2010.1.28

高田健の憲法問題国会ウォッチング


鳩山由紀夫首相の憲法発言と、それに含まれる危険性

  【首相の憲法発言】
  新連立政権が成立して以降、あまり目立たないが鳩山首相は憲法問題について、しばしば触れている。
  先の臨時国会において、首相は集団的自衛権の行使を禁じてきた従来の政府の憲法解釈を踏襲する考えを明らかにしながら、 憲法解釈について 「内閣法制局長官の考え方を金科玉条にするというのはおかしい。その考え方を、政府が採用するか採用しないかということだ」 とものべた。 民主党はいま、小沢幹事長の強い意向で、内閣法制局長官など官僚の答弁を禁止することを含む 「国会法の改定」 を進めようとしている。 そして法案の提出に先立ち、この通常国会ではあらかじめ内閣法制局長官を政府特別補佐人からはずすなどして、これを既成事実化しようとしている。 この首相の発言はこれと連動して考えると黙過しがたい危険性を含んでいる。

  また年末から新年にかけて、鳩山首相は憲法問題に触れて2〜3度発言した。1月4日の年頭記者会見では憲法問題について要旨次のように述べた。
  「自分なりの憲法はかくあるべしという議論は、当然政治家、国会議員ですから、一人ひとりがもちあわせるべきだ」 「その意味で私は自分が理想と考える憲法を、 (かつて)試案として世に問うた」 「それは安全保障ということ以上に、地域主権という国と地域のあり方を抜本的に変えるという発想に基づいたものだ」 「内閣総理大臣として、当然憲法を守るという立場で仕事を行う必要がある。憲法の議論に関しては、連立与党3党、特に民主党の考え方を、 議論を進めていくなかでまとめていくことが肝要」 「憲法の議論は与党のなかで、超党派でしっかりと議論されるべきではないかと思っており、憲法審査会の話も、 国会のなかで与党と野党との協議でお決めになっていただくべき筋の話だ」 と。

  1月20日の参院本会議で鳩山首相は、自民党の尾辻秀久氏の 「5年前に発表した 『憲法改正試案』 は生きているのか。 憲法改正は視野にいれているのか」 という質問に答えて 「首相には特に重い憲法尊重擁護義務が課せられている。 今、私の考え方を申し上げるべきでないし、在任中になどと考えるべきものでもない」 と述べながら、 「政治家である以上、憲法がかくあるべきという考え方を持つのは当然だ」 とも述べた。

  度重なる首相の憲法問題での発言の意図がどこにあるのか定かではないが、3党連立政権の政策合意(スパーマニフェスト)の憲法条項があるにもかかわらず、 鳩山首相がこのように述べていることは重大である。
  たしかに一連の発言で、首相は憲法99条との関連もあり、鳩山内閣では集団的自衛権の解釈の変更や、明文改憲をめざすことはしないと言っている。 しかし、これは小泉政権以前の歴代政権の首相の多くがこのように表明してきたことでもあり、特段のことではない。 連立政権の 「政権合意」 に盛られた 「憲法」 条項の内容はより積極的である。 それは 「唯一の被爆国として、日本国憲法の 『平和主義』 をはじめ 『国民主権』 『基本的人権の尊重』 の3原則の順守を確認するとともに、 憲法の保障する諸権利の実現を第一とし、国民の生活再建に全力を挙げる」とうたっている。 政策合意が示しているものは「国会議員として憲法論議は必要だ」などと述べて、改憲論に道を開く立場ではなく、憲法3原則を実現する方向での宣言である。

  【鳩山由紀夫著「新憲法試案」とはなにか】
  一連の首相発言で問題なことは 「(国会議員は)自分なりの憲法はかくあるべし」 という議論は持ち合わせるべきだという一般論と、 「中身は安全保障という以上に地域主権問題が重要」 だなどというハト派的改憲論に紛れ込ませながら、 かつて自ら出版した 「新憲法試案」 (2005年 「PHP」 出版)を肯定的に再確認していることである。

  この著作では鳩山氏は全面改憲論を展開し、その中で明確に9条改憲を主張している。鳩山氏は 「(押しつけ憲法論はとらないが)ただ、 やはり前文や憲法9条などに、日本独自の憲法であったならば、このような文言は決して採らなかったであろうと思われる箇所が存在していることは、 疑いようがない」 と述べて、「自衛軍の保持」 を明記した改憲とあわせて、「安全保障基本法の制定」 で、海外派兵などを合法化することを主張している。 そのうえで、戦後政治は行き詰まったとして、中央集権体制から地域主権の国の形への大転換をのべている。 そして、改憲をして新たな国家目標を設けるとして 「アジア版EU構想」 を提唱している。 また 「皇室制度は政治的安定の基礎」 であるとして、「天皇を元首とする民主主義国家」 とし、「女帝」 も容認するとしている。

  現実に首相になった鳩山が直面した未曾有の経済危機のなかで予算編成作業は、自民党時代からの巨大な国家財政の赤字という抜き差しならない困難に直面した。 かれはそこで再び 「鳩山改憲試案」 で展開した 「補完性の原理」 にもとづく 「地域主権の国への転換」 に活路を求めるようになったとしても不思議はない。 しかし、危機からの活路を改憲に求めるという誘惑は9条改憲論と一体となった危険きわまりないのはいうまでもないことである。

  【自民党がねらう改憲論議の活性化】
  年頭会見で首相は憲法の議論は超党派の議論が必要だとも述べた。これは改憲が党是の自民党に乗ずる隙を与えるものだ。 自民党の改憲推進本部(保利耕輔会長)は2005年に作成した 「新憲法草案」 を見直し、あらためて 「改憲案」 を作成し、改憲の方針を明確にうちだすと言っている。 通常国会冒頭の尾辻参議院議員による代表質問も、こうした意図にもとづくものであることはあきらかである。

  鳩山首相は旧自公政権与党が憲法審査会の設置を強行した経過を真剣におさらいすべきだ。当時、民主党は他の野党と共にこの 「改憲手続き法」 に反対した。 改憲手続き法は審議の過程で法としての体をなしてないことが明らかになった代物である。 鳩山首相の憲法発言におけるブレは容認できるものではない。首相は政権の公約である連立3党の政策合意の立場を遵守しなくてはならない。 今年5月18日で同法の一部の凍結期間が解除されるが、憲法審査会は始動させずに凍結し、廃法にされなくてはならない。
(「私と憲法」 1月25日号所収 高田 健)