2013.5.26

高田健の憲法問題国会ウォッチング


96条改憲で動揺する安倍首相、
当面の改憲動向を左右する参議院選挙と、その後の展望

  安倍首相は 「アベノミクス」 などの宣伝による与党への支持を背景に、96条の改憲から、自民党改憲草案実現へ乗り出そうとしている。 96条を変えるためには96条が規定する両院の総議員の3分の2以上の賛成で発議し、国民投票にかけるという2つのハードルを越えなくてはならない。
  しかし、年初以来、96条改憲で突っ走ってきた安倍首相の発言がこのところ、トーンダウンしていると言われる。 安倍は 「多くの党派が96条改憲で一致している」 などとして強気の発言を繰り返して来たにもかかわらず、 連立政権の一方の公明党が 「96条先行改憲」 に消極的であるだけでなく、 96条改憲では同盟軍的位置にあった日本維新の会が橋下共同代表の 「慰安婦問題」 に関する暴言などで勢いが急落し、 同様の位置にあったみんなの党も独自色を強めている。 そればかりか自民党憲法改正推進本部長代行の船田元・衆院憲法審査会筆頭幹事ら党内からも 「96条先行改憲論」 に疑問がだされ、 この間、有識者として自民党の改憲論を支えてきた小林節、中西寛、岡本行夫などの右派論客からも96条先行改憲論への批判が噴出している。 そしてなにより、朝日、読売、毎日などの各紙の世論調査が(NHKを別にして)軒並み96条改憲反対が多数であることを示したことだ。 安倍首相は 「議論が深まっていない。このままでは国民投票で負ける」 などと不安を口にし始めている。
  しかし、たとえば産経新聞の 「主張」(5月17日)が 「憲法96条改正はどうした」 という題の文章を掲げるなど、安倍の取り巻きの極右勢力は後退を許さない。 安倍は深刻な矛盾の中にあって、追いつめられる不安に苛まれながらも、 高市早苗自民党政調会長らが 「96条改憲先行を参院先行役に盛り込まないかも知れない」 などと動揺する中、いまのところ改憲の道を進もうとしている。 もしかしたら安倍は 「安倍自身が安倍政権の最大の弱点」(柳沢協二・元内閣官房副長官補)といわれる負のスパイラルに陥りつつあるのではないか。

  先の総選挙の結果、衆院では96条の改憲に賛成の自民が294議席、維新が54議席、みんなの党が18議席で、計366議席で、 3分の2の320議席を超えている。参議院は非改選の121議席中、自民、維新、みんなを合わせると半数弱の60で、 これに改憲支持の新党改革と自民系無所属の3を加えても、参院全体で3分の2を得るには、今回の参院選の改選議席で99議席以上が必要である。 この数字は改憲派にとっても容易ではない。明らかなことは、民主党内の改憲容認派の動きに加えて、96条改憲に消極的な公明党の動向が、 参院での3分の2議席を大きく左右するということだ。
  逆に言えば、参議院選挙で、96条改憲反対派、消極派が3分の1以上を獲得できるかどうかである。 5月1日に発表された産経新聞の試算は、昨年の衆院選の比例代表選挙の得票率を基礎にしたシュミレーション (参院選を総選挙の結果で試算するのはあまりに非現実的だが)では、公明党抜きでも、民主党から3人以上合流させれば3分の2に届くとしている。 中間的な公明党や、民主党内の動揺的な傾向の部分が確固とした立場に立てるかどうか、市民の側からの働きかけが決定的である。
  この点で、最近、連立政権を重視する公明党幹部たちから 「改憲の中身によって固く守るべきものと、柔らかくしていいものとがあるかも知れない」 などという話がリークされているのは警戒を要する。要するにこれらの公明党の幹部は憲法3原則に関しては3分の2が必要だが、 その他は過半数で良いと言いたいようである。これなら、例えば安倍らが 「憲法3原則は変えない」 と約束すれば、 96条を変えてもいいという話になりかねないのである。そして、安倍がこのように 「約束」 することは容易にあり得ることである。

  目下の緊急の課題は参議院での改憲派による3分の2以上の議席の獲得を阻止することである。これはあらかじめ不可能だとあきらめるべきことではない。 96条改憲阻止の民衆の運動を可能な限り広範に生み出し、改憲阻止を追求することが必要である。
  参議院選挙を経て、その結果の上で、さらに熾烈な国会における中間派の獲得合戦が双方から始まることになる。 この帰趨を左右するのは世論であり、それをつくり出す大衆的な運動である。
  その上で、万が一、第1のハードルが越えられて改憲の発議がされたら、第2のハードルの国民投票で止めることである。 改憲を許さないためには、これに勝利し抜かなくてはならない。
  当面の参院選で負けないためにも、また万が一の場合には国民投票で勝利するためにも、国会外での運動の強化が決定的な役割を果たすことになる。 96条改憲反対の民衆運動を全国津々浦々で組織し、世論を高め、世論で改憲派を包囲し、中間派を包み込むことこそ決定的である。

  安倍は乱暴な金融緩和政策で経済のテコ入れをはかるという新自由主義 「改革」 で 「アベノミクス」 の 「3本の矢」 の演出を前面に出し、 大企業を優遇し、矛盾と犠牲を労働者や貧困層にしわよせしながら、経済の危機を切り抜けようとしている。 目前の参院選は、マスメディア対策によって補強しながら、これで支持を手に入れようとしている。 しかし、経済回復を期待する多くの民衆にとって、その実感は得られていない。安倍はここでもきわめて不安定な土台の上に立っているに過ぎない。

  東日本大震災と福島原発の大事故は未だに収束することがないし、多くの人びとが放射能の被害と恐怖の下で苦しんでいる。 脱原発の声は全国で継続されている。2月の訪米で米国に差し出したTPP加入の犠牲を被る人びとは膨大な数に上る。 沖縄をはじめ基地の重圧は多くの人びとを苦しめている。石原慎太郎が火を付けた尖閣諸島問題など、東アジアの緊張は深刻で、 靖国や 「侵略」 発言問題、河野談話、村山談話の見直し発言など、安倍は欧米や東アジア諸国から 「偏狭なナショナリスト」 と見られている。
  内外の状況は安倍政権にとって必ずしも有利な局面にはない。 安倍首相らがこのような危機の中で96条改憲をはじめとする改憲に活路を見いだそうとしていることを許してはならない。 私たちは、いまこそ、96条改憲から9条改憲への道に反対する大きな運動と世論をつくり出し、この安倍政権を追いつめる必要がある。
(「私と憲法」 145号所収)