2010.3.1

高田健の憲法問題国会ウォッチング



  「主権者は私たち」 というメインテーマを掲げて、第13回許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会が2月13日〜14日に開催されました。 13日の集会(公開企画)では、「日米安保50年と9条・25条の力を考える」 のテーマで渡辺治さん(一橋大学教授)、 「女性の貧困を打ち破ることから」 のテーマで赤石千衣子さん(しんぐるまざーず・ふぉーらむ)が講演し、 「沖縄からの報告」 として 「米軍再編をめぐる沖縄の情勢」 について加藤裕さん(弁護士・沖縄憲法普及協議会事務局長)、 「改憲手続き法の 『凍結解除』 と私たちの運動」 で高田健さん(許すな!憲法改悪・市民連絡会)が報告をしました。 本稿はこの高田さんの報告です。この交流集会で確認された 「共同声明」 文についても掲載しました。 なお、本稿は見出しを含めて文責は編集者にあります。(憲法を生かす会東京連絡会会報 「憲法を生かす」 23号所収)


「改憲手続き法との闘い」 に全力をあげよう

高田 健 (許すな!憲法改悪・市民連絡会)

  3人の方からお話いただきました。それぞれ現在の憲法問題について大変重要な提起をしてくださいました。 3人の方の提起を受け止め、参考にしながら、私たちはこれから2日間の市民運動全国交流で、 この1年、憲法問題でさらに大きな前進を闘いとっていくような討議をしていきたいと思います。
  私がお話しするテーマは改憲手続き法の問題です。

  「国民投票法」 ではなく 「改憲手続き法」
  マスコミでは 「国民投票法」 と言っていますが、法律の正式な名称は 「日本国憲法の改正手続きに関する法律」 であり、私たちは略して 「改憲手続き法」 と言っています。 これは意図的な間違った言い方ではありません。むしろ国民投票法と表現することには、 この法律がもっている非常な危険性を歪めて伝えようとする意図があるのではないかと思うほどです。 この点は、メディアの皆さんに対しても国民投票法ではない、改憲手続き法だと何度も指摘してきたところです。 私たちの運動のなかで国民投票法と言ってしまう人がいますが、今日の集会に参加された方は、絶対に間違えないで頂きたいと思います。改憲手続き法との闘いです。

  「5月18日」 の意味
  改憲手続き法案は、安倍内閣が2007年5月14日に参議院で強行採決をしました。衆議院では討議の最中にマイクが飛ぶような強行採決をしました。 討議をしなくてはいけない問題がたくさんあり、それがほとんど残されているのに、なんとしても自分の任期中に憲法改正をしたいという安倍内閣が非常に焦って、 不当にも9条を変えたいという意図から、自民党と民主党の協調体制をぶち壊して、強引な乱暴な暴力的な強行採決を繰り返して出来たのが改憲手続き法です。 07年5月です。

  しかし、じつに乱暴なやり方で、また積み残された問題があまりにも多いものですから、採決にあたって参議院で、自民党・公明党、 当時の与党みずからが18項目もの附帯決議を付けるという法律でした。もちろん今までも、多くの附帯決議が付いた法律がなかったということではありませんが、 憲法の問題でこれだけの附帯決議を付けるということは、法律としての体をなしていないことを与党自身が認めたような法律です。

  また、じつに乱暴に決めましたから、すぐに法律を施行してしまったらまずい、 強行採決のヒートアップした状態をなんとか冷却させようということも含めて3年間の凍結期間を設けました。これは公明党の知恵です。 憲法改正案について審議可能にするのは3年後にしようというものでした。この中で国民投票もすぐにでも実施出来るというのはあまりにも性急だということで、 この2つに関しては3年間凍結することを合わせて決めたわけです。その3年が今年の5月18日に来るということです。

  3年間に大きな情勢変化
  しかし自公・与党にとって、この3年間は幸か不幸か大変重大な3年でした。この間に参院選挙(07年7月)があり、昨年は衆院選挙がありました。 自公・与党が民主党とケンカしてまで強行採決をして成立させたわけですが、参院選挙で自公・与党が負け、衆院選挙でも大敗しました。政治の大きな変化が起きました。

  先の渡辺先生の話でもハッキリしたように、民主党はもともと90年代から2000年代初めに、 自民党の改憲運動に引きずられながら民主党自身も改憲案を出し始めたわけです。しかし07年の参院選、そして昨年の総選挙では、 民主党の小沢さんは 「生活が第一」 というスローガンを掲げて、小泉構造改革に反対する立場から、自公・与党とは対決する、 自公・与党とは違うということをアピールしながら多数議席を勝ち取ったわけです。この大きな変化があります。

  じつは改憲手続き法の強行採決に関して触れておかないといけないことがあります。 ご承知のように憲法を改正するには国会の総議員の3分の2以上の賛成がなければ発議が出来ません。 しかし当時の自公・与党には、衆議院では3分の2以上の議席がありましたが、参議院では3分の2はありませんでした。 ですから安倍内閣が明文改憲をするには、民主党の協力なしには改憲案は出せないという状態でした。 ですから2000年代の初めから改憲を具体的に準備してきた中山太郎を中心とした自民党メンバーは、なんとかして民主党と協調することに腐心してきました。 私は国会の憲法調査会をすべて傍聴しましたが、中山太郎は本当に手ごわいと思いました。憲法調査会では、国会運営とは違って、 政党ごとの発言時間はみな平等に与えました。国会運営ではふつうは議席数で違うわけです。 中山太郎は憲法調査会の運営をできるだけ民主党や野党の意見を聞き入れるという形で進めました。中山太郎は人が良いからではありません。 彼は 「3分の2」 がなければ、国会で改憲の発議が出来ないということを十分知り尽くしているからです。これがわからなかったのが安倍晋三です。 自分の任期中になんとしても改憲したいと前のめりになっていましたから、中山太郎に任せておいたら、時間ばかりかかってしょうがないと思って、 中山太郎に命令して強行採決をさせたのです。

  その時の、民主党憲法調査会の責任者(当時)であった枝野幸男の 「名演説」 をいまでも覚えています。安倍晋三君は究極の護憲派である、 安倍晋三君が代表をしている間は、私は自民党と憲法論議はしない。それが枝野演説の要旨でした。 枝野が言いたかったことは、安倍晋三が強行採決をやって改憲手続き法案を通したことは、憲法問題で自民党と民主党の協調体制を壊したことになる。 お前は、憲法改正をやりたいと言っているが究極の護憲派ではないか、という演説でした。まさに見事に安倍の失策をついた発言だったと思います。 枝野さんはもともと改憲派です。今度新たに大臣になりました。内閣では憲法解釈を彼が担当するというので驚いています。

  いずれにしても今年の5月18日を前にして、この3年間の情勢の大きな変化がありました。

  改憲手続き法の主な問題点
  ほんとうはこの3年の間に改憲手続き法の下で憲法審査会は動いていなくてはいけなかったわけですが、動いていません。 また議論が先送りされ、附帯決議などで自公・与党(当時)も不備を認めた改憲手続き法の問題点は以下のようなものですが、この議論も進んでいません。

  (1) 投票権者をどう規定するか(18歳投票権問題、公職選挙法や民法との整合性の保障)
  (2) 国民投票の対象はなにか(憲法だけでなく、国政の重要問題についての国民投票の可否)
  (3) 広報や広告など、メディアの在り方(議席数で広報の分量を決めてよいか、有料広告を認めると資金能力で宣伝に差ができる)
  (4) 国民投票運動の自由に関する問題(公務員や教育関係者の政治活動、地位利用の制限などによって、自由な活動が制限される)
  (5) 投票成立の要件をどうするか(「過半数」の分母問題や成立に必要な最低投票率規定の有無)…などなど。

  投票権者を18歳にするか、20歳にするのかという問題でもいろんな議論があります。私たち市民運動は中学校を卒業したら投票できるようにしろという主張でしたが、 当時の自民党と民主党の対立は20歳か、18歳かという対立でした。こんな問題についてこの3年間ですべて解決しておかなくてはいけなかったわけです。 しかし、枝野さんが啖呵を切ったことにも表されているように、この3年間自公・与党と民主党の間で、これらの問題はほとんど進みませんでした。 3年間でやるべきことは何も進んでいません。

  憲法審査会は始動していない
  憲法審査会も法律上はあることになっていますが、委員も選出していないし、会合も一度も開かれていません。 要するに箱だけはできたが中身がないという状態で3年が過ぎたわけです。

  ですから今年の5月18日を前にして、明らかになったことは、改憲手続き法が、どんなにいい加減な法律であったか、 そしてそれに基づいては事態が何も進んでいないという状態です。つまり凍結を解除する条件はなにも出来ていないということです。 そのことが明らかになったのだと思います。

  国会で憲法審査会や特別委員会など作る時は、その運営規定が必要なわけです。昨年麻生内閣はあのドタバタのときに衆議院でまた強行採決をやって、 衆議院の憲法審査会の規定を作りました。麻生さんは安倍さんと同じ思想ですから、きっとなにもやらないわけにはいかないということで必死に作ったと思うんです。 しかし、また強行採決でやったもんですから、参議院では多数だった野党(当時)は、絶対に作らないと主張して、参議院ではいまだに規定も出来ていません。 だから憲法審査会がないだけではなくて、運営規定は衆議院にあるだけで参議院にはありません。

  この5月18日が来ても、改憲について討議をする場すらできていません。こういうなかでとうとう5月18日が来てしまうわけです。

  危機煽りの運動ではいけない
  実際に投票権者の問題を解決しようとしたら、 ざっと聞いたらところでは民法関連で200くらいの法律を改正しないと18歳投票権者にふさわしい法律体制にすることができないと言われています。 問題はそれくらい困難な代物であるわけです。それがまったく出来ていません。

  市民運動の中に、5月18日が来る、大変だ、大変だ、もう改憲運動が始まるぞ、といつも言うような人たちがいました。 私は、これに危惧して、私たちの友人でもありますが、その人たちには狼少年のようなことは言わないでくれと申し上げてきました。 狼が来る、狼が来る、5月18日が来たら改憲が始まる、と言って脅さないでくれと言ってきました。

  事態を冷静に見る必要があるのです。事態がどうなっているか見ないで、大変だと言ってやる癖があるのです。 古い活動家にはどうも大変だ、大変だ、と言わないとエネルギーがでないという変な癖があります。しかし誇大宣伝をしてはならないのです。 私たちの力についてもしっかり確信を持たないとならないのです。

  3年間にわたって憲法審査会を始動させてこなかった力はどこにあるか。これも先に渡辺治さんが講演で十分申し上げましたから、私は、それ以上は言いません。 明らかに改憲反対派の力によって今日5月18日が来ても実際には施行しきれない状態になっています。

  私は、5月18日が来る、大変だ、という狼少年的な意見に対しては何度も苦情を申し上げてきました。高田は楽観論者だ、とんでもない、ともしばらく言われましたが、 そんなことはありません。安心しろと言いたいのではないのです。鳩山さんも小沢さんもその著書で改憲論をすでに公表しています。 今の民主党の執行部の人たちは、思想的には明確な改憲派です。そして、いずれかの時点で憲法改正に踏み出そうと考えている人たちです。 この点に関してはいささかも気を緩めてはいけないと思います。同時に、そういう人たちだから明日やるということではありません。 運動を進める場合は、この間合いをきちんと計っておかなければいけないと思います。運動を一緒にやる者の責任でもあると思うのです。

  改憲手続き法との闘い
  しかし、5月18日が来て、どうなりそうかという問題があります。法律上の凍結期間が解除されます。 どんなデタラメな法律であると言っても国会で成立していますから、5月18日に凍結が解除されます。この時の闘い方です。

  私たちは、民主党の中に凍結を3年間延長しようかという声があるのを知っています。これは先日NHKが報道しました。そういう動きもあります。 同時に、今の民主党執行部は、民主党が主張した点について法律ではほとんど解決されていないけれど、 5月18日が来れば法律として施行するという以外にないのではないかということを考えているようです。じつは国民投票法の対象の問題もあります。 憲法だけではなくて政治の重要問題について国民投票をやりたいというのが民主党の主張でした。 そういうものが何も解決されていないけれども、5月18日が来れば法律として施行するという以外にないと考えているようです。

  漫然と期間が来てしまったからこの法律が通用する、ということを私たちは認めるわけにはいきません。 私たちは全国交流集会で 「共同声明案」 について議論し、決めようを思っています。2月14日から私たちは全力を上げてこのデタラメな改憲手続き法を凍結し、 法律として廃止しろという運動をやろうと思っています。

  私たちが院外でこの運動を強めなければ、新政権に入っている社民党は護憲の立場をとっていますが、福島さんも閣内で断固として闘うのは難しいと思います。 今、普天間基地の問題が社民党にとっても私たちにとっても最大の問題です。 普天間問題で福島さんは、鳩山さんや小沢さんの指導が間違った方に行くなら断固として闘う決意を固めていると思います。 連立離脱という話もありました。普天間問題で一戦を交えようと思っている福島さんが、閣議が開かれるたびに、 この問題もあの問題でもと異議を唱えるのはなかなか難しいと思います。だからこそ私たちが騒がなくてはいけない。 主権者が態度を明確にして、普天間の問題は普天間の問題、しかし改憲手続き法の問題も私たちは譲れないという世論を盛り上げて、市民がこう言っているんだ、 自分たちも引くわけにはいかないと社民党に言わせないといけないと思うのです。 私たちは、この点で社民党がどうするだろうかなどとい客観主義的に見る立場ではないように思います。

  私たちは主権者ですから、私たちの明確な主張を、運動を通して力を作ってぶつけていく。なんとしても改憲手続き法を凍結させ、 できれば廃止法を作るところにもっていく必要があろうと思います。

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  最後に、新しい政権の下で、私たち市民運動の進め方は、新しい面に目を向けなくてはならないことがいっぱいあります。 市民が法律に直接異議を申し立て、あるいは市民が法律の提案をして国会に採択させていくような運動が重要です。

  私たちは今日、明日の討議を通じて、例えば 「イラク戦争の検証」 を求める立法化運動、かつて強行採決された盗聴法を廃止する運動、 教育基本法や教科書の問題についてもう一度巻き返す運動、あるいは東京地裁判決では負けましたが、立法の面から補償しろという東京大空襲の補償立法化運動など、 また赤石さんからお話のあった貧困の問題や労働者派遣法の抜本的改正なども含めてそうだと思いますが、 いままで以上に改憲反対と言うだけではなく私たちがもっと憲法を生かしていく、 私たちが政治に憲法の精神を生かしていくような市民運動を作らなくてはいけないと思っています。

  今回の全国交流集会で私たちがそういうところまで踏み込むことができるとすれば、全国の市民の憲法運動は大きく変わるのではないかと思います。 いま9条の会は全国で7443カ所に作られています。さらに小学校区単位に作ろう、9条の会を1万にも2万にもして草の根の力をつけようとしています。 こうした運動の人たちを積極的に支援するなかで、私たちは新たな憲法運動を作り出す出発点に立ちたいと思います。