【マスメディアをどう読むか】
◎世界が少しずつ動いている…
−「オバマ現象」と「派遣村報道」を考える
「米国にオバマ大統領が誕生したことの意味を正確に捉える必要があるのではないか」−。教室でも、講演でも、いろんなところで、そう言い続けてきたが、
就任式の報道を見て、ようやく日本のマスメディアもそんな感覚を持ち始めたのではないかと思った。良くも悪くも、一種の 「オバマ現象」 「オバマ・フィーバー」 が起きている。
▼ニュースは変わり始めたか?
日比谷の 「年越し派遣村」。「こんな形でクビを切られ、職も住むところもなくしてしまう人たちを、一体どうするんだ?」−。
その問いかけが生んだ企画が、狭い元旦の紙面に割り込み、テレビカメラの放列が日比谷公園に押しかけ、紅白歌合戦の最中、ニュースに取り上げられた。
これまでこうした問題に、地道に取り組んできたマスメディアの中の良質な部分が力を発揮し、その後の応急対策に役立った。
「オバマ現象」 についていえば、経済政策をはじめとして、抱える課題が多く、世界の期待もあまりに大きいことに対し、マスメディアはある意味で戸惑いを隠さず、
懐疑的な目を正直に投げかけている。その一方、「日本への影響」に視点を置きすぎて、もうひとつ視野が狭くなった報道もいくつか見受けられた。
「派遣村」 についていえば、一時は 「派遣労働法の見直し」 「製造業の派遣禁止へ」 の見出しが躍ったが、産業界が難色を示し、電機労連が否定的見解を示すと、
御手洗経団連会長の 「ワークシェアリング」 に飛びついたきらいもある。根本的な政策転換へのグランドデザインはまだ描かれていない。
もう一つ、付け加えると、年末から始まったイスラエルのガザ攻撃。
人々の生活のためのライフラインを切断し、危険から逃れようとこの地域から脱出しようとする人たちの道も塞いだ中での空爆と侵攻だ。
現地からの多くのEメールや、周辺からの報道が描く通り、まさに虐殺行為だ。
世界のメディアはこれに大きく反応したが、日本の最初の報道は、中東との距離を反映してか、東京新聞12月29日付の 「市民犠牲怒りと悲しみ
お使いの8歳どこに…悔やむ父」 というエルサレム・内田康特派員の記事が印象的だった程度で、反応は弱かった。
そんな問題はあるものの、2009年1月における日本のメディアは、昨年来の金融経済危機を含め、いま大きく世界が変わりつつある状況に気づき、
不十分であってもそれを伝えようとし始めている点で、記憶されていいことだと思う。
つまり、この時代、マスメディアは、これまでとは全く違うものの考え方、ニュース感覚、そして取材のあり方が求められているのではないか、と思うが、
この 「派遣村」 と 「オバマ就任」 への反応は、その方向性を少しずつ見せていた。
▼世界は「G8」だけではない…
昨年7月、洞爺湖で開かれた 「G8」 サミットと、その後、世界を襲った金融経済危機は、世界が抱えるさまざまな問題は、この 「G8」 では解決できない、
という事実を明らかにした。
これまで、「G8の世界支配」 に異議申し立てしてきた世界のNGOは、「67億人に達する世界の人口に、多く見積もっても8億8000万人、
割合で見ると、せいぜい13%しかない国を代表する、8人の首脳だけで世界の方向を決めようとすること自体間違っている」と主張してきたのだが、
それが事実として露呈してしまったからだ。
「G8」 では、消極的な米国を交渉の場に就かせ、長期目標を打ち出せたが、中期目標が具体化できなかったし、
「食料輸出規制の撤廃が必須」 とする食料安全保障に関する声明は、「多国籍企業の利益だけを擁護するもので農民の暮らしを破壊する」 と批判された。
アフリカ諸国を集めた拡大会議が開かれ、ODAの拡大などが論じられたが、現地からは 「貧困の現実からは遠くかけ離れている」 と言われている。
秋の経済危機に際しては、問題の本質を突く発言をしたサルコジ仏大統領や、暴走した 「米国型資本主義」 に抗議する 「G20」 が注目を集めた。
「繁栄」 する米国の中の 「貧困」 が、国際的に明らかになり、乱暴なイラク侵略への抗議も国際世論となった。
経済危機の中、日本ではあまり報じられなかったが、「ウォール街を救うならわれわれをまず救え」 とのデモが米国各地に起こった。
政府の支援を求めて自家用ジェット機でワシントンに駆けつけた自動車産業ビッグ・スリーの無神経な社長たちに対しては、
議員たちが 「それをまず売却しないのか」 と追及した。
そんな中で、出てきたのが、バラク・フセイン・オバマ新大統領である。既に多くの報道が指摘しているように、オバマ氏の選挙運動は、
ネットを使って、大衆から資金を集め、大衆を動員して行動を求める 「草の根選挙」 だったようだ。
投票者数は史上最高の1億3126万人、投票率は61.6%、投票者のうち、18歳から24歳の若者の68%がオバマ候補を支持した、との報道もある。
また、当初、「募金で300万を超す」 と報道された支援ボランティアのメールアドレスの数は、1月20日の 「ウォール・ストリート・ジャーナル」 によると、
実は1300万件以上。「アメリカのための組織」(Organizing for America) と名付けられ、民主党全国委員会のもとで活動するのだという。
私たちは戦後ずっと、日本にやってくる米国人やテレビや映画を通じて、米国人を知的で合理主義を好む、日本人よりちょっと高級そうな人たちだと思い込んで、
実は土と親しみ、都会を知らなかったり嫌ったりする、米国の田舎の人たちのことをあまり知らなかったのではなかったか。
しかし、その 「草の根」 の人たちは、日本の多くの古い先輩たち同様、保守的だが素朴で、善良で、「自由で平等な国・アメリカ」 を信じてきた 「庶民」 だった。
その人たちが、「いまのアメリカはちょっと変だ」 と気づきはじめていた。イラク戦争や、いきなり生活を奪った 「貧困」 はその要因だ。
黒人らしからぬ黒人で、多民族国家の融和と民主主義を唱え、「人民の、人民による、人民のための政治」 というリンカーンの言葉を引いて、
「変革」 と 「アメリカの再生」 を訴えるオバマ氏の言葉は、彼らの胸に、教えられてきた 「建国の精神」 を思い返させ、彼を大統領に押し上げたのではないだろうか。
その願いが、どこまで生かされ、政策が貫いていけるか、これまでの支配者や軍産複合体の圧力をどうはねのけられるかは分からないが、
「草の根」 の庶民的な人たちに圧倒的に支持された大統領が登場したという事実は、米国の 「変化」 を示している。
▼「歴史」と「いま」と、オバマ演説
産業革命以後の世界で、資本主義に相対する経済のあり方として社会主義が生まれ、ロシアに社会主義国家が創られた。
資本主義陣営でも、国家が介入して景気を調整し、社会保障を充実して福祉国家を建設するための施策が進められた。
ところが、「国家による規制を最小限にし、自由な競争こそ国民を幸福にするのだ」 という 「新自由主義思想」 が世界を席巻し、
ソ連の崩壊と相まって、米国と、事実上その支配下にある国際組織や、多国籍企業が、発展途上国への経済的支配を強め、格差と貧困、武力衝突をつくり出した。
一方では、実体経済と離れた金融資本主義の暴走が世界経済の危機を生んだ。
日本では、「構造改革」 「規制緩和」 のスローガンが叫ばれる中で、あらゆる場に持ち込まれた 「競争原理」 が、社会全体をすさんだ落ち着かないものにした。
人と人との触れあいを知らないまま、将来に展望をもてず犯罪に走る若者も目立っている。
問題ははっきりしている。すべての人が幸福に暮らせる平等な社会を目指すために、行き過ぎた自由経済の歪みを一つひとつ修正していく努力が必要であり、
世界中がそれを求めている。
オバマ新大統領は就任演説で、「建国の精神」 を訴え、「先の世代は、われわれの力だけでは自分たちを守ることはできないし、
その力で思うままに振る舞っていいわけではないことをわきまえていた。
軍事力は思慮深く用いることでその力を増すことを踏まえ、われわれの安全は大義の正しさや謙虚さ、自制からもたらされることを知っていた」 と述べ、
「イスラム世界に対しては、相互の利益と尊重に基づき前進する新たな道を希求する」 と訴えて、世界のあらゆる宗教の人たちに、「協調」 を訴えた。
経済についても、「富める者だけを優遇していては、国家の繁栄は長く続かないことが再確認された」 と言い、
「今回の経済危機によって、監視しなければ市場は制御不能になることも分かった」 「われわれと同様、豊かさに恵まれた国々には、
これ以上の無関心は許されないと訴えたい。結果を顧みずに世界の資源を浪費することは許されない。
世界は変わった。われわれも共に変わらなければならない」 とも言っている。
オバマ大統領は、就任演説で、さまざまな課題を掲げ、その解決が容易でないことを訴えている。
オバマ大統領が実現したからと言って、「力の政治」 を良しとしてきた米国の政治はなかなか変わらないし、
実際にブッシュと違う 「オバマ外交」 をどう具体化するかについて、楽観視はできない。
しかし、オバマ大統領が、じっくり腰を据えて、核廃絶や軍縮、環境問題に取り組んでいこうという姿勢は、演説にも出ていたし、
いま明らかになっている人事の中で、かなり鮮明に出ていると思う。
例えば、「パグウォッシュ会議」 が1995年にノーベル平和賞を受賞した際に、
代表としてオスロで受賞記念講演を行ったハーバード大学のジョン・ホルドレン教授を科学技術担当補佐官に任命したし、
エネルギー・気候変動担当の大統領補佐官を創設し、キャロル・ブラウナー元環境保護局長官を充て、エネルギー長官には、
新エネルギーの開発を推進しているノーベル物理学賞受賞者、スティーブン・チュー米ローレンスバークリー国立研究所長を指名した。
さらに、海洋大気局 (NOAA) の局長に指名されたオレゴン州立大のジェーン・ルブチェンコ教授は、漁業資源保護や温暖化の影響に造詣が深い女性の海洋生物学者。
環境保護局 (EPA) 長官には、ニュージャージー州の環境保護局長を務めたアフリカ系のリサ・ジャクソン氏を、
ホワイトハウス環境評議会の議長には、ロサンゼルス市助役のナンシー・サトリー氏を任命している。
次期国連大使に指名された黒人女性、スーザン・ライス氏も、軍縮や人権、地球温暖化、核不拡散など地球規模の問題について、オバマ氏の腹心だとされている。
少なくともこの分野には、「米国の知性」 が集まった。このチームが、力を発揮できる環境を作っていくことができれば、
いまの世界と人類が抱える問題を解決する方向に、歴史を大きく動かして行く可能性があるだろう。
ことしも、世界のNGOが集まって 「世界社会フォーラム」(World Social Forum) が、1月27日から2月1日まで、ブラジルのベレンで開かれる。
(ベレンWSF参加者による ブログ 参照)
ここで叫ばれる 「世界は売り物ではない」(World is not for sale!)、
「もう一つの世界は可能だ」(Another world is possible!) の声は、世界の政治を少しずつだが動かしてきた。その道はこれからも続いて行くに違いない。
2009.1.28
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