2010.8.27

高田健の憲法問題国会ウォッチング


菅直人内閣の危うさ、
秋の臨時国会に向けて院外の運動を強化しよう

  今回の参議院選挙を前にして、普天間基地の 「移設」 問題での首相の公約違反をきっかけにした社民党の離脱による連立政権の崩壊と、 首相と幹事長らの 「政治とカネ」 の問題で民・社・国民連立政権は全く行き詰まり、民主党の大敗北は必至となっていた。 窮余の策として、小沢一郎幹事長に心中を迫られ辞職した鳩山由紀夫首相に代わって副総理の菅直人が民主党代表に就任した。 しかし、首相の首のすげ替えをもっても参院選挙で民主党は勝利できず、自民党に改選第1党の座を奪われた。 菅直人は首相となって間もなく3ヶ月になる。この菅内閣も9月に迫った民主党代表選の結果によっては超短命内閣で終わっているかも知れない。

  小泉・竹中構造改革を推進した自公連立政権の否定の上に政権交代した鳩山政権は、社民党も含めた 「中道左派」 政権的な性格であったが、 市民運動出身を看板にする菅直人内閣は実のところ 「中道右派」 政権的な性格を持っている。 鳩山政権は新自由主義構造改革に対抗して、環境重視、国民生活重視、東アジア共同体、対等な日米関係など、 旧自公政権とは異なる一定の路線と構想をしめそうとした。 しかし、取って代わった菅内閣は 「最小不幸社会」 などと現実主義をいうだけで、旧来の民主党の新自由主義構造改革路線への回帰傾向も垣間見えるなど、 米国や財界にとっては与しやすい政権になっている。 参院選の結果は自民党が大勝したわけでもなく、民主党内での路線闘争の激化もあり、9月下旬の民主党代表選挙を控え、政局は波乱含みである。

  本誌前号巻頭で筆者は民主党の敗北は有権者の 「民主党10ヶ月の政治への失望の表明」 だと指摘した。 もともと、2009年の総選挙で民主党が国会の議席の圧倒的多数を占めることができたのは、 90年代からつづいた日本経済の停滞に追い打ちをかけた小泉・竹中構造改革への民衆の不満と、 長年、この国の基本とされてきた対米追従・財界優先・官僚支配の政治の転換への有権者の期待からであった。 これらの点で人びとは大きな変化を期待しないまでも、一歩前進につながることを期待した。 しかし、政権交代後の民主党の政治の10ヶ月はその有権者のささやかな期待すら裏切るものであった。

  鳩山政権の動揺と逡巡が人びとの期待を裏切っただけでなく、後を継いだ菅直人新首相は参院選にあたり、 沖縄の民意を切り捨てた日米合意を当然として継承しただけでなく、消費税の増税で自民党に抱きついて公約を破るなど、迷走を続けた。

  憲法問題では菅首相は就任後の施政方針演説に関連して、その姿勢を問われ、「いま、改憲の意志はない」 と答えているが、 その現実の政策は憲法から見て危ういものが少なくなく、解釈改憲と指摘すべき問題がある。

(1) 沖縄・普天間基地辺野古移設の日米合意承認
  鳩山内閣が沖縄の普天間基地の辺野古への移設を確認した日米合意を、新政権がそのまま無批判に継承し、沖縄の民意に背いていることは重大である。 この8月に米国政府に対して辺野古移設を前提にV字案、I 字案の両案を提示し、結論を11月末の沖縄県知事戦後に延ばそうとしているが、 いずれも沖縄の支持が得られるものではない。

  菅内閣は沖縄の民主党に圧力をかけて、懸命に県民世論の分断を図って、鳩山政権時代の 「日米合意」 をまもろうとしている。 北沢防衛相などは 「仲井真現知事の再選を願う」 などと発言して露骨な政治介入をした。 民主党政権としては仲井真知事の再選と、公約破りに期待をつなぐしかないのである。 先の参院選では候補すらたてられなかった沖縄民主党県連は、11月の県知事選では民主党中央の圧力に屈して、 「県内移設反対」 などといいながら野党の統一候補の伊波・宜野湾市長への対立候補を立てようとしている。 これは辺野古移設の焦点化を回避して、県民世論の分断をはかる姑息な手段である。

  しかし、もしもこの策動が成功したとしても、辺野古新基地建設の強行は沖縄県民世論に逆らって、警察力と自衛隊を投入して突破をはかる以外になくなる。 もはや辺野古新基地建設は沖縄問題ではなく、憲法3原則の問題であり、全国民的課題である。菅内閣がこの道を突き進むことは断じて許されない。

(2) 「核の傘容認」発言の時代錯誤性
  菅直人首相は8月6日午前、広島の原爆記念公園で行われた 「平和記念式」 に出席した後、広島市内で記者会見し、 わざわざ 「核抑止力は、我が国にとって引き続き必要だ」 などと発言した。記念式での首相挨拶では 「核の傘」 への言及は避けていたが、 この発言は広島市の秋葉忠利市長がその日の平和宣言で日本政府に米国の 「核の傘」 からの離脱を求めたことへの対応を記者に問われたのに対して答えたもの。

  被爆国の日本が 「核の傘」 による核抑止力論をかざしながら、「核の廃絶」 を唱えることの矛盾とご都合主義について、菅首相は全く認識していない。 菅直人は従来から核問題について真剣に考えたことがないのではないかと疑わざるをえない。

  そして秋葉市長が 「宣言」 で求めた非核3原則の法制化について、首相は 「非核3原則を堅持する方針に変わりはない」 と述べた。 一方、仙谷由人官房長官は6日午前の会見で 「改めて法制化する必要はない」 と否定的な認識を示した。 後に不評を気にしてか、菅首相は 「法制化も検討したい」 と仙谷発言の軌道修正を図ったが、あまりにも場当たり的で、その真意は明らかではない。

  菅内閣は 「核のない世界を目指す」 といいながら、財界の要求を受け入れて、 最近でも核不拡散条約(NPT)未加盟国であるインド政府との間で日印原子力協定をすすめるなど、被爆国の政府にあるまじき動きを進め、 ひんしゅくを買っている。国際的にも核廃絶を要求する声が高まりつつある今日、日本政府がなすべきことは文字通りその運動の先頭に立つことではないか。

(3) 国会議員の比例区定数削減の暴挙の企て
  菅首相は7月30日の記者会見で、「衆議院の比例定数80削減、参院定数40削減」 を 「8月中に党内の意見をとりまとめ、 12月までに与野党で合意をはかる」 よう、枝野幹事長と輿石参院議員会長に期限を区切って指示したことを公表した。 これは議会制民主主義の根幹に関わる重大な問題で、断じて容認できない。

  参院選挙に際して、菅首相は 「財政再建」 を口実に消費税の増税を主張し、世論の反発を受けたが、 その批判の回避のためにも 「まず国会議員自ら身を切ることが必要だ」 という俗受けねらいの理由で、比例区定数削減を主張している。

  試算では比例区を80人削減すると改憲反対を主張する社民党も共産党も事実上、国会から消えかねないといわれている。 民主党は小選挙区制を中心にして2大政党をめざすというが、2大政党制では多様な民意の選択肢が失われ、多くの民意が無視されることは明らかである。 民主党が手本としてきた2大政党制の歴史を持つ英国においてすら選挙制度を含めた見直しが始まり、連立政権が成立している。 またこの間、本誌が主張してきたように、世界各国の国会議員数を有権者数と比較しても日本は少ない方に属する。

  衆院議員を80人減らしたところで、秘書給与などを合わせても年間56億円、加えて参院議員を40人減らしても、合計84億円減にしかならない。
  例えば自衛隊の装備の新規契約費は2010年度で6800億円にものぼり、いま自衛隊はさらに新型超音速機や、 新型対艦ミサイルなどまで導入しようとしている。米軍への 「思いやり予算」 も年間2000億円に達しており、駐留軍関係費は6000億円を超えている。 税金から各党が山分けする政党助成金への支出は年間300億円を超える。その一方で消費税増税は法人税引き下げとセットになっている。 民主党が企てる消費税の増税は、財界を助け、貧しいものから多額の税金を巻き上げる悪税である。 国会議員の比例定数削減という菅首相と民主党のマニフェストは明らかに論理のすり変えである。

(4) 新安保防衛懇は民主党政権がハト派の装いを投げ捨て、タカ派に転ずる危険性
  8月19日、菅直人首相は民主党政権になって初めて、統合・陸海空4幕僚長ら自衛隊制服組幹部を官邸に呼び、 朝鮮半島情勢や在日米軍の抑止力についての意見をきいた。 首相はその冒頭の挨拶で、「あらためて法律を調べたら(首相は)自衛隊に対する最高の指揮監督権を有していた」 と軽口を叩いたそうである。 これは鳩山前首相が普天間基地の米海兵隊移転問題について、 前言を翻して 「学べば学ぶほど、沖縄の米軍の存在全体の中での海兵隊の役割を考えたとき、すべて連携している。 その中で抑止力が維持できるという思いに至った」 と県内移設を正当化する発言したことにも似て、その認識の軽さを象徴している。 この状況は北沢防衛大臣が就任時、「憲法9条の枠の中で防衛を考える」 と断言していながら、防衛官僚に取り囲まれ、急速に洗脳されて、 自衛隊の海外派兵や沖縄の辺野古新基地建設に積極的になっていった経過と酷似している。 民主党の安保・防衛政策は衆院選で掲げたマニフェストの域すら守れず、米国や財界、官僚などの圧力のなかでどんどん右傾化する可能性がある。

  日本の国防に関する基本方針である 「防衛計画の大綱」 は2009年に改定時期を迎えていたが、昨年の 「政権交代」 の結果、 2010年秋に策定することとなった。このためのたたき台を作るのが菅首相の私的諮問機関(鳩山首相時代に組織されたものを継承) 「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」 (座長=佐藤茂雄京阪電鉄CEO)で、これがいま報告書案を準備している。 この懇談会は改憲をめざした安部内閣のもとで組織された 「安保法制懇」、同趣旨の麻生内閣の下での 「安保防衛懇」 の作業を継承するもので、 現在の委員の中西寛京大教授などはこれら3つの懇談会のメンバーの定連である。 廣瀬崇子専大教授は安倍政権時代の内閣原子力委員、松田康博東大准教授は防衛研究所主任研究官、 渋谷芳秀慶大教授は日米基軸のビジョンを明確にという改憲論者、専門委員の伊藤康成氏は元防衛事務次官、同じく斎藤隆氏は前防衛省統合幕僚長である。 これに岩間陽子政策研究大学院大学教授などが加わる。いずれも安保・防衛問題では親米のタカ派の論客である。

  これらの人物たちが作る報告書は容易に内容が推し量られるが、7月27日、朝日新聞と26日の読売新聞が報道した 「報告案骨子」 は驚くべき内容である。 報道された骨子は以下のようなもの。
  @ 従来、防衛計画は憲法9条のしばりもとで、必要最小限の防衛力をもつとする 「基盤的防衛力構想」を基本としてきたが、これはもはや有効ではない。 A 非核3原則については、「米国の核の傘」 は重要で、一方的に米国の手足をしばるのは賢明ではないとして、事実上、非核2・5原則化を主張。 B 自衛隊の配備を見直し、対中国、北朝鮮を仮想敵視して沖縄・南西諸島など離島地域に自衛隊の部隊を配備する。 C 財界が主張するように、武器輸出3原則の武器禁輸政策は見直しが必要だ。D PKO参加5原則はすでに 「時代遅れ」 で、 これに代わる海外派兵恒久法が必要だ。E 集団的自衛権の憲法解釈を見直し、一部合憲解釈に変えるべきだ、などなど。

  これらは安倍内閣当時に検討されたものより、より過激な提言となっている。 菅首相は臨時国会で福島社民党党首に質問されて、「非核3原則は堅持し、武器輸出3原則は見直さない」 とか、 「集団的自衛権の憲法解釈を変えるつもりはない」 などと答弁しているが、首相の私的諮問機関からこうした報告書が出ること自体、大きな問題である。 すでに右派メディアは一斉にこうした報告書案を支持して世論づくりを強めている。

  一部メディアにリークされながら、その報告書全文がいまだに公表されないことは菅内閣がその内容のあまりの右派的過激さに動揺し、 トーンダウンをはかっているからだとも言われている。菅内閣は安保防衛懇の報告書案を全面的に清算しなくてはならない。 安保防衛懇の人選における内閣の責任問題も含めて、注視しておく必要がある。

(5) 9月の民主党代表選が意味するもの
  本誌が読者に届く頃は、9月1日告示、14日投票の民主党代表選の直前である。 すでに批判した菅直人政権の危うさに対抗する民主党内のリベラルな批判勢力が独自の有力候補を持つことができないことはこの党の悲劇である。 目下、小沢一郎か、その意を受ける人物が菅直人首相の対立候補に出るかどうかが注目されている。 現状では新自由主義に反対するリベラル派は小沢と連携して菅代表に対抗する以外にない。

  民主党内でもっとも自民党的な小沢一郎が 「国民生活が第一」 を掲げる民主党衆院選マニフェストを堅持して小泉・竹中構造改革に反対する旗頭になっているという皮肉なねじれ現象は、 今後も長期にわたって民主党の危うさを生み出さざるをえない。政治の激動は長期にわたってつづくだろう。

  それに対して、秋の臨時国会を契機に、沖縄問題をはじめとして、 院外の民衆運動が行動の高揚をもって政治に影響力を行使できるかどうかが問われている。カギはここにある。全力をあげよう。
(許すな!憲法改悪・市民連絡会 高田 健 「私と憲法」 112号 8月25日所収)