2010.6.25

高田健の憲法問題国会ウォッチング


参院選に際して
〜普天間は終わっていない〜
無責任な菅民主党政権と、
新党に相次いで登場する改憲論に審判を

(1) 普天間隠し、対米追従の政治への審判
  鳩山由紀夫首相が辞任した後をついだ菅直人新首相は、6月6日のオバマ大統領との電話会談では、 「普天間基地の辺野古移設」 を決めた日米安全保障協議会の 「共同発表」 を正当化し、「日米合意にしっかり取り組んでいきたい」 と言明した。 菅首相によれば 「(普天間基地問題と 『政治とカネ』 の二つの重荷を(鳩山)総理自らが辞めることで取り除いていただいた」 という認識なのである。 このところの菅首相の言動には普天間問題などほとんど眼中にない。衆議院選挙での民主党の公約を無視して、 あえて自民党と同様の 「消費税10%」 論を展開するなど、有権者の目を沖縄問題や 「政治とカネ」 の問題からそらそうとしている。

  菅首相は問題をごまかしてはならない。「国民が(私の話を)聞く耳をもたなくなった」 などと驚くべき捨て台詞を残して辞任した鳩山首相が、 連立政権崩壊に導いた最大の原因は 「できるだけ国外、最低でも県外」 と約束した普天間基地撤去問題で、鳩山首相が公約を破り、 「日米合意」 を承認し、沖縄県民を裏切ったからである。菅新首相はこの鳩山内閣の副総理だった。まさに鳩山氏に次ぐ責任者である。

  沖縄の苦しみはさらに継続する。一度希望の灯が見えかかっただけにその苦しみは倍増する。 これに菅首相がどのような政治姿勢をとるのか、辺野古移設を前提にして 「県民の皆さんと一緒に負担軽減について努力したい」 などと、 木に竹を接いだような話をすることで、鳩山首相の辞任で 「おわった」 かのような態度をとることは許されない。 辺野古移設は沖縄の民衆の怒りの中で、必ず今後の菅政権の運営に大きな重石となってのしかかってくるだろう。

  本土のマスコミも 「新政権への小沢一郎の影響力排除」 に論点をずらしてしまって、つい先ごろまであれほど問題になった普天間の問題を消してしまった。 これは何度目の琉球処分といえばいいのか、またも沖縄を見殺しにするのだろうか。

  鳩山前首相は辞任を表明した6月2日にこういった。「日本の平和は日本人自身の手で作り上げていく時をいつかは求めなければ、と思っている。 米国に依存し続ける安全保障をこれから50年、100年続けていいとは思わない」 と。 この裏にはナショナリズムの自主防衛論が隠れているので、額面通りにとってよい言葉ではないが、まさに問題はここにある。 首相として、この日米安保に依存し、米国の51番目の州のように、米国の圧力と脅迫に屈した今回の図は、何とも無惨な図である。 外務省、防衛省の官僚たちは戦後、ずっとこのように日米関係を処することでこの国を導いてきた。 自公政権を転換し、政権交代を図って、「普天間基地はできるだけ国外、最低でも県外」 を標榜し、日米対等の関係を唱えた鳩山政権は、 真正面からこの問題に着手しなければならなかったのである。 にもかかわらず米国の政治家に一喝されて腰砕けになった鳩山首相は、「日米合意」 を承認し、これに反対した社民党の福島国務大臣を罷免し、 連立政権を崩壊させた。

  皮肉なことに郵政法案を通常国会で可決できなかった問題まで起きて、09年9月に発足した3党連立政権の各党首は内閣から総退陣した。 鳩山内閣が退陣に追い込まれたのは安易な日米合意を許さないという沖縄の民意の結果である。 辺野古の市長選挙につづいて、全市町村の首長が県外国外移設を要求し、沖縄県議会が全会一致で要求した。 県知事もそれに追随する以外になかった。そして9万人の県民大会が開催された。沖縄の民意は明白である。 「地方主権」 などと言いながらこれだけの沖縄の民意を無視する民主党の政策は欺瞞に満ちているというしかない。 訓練の一部移設を打診された鹿児島県徳之島も島を挙げて反対を表明した。

  沖縄の人びとが突き出した問題は、日米安保体制とは何か、「日米同盟」とはなにか、憲法第9条の下で、 なぜ安保のしわ寄せを沖縄だけが受忍しなくてはならないのか、日本の安全に不可欠な 「抑止力」 とは何か、在沖 「海兵隊」 とはいったい何者か、 などなどという問題である。この真剣な問い直しこそが必要なのである。 目前の参院選につづいて、沖縄では8月までと対米公約した辺野古新基地の位置と工法の確定期限、9月の名護市議選挙、 12月初めまでの県知事の任期とその選挙と、相次いで普天間の問題が問われ続けるのである。

  私たちはまず目前の参院選でこの審判を下さなくてはならない。

(2) 民主党に台頭する危険な解釈改憲による対米追従・海外派兵論
  参院選を控えて、立候補を表明している各政党の憲法政策が、5月18日に改憲手続法が施行されたこととも関連して、 極めて危険な改憲論を主張していることは注意を要する。これは民主党政権を 「左翼政権」 などと評する安倍晋三らがもっとも特徴的なもの (注) である。 民主党は左翼政権どころか、社民党も抱えた鳩山的な 「中道左派政権」 から、菅的な 「中道右派政権」 にスタンスを変えようとしているのであるが、 野党は政略で民主党=「リベラル政権」 攻撃をやめず、これに対して対抗軸をいっそう右寄りに立て、参院選の臨もうとしている。 これらの野党が参院選の政策では憲法問題でも相次いで改憲を主張しているところに現在の特徴がある。

  菅首相は通常国会での参議院の代表質問で桝添要一・新党改革代表が 「憲法改正問題について所信表明演説で全く触れていないが、どのように考えるか。 (改憲原案を審議する)憲法審査会は与党の反対でまだ始動していない。首相がリーダーシップを発揮することを強く求める」 と質問したのに対して、 「憲法改正と憲法審査会についてはまず党の中でしっかりと議論し、与野党間で協議して決めていくべきものだ。 経済と国民生活を立て直すことが第一だ。憲法改正は内閣の喫緊の課題とは考えていない」 と答えている。 この点は鳩山首相と同じ立場(鳩山由紀夫と菅直人の憲法論の差異は後日述べたい)だといえよう。

  しかし、民主党の安保・防衛問題に関する参院選のマニフェストは以下のようなものであり、極めて危ういものがある。

  鳩山政権の命取りになった米軍普天間飛行場については 「普天間基地移設問題に関しては、日米合意に基づき、沖縄の負担軽減に全力を尽くす」 とし、 昨年の衆院選マニフェストから方針転換した。昨年の衆院選マニフェストでは 「在日米軍基地のあり方について見直しの方向で臨む」 とし、 国外・県外移設を模索したが、民主党は最終的に 「辺野古周辺」 への移設で日米合意し、今回の参院選マニフェストもそれを追認した。 日米関係については 「総合安全保障、経済、文化などの分野における関係を強化することで、日米同盟を深化させる」 と新たに明記した。

  一方、PKOや海賊対処活動について、衆院選マニフェストでは触れていなかった自衛隊の活用を明記した。 さらに 「防衛大綱、中期防衛計画を本年中に策定する」 とし、「平和国家としての基本理念を前提としつつ、防衛装備品の民間転用を推進する」 とまで触れた。 これらをみると鳩山内閣において、北沢防衛大臣や長島政務官らが防衛官僚に洗脳されて突出して主張してきたことが取り入れられている。

  最近、細野豪志民主党副幹事長は訪米して 「インド洋での給油といった間接的な方法ではなく、 シーレーン(海上交通路)の安全確保活動に海上自衛隊が直接参加するべきだ。そのための恒久法を制定することが望ましい」 と述べ、 自衛隊海外派兵恒久法制定に意欲を示し、「民主党は、日米同盟協力の機能的拡大による深化を目指す」 と強調して今年末にまとめる防衛大綱で、 ミサイル防衛や人工衛星による警戒・監視などの 「米国を補完する」 役割を強化すると発言した。

  また長島防衛政務官もテロ特措法の廃止と関連して中止になったインド洋における給油活動の復活を主張している。 民主党政権下で進められている韓国哨戒艦事件や拉致問題に関連して北朝鮮脅威論を煽り立てる日米韓の軍事一体化の動きも危険である。 これらは世論の反発を受けるに違いない9条改憲に直接着手するのではなく、その拡大解釈によって合憲を主張し、事実上の9条破壊を進めるものである。

(3) 安倍晋三ばりの自民党の改憲論
  しかし、自民党など野党は民主党への追及の手を緩めない。 自民党は安倍政権当時のように 「新しい時代にふさわしい国づくりのための自主憲法制定」 とする改憲の課題を参院選のマニフェストの第一に置いた。

  そして衆参両院で 「憲法審査会」 を始動させ、憲法論議を行う、とし、「憲法改正原案」 の国会提出をかかげ、 「国民の理解を得つつ、国会提出を目指して着実に憲法改正に取り組む」 とうたった。

  また安保・外交問題では 「外交を立て直し、世界の平和を築く」 として 「強固な日米同盟の再構築」 をかかげ、 「民主党政権による外交の迷走により、日米の信頼関係は大きく損なわれている。同盟弱体化を防ぎ、抑止力の維持を図るとともに、 沖縄をはじめとする地元の負担軽減を実現する在日米軍再編を着実に進める」 とした。 あわせて、「拉致問題の解決」 「北朝鮮の核開発阻止」 「テロとの戦いの継続〜インド洋上での補給支援活動を早急に再開すべく、 『補給支援特措法』 の成立を目指す」 とも述べた。

  また 「核軍縮の推進」 という表題の下に 「安全保障に懸念を生じさせないため、わが国の 『核抑止政策』 の根本的な議論を開始し、 基本方針を確立」 と述べていることも油断ならないことである。 さらに 「変化する安全保障環境に適応する人員・予算の強化」 として 「07大綱策定以降縮減されている防衛力を、 今後の新しい安全保障環境に適応させるため、『質』 『量』 ともに必要な水準を早急に見直し、適切な人員と予算の強化を図るべく、 新たな防衛計画の大綱、次期中期防策定に対し提言する」 などとしている。 さらに憲法第9条の骨抜きにつながる 「安全保障基本法の制定」 や 「国際平和協力法(海外派兵恒久法)」 を主張している。 とりわけ海外派兵協力法は先に指摘した民主党細野副幹事長らと同意見であり、国会に提出されれば一気に制定に向かう危険性も考えられる。

  自民党のこのマニフェストは小泉内閣、安倍内閣を頂点とした 「日米同盟強化」 「憲法改悪」 へ暴走した時代の路線への危険な回帰である。

(4) その他の新党も多くが改憲を掲げる
  △ 「たちあがれ日本」 はその公約で、「強い政治」 という項目を掲げ、「自主憲法制定を目指す。集団的自衛権の解釈を適正化する」 と明記した。
  △ 「日本創新党」 もその 「政権公約」 で 「外交・防衛では、集団的自衛権行使の容認や国家主権を侵害する行為への毅然(きぜん)とした対応」 などを主張し、また、独自の 「憲法前文案」 を掲げて、改憲を主張している。
  △ 「国民新党」 はその公約要旨で 「伝統・誇り・価値の継承」 という項を起こし、 「永住外国人への地方参政権の付与断固反対。選択的夫婦別姓導入反対」 を叫び、 「国際的な水準に合致した防衛力整備。航空戦力、ミサイル防衛体制の強化」 を唱え、「自主憲法制定を目指す」 としている。
  △ 「新党改革」 は 「憲法改正」 という項で、「新しい時代にふさわしい憲法を制定する」 とした。
  △ 「みんなの党」 は直接、憲法改定にはふれていないが、その主張全体が小泉流の新自由主義改革論であり、油断できない。
  △ 「公明党」 は今回のマニフェストには改憲論が見られないものの、憲法調査会いらい一貫して、加憲論を掲げて来た政党であり、 憲法審査会の始動をめざしていることはいうまでもないだろう。
  △ 「幸福実現党」 は取り上げるまでもないが、とんでもない改憲論であり、右翼ファシズムである。 こうした集団が再び国政選挙に大量に候補を立てていることは見逃せない。

  もとより、今回の参院選の争点は改憲問題にあるだけではない。これとつながって、消費税の大幅引き上げや、国会議員の定数削減など、 大きな問題が山積している。今回の参院選は、これらの問題で民衆の期待を裏切った民主党政権への審判であり、 改憲まで目論む各政党への審判である。私たちの課題は民主党、危険な自民党による2大政党体制構築の企てに反対し、 憲法を擁護し、生かす政策を掲げた政党を大きく前進させる以外にない。

(注) 自民・安倍氏ら新党と連携 保守勢力の結集訴える (2010年6月8日東京新聞)
  自民党を中心とする保守系議員の勉強会 「創生日本」(会長・安倍晋三元首相)は8日、党本部で総会を開き、 たちあがれ日本、日本創新党の両新党に対し、参院選での連携を呼び掛ける方針を決めた。 公認候補同士が競合しない選挙区での共同の街頭演説などを想定。リベラル色の強い民主党の菅直人政権に対抗し、保守勢力の結集を目指す考えだ。
  安倍氏はあいさつで、菅氏が市民運動家出身であることに触れ 「史上まれに見る左翼政権が誕生した。菅政権の危険性を訴えていけば、 われわれへの支持も回復する。創生日本が果たすべき役割は大きい」 と指摘した。
  安倍氏はジャーナリストの桜井よしこ氏が仲介役となり、たちあがれ日本、日本創新党の両新党との選挙協力に向け協議していると報告した。 総会には自民党と無所属の議員計約20人が出席した。
(「私と憲法」 110号所収)