2013.3.1

高田健の憲法問題国会ウォッチング


安倍首相の改憲戦略、96条から、9条へ

  安倍晋三自民党総裁は衆院選で大勝した開票日直後の12月17日、記者会見でこう発言した。 「(前回)国民投票法(改憲手続き法)で 憲法を変えるための橋を架けたので、いよいよ国民みんなで橋を渡り、最初に行うことは改正要件を定めた96条の改正だ。 憲法改正は逐条的にしかできないからだ。3分の1をちょっと超える国会議員が反対すれば、 国民が指一本触れることができないというのはあまりにもハードルが高すぎる。……今の段階では(憲法改正の発議には)3分の2は必要だ。 ……参院では(現有議席は)程遠い。次の参院選で果たして(3分の2の議席確保を)達成できるかどうかわからないが、努力を進めていく。 日本維新の会やみんなの党も基本的には96条(改正)については一致できるのではないか」 と。 彼はいま、この改憲戦略にもとづいて参院選の勝利とその後をめざして準備を進めている。

  96条の改憲の必要性について、安倍首相と同様に頑固な明文改憲派で知られる評論家の桜井よしこ氏は 「3分の2から2分の1以上への緩和はまた、ルールの民主化と公正化をもたらし、憲法は真の意味で国民に近くなる。 これまでは3分の2規定ゆえに改正の可能性は現実問題として限りなくゼロに近く、国民の手に届かないところにあった。 結果として、憲法への無関心や無責任が生じてきた面もある」(『週刊新潮』 2011年6月9日号)などと説明している。

  この桜井氏や安倍首相の説明は事実ではない。 日本国憲法よりも厳格な改正手続きを定める米国憲法(連邦議会両院の3分の2多数で改憲案が議決されたうえで、 合衆国全体の州の4分の3の賛成が必要)やスイス憲法のもとでも、憲法改正がしばしば行われている。要は主権者国民が改正の必要を求めているかどうかだ。 日本国憲法が改憲の発議要件を3分の2にしたのは、改憲が過半数で成立した政権与党が提案すれば発議できるのではなく、野党の多くも賛成できるような、 合理的な議論に落ち着いたうえではじめて発議できることを想定している。 ここには一部の政権政党が暴走して、最高法規としての憲法に手を付けることを避ける狙いがある。 自民党の改憲草案などが非常事態条項で人権を制限する方向を出しているように、時の権力によって人権があやうくされる場合がある。

  他方、「国会の過半数にするといっても、さらに主権者国民の意思を表明できる国民投票があるではないか」 という主張がある。 しかし、かつてドイツのヒトラーが国民投票をファシズムに利用したように、国民投票は万能ではない。 独裁権力が国会の過半数で発議して、例えば偏狭なナショナリズムなどの特別の政治的な空気を醸成することに成功すれば、 国民投票は少数派の基本的人権の弾圧に利用される 「プレビシット」 と呼ばれる危険に陥ることすらありうる。

  日本国憲法がこうした危険をも想定して、権力者の暴走にタガをはめていることは正当であり、民主主義と人権を守り抜く固い決意の表現なのだ。

  安倍首相らのめざすところは、故意にこの点をゆがめ、自民党改憲草案がめざす 「天皇を元首に戴いて、国家緊急権で人権を抑圧しながら、 国防軍で戦争をする国」 にむかって、まず96条改憲で、有権者に改憲慣れをさせることに狙いがある。 第1次安倍内閣では、究極のターゲットである第9条改憲に向かって急ぎすぎたという反省が、安倍氏にはある。 そこで今回は段階を追って、改憲をすすめようとしているのだ。

  しかし、維新の会の橋下徹共同代表は 「(この通常国会に)憲法96条の改正案は恐らく維新の会とみんなの党が共同で出していくかと思うが、 そのときに、民主党の中は(意見が)分かれるのではないか」 と語り、民主党の分裂を促した(2013年2月21日記者会見で)ことに見られるように、 参院選の前に改憲案が国会に上程される可能性がある。これは橋下氏が狙うように、民主党が分裂することなくして成立しえないことは明白だ。 安倍は、時期尚早として、ここで強行せずに参院選後に持ちこむ可能性がある。

  安倍首相にはもうひとつの改憲願望がある。それは歴代政府の伝統的憲法解釈を変えて、9条改憲を実現する前に集団的自衛権を行使できるようにすることだ。 そのために 「国家安全保障基本法」 を制定し、集団的自衛権行使の合憲解釈を法制化しようと企てている。 すでにその解釈を権威づけるための第2次 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」 も動き出した。これも9条を台無しにする解釈改憲だ。

  安倍首相はこの安保法制懇の答申に基づいて、参院選後にはまずこれに着手しようと考えているようだ。 つづいて第99条になる。私たちはこれらの安倍首相の危険な狙いを食い止めるために、いまこそ力を尽くさなくてはならない。
(「私と憲法」 2月25日号所収 カトリック正義と平和協議会ニュースレター
「JP通信」 3月号寄稿原稿に加筆 高田健)