2008.9.4

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎「政策の間違い」を指摘することこそメディアの役割
福田首相の「政権投げだし」と「行き詰まり」

  福田首相の突然の辞意表明は、政界だけではなく各方面に衝撃を与えた。外国も戸惑っているようだし、国民からも驚きの声が上がっている。 それも当然、小沢一郎氏が民主党の代表選に出馬表明し、「さあ、政治の季節」 と内外の課題に注目が集まった途端の出来事だからだ。
  各紙は社説での論調の他に、政治部長や政治担当編集委員の見解を掲げ、「信任得ない政権のもろさ」 (佐藤育男・東京政治部長) 「新年なき政治の漂流」 (小松浩・毎日政治部長) 「政治の責任自覚せよ」 (赤座弘一・読売政治部長) 「あの強い政治家どこへ」 (皿木喜久・産経論説委員長) 「麻生後継へ 『あうんの呼吸』」 (田勢康弘・日経客員コラムニスト) と、「なぜ福田首相は政権を投げ出したか」 を解明し、今後の政局に注文を付けた。

  そのうち、「野党に譲って民意を問え」 と主張したのは、星浩・朝日編集委員だけだったが、社説では、2日付で、朝日が 「早期解散で政治の無理正せ」、 毎日も 「選挙管理内閣で直ちに退陣を」 と主張、東京は3日付で 「野党に委ね出直しが筋」 と書いていた。
  まさに結論は、星氏や東京の論調に同意するが、読み比べてみて不満なのは、既にこれまでの自民党政治の 「政策」 が行き詰まり、全面的な政策転換以外に、 国民に展望を与えることはできないだろう、ということについて、必ずしも明確ではないことだ。

  はっきり書こう。大事なことは、いま緊急の問題である諸課題、例えば、物価高騰対策、イラク給油、後期高齢者医療などといった問題について、 現在の 「新自由主義・構造改革路線」 の間違いをはっきり認め、それを正す政策転換ができるかどうか、ということではないのか。
  その意味で、どの論調も、永田町の 「常識」、もしかしたら、「自民党の論理」 といってもいいかもしれないが、その中に埋没し、 問題の根幹を指摘し切れていないように思う。しかし、それをしてこそジャーナリズムではないのだろうか。
  メディアはいまこそ、その 「政策」 をきちんと原点に戻って批判しなければ、本当に国民の支持を受けることはないだろう。

緊急課題をこそ聞きたい
  各紙の分析で共通しているのは、福田首相の退陣は、米国のサブプライムローン問題や石油の高騰に端を発した国際的な経済情勢の悪化も影響して、 消費者物価が上昇し、国民生活が圧迫され、国民の不満が高まっていることや、インド洋の給油継続についても、公明党の支持が得られず、 衆議院での再議決も難しい情勢になってきていることなどで、政局運営の展望が描けなくなった結果の 「政権投げ出し」 だ、ということだ。
  福田首相がかなり以前から辞めたいと考えていたこと、公明党が様々な形で 「圧力」 をかけていたこと、麻生氏、森喜朗氏、中川秀直氏らの動きも詳細に書かれている。
  それらによると、前回、小泉首相の仕掛けた 「郵政選挙」 で就任した衆院議員の任期は、来年9月までしかなく、早晩、衆院総選挙が必要なのに、 このままでは自民党に勝ち目はない。それならここで、消費者庁も補正予算も全部捨てて目先を変え、役者を変えて、「自民党キャンペーン」 を展開して、 早めに選挙をして多数を取っていこうという 「生き残り策」 を考えた、というのである。

  しかし、問題はその背景である。多くの人が気づいているように、現在の社会的問題をどうしていくのか、そのための基本的姿勢はどうあるべきか。 これを指摘し、原点に戻って政治を改めていくことこそが求められているのだと思う。
  メディアはそのことをきちんと整理して提出したか。それが問われている。

  ▼物価をどうする?
  具体的に上げてみよう。
  ・物価高騰  9月1日付朝刊各紙には 「きょうから値上げ」 のリストが載っている。サントリーは2.3%−13.3%、森永、明治は乳製品を3.6−20%の範囲で値上げ、 雪印乳業は粉ミルクを減量したりする。日清フーズは輸入パスタを6−25%、ユニリーバ・ジャパンは紅茶を最大6.6%、ミツカングループは食酢を最大14%、 日本水産はハムなどの練り製品を最大20%、松屋フーズは牛めしを30円、神戸らんぷ亭は牛どんを30円…。 既に食品の値上げはスタートし、トヨタ自動車やいすゞ自動車の乗用車やトラックも値上げするのだという。
  問題が商品市場への投機資金の流入による原材料費アップに原因があることは間違いないが、自由化路線の拡大の中で、規制する方法すら見あたらない。

  ・漁業と酪農  石油の高騰がガソリン価格だけでなく、漁船の出漁を困難にさせ、漁業破壊につながっている。 6月17日から19日に、全国いか釣漁業協議会の20道府県の10−30トンクラスの小型イカ釣り漁船約900隻が操業を一斉停止したのを皮切りに、 7月15日には、カツオ、マグロ漁船、サバ、サンマ漁船を含め、全国漁業協同組合連合会 (全漁連) など16団体の約20万隻の漁船が一斉休漁に踏み切った。
  家畜のえさ代や燃料費の高騰は、酪農農家やハウス農家の経営をも直撃している。日本酪農政治連盟は7月31日、 全国から2000人を集めて生産者乳価の引き上げを求める総決起大会を東京・日比谷で開いている。
  いずれにしても、「市場経済」 では立ち行かなくない第一次産業に対して、公的な 「支援」 をどうしていくかが求められている。

労働をどうする?
  ・ワーキング・プアと労働規制  「規制緩和」 で進められた労働法の改悪は、1995年5月、日経連の 「新時代の日本的経営」 で主張された通り、 労働者を 「能力活用型」 「専門型」 「雇用柔軟型」 に分け、労働力の 「弾力化」 と 「流動化」 で人件費を抑えることを考え、99年に派遣労働を原則自由化し、 04年には製造業にも導入した。
  その結果、労働現場は、幹部層、上級管理職、基幹労働者は常用にしても、それ以外は契約社員、派遣社員、主婦からフリーターまでの幅広いパートタイマー、 アルバイト、そして本当の学生アルバイトという序列がつくられた。 その結果、07年には正規労働者3441万人に対し、非正規労働者は1732万人と、実に全労働者の33.5%を占めるようになっている。
  そして、正規社員にも、成果主義賃金による選別や賃金格差の拡大が進み、さらに、「貧困層」 といってもいい年収200万円以下の労働者が 1000万人を超えるなど、 労働者の生活はますます逼迫している。若い青年たちが結婚もできない状況に追い込まれている。それで 「少子化」 を嘆いても問題は解決しない。
  こうした状況に、例えば最低賃金のアップや派遣労働や残業の規制が早急に求められているのに、結局何の対策も立てられず推移している。

  ・高齢者医療制度と健保・医療  4月から始まった後期高齢者医療制度は、廃止法案が参院を通過したにも拘わらず、衆院では全く審議をしないまま葬り去られた。 その矛盾は広がる一方で、その負担に耐えきれない健康保険組合が解散するケースも出た。 約5万7000人が加盟していたトラック輸送大手の西濃運輸の健康保険組合は、8月1日付で解散。加入者約5万7000人は政府管掌健康保険 (政管健保) に移行した。 「週刊ポスト」 によると、既に今年度、12組合が解散しているという。2008年度には約 1500ある健保組合の9割が赤字に陥る見通しだといわれている。
  問題はすべての国民が平等に医療を受ける権利をどう保障するのか、確保するのか、の原則に戻って考えることである。国民皆保険を実現させながら、 「受益者負担」 の考え方で、一部負担を増やし、要介護者や障害者への措置制度を外し、医療まで 「市場経済論理」 に放り込み、 そうした職業に従事する人たちの労働条件もますます過酷なものになった。
  社会保障の財政負担が常に語られる。しかし、これを保障するために国家があるのではなかったのか。

  ▼米国の言いなりになるのをやめろ!
  ・インド洋給油と派遣恒久法案  問題ははっきりしている。米国内ですら、もうやめようと議論されている米国の戦争に、いくら米国に要請されたからといって、 いつまでも協力する必要はないではないか。一方で自衛隊をいつでも海外に派遣できるような法律を作ろうとする。そんな危ないことをする必要がどこにあるのか。
  原油が高騰して国民生活が逼迫しているときに、わざわざ油を買って、戦争のために供給しなければならない義理がどこにあるのか。 しかも、この行動によって、「憲法9条のある国」 として信頼され、活動もしやすかったNGOの民生活動が誤解され、地元にとけ込み、 農業指導に青春をかけていた31歳の青年、ペシャワール会の伊藤和也さんが殺害された。 「外国人は出ていけ」 という明治維新の 「攘夷」 ばりの論理に囚われた組織の攻撃だった。

  いま、アジアで、アフリカで、地元にとけ込みながら活動している若者たちが数え切れないほどいる。 彼らは 「丸腰」で、「武器は持たない日本人」 だから活動できるのだと異口同音に語っている。
  平和憲法を持つ日本は日本らしく、戦争には荷担しない、クラスター爆弾もいらないし、地雷もいらない。 「北朝鮮の脅威」 があるなら、大急ぎでその脅威を取り除く交渉を始め、自衛隊はすこしずつ縮小して、財政負担軽減に役立てればいいではないか。

  安倍晋三前首相が政権を投げ出したのは、シドニーで行われたAPEC (アジア太平洋経済閣僚会議) でブッシュ大統領と会って、 インド洋上の海上自衛隊の給油継続に向け、「職を賭して」 対応すると表明したものの、その約束が果たせなくなったからだったし、 今回も北海道洞爺湖サミットの際の米国の要請が果たせないことが見えてきたことが、「福田辞任」 の要因にある。いまわれわれの政府は、何とも情けない状況にある。

  ▼「新自由主義・対米従属」の転換を
  これらの課題を考えていくと、結局行き着くのは、自民党政治全体を覆っている 「新自由主義・対米従属路線」 を転換する以外に解決方法はないのではないだろうか。
  80年代、「中曽根行革」 の時代に始まり、「橋本改革」 を経て、小泉政権下で強力に進められた 「構造改革」 とは何だったのか。 結局のところ、企業のリストラが進み、格差が拡大し、働けない層、働いても生活できない層が増え、社会の不安が広がるだけではなかったのか。 米国からは毎年、「構造改革要望書」 を突きつけられ、郵政民営化もその通り進行した。国内には外資が入り込んで支配を強め、それとの競争もあって、 二重三重に社会の息苦しさが増した。

  端的に言えば、自由化、規制緩和、競争原理、小さな政府、民営化、自己責任、自助努力、受益者負担などといった言葉に代表される市場経済主義を万能とし、 勝ったものと負けたものができても、それはそれで仕方がない、とする 「新自由主義的ものの考え方」 で世の中が覆われてしまっている状況を変えて行かない限り、 問題の根本的な解決はできないところまで追い詰められているのが現在の状況ではないだろうか。

  そしてこの間、一方では米軍のアフガン侵攻、イラク占領に自衛隊が協力させられ、有事法制が創られ、「改憲」 のための国民投票法も成立した。
  「戦争をしない、軍隊のない国」 を想定し、「揺り籠から墓場まで」 とまではいかなくとも、「福祉国家」 像をこころに描いて出発した 「戦後日本」 がいたるところで破壊され、 国民の生命も生活も、そして子供や若者の未来が危機に直面している。政治は、まずここを基本的に反省し、直していくことからしか始まらないのではないだろうか。

  このまま行けば、国民の中に深く浸透した不満は、民主党への期待になり、自民党の敗北は免れない。 そうしないためには、考え方はバラバラでまとまりがないことが見えてしまっている民主党と、どこか暗いイメージを残した小沢一郎氏に対抗して、 女性も含めて華々しく自民党総裁選を演出し、メディアに露出し、支持者を増やそう。そのためには、「自発的退陣」 で先手を打つ…。
  そんな政略が考えられても不思議はない。まさに 「劇場政治」 の時代である。「福田電撃辞意表明」 はそういうことでしか考えられない。

  ▼「総裁選・自民党キャンペーン」
  さてそこで、これから 「総裁選という名の自民党キャンペーン」 が始まる。
  麻生太郎氏は 「人気がある」 とのことで、後継政権の最有力候補らしいが、女性を含む複数の候補を立てて総裁選という騒ぎを展開し、 メディアに乗せて世論の支持を得ようとするだろう。
  メディアがどういう報道をするのか、まさにその姿勢が問われることになる。

  かつて自民党は、巨大な組織に乗っていたといわれながら、政党としてではなく、業種別団体だったり、地域団体だったり、政党組織ではなかった。 これではいけない、と70年代、恐らく三木総裁時代に、各市町村や各企業に党組織を、その組織に婦人部と青年部を確立し、政党としての組織体制を整えた。 当時は 「共産党に学んだ」 といわれたものだ。
  党員投票による予備選挙まで含め、総裁選を派手な形でし始めたのは、その数年後。 自分の家の愛犬や愛猫の名前を登録して党員票を獲得する手法がニュースになったものだ。

  いま、総裁選が複数の候補で争われるとき、候補たちは各地で遊説し、「党員」 という形で、実は一般国民に訴える。 2001年春、森首相の辞意を受けて行われた総裁選には、橋本龍太郎、麻生太郎、亀井静香、それに小泉純一郎の各氏が立候補、 田中真紀子氏の応援を受けた小泉氏が予想を裏切って当選。政権を執ると90%近い支持を得る状況になったことはまだ記憶に新しい。

  昨年の総裁選びは、キャンペーンの間もなく、という感じで決まった。しかし、今回は小池百合子氏なのか、だれなのか、派手な選挙戦で、盛り上げようとするだろう。 メディアをうまく乗せたい。それが戦略だ。
  だからといってメディアは、総裁選を報道しないわけには行かないだろう。そこで何を書き、何を伝えるか、が重要だ。

  メディアがしなければならないのは、いまここで述べてきた 「自民党政治」 の 「政策的な誤り」 を厳しく、鋭く衝いて、総裁選びでは解決しないことを明らかにし、 それとは全く違う、野党や運動団体が提示する 「もう一つの日本」 のための改善策を明らかにしていくことだろうと思う。 この間にも展開される、社会運動の要求を詳しく書くことで、バランスを少しでも取るべきだ。

  もう一つ付け加えよう。麻生太郎氏は、低所得者では1年分の所得に当たる220万円を1日に料亭やクラブで使った、と報じられている (「サンデー毎日」 8月24日号) 政治家であり、外相時代の2006年10月には、「核武装も選択肢」 と中川昭一政調会長の発言を受けて、 「隣の国が持つとなった時に、一つの考え方としていろいろな議論をしておくことは大事」 と話したり、 2003年には東大の学園祭で 「創氏改名は朝鮮人が望んだ」 と述べて問題になったりした人物であることも記憶しておきたい。

  「アメリカにはものを言う」 というだろう。しかし、その力は 「軍事」 ではなく 「外交」 なのだ、ということぐらいは、確認しておかないと話にならない。

2008.9.4