2010.12.30

高田健の憲法問題国会ウォッチング


9条のしばりの突破をはかり、戦争への道を歩む新防衛大綱
民主党政権下で米国と財界の要求に添って制定


(1) 民主党政権下初の防衛大綱の策定

  12月17日午前、菅内閣は安全保障会議と閣議を開き、新たな 「防衛計画の大綱」 と今後5年間の 「中期防衛力整備計画」 を決定した。 これはそれ自体が問題のあるものとはいえ、歴代政府が従来とってきた安保防衛政策の大きな転換をはかるものであり、 憲法第9条からみて断じて許されないものだ。この策定に際しては国会での議論も全くなく、事前にマスメディアもほとんど取り上げなかったことから、 国民からみれば、事実上、密室の議論で策定された。

  その要点は @ 米国の世界戦略の認識に追従し、東アジア地域に於いては中国や北朝鮮の動向が重大な不安定要因であるという情勢認識を前提とした。 A 日米同盟を深化・発展させ、アジア太平洋地域で日本と米・韓・豪などとの多国間協力を強化し、一層の脅威対応型の戦略強化をはかる。 B 三木内閣以来の9条に縛られた 「基盤的防衛力構想」 を否定し、新たに中国を仮想敵視した南西諸島防衛力強化など 「動的防衛力」 構想に転換し、 「専守防衛」 の枠を突破する。C PKO5原則の見直しを検討し、世界的範囲で米国と共に軍事行動する、などだ。

  これは米ソの冷戦終結後、とりわけ9・11同時多発テロ事件以降の10年来、米国や財界、 自民党の防衛族、外務省・防衛省官僚などが一貫して要求してきた政策と軌を一にするものだ。 この結果、三木内閣による最初の防衛大綱の策定以来30数年にわたって定着してきた日本の安保・防衛政策(基盤的防衛力構想)の歴史的な転換が、 自民党政権時代にはできなかったにもかかわらず、皮肉にも09年の政権交代後の民主党政権下で図られたことになる。

  本年8月に発表された首相の私的諮問機関 「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」(座長・佐藤茂雄京阪電鉄CEO議長)の報告書が、 この新防衛大綱の下敷きとなった。この報告書は一昨年の 「政権交代」 を好機と見て、 政財界の一角に鬱積していた日米同盟強化と軍拡をめざす安保・防衛構想を一気に噴き出させた感があった。 そのあまりの過激さに、社民党、共産党だけでなく民主党内リベラル派などからも批判が相次ぎ、武器輸出3原則の緩和への批判をはじめ、 新防衛大綱の危険な動きに対して国会外の市民からもさまざまな批判の運動が起こった。

  その結果、当初企てられていた 「非核3原則の見直し」 は報告書の発表の段階で早々に撤回され、「武器輸出3原則の見直し」、 「自衛隊の海外派兵恒久法の制定」 などの明記の動きも社民党などに配慮した政府与党執行部の判断で断念されるに到った。 しかし、院内外が呼応した新安防懇報告批判の運動はこれらの 「成果」 によって一矢報いたものの、 新防衛大綱では 「報告書」 が提言した上記 @〜C などの諸点はそのまま残され、事実上、 従来からの 「専守防衛」 原則を放棄する中国仮想敵視路線を軸とした防衛政策の転換が確認され、 撤回された諸問題もひきつづき検討していく余地が巧妙に残された。

  この重大な転換を中心的に推進した勢力は、米国オバマ政権や、そのもとでも画策を続けるジャパンハンドラーと密接な関係を持ち、 日本の軍需産業の拡張を企てる財界と連携した、防衛官僚や外務官僚に洗脳された民主党内のひとにぎりの新防衛族(北澤俊美防衛相や前原誠司外相、 安保外交調査会の中川正春会長、長島昭久事務局長、吉良州司事務局次長ら)だった。

  新安保防衛懇に代表される勢力は、自公政権から民主党政権への政権交代という窮地を、逆に千載一遇の好機とするために働いた。 この企てにとって、今日の北東アジア情勢の激動は極めて有利に働いた。この情勢の中で、マスメディアも防衛大綱に見られる危険な動きへの批判を回避し、 逆にその露払いとなった。

  今日、朝鮮半島をめぐって北東アジアの軍事的緊張は極限にまで達する勢いにある。尖閣諸島周辺における中国漁船拿捕事件、 韓国延坪島に対する北朝鮮の砲撃事件、これを前後する朝鮮半島周辺での韓国や米韓、日米などの大規模な軍事演習などが相次いでいる。 この情勢を民主党政権は沖縄の普天間基地をめぐる 「日米合意」 の正当化や、 従来、9条に縛られてきた日本の安保防衛政策の突破を試みる新防衛大綱の策定に利用した。

  すでに新防衛大綱発表直後に中国外務省は 「われわれはいかなる国も脅かすつもりはない」 と反発する談話を出し、 新華社は 「冷戦思考を捨てていない」 と批判する論評を配信し、日本に対し 「侵略の歴史をきちんと反省せず、やたらと対中批判をしている」 などと批判した。

(2) 対米追随の冷戦型思考で、
対ソ戦略を対中戦略に置き換えただけの東アジア情勢認識

  新大綱は 「大規模戦争の蓋然性は低下」 したが、各種の対立や紛争、「グレーゾーンの紛争は増加」 した、とりわけアジア太平洋地域に於いては、 中・印・露などの台頭で 「米国の影響力が相対的に低下」 しており、グローバルな安全保障は共同対応が重要だと強調し、具体的に北朝鮮の軍事挑発と、 中国軍の近代化と軍事活動の活発化、ロシアの軍事活動の活発化をあげ、中国は 「地域・国際社会の懸念事項」 とし、 北朝鮮は 「喫緊かつ重大な不安定要因」 として、明記はしないものの事実上 「仮想敵」 視した。 新大綱は結論として 「大規模着上陸侵攻等のわが国の存立を脅かすような本格的な侵略自体が生起する可能性は低いものの、 わが国を取り巻く安全保障課題や不安定要因……に起因するさまざまな事態(各種事態)に的確に対応する必要がある」 としている。

  この情勢認識は本年2月、米国のオバマ政権が発表した国防戦略の見直し報告(QDR)の 「中国の台頭がアジアの国際秩序を変えつつある」 という認識の引き写しで、2010年防衛白書が先行的に打ち出していた認識だ。 大綱はここから日米同盟の深化発展と 「動的防衛力」 という 「力による抑止」 の戦略を導き出している。 冷戦後の変化した情勢に対する対応というなら、まず、「力による抑止」 という発想を根本的に転換する必要がある。 鳩山前首相が唱えた 「東アジア共同体」 の道は軍事力による対決ではなく、まさに平和的な共生の道であったはずだ。 しかし、新防衛大綱はこれに逆行する危険な道を選択した。

  すでにこの路線は、先の尖閣諸島周辺での中国漁船拿捕事件に於いて先行的に実施されている。 この事件は明らかに従来の 「戦略的互恵関係」 という対中方針の、日本政府による変更の結果、派生し、深刻化したものだ。 朝鮮半島をめぐる緊張のなかで、日本政府は9条をもつ国の政府として積極的に緊張緩和のための行動をするどころか、 中国政府が6カ国代表会議の開催という建設的な提案をしたことに対しても、米韓両国と共に賛成せず、逆に北朝鮮に対する圧力の強化に走った。 そして、12月初旬には韓国軍幹部を参加させた史上最大規模の日米共同統合実働演習を強行し、日米韓三国安保で対処する方向を誇示して、 緊張を一層激化させた。

  また新防衛大綱が 「統合的、戦略的な取り組み」 の体制づくりとして官邸に国家安全保障のための組織を設置するとして、 米国のNSC(国家安全保障会議)の日本版の設置を主張し、自衛隊の機動力強化をめざしていることも 「動的防衛力」 構想との関係で見逃せない問題だ。

  新防衛大綱の新戦略はかつてのソ連脅威論による 「オホーツクの壁」 を中国脅威論による 「南西の壁」 に変換したものにすぎず、 古いアジテーションの焼き直しだ。

  菅内閣はこれによって、世界的にみれば欧州各国がのきなみ大幅な軍縮に転じている時代に、大綱と同時に発表された次期中期防衛整備計画で、 従来減少させてきた防衛予算を現状維持として削減に歯止めをかけた。巨額の軍事費と思いやり予算をはじめ対米軍事協力費を計上して、 日本が米国と財界の要求に応えるという時代錯誤の政策を実行している。

(3) 憲法9条のしばりの突破を図った
「動的防衛力」 構想への転換

  新防衛大綱は 「基盤的防衛力構想」 への34年ぶりの決別と 「動的防衛力構想」 の採用を謳っている。 新防衛大綱は従来の安保防衛政策の基本であった 「基盤的防衛力構想」=「防衛力の存在自体(抑止効果静的抑止)」 によるのではなく、 「即応性、機動性、柔軟性、持続性、多目的性」 を備えた 「動的防衛力」 構想に転換した。 これは自衛隊設立以来の 「専守防衛」 戦略から、積極的抑止戦略への歴史的な転換で、 明白に 「武力による威嚇又は武力の行使」 を禁じた憲法9条第1項に反するものだ。

  1976年、三木内閣の時代にはじめて基盤的防衛力構想を謳った防衛大綱が策定された。それは 「専守防衛」 を掲げながら、 日米安保体制を無条件に容認し、憲法第9条の解釈改憲状況を容認してきたという側面は軽視できないが、 民衆の反戦闘争と合わせて無制限の軍拡を容認できないという9条のしばりを表現した側面もあったことは無視できない。 以降、日本の安保・防衛政策ではこの防衛大綱の 「専守防衛」 路線が前提とされてきた。 これは日本の軍事的貢献の拡大を要求する米国や、軍需産業の拡大を要求する財界、そして政官界の軍備拡張論者にとっては極めて不自由なものであり、 怨嗟の的になってきた。9・11事件後の小泉内閣に於いて基盤的防衛力構想は一定の転換が試みられたが、 自民党政権はこの全面的な否定に着手することはできなかった。

  動的防衛力構想の特徴は沖縄をはじめ南西重視戦略と島嶼防衛、および弾道ミサイル防衛だ。 これによって、沖縄本島や与那国島など沖縄への陸上自衛隊配備が強化され、全土を覆う地対空ミサイル部隊の配備の強化や潜水艦、 イージス・システム搭載艦などが強化される。これは従来型として否定された 「静的抑止」 と比較して、 「即応性、機動性、柔軟性、持続性、多目的性」 が強調された、専守防衛を超えた 「力対力」 の極めて挑発的な戦略である。 これは北東アジア地域の軍事的緊張をいたずらに拡大するもので、いかように解釈しても憲法第9条とは相容れないものだ。

(4) グローバルな範囲で、戦争をする自衛隊への転換

  防衛大綱は冒頭の 「策定の主旨」 で 「アジア太平洋地域の安全保障環境の一層の安定化……脅威の発生を予防」 「世界の平和と安定……に貢献」 と謳うことで、より明確に世界的規模での安全保障=戦争に日本が関わっていくことを強調、 そのために米国、韓国、オーストラリア等の同盟国およびパートナー国と協力するとのべている。 そして 「PKO5原則等」 の在り方を検討するとしている。制定の過程で、明記は取りやめになったが、 「海外派兵恒久法(一般法)」 の制定や 「武器輸出等3原則の緩和」 が問題になったことも、策定者の意図の在処を示すものとして重要だ。

  米国のQDRが強調する 「地球規模の公共財(グローバルコモンズ)」 の確保のための同盟国、友好国との連携をすすめ、自衛隊がより積極的に、 素早く、柔軟に海外で活動する方向が出されている。相対的に力量が低下しつつある米国の世界戦略を支え、グローバルな規模で活動し、 戦争をする自衛隊の姿が浮かび上がる。

  「武器輸出3原則等の緩和」 については兵器の 「国際共同開発・生産……が先進国で主流になっている。 ……対応するための方策について検討する」 という文言を挿入することで、今回は明記することを見送った。 合わせて、見送った 「派兵恒久法」 もPKO法の 「検討」 と記述した。いずれも今後の導入の道がぬかりなく敷かれていることも見逃せない。

(5) 市民運動のたたかいと今後の課題

  新年1月中旬からの第177通常国会は、菅内閣が内外共に重大な困難を抱えたもとで開かれる。 国家財政の危機の下での予算編成とその成立という課題は、衆参の与野党議席のねじれ状況もあり、容易ではない。 一部で 「大連立」 が語られるのもこうした事態の反映だ。日米関係を揺るがしかねない沖縄の普天間基地の撤去問題は、 沖縄の民衆の県内移設反対の民意の前ににっちもさっちも行かない状態だ。従米一辺倒の外交の下で、菅内閣の東アジア外交は全くの手詰まり状態だ。

  この通常国会では参院憲法審査会 「規程」 の制定や国会議員の比例定数削減、少数政党の切り捨てが再度企てられるだろう。 「大連立」 問題は、改憲派にとっては千載一遇の好機となる。

  第176臨時国会におけるたたかいは、私たちに貴重な教訓を残した。
  市民運動は沖縄の普天間基地撤去、辺野古新基地建設反対のたたかいを全国民的問題としてとらえ、全国で運動化しようとした。 「10月ピースウィーク2010」 などに結集する市民運動は、沖縄県知事選挙をまえにして、10月を全国的共同行動としてとりくむことを提唱し、 普天間基地撤去の全国シール投票などを行った。

  また新安保防衛懇の報告書や防衛大綱の策定の動きに対しては、私たちは国会でのまともな審議すらないもとで、 30数年来の安保・防衛政策が民主党の一部と政府の密室協議で決められることは許せない、 9条を破壊する武器輸出3原則の緩和をはじめとする新防衛大綱は認められないと主張した。 そして、民主党の外交安保調査会の議論に積極的に関与するロビー活動などをくりひろげ、民主党のリベラル派や社民党などに働きかけ、 その動きに呼応しながら国会での行動を作りだした。これらの動きは最終的に社民党、 民主党の党首会談で 「武器輸出3原則等の緩和」 が見送られることになったという成果を上げた。

  部分的な成果ではあるが、決してあきらめずに、さまざまな可能性を見逃さずにたたかいを組織することの重要性があらためて証明された。

  2011年、私たちは第177通常国会冒頭に予定される院内集会を皮切りに、 2月5〜6日の大分県における 「第14回 許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会 in 大分&日出生台」 を成功させ、いっそう奮闘して、 憲法の改悪を許さず、憲法を生かし、実現する運動を組織して奮闘しなければならない。

「新防衛大綱批判」 関連論文
@:市民連絡会ウェブサイト 「『政権交代』 を機に、安保・防衛政策の基本的転換をねらう安保防衛懇報告書の 『平和創造国家』 論の危険性について」 (高田健 9月4日)』。
A:9条のタガを緩め、憲法解釈の突破を企てる民主党・新防衛大綱(「私と憲法」 115号 高田健 11月25日)
B:70年代以来の安保・防衛政策大転換の企て〜「新安保防衛懇報告」 から 「防衛大綱」 策定の動きにみる重大な危険性(「私と憲法」 114号 高田健  10月25日)
C:第53回市民憲法講座(要旨) 「参院選後の新しい状況の中での憲法問題と市民運動の課題」 (「私と憲法」 113号 9月25日)