2013.4.29

高田健の憲法問題国会ウォッチング


立憲主義の破壊と、
9条など憲法の全面的改悪への突破口としての96条改憲論


  昨年末の衆院選を経て、いま安倍首相や自民党など改憲派のなかから、96条改憲論が堰を切ったようにあふれ出している。 マスメディアもそれぞれにこれを論じ、また様々な人びとがこれに対応して動き出すなど、参院選後をにらんで96条改憲問題が急浮上している。
  安倍首相は4月15日、読売新聞のインタビューで、憲法改正に向けた事実上の 「工程表」 を明らかにした。それは以下のようなものである。

  (1) 夏の参院選で勝利し、改正に前向きな3分の2の勢力を確保 〈2〉 幅広い支持を得やすい96条の改正に着手  〈3〉 集団的自衛権の行使に関しては憲法解釈の変更で対応――というものだ。 ……首相はインタビューで、憲法改正を志向する理由として、「制定から60年以上が経過し、中身が時代に合わなくなっている」などと強調。 米国で6回、フランスで27回、ドイツで58回(いずれも昨年4月現在)それぞれ憲法改正が行われたことも指摘し、 憲法を 「不磨の大典」 として扱っている日本がいかに異例であるかを訴えた。 ……首相が、憲法改正の発議要件を定めた96条の改正を先行させるのは、日本維新の会やみんなの党など幅広い支持を得る手応えを強めているからだ。 維新の会の橋下共同代表は、96条改正に賛同する考えを表明しており、首相もインタビューで、9日に橋下氏と会談した際、 「(96条改正に関する)基本的な認識は一致できた」 と明らかにした。(4月16日  読売新聞)


  安倍首相は明文改憲を96条から始めることとあわせて、集団的自衛権の憲法解釈の変更をすすめるという両面作戦に取り組もうとしている。
  本誌はこの間、集団的自衛権の憲法解釈の変更の問題点は幾度も論じてきた。 そして、96条改憲論についても、すでに 「市民連絡会」 はリーフレット 「ガンバルクイナの96条改憲 知ってる?」 を発行し、問題点を指摘してきたが、 本稿では改めて安倍首相らが企てる96条改憲の問題点を以下の4点に整理して批判しておきたい。

  第1に、96条は日本国憲法の立憲主義の欠かすことのできない一部を体現するものであり、この改憲は憲法原則の破壊であること。
  第2に、改憲派のいう憲法を 「不磨の大典」 とするのではなく、 「憲法を国民に身近なものにするため」 などという説明はためにするインチキな改憲論であること。
  第3に、安倍首相らの96条改憲論は、多数派獲得のために 「何のための96条改憲か」 という目的を隠した 「野合」 であること。
  第4に、96条改憲は有権者に 「改憲慣れをさせる」 ことで自民党の改憲草案に基づいた憲法の全面的破壊に向かうための第1歩であり、 予行演習であること。


  安倍首相が狙う96条改憲論は、「(発議には衆参各院の3分の2以上の賛成が必要なため)、国会議員の3分の1超があれば阻止できるのはおかしい。 国民を信頼していないのか」(前出読売新聞)という論理で、改憲の発議を両院の過半数の賛成に変えるというものだ。 過半数にすれば、政権党が自分に都合の悪い条項について、ひんぱんに改憲の発議ができることになる。 これはそもそも憲法とは何かという原則の問題になる、近代の立憲主義は 「憲法とは国民が、ともすれば暴走しがちな権力をしばるもの」 と考えている。 この立場からすれば発議に3分の2が必要という規定は少しもおかしくない。 権力に対するくびきを外すことにもなりかねない改憲の発議は、議会の多数派である政権与党だけでなく、 野党の一部も含めた熟議による国会の大多数の支持がなくては不可能になっている。
  安倍首相はこの問題を 「国民を信頼していないのか」 等として、議論をすり替えている。国会の熟議があってはじめて、国民が熟考する機会が保障される。 また歴史が教えているように国民投票一般がすべて真に国民の意思を表現するとは限らない。 国民投票が実質的に権力者の意志に対する信任投票的な役割を果たすプレビシットの危険性が在ることは重大な問題だ。 安倍首相が 「国民を信頼していないのか」 などという言辞を弄するとき、プレビシットの危険なにおいが強くする。 国民投票制度があるから、発議は国会の過半数でいいのだという議論はこの点で問題のすり替えというべきだ。


  安倍首相は 「制定から60年が経過し、中身が時代に合わなくなっている」 として、米国で6回、フランスで27回、ドイツで58回憲法改正が行われている、 日本の憲法は96条のせいで改憲しにくい 「不磨の大典扱い」 であり、異常だと強調する。これを変えれば憲法は国民に身近なものとなるという。
  しかし、ドイツの憲法には、日本では法律で定めるような条項も含まれているおり、単純に改憲の回数で比較できない。 米国憲法の改正手続きは 「両院の3分の2以上か、3分の2以上の州議会の要請による発議」 で、「4分の3以上の州における承認」 が必要とされており、 改憲手続きは日本の96条よりもずっと厳しいものになっている。国会の議決を3ヶ月の期間を経て2回(イタリア)、 あるいは総選挙を経て2回(デンマーク)としている国もある。
  総じて、世界のほとんどの国々の憲法が硬性憲法(通常の法律より厳重な手続きを必要とする憲法)であり、 ことさら日本だけが 「不磨の大典」 扱いで変えにくいのではない。国民が改憲の必要を認めず、諸外国で改憲を必要とされたような世論が、 日本ではなかっただけのことだ。


  安倍首相は 「連立を組む公明党の理解を得ながら、日本維新の会をはじめ(96条改憲に)賛成の方々の広い支持を得て成立できれば」 という。 しかし、安倍首相は96条を変えてどうするのかを必ずしも明らかにしない。 民主党からは96条先行改憲論にたいして、「メニューはないがとりあえずレストランに入って、という話だ」 との批判がされたが、 安倍首相は自民党の憲法改正草案がメニューだと居直った。しかし、果たしてそうなのか。
  96条を変えて何をやるのか。維新の会は石原共同代表らの9条否定論を容認しながらも 「96条改正は道州制導入のため」(橋下代表)というし、 みんなの党のめざす改憲は 「統治機構の改憲」(渡辺代表)であり、公明党は96条改憲が9条改憲と一体なら賛成でできないと言っている。 自民党の改憲草案のように、「天皇を元首に戴き、国防軍をつくり、緊急事態条項で人権を制限しながら戦争する国」 をめざすのであれば、 これらの党はすぐには96条改憲に賛成できないから、出口を曖昧にしているのではないか。 目的を明らかにしない改憲論は野合論であり、インチキだ。 自民党の石破幹事長は、こうした批判を想定して、4月13日、テレビで 「96条改正は将来の9条改正が視野に入っており、 国民はそれを念頭において投票していただきたい。9条はこのままだという思考停止がずっと続いていいのか」 などと正攻法の発言をしたが、 自公連立や、部分連合をすすめようとする自民党全体の意向ではないだろう。


  安倍首相は 「占領軍によって締められたカギを開けて、国民の手に憲法を取り戻す」 という。 多くの国民は改憲論は9条改憲につながると見抜いて、戦争反対の願いから改憲に反対してきた。 憲法成立以来、一度も改憲がされて来なかった最大の理由はここにある。これが自民党がその結党以来願ってきた改憲の大きな壁になっているのだ。 安倍首相はその広範な人びとの警戒心を、96条改憲から始めて、打ち壊し、改憲馴れさせようというのだ。
  来る参院選挙を経て、安倍首相はなんとしても衆議院同様に改憲派を3分の2以上にして、改憲の道を具体的に切り開こうとしている。 その後に続くのは96条改憲の発議と、国民投票であり、さらには9条改憲だ。 この96条改憲を阻止できるかどうかは、 戦後の日本社会における日米安保体制と平和憲法体制の並立と相克に、どのような決着を付けるのかの天王山となっている。
  私たちは全力を挙げて、安倍内閣の96条改憲の野望を打ち砕き、第一次安倍内閣が自壊させたように、安倍改憲政権を打倒しよう。
(「私と憲法」 2013年4月・144号所収)