2009.9.28

高田健の憲法問題国会ウォッチング


総選挙後のあたらしい政治情勢と
憲法問題での市民運動の課題

  第45回総選挙は大方の予測どおり、民主党が圧勝するという 「政権交代」 選挙となった。多くの有権者が 「自公政権NO」 の審判を下した。 戦後の日本の政治の特徴であった自社両党が争う 「55年体制」 は1993年の非自民細川連立政権誕生で終わり、94年の羽田内閣を経て、 自社さの村山政権が成立、以来、橋本、小渕、森、小泉、安倍、福田、麻生とすべて連立政権だったが、これらの時代にあっても自民党は国会の第1党だった。 今回は自民党は300議席から119議席に激減して、55年体制成立以来はじめて第2党になり、民主党が308議席の単独過半数をとった。 老舗の保守政党自民党はいま崩壊の危機に直面した。

  しかしながら参議院は民主党が単独では過半数を持っていない。その結果、民主、社民、国民新の新連立政権が発足することとなった。 この不自由さからの脱却を狙い、民主党は2010年の参院選で単独過半数を確保しようとするだろう。
  9月8日に確認された 「連立政権合意」 と 「政策合意」 (10項目) では、 その大部分が小泉政権以来の新自由主義 「構造改革」 路線のもとで犠牲になってきた庶民の生活の再生のためのものであり、この実行は切実な声だ。

【連立政権政策合意の積極面】
  「政策合意」 の9番目の 「自立した外交で、世界に貢献」とする諸項目と合わせて、10項目の 「憲法」 では、「唯一の被爆国として、 日本国憲法の 『平和主義』 をはじめ 『国民主権』 『基本的人権の尊重』 の3原則を確認するとともに、憲法の保障する諸権利の実現を第一とし、 国民の生活再建に全力を挙げる」 ことを確認した。これは今回の選挙での民主党のマニフェストとくらべて、より明確に 「憲法3原則の遵守」 をうたっている点で特徴がある。 世論を背景にした社民党の連立交渉における奮闘の成果だ。「憲法遵守」 は立憲主義下での政権の当然の責務であるとはいえ、 小泉・安部政権をはじめ歴代の自・公政権が憲法を改悪しようとして軽視してきた経過を考えれば、憲法3原則遵守を掲げたこの 「合意」 には画期的な意義がある。

  とりわけ、2000年1月に憲法調査会が発足して以来、自公政権与党は明文改憲を目ざして動いてきた。それは06年の安倍内閣の登場で頂点に達した。 これに対して全国各地の市民は 「九条の会」 などさまざまな改憲反対の運動を組織して反撃に立ち上がった。この運動は憲法に関する世論を大きく変化させた。 政権政党や、それに同調するマスメディアのさまざまな努力にもかかわらず、「9条改憲を望まない」 という声が世論の圧倒的多数になり、改憲派に打撃をあたえ、 福田内閣、麻生内閣は公然と9条明文改憲を叫ぶことはできなくなった。

【国会での改憲派の凋落】
  今回の選挙ではこの間の自民党の改憲運動でもっとも象徴的人物であった中山太郎前憲法調査会会長、船田元、 保岡興治などの憲法調査会における改憲派の主だった人々が落選したことだ。これらの人びとは改憲発議の前提条件である両院における3分の2以上の賛成をめざして、 憲法調査会で一貫して民主党の抱き込みをはかってきた人びとだ。この結果、改憲派は自民党が目指す今後の憲法審査会の始動の際のリーダーを失った形だ。 安部内閣の改憲策動の支援のために07年に拡大再編された改憲議員同盟 (中曽根康弘会長、鳩山由紀夫首相はこの同盟の顧問) はより深刻だ。 加盟国会議員139人中、86人が落選し、再選は53人のみ。会長代理の中山太郎、幹事長の愛知和男をはじめ、山崎拓、中川昭一、 島村宣伸ら札付きの改憲派が相次いで落選した。

  『毎日新聞』 が行った候補者アンケートのうち民主党の当選者の憲法に対する態度を調べると、「9条改憲反対」 190人 (61.7%)、 「集団的自衛権見直し反対」 178人 (57.8%)。「自衛隊のアフガン派兵反対」 196人 (63.6%)だ。 『共同通信』 の調査では民主党の当選者の35.6%が 「9条以外の改憲」 賛成、「9条を含め部分改憲」 が13.1%、「全面改憲」 が 8.0%で、 「9条改憲は」 21.1%でしかない (しかし、これは民主党議員の56.5%が何らかの改憲を望んでいるということでもある)。 民主党内でも全体として改憲志向の議員が少なくなったが、傾向としては新人に 「9条改憲必要なし」 派が多く、当選回数の多い議員に比較的9条改憲派が多いのは、 それらの多くが同党内での幹部であるだけに無視できない。明文改憲の動きを表面化させないためには、 民主党に対する院外からのロビーイングなどを含めた運動の強化が不可欠である。

【2010年5月18日の意味】
  2010年5月18日に改憲手続き法の凍結部分 (改憲案の審議など) が同法成立後3年を経て解除になる。 しかし、この間の経過と国会議員の構成などからみて、すぐに改憲論議が始まると見るのは早計だ。 この凍結期限解除をもって、「狼 (明文改憲) が来る」 式の 「危機アジリ」 で運動を進めるやり方は妥当でない。 なぜなら改憲手続き法は、現在、07年に同法を強行採決した当時の想定通りに 「凍結解除」 できる状態ではない。 法成立後3年の 「凍結解除」 までに解決すべき課題とされた同法の 「附則」 (3条、11条、12条など) は未処理であり、 同法が参院で採決された時の 「附帯決議」 (18項目) も未処理のままだ。憲法審査会 「規程」 が今年、衆院で強行採決されたが、 参院では議論にもいたらず、衆議院でも委員の選出もできないまま、始動していない。

  これらはこの間の国会内外におけるねばり強い運動の成果だ。改憲手続き法の強行採決にあたって、私たちは法案阻止という点では敗北したが、 与党と民主党の重大な亀裂をつくりだしたことなど、改憲がより困難になった点に於いて、政治的には勝利したと総括したことがある。 まして、今回の民社国新連立与党下では、一部に憲法審査会の始動は時間の問題でやむなしと言う声もあるが、 与党全体の動きを総合的に見て 「憲法審査会の始動」 はより困難になったと言って良い。 私たちは07年に自公両党が民意に背き強行採決した欠陥法案である 「改憲手続き法」 の抜本的な再検討と同法の廃止を要求して闘わなくてはならない。
  新しい情勢のもとで、自民党や公明党などの改憲派や右派メディアはひきつづき明文改憲を目指してさまざまに動くに違いないが、 ただちに9条明文改憲の動きが強まるという危険は遠のいたとみてよい。

【必要な「改憲の伏流」への警戒】
  しかしながら、私たちは民主党内にあるさまざまな問題での解釈改憲容認の傾向を軽視できない。 鳩山由紀夫首相自身がかつて 「新憲法試案」 (PHP出版 2005年) という著作を持つ明文改憲派であり、 小沢一郎民主党幹事長も自ら04年の 「小沢・横路合意」 という枠をはめつつも、明文改憲論者であった。この2人ともその政治的立場を否定してはいない。 今後、米国や財界などは懸命に連立政権に圧力をかけて来るであろうし、そのもとで生じてくる可能性がある自衛隊のさまざまなかたちでの海外派兵の動きや、 北朝鮮のミサイル攻撃などを口実にした軍備増強、あるいは米国が要求する沖縄をはじめとする米軍基地再編・強化など、解釈改憲の危険に対応しなくてはならない。 この点で連立政権の政策合意の9項目めに 「国際貢献=国連平和維持活動」 が確認されていることなどは警戒しなくてはならない。 臨時国会ではインド洋・アフリカ東海岸からの自衛隊の撤退、それにかわる海賊対処、アフガン支援の非軍事民生の在り方などが問題になると同時に、 民主党が公約している 「北朝鮮貨物臨検特措法」 が問題になるだろう。過去の日米密約の公開や沖縄の基地の縮小や新基地建設なども大きな問題だ。 歴代政権による環境破壊を止めさせる問題も大きな課題になる。
  自民党や民主党の一部から、9条以外の項目の改憲など、迂回した形での明文改憲の攻撃が出てくる可能性もある。 先の毎日新聞の調査でも 「9条以外の改憲」 の声は民主党の当選者の3分の1強存在する。

  さらにいえば、民主党のマニフェストで総選挙における 「比例定数削減」 がうたわれている点は重大だ。 歴代の悪政に反発して無駄遣いや行政改革、政権交代を要求する声に便乗して、こうした方向で選挙制度を改悪する動きは容認できない。 今回の総選挙においても得票数と獲得議席数には、大政党に有利な乖離がある。 マスメディアがいう小選挙区制度による 「2大政党制」 は多様で多数の民意を反映しない不合理な制度であり、比例区を削減することは少数政党の切り捨てに直結する。 財政の視点からは、政党助成金の再検討を含め、国会議員の政治活動の在り方についての再検討こそ必要だ。

  これらの動きに警戒を強めながら、私たちは気をゆるめることなく、あたらしい情勢を生かして、さまざまな解釈改憲の動きの芽生えを許さず、 9条をはじめとする平和憲法を生かし、実現する運動を強化しなくてはならない。
(「私と憲法」 101号所収)