2011.1.30

高田健の憲法問題国会ウォッチング


日米安保の再々定義をめざす菅首相訪米と共同文書作成の危険性

  菅直人首相はこの春にも訪米し、「日米同盟の深化に関する共同文書」 を米国との間で取り交わす予定にしている。
  一昨年9月の劇的な政権交代で民主党政権が誕生し、従来の日米関係を見直す動きが始まって1年半が過ぎた。 この間、すでに半年余にわたって政権を担当してきた菅直人首相は、日米関係においても早々と逆走し、 鳩山政権時代に揺らいだ日米関係を、再度いわゆる日米同盟の強化と深化を進める方向で走っている。

  すでに古くなってしまった感があるが、政権交代を実現した民・社・国 「3党政策合意」 は、その外交安保の部分で、以下のように述べた。
  「自立した外交で、世界に貢献=国際社会におけるわが国の役割を改めて認識し、主体的な国際貢献策を明らかにしつつ、 世界の国々と協調しながら国際貢献を進めていく。…… ▽主体的な外交戦略を構築し、緊密で対等な日米同盟関係をつくる。 日米協力の推進によって未来志向の関係を築くことで、より強固な相互の信頼を醸成しつつ、沖縄県民の負担軽減の観点から、 日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む  ▽中国、韓国をはじめ、アジア・太平洋地域の信頼関係と協力体制を確立し、東アジア共同体(仮称)の構築を目指す。……」。

  当時、鳩山首相はこの方向にそって、沖縄の米軍普天間基地の移転を 「最低でも県外、できるだけ国外」 の方向で進めようとするなど、 対等な日米関係の構築と 「東アジア共同体」 の実現の方向へ、従来の日米関係の見直しを進めようとした。 しかし、この政策は、危機感を抱いた米国と日本の財界、国内の守旧派勢力の一斉攻撃にあい、あえなく転換を余儀なくされた。 2010年5月、普天間基地の辺野古移設などの 「日米合意」 を取り決めるにいたって、社民党は連立政権を離脱し、鳩山由紀夫氏は首相の座を降りた。

  あとを次いだ菅直人首相がとった道は、前記の 「政策合意」 無視、総選挙における民主党のマニフェスト放棄、 旧自民党政権時代の日米外交への逆走だった。菅首相は鳩山時代にギクシャクした財界、米国との関係の修復に懸命につとめた。 普天間・辺野古の 「日米合意」 を 「継承」 しただけでない。、菅内閣のもとでつくられた 「新防衛大綱」 は、度はずれの対米追従路線であった。 前原外相や北沢防衛相らは、従来の専守防衛・基盤的防衛力構想を転換し、 米国の新戦略に呼応して 「動的防衛力」 と称する中国・北朝鮮敵視の日米韓軍事協調を推進した。 そして弱い者いじめの 「構造改革」 で日本経済をめちゃくちゃにした小泉純一郎の新自由主義路線に回帰するかのように、 法人税を減税するなどして財界との癒着を強め、消費税の大幅増税、環太平洋連携協定(TPP)への参加などの政策を推し進めつつある。

  この菅首相が訪米し、日米共同宣言をだすという。もともとこの共同文書の構想は、 昨年の鳩山政権時代に 「日米安保条約改定50周年」 を契機に発表しようとしたものだ。これがあのギクシャクで先送りされた。

  今年は1951年9月8日の旧安保条約調印から60周年になる。これが1960年1月19日、改定調印され、 その第10条は、改定後10年を経過した後からは日米どちらかが終了通告すれば、その1年後に失効することとされた。

  1978年11月、日米両国は 「日米防衛協力の指針」 (ガイドライン)に合意、安保条約の実質的改定を行った。 それはシーレーン防衛などの口実で自衛隊の海外での戦闘を容認し、日米共同作戦計画が作成された。 それでも当時の防衛大綱はこれを 「基盤的防衛力構想」 と呼び、防衛予算を 「GNP比1%以内」 とするなどの枠を設けていた。

  さらに冷戦体制終了後の1996年4月には事実上、再度の安保改定に匹敵する日米安保共同宣言を発表、安保の再定義が行われ、 97年9月、日米防衛協力の指針の見直し(新ガイドライン)が改定された。このもとで日米安保は新ガイドライン安保=アジア太平洋安保へと変質をとげた。

  これら実質的な条約改定がガイドラインによって行われたのは、条約改定問題を持ち出せば広範な民衆の反撃を受けることをおそれたからと言われる。

  今回、菅首相訪米に際して企てられている日米共同文書は、日米安保の再々定義とでも呼ばざるをえないような、 新ガイドライン安保をさらに再定義するという、日米関係の歴史を画するものであり、戦争の危険を招くものだ。

  今年2月1日に米国防省の 「4年ごとの国防見直し」(QDR)報告が発表された。日米安保を、このオバマ政権の新世界戦略のもとで、世界認識を共有し、 グローバルな規模で米国と共同歩調をとるようにすることが狙いだ。 とりわけ新防衛大綱に見られるように、アジア太平洋をめぐる米国と中国との覇権争いにおいて、日本をその対中戦略にしっかりと位置づけ、 従来の基盤的防衛力構想を脱して、戦争遂行能力を持つ「動的防衛力」 の構築に努めようとするものだ。 そのために、米日韓軍事協力を緊密な同盟化し、オーストラリア、インドなどとの多国間連携を推進する、こうした方向に 「日米同盟」 を飛躍させようとしている。

  加えて、いま野党・自民党が検討している安保改定は、「双務的な日米同盟」 をめざし、 集団的自衛権の行使を前提に日米双方が太平洋地域で共同防衛義務を負う一方、在日米軍基地の提供義務を安保条約から削除するなどとしている。

  『産経新聞』 は、その社説(主張:「安保再改定し 強い同盟を」 1月4日)で、 「民主党政権下で日米同盟の空洞化が進み、……安保体制の弱体化が誰の目にも明らか」 になっているとして、「集団的自衛権の行使、非核3原則見直し、 安保条約再改定は、日米同盟を立て直して新たな出発をするために不可欠な3本柱といえよう」 と安保再改定を主張している。

  政治の閉塞状況から政界の 「大連立」 などが模索され、国会議員の比例区定数削減が政界再編と合わせて語られる永田町の状況は、 これら与野党の安保をめぐる動向が急速に合流する可能性を否定できない。

  菅首相の訪米で 「日米共同文書」 が安保改定問題にどこまで踏み込むことができるかは別として、 これらの人びとがめざす方向は共通のものであるだろう。1月からの通常国会で、 自民党と民主党が共同歩調をとった参議院の憲法審査会規程の制定の動きがあるが、 憲法審査会の始動=改憲の動きと安保再々定義の動きは一体のものと見ておかなくてはならない。

  私たちはこれらの戦争の危険を招く安保再々定義、軍事力による抑止をめざした日米同盟の強化の道に反対し、 普天間基地の撤去など在日米軍基地の縮小撤去、および民主党が衆院選マニフェストで公約した 「東アジア共同体」 の実現を要求し、 日米安保の抜本的見直し(廃棄)と平和で友好的な 「もうひとつの日米関係」 の構築をめざして行動しなくてはならないだろう。
(「私と憲法」 117号所収 高田健)