2008.12.19

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎日本における「チェンジ」とは何か
「日本の変革」の道筋と「2大政党」論

  米大統領選で初のアフリカ系アメリカ人の民主党候補者、バラク・オバマ氏が地滑り的な勝利をかちえ、日本でもさまざまな批評が飛び交っている。
  日本のメディアは、「日本政界には共和党人脈しかないので、強い姿勢に出てくる恐れがある」などと従来の 「ブッシュ・小泉」 型の 「同盟関係」 がどうなるか、 を心配したり、「同じ名前で日本の民主党にとっても追い風ムード」 などといって、「政権交代」 を論じている。
  しかし、これらの見解には容易に同意できない。なぜなら、その評価は、米国と世界が大きく変わりつつあることの大きさを見落としていると思うし、 われわれ日本人が考えなければならないのは、そうした米国を含めた世界情勢の変化の中で、歴史的な意味を踏まえ、 日本にも本当の 「チェンジ」 を創っていかなければならない、ということだと思うからだ。

  ▼自治体に先行された国の対策
  いま日本の社会は、未曾有の経済危機の中で、大企業は派遣社員をはじめとする非正規雇用の労働者から始めて、正社員も含めた大幅な人員削減を次々発表、 年の瀬を控えて社会は大変な状況になっている。
  こうなってくるといま重要なのは、例えば年の瀬に職だけでなく住居からも追い出そうとする大企業の横暴をやめさせることであり、 実際に文字通り路頭に迷う派遣労働者や外国人労働者に具体的な支援の手を差し伸べていくことだ。
  既に、大分県杵築市や大分市、新潟県長岡市、上越市、群馬県太田市、兵庫県姫路市、佐賀市などが、臨時職員としての採用を決めているし、 神奈川県、栃木県、愛知県、岩手県奥州市、山形県米沢市などが公営住宅の提供を発表している。
  しかし、麻生首相は 「雇用対策に1兆円、地方交付税に1兆円、経済緊急対応予備費に1億円、金融資本注入枠に10兆円…」 と大風呂敷を広げるが、 さしあたって、職場から放り出され、社宅から追い出される人たちを吸収できるのか、外国から来た人などその子どもたちを具体的にどう助けるのか、 といった当面の問題には、ハローワークの活動や、雇用促進住宅の提供が目立つくらいで、ほとんど対応できていない。

  そんな政府・与党の状況に、最大野党として、参院での主導権を握っている民主党は、衆院の 「早期解散」 を要求し、 「そうでないなら、第二次補正予算を早く提出せよ」 と要求したが果たされないまま、国会会期末を迎えた。 民主党は、世論調査の 「どちらが首相としてふさわしいか」 の調査で、小沢代表が麻生首相を上回り、麻生政権の支持率を引き下げたが、 自民党を大きく超える支持を得られないままである。
  なぜ民主党が広範な支持を得られないでいるのか? それは端的に言って、 問題を 「政策の実現」 より 「政権奪取」 に置くという国民の感覚を忘れた対応に終始してきたこと、同時に、安保問題や経済などの基本的な考え方でも、 必ずしも一致しないままの議員集団、「寄り合い所帯」 であることから、日本をどうしていくのか、という基本政策がはっきりしない、 あるいは、はっきりできないでいることに要因がある。

  ▼雇用対策を「政争の具」にするな
  具体的に書こう。
  民主党は12月18日、雇用対策関連法案について、社民、国民新党とともに、参院厚生労働委員会で、ほとんど論議もないまま、与党と共産党の抗議の中で、 法案を強行採決した。国会会期末で審議期間があまりないことが理由だが、本気に法案を通そうとするなら、政府・与党を説得して具体策を作るのが、 参院では主導権を持っている野党第1党の仕事にはずだ。 しかし、要するに 「数の力」 を頼んだ法案の強行採決。これは、いかに現状とそこで果たすべき政治の責任から逃れているかの証明で、 総選挙に向けたパフォーマンスにさえならない。

  そして、なぜこんなことになるのか、といえば、民主党がいまの社会問題の根本に関わっている新自由主義政策について 「反対」 ではなく、 むしろ 「その不十分さ」 を指摘する立場に立っているからである。 小沢代表がかつて 「日本改造計画」 を書き、「普通の国」 を主張したことはよく知られている。 しかし、こんな情勢にも関わらず、国民に 「自民党の亜流」 もしくは 「別動体」 だとの印象を与えていることを、民主党は真剣に考えなくてはならないと思う。
  福祉国家を目指してスタートした戦後の日本社会は、80年代の中曽根内閣のころから、「民営化」、「競争原理」、 「小さな政府」 などといった 「新自由主義・構造改革」 路線に移ってきたが、民主党はその中で、こうした考え方と決別できず、 これを支持しながら政府・与党を批判する立場にあることが、問題をわかりにくくしている。

  その点共産党は、同じ12月18日、志位委員長が日本経団連の田中清専務理事と都内のホテルで会談、 非正規雇用労働者の大量解雇計画の中止・撤回などを要望した。志位委員長は 「大量解雇は消費の冷え込みを招く。 雇用悪化と景気の悪化の負のスパイラルをつくる」 と指摘、田中専務理事は 「雇用安定のためには景気の回復が必要。 政府に雇用促進住宅や失業補償などの対策を」 と責任回避の発言だったらしいが、同じ選挙向けだったにしても、こちらの方がずっと具体的で意味があろう。
  志位委員長は既に、11月26日には、期間・派遣社員1400人の解雇を打ち出した東京・品川のいすゞ自動車本社を訪問、解雇計画の撤回を直接要求、 政府には11月11日の河村建夫官房長官への申し入れに続いて、12月5日、麻生首相に 「政府は経済界を強力に指導し、速やかにやめさせるべきだ」 と申し入れている。

  ▼混迷する安保政策
  民主党のもう一つの問題は、憲法と安保の問題だ。
  今国会で自民党は、相変わらずの「米国追従」政策の中で、「給油法案」 を衆院の3分の2の多数という強行手段で成立させ、「日米軍事一体化」 の再編を進めた。 しかし、昨年は強硬に給油法案に反対した民主党は、今年、反対の形は作ったが、審議を早々に切り上げ、継続に道を開いた。 「政権交代しても大丈夫ですよ、という米国へのメッセージだった」 とさえ言われている。
  もともと、小沢代表は昨年秋、雑誌 「世界」 の論文で 「国連決議があれば海外での武力行使も可能だ」 との趣旨を書いて論議を呼んだ。 今国会では、10月20日の委員会審議では、直嶋正行政調会長が 「民主党が政権を取ればそういう方針で作業に着手する」 と述べているし、 10月17日には長島昭久議員が、ソマリヤ海の海賊対策に海上自衛隊派遣を 「提案」 して麻生首相が検討を約束したりしている。
  つまり、民主党の安保政策は、結局、自民党とあまり変わらないか、もしかしたらそれをさらに進める方向に進んでいる。

  さらに、自主憲法期成議員同盟を母体とし、中曽根元首相が会長に就任した 「新憲法制定議員同盟」 はことし、自民党だけでなく、民主党や国民新党にも会員、 役職者を広げ、民主党の鳩山由起夫幹事長は 「顧問」、前原誠司・元代表は 「副会長」 に名を連ねた。 5月の集会では、民主党の長島副幹事長も 「民主党も憲法改正は党是」 と述べたという。
  このことは、安保・外交政策について、国民の信頼感を今ひとつ削いでいるのではないだろうか。

  ▼「変革」の分岐点を見定めよ
  こうした事実を検証したとき、世論調査で 「麻生か小沢か」 と聞くような、「自民対民主」 という 「2大政党論」 がいかにおかしいか、が見えてくる。
  確かに民主党が政権を取れば、自民党支配の状況が多少なりとも変わるだろう。 しかしそれは、構造改革と労働者の無権利化を進めたいままでの政治を総決算できるのか、米国にものを言って、 平和主義を進めていく 「日本の変革」 を実現することになるのかどうか。ここは冷静に見なければならない。
  つまり、日本での 「チェンジ=変革」 の分岐点は、自民と民主の間にあるのではなく、「自民・公明・民主」 と 「共産」 あるいは 「共産・社民」 の間にあるのではないか。

  政策面で言えば、市場主義と競争社会を進める 「新自由主義政策」 か、「平等」 と 「連帯」 による国民本位の 「新しい福祉社会を求める政治」 か、 あるいは、「日米軍事一体化」 「自衛隊海外派遣」 と 「核の傘の下の安定」 を進める外交か、それとも、あくまで 「武力による平和」 を拒否し、 憲法に依拠して 「東アジア非核地帯構想」など、近隣の「諸国民の公正と信義に信頼して」、安全と生存を保つ外交政策か、にあるのではないだろうか。

  当然のことながら、いま、若者たちが既成の労働組合を超えて、具体的に立ち上がり行動を始めている。
  12月に入って開かれた雇用や派遣法をめぐる集会には、数多くの若者が結集し、活気が取り戻されている。 これは、高度成長期を終えたあと初めての動きであり、日本社会が迎えている危機の大きさと、どこかで始まっている 「地殻変動」 ともいうべき大きな変化を示している。

  ▼「地殻変動」とメディアの責任
  そしてこの日本での動きも、米国の大統領選挙で示された 「草の根」 の動きと相通じていることを見逃すわけにはいかない。
  今回の大統領選挙では、(1) 有権者名簿への登録者は前回を約4000万人上回って、1億8421万人だった (2) 投票率は60%を遙かに超え、 このうち、約1割が初めて投票した人だった (3) 2000年の大統領選では、有権者の81%が白人だったが、今回は74%でアフリカ系やヒスパニック系有権者が増えた  (4) 期日前投票は2440万人超、全体の30%強もあった (5) 出口調査では、投票者の17%を占める18−24歳の層で、 オバマ支持は68%だった−などの事実が報道されている。

  これらの事実は、超強大国の米国にさえ、大変な 「地殻変動」 が始まったことを示しているのではないだろうか。
  つまり、「単独主義」 によって、貧しい青年たちを奨学金などで釣って戦場に送り込み、 払える見込みのないローンで売りまくる弱肉強食の 「新自由主義」 がもたらした 「貧困大国アメリカ」 で、これまで声を上げなかった若者や弱者が、 アフリカ系米国人・オバマ候補という象徴を得て立ち上がり始め、「草の根」 が動き出したのではないか、と見ることができるのではないか、ということだ。

  もちろん、オバマ氏は大統領になっても、アメリカの利益を第一に考える米国の大統領でしかないし、アメリカの新自由主義政策や、対外政策がすぐ変わるはずはない。
  しかし、それでも期待できるのは、オバマ氏や民主党が選挙公約で掲げた国際協調重視・単独主義からの脱却があり、 「ウォール街だけが富むのではなく国民みんなが富む社会を」 という公約があり、勝利集会での 「子供たちによりよい社会を伝えよう」 という呼び掛けは、 貧しく虐げられてきた人々に自信を持たせたに違いないからだ。そしてこれは、国境を越えて、世界中に広がっている。
  「チェンジ! イエス、ウィ、キャン」=「変えよう! そう、われわれはできるんだ」 というオバマ氏の言葉は、日本でもいままでものを言えなかった人たち、 言っても小さな声でしかなかった人たちをも勇気づけているのは間違いないだろう。

  18日の強行採決に、12月19日付各紙の見出しは、朝日は1面3段で 「野党が強行採決」、読売は 「雇用4法案が参院委で可決」 とベタ扱い、 東京は2面4段で 「雇用4法案の採決強行」、横見出しが 「野党世論背に突進」 だった。 「雇用法案 政争の具 民主、採決強行」 「国民困窮そっちのけ−国会混迷」 と1面トップで扱ったのは毎日で、社説では 「一体政治は何をしているんだ」 と書いた。
  「野党」 とひとくくりにしてすむ状況ではない。いま、メディアに求められるのは、いたずらに 「二大政党」 を煽るのではなく、 この 「変革」 の分岐点がどこにあるのか、を正確に明示し、いましなければならないことを明示すること、 そして日本の 「変革」 への道筋を明らかにしていくことではないだろうか。
2008.12.19