2009.5.31更新

【マスメディアをどう読むか】

関東学院大学教授・日本ジャーナリスト会議
 丸山 重威
目次 連載に当たって

◎ノーベル平和賞受賞者の
「ヒロシマ・ナガサキ」宣言の発展を
中国新聞の快挙、画竜点睛欠いた企業意識?

  5月18日 (月曜日)、東京では、東京新聞だけに 「平和賞受賞の17人 『核兵器廃絶へ行動を』 ヒロシマ・ナガサキ宣言」 という記事が掲載された。
  「世界のノーベル平和賞受賞者17人が、核兵器廃絶へ積極的に取り組むよう各国指導者や市民に呼び掛けた 『ヒロシマ・ナガサキ宣言』 を連名で発表した」 というもので、 1面の記事のほか全面を使って10面に、アピールの全文と署名者17人の横顔などを載せた。東京新聞には 「写真は中国新聞提供」 とあるので、 企画には中国新聞が積極的に加わっているのだろうと推察した。中国新聞と東京・中日新聞は提携関係にある。
  結局、同日共同、時事も配信したようで、神奈川新聞など共同加盟紙の多くは、19日付朝刊でこのニュースを扱った。3紙には見あたらないようである。

  「ノーベル平和賞受賞者」 と聞くと、1年前の記憶がよみがえる。千葉・幕張メッセで開かれた 「9条世界会議」 で、実行委員会の主力メンバーが、 何とかして集めたいと考えたのが、この平和賞受賞者たち。結果的には、来日したのは北アイルランドのメイリード・マグワイアさんだけで、 あとケニアのワンガリ・マータイさん、アメリカのジョディ・ウィリアムズさんのビデオメッセージを紹介するなどしかできなかったが、 「九条の精神を世界に広げ、戦争のない世界を創るためには、平和賞受賞者たちに先頭に立ってもらおう」 というのは、日本の平和運動の共通した願いだったからだ。
  世界会議は幕張のあと、広島、仙台でも地方集会が開かれ、外国代表も参加、どうやらこのマグワイアさんと広島の出会いがこのアピールにつながったようだ。
  ヒロシマ平和メディアセンターの ホームページ で、 同センター長の中国新聞・田城明特別編集委員がその経緯を書いているが、 この広島の集会に来ていたマグワイアさんと、田城編集員が昨年末、パリで会ったことから、 「ノーベル平和賞受賞者有志によるヒロシマ・ナガサキ宣言を世界に発信使しよう」 というアイディアが生まれ、彼女の主導で宣言の草案を創り、 他のノーベル平和賞受賞者に呼び掛けをすることになった、という。3月下旬に草案がまとまり、電子メールでの訴えを始めたところへ、 オバマ大統領の 「核廃絶」 を呼びかけたプラハ演説。大統領への支持も盛り込んで、草案を直し、宣言が確定、署名が集まったという。

  北朝鮮の核実験が問題になっているが、世界を非核化して行くには、従来の核保有国が核廃絶に積極的になることがなければ、どこにも説得力は持たないだろう。 その意味で、「核兵器を最初に使った国として道義的責任を感ずる」 と述べたオバマ大統領のプラハ演説は、世界中に共感を広げ、期待を持たせるものだった。
  その意味で日本政府は、オバマ政権に「核の傘」の下での保障を求める、といった姑息な要求ではなく、それこそオバマ大統領に追随し、むしろ彼を先導して、 核廃絶運動の先頭に立ち、国際世論を引っ張っていかなければならないはずだ。だが、残念ながら、自民党政権にそういう感度を期待するのは難しいようである。

    被爆地・広島の新聞として中国新聞が積極的な活動をしてきていることは高く評価されていい。 日本の新聞、放送は、この被爆地の心を戦後のメディア全体に通ずる基本精神として、一緒に世論を盛り上げ、政府を動かし、 やがて世界を動かすことに協力していかなければならない。
  しかし、今回の 「宣言」 の報道は、やや画竜点睛を欠く感があって、残念だった。
  つまり、あの 「発表」 は、中国新聞提供でもいいから、3紙を含む日本のメディア全体が大きく書いて、国民に訴え、国際的にも広げるべきではなかったのか。 中国新聞はそのための努力を積極的すべきではなかったのか。「ヒロシマ・ナガサキ宣言」 というのだから、 少なくとも長崎新聞を誘って同じ日に掲載するような工夫はできなかったのか。
  「本社の特ダネ」、「独自の企画」 ということで済ましてよかったのか? そのことは、折角の快挙を中国新聞という企業に閉じ込めてしまい、 肝心の 「宣言」 の値打ちを矮小化してしまうことにならなかったのかどうか。
  オバマ演説や、この17人の宣言を基礎に、今後さらに核廃絶の運動を広げていくことに、メディアはもっと積極的でなければならないと思う。
  これは 「世界史的な出来事」 なのだからだ。
2009.5.31