2008.4.28

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎判決の「重み」から、「見直し」「撤退」へ
イラク派遣違憲判決に問われる立憲政治とメディア(中)

  「傍論だからそのままでいい」 とする政府の主張が罷り通り、中央のメディアがそれこそ 「暴論」 を広げる中で、地方紙が健全な主張をしているのは、今回も同様だ。 全国の県紙レベルの全紙をチェックすることはできなかったが、ネットで調べた限り、全国の新聞の論調は、北國新聞を例外として、 「この判決を真面目に受け止め、対応していくべきだ」 と、至極当たり前の主張から、「論議」 を呼び掛け、「撤退」 に傾いている。
  北國新聞だけが 「『違憲』 判断には違和感」 として、判決批判をし、「イラク派遣は政治の決定において実施されており、 今回の司法判断をもってイラクでの活動がすべて違憲のごとく叫ぶのは的はずれ」 と述べている。

  ▼重く、真面目に受け止めよ −論点その1
  「この重み受け止めなくては」 と題した河北新報は 「司法のメッセージの重みを、はぐらかすことなく、きちんと受け止めて、今後の道筋を考えたい」 と述べたし、 「重く受け止めたい司法判断」 とする熊本日日新聞は 「違憲判断は判決そのものではないとはいえ、政府は重く受け止めるべきだ。 原則をあいまいにしたまま、既成事実だけを積み上げるべきではない」、 「明快な違憲の判断だ」 と評価した高知新聞も 「高裁レベルであっても 『違憲確定』 の影響は大きい」 と指摘している。ごく普通に考えて常識的な議論だろう。

  そしてこのことは、まず政府にきちんとした説明を求め、「イラク派遣の再検討」 を求める論調になる。
  「政府は活動の法的根拠示せ」 と題した宮崎日日新聞は 「政府は判決に対して 『納得できない。自衛隊活動は継続する』 との見解を示している。 しかし、そうであるなら自衛隊活動に関する情報公開を進め、法的根拠をあらためて国民にしっかりと説明するべきだ」 と述べたし、 南日本新聞も 「高裁の判断基準に照らして空自派遣の根拠をしっかりと説明すべきである。もはや詭弁 (きべん) は通用しない」 と主張した。
  また、ここでは、自衛隊の活動が秘密主義に覆われていて、全体像が見えないことへの批判が強い。

  西日本新聞は 「自衛隊が現地でどのような活動をしているのか、よく分からないという点だ。政府は 『作戦上、支障がある』 『隊員の安全のため』 などとして、 詳しい情報を開示しようとしない」 と指摘、「戦争の 『大義』 が崩れた以上、開戦を支持した当時の政府の判断を検証すべきだ。 その上で、派遣継続の是非を論議するのが筋ではないか」 と述べている。
  また、茨城新聞は 「自衛隊派遣恒久法の早期成立を目指す前に、特措法に基づく自衛隊の一連の活動を検証し、その全体像を国民の前に明らかにすべきだ」 と主張。 「イラク派遣をめぐる裁判で初めての違憲判断であり、極めて重い意味を持つ」 とする神戸新聞も、「『違憲』 とされた実情について国民にきちんと説明できなければ、 空自は撤収するしかない」 と主張した。 「イラクでの航空、陸上自衛隊の活動だけでなく、新旧テロ対策特別措置法に基づくインド洋での海上自衛隊の給油活動など不透明な部分が多い。 政府は恒久法制定を急ぐ前に、一連の活動を検証して、全体像を明らかにすべきである」 (南日本) というのはもっともだろう。

  さらに、通信社の資料の指摘に基づくのかもしれないが、「『あいまいさ』 の克服が必要」 と題した福島民友新聞、 「国民に活動の全体像示せ」 とした岐阜新聞が共通して、「3自衛隊による一連の海外活動について (1) 武力行使との一体化 (2) 戦闘地域か非戦闘地域か  (3) 国際的な戦闘か否か─―など判決に示された判断基準に沿って説得力のある説明が必要」 と主張している。

  ▼「見直し」から「撤退」論議へ −論点2
  朝日が 「判決を踏まえ、野党は撤収に向けてすぐにも真剣な論議を」 と書き、東京は 「撤退も視野に入れた検討」 を主張したことは既に述べたが、 判決を機に再検討を求める声も大きい。

  「違憲判決機に問い直しを」 と題した東奥日報は、「自衛隊の活動が海外に広がり続けているあり方や、 開戦から六年目の今も出口が見えないイラク戦争を問い直すことだ」 「判決を手がかりに、そうした流れでいいか、と立ち止まって考えてはどうか」 と述べたし、 岩手日報は、小笠原裕の署名入り 「論説」 で、「海外派遣を問い直す時」 とし、 「今回の判決で言及のなかった陸自と海自を含めて特措法に基づく自衛隊の一連の活動を検証し全体像を国民の前に明らかにする必要がある。 その上で日本の国際貢献の在り方や集団的自衛権問題を含めて海外派遣を問い直し、国民の判断を仰ぐべきだ」 との主張を展開した。

  前述のように、「自衛隊の海外 『派兵』 への歯止め」 と受け止める中日・東京は、「名古屋高裁が示した司法判断は、空自の早期撤退を促すもの」 とし、 「高裁が違憲とした以上、空自の輸送活動をこのまま継続することは難しく、撤退も視野に入れた検討が必要ではないか」 と述べた。 琉球新報も 「撤退を迫る画期的な判断」 と指摘している。

  「まだ派遣を継続するのか」 と題した北海道新聞も 「ここはいったん空自を撤退させ、自衛隊の海外活動のあり方を根本から論議し直すべきだ」 としたし、 新潟日報は 「高裁判断を無視するのか」 と題して、「憲法は国の根幹を支える大原則だ。空自活動が違憲と判断されたからには、イラクからの撤退が筋である」、 信濃毎日新聞は 「政府は重く受け止め、イラクからの撤収に向けた準備を急がなければならない」、 山陽新聞も 「イラク派遣を合憲だとしてきた政府の論拠をことごとく否定する内容である。判決を受け政府は、空輸活動継続を表明したが、引き延ばせば危険がつきまとう。 十分な情報開示も行われておらず、空自の引き揚げを検討すべき時ではないか」 と指摘、「今後も日本の国際社会で担う役割は、 非軍事を重視した平和貢献であるべきだ」 と主張した。

  そして神奈川新聞は 「空自部隊は直ちに撤収を」 の見出しで 「平和憲法を持つ日本が、侵略戦争に加担することなどは許せない。 まして、自衛隊を海外派兵してそれを支援することなどは論外ではないか。自衛隊派遣違憲訴訟は、そのような素朴な国民感情から全国各地で起こされた。 この訴訟と判決は、そうした国民の声の正当性と平和憲法の意義を国内のみならず世界にも示している。 憲法を生かすのは、国民の努力にあることをあらためて強調したい」 と世論喚起をも促した。

  見出しに 「派遣の正当性が揺らいでいる」 とした愛媛新聞は、「政府などからは活動継続の声が相次いでいる。だがそんな司法軽視が許されるのか。 ここで立ち止まり、撤退の選択肢を含めて国際貢献のありようを問い直すことこそ責務のはず」 と論を進めている。
  「政府はバグダッド空港だけを非戦闘地域とする論法で活動を正当化してきた。ただ防衛相が離着陸に危険が伴うと認めるなど、主張には無理があった。 現に三年前には英空軍の輸送機が離陸後に撃墜されている」 「補給の重要性も現代戦では常識といえる。 陸自と比べ、より違憲の疑いが濃いという指摘もあった空自は飛行範囲を拡大したほか、任務を復興支援から多国籍軍や国連の人員、物資の輸送へと変質させてきた。 こうしたなし崩しの既成事実化の法的根拠がいかにもろいものか、判決は警告している」 「イラク派遣に踏み切った当時の小泉純一郎首相の国会答弁も思い出したい。 『自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ』 といった開き直りが真剣な論議を弛緩 (しかん) させた。政府にはツケが回ってきた形だろう」 と、論調は厳しい。

  ▼重要な「平和的生存権」 −論点3
  もう一つ指摘しておかなければならないのは、判決が 「平和的生存権」 について踏み込んだ言及をしていることを各紙が評価している点だ。

  河北新報は 「高裁判決でもう1つぜひ注目したいのは、『平和的生存権』 の位置付けである。『平和的生存権はすべての基本的人権の基礎にある。 単に憲法の基本的精神や理念を表明したにとどまらず、憲法上の法的な権利として認められるべきだ』 『その保護・救済を求め、 裁判所に違憲行為の差し止めなど法的強制措置の発動を請求できる場合がある』。 政府に向けてのみならず、司法もまた憲法判断にかかわる自らの役割をきちんと認識し直そうとする宣言と受け止めよう」 と述べた。

  また、北海道新聞も 「判決が示した重要な判断がある。平和的生存権を 『憲法上の法的権利』 と認めたことだ。 自衛隊のイラク派遣によってこの権利が侵害されたとはいえないとしながらも、『基本的人権は平和の基盤なしには存立し得ない』 と明言した。 平和は何にもまして大切だという指摘だ。近年、この当たり前のことが置き去りにされてきた。 政府・与党のみならず、すべての国民が、じっくりとかみしめてみる必要のある判決だ」と評価した。

  愛媛新聞はこうした判断を前提に、「憲法前文の 『平和的生存権』 を法的に保護される具体的権利と認めた点でも画期的だ。 判決はその権利侵害があったかどうかを判断する前提として、まず空自の活動の違憲性を検討したのであって、 違憲判断を 『結論に関係ない傍論』 と切り捨てる政府の姿勢は疑問だ」 と批判している。

つづく 2008.4.28