蛇足判決こそ違憲』 最高裁判断封じる」 という見出しで、批判を集めた記事を載せた。
  そこでは、「司法のしゃべりすぎ」 の新書で知られる井上薫氏や、映画 「靖国」 への助成金を問題にした稲田明美議員を登場させ、 「1審で訴えが退けられ、控訴が棄却されたのだから、違憲かどうかを判断する必要はなく、裁判所の越権行為」 (井上氏)、 「非常に高度な政治的判断について、上告を封じ、最高裁判断を封じることは憲法に違反しているまさに 『蛇足』 の判決だ」 (稲田氏) などの発言を紹介した。

  もう一つ指摘しておきたいのは、産経の1面トップ記事の異様さだ。
  この記事は、「空自イラク活動違憲判決」 「派遣継続国益に直結」 という見出しだが、判決内容を報じる 「本記」 的な約600字の原稿がリードのように扱われたあと、 「空自がイラクから引くようなことになれば、活動は対米支援の一環でもあるため、 日米同盟の価値を下げるのは間違いない」 という約 100行の解説風の記事がついた形になっている。
  別段、「事実報道と解説は常に峻別されなければならない」 などと主張したいわけではない。 しかし、この1面トップ記事は、本記と解説がごちゃ混ぜになった記事で、内容はともかくとして、これまでの新聞の常識から見ると、相当変わっている。 産経はことばや文章を大事にする新聞社だったはずだった。一体どうしたのだろうか?  伝えられる 「データ」 と 「意見」 を読み間違えるな、と指導している立場からみると、気になるトップ記事だった。

つづく 2008.4.27