2007.9.21


9月14日の国連総会での世界先住民族の権利についての論考
伊知地亮

  日本時間14日、世界中にいる先住民族3億6千万人にとっての新たな時代が到来しました。

  国連総会で 「世界先住民族の権利に関する宣言」 が全加盟国中143カ国の賛成、4カ国の反対、11カ国棄権の圧倒的多数で採択されました。 ちなみに日本は反対だと勝手に思い込んでいましたが、何と賛成しました! (でもそこにはまた別の裏話があります。後述) 宣言は20年以上の期間を経て数多くの先住民族の努力のおかげで成立しました。 国連の歴史の中でも市民が勝ち取った非常に大きな勝利の一つとして歴史の残ると思っています。

  端的に 「何を宣言したのよ?」 という問いへの答えは:

  「国連憲章、及び世界人件宣言に基づき 「先住民族」 の人権に関わる世界の憲法が制定された。 その内容として先住民族の人権を守るために加盟国及び全ての市民が守るべき共通のルールと基準が策定された。」

  つまり、今までそれぞれの先住民族問題というのを抱え、各々に戦ってきたのですが、それに対して世界共通の普遍的な 「先住民族の権利」 がまとまったのです。 そして、世界は 「先住民族の権利」 の尊重、及び過去の歴史を清算していくことを具体的目標として求めたということになります。 安保理決議ではないので加盟国にとって拘束力はない形ではありますが、加盟国全てに対しての 「義務」 が先住民族問題に対して科せられ、 先住民の普遍的な 「権利」 が明確に定義されたという、先住民族にとっての歴史的勝利なのです!  今までは各々の先住民族が権利を主張してきたのが、より普遍的な権利としてこの宣言を用いることで訴えることが出来るようになりました。 先住民族の必要とする 「人権」 として権利を訴える事が出来るようになったという意味では、新しい時代の幕開けと言ってもおおげさではないと思います。

  これを各国裁判所が宣言の諸権利を尊重していけば国際慣習法として通用するし、結果的には国際社会を 「縛る」 役割も持ちます。 国際連合という世界の問題に取り組む組織が、第二次世界大戦が終結してから主に戦勝国を中心に作られました。 その究極の象徴が安保理の常任理事国が、実は世界の殆どの武器を製造している国でもあります。 日本含め当時の敗戦国、弱小国の意見が反映されにくい権力構造になり、必ずしも 「世界」 の問題を 「世界」 が解決出来ないという矛盾の中、 それ以上に加盟国自身が抑圧してきた先住民の声を代弁してこれず、ないがしろにされてきました。 故に宣言が採択されるまでに20年以上もかかったとも言えると思います。 また、反対した4カ国はそういう意味で多くの先住民問題を抱えるアメリカ、カナダ、ニュージーランド、 オーストラリアという皮肉にも西洋諸国で先住民問題を抱える加盟国、 中でもカナダとニュージーランドという 「先住民問題先進国」 のように謳っている国が並んだことは、皮肉にも現実を突きつけていると思います。

  先住問題常設フォーラムの議長ヴィクトリア・コルバスが、「宣言により、国連憲章の最初の文言の 「We the people、(私たち人民は)」 の中に、 全世界3億6千人の先住民族が含まれた。」 と声明を発表したのは、上記の経緯を踏まえての極めて正確な発言だと思います。

  さてそんな宣言内容とは、今確認してる限り日本語訳はまだ出ていません。国連公式言語でのみ見つけられます。 なので自分なりに重要ポイントを、46条からなる宣言から抽出して以下に明記します。 少しでも先住民族問題に関わった人なら、その文言が国連総会で採決された記述と考えると血が沸き立つ興奮を覚えるはずです。

  英語訳は: http://www.un.org/esa/socdev/unpfii/en/declaration.html

  要約すると今まで先住民族が主張していた基本原則の以下を国際的に定義出来たということです。
    土地に対する権利
    集団的自決権
    文化、言語を維持、発展する権利

【前文冒頭から重要な記述のみ翻訳】 ※僕の主観で重要な点は決めています。
※前文はその後に続く各条に対する前提事項を明記している部分です。なので背景、認識を明記します。

・国連憲章に基づき、その憲章を守り全うする加盟国は以下を宣言する。

・先住民族が全ての人民と同様の権利を保有し、また全ての人民が各々違い、違いを認め、違いを尊重することを前提にする。

・人民の国籍、人種、宗教、文化に基づいた優劣を築いた政策、決定が明確に差別主義であり、科学的に誤っていて、 法的に不当で、モラルからも非難されるべき前提と社会的不正義との認識の元。

・先住民族が植民地化により、土地や資源を奪われるなど 「歴史的な不正義」 で苦しめられてきたことを前提に。 民族の発展に不可欠な集団としての権利を有すると強調する。

・先住民族は歴史的不正義に苦しめられ、その結果として植民地化による固有の土地・資源からの追い出し、 故に起きる先住民にとっての発展や生活を妨げられた事実に深く憂慮する。

・先住民の知識、文化は持続可能で自然と調和した開発を保てるという認識を再確認する。

・先住民の家族やコミュニティの権利として子孫への先住民族としての教育、自覚形成、を有しており、それは 「子供の権利」 と同義であることを確認する。

・先住民はあらゆる国際法で理解されている全ての人民と同様の人権を差別されることなく有しており、 同時に先住民としての存続、健全且つ公正な発展を遂げるための集団的権利を有する

1条   先住民族は個人としてまた集団として国連憲章、世界人権宣言、国際人権法に記されている全ての人権を享受できる

3条  先住民族は自身の政治的立場を策定出来、その前提としての経済、社会、文化等に関わる発展を遂げる自決権を有する。

5条  先住民族は自身の政治、法律、経済、社会、文化的な期間を設け発展する権利を保有する。 しかし、先住民族が選択する限り、現状での国家に帰属した政治、社会、文化への制約なき参加も出来る

8条 2項  国家は以下を抑止し、また現状を改善するための効果的な手段を取る必要がある
A) 先住民族の民族、文化的価値を分断・破壊する意図を持った行動
B) 先住民族の固有の土地、領土、資源から追い出す意図を持った行動
C) 先住民族の権利を侵害するいかなる強制移動の行使
D) いかなる同化政策
E) いかなる差別のきっかけを目的としたプロパガンダ

10条  先住民族は固有の土地からのいかなる強制的な移住を受けるべきではない。 該当する先住民への事前協議が行われたインフォームド・コンセントなくしての移住は行われるべきではなく、 仮に行われた際には公正な補償が支払われ、可能であれば戻る権利を有する。

19条  国家は独自の期間を設けて先住民族に影響を及ぼす可能性のあるあらゆる決定を行う前に、事前に協議が行われる必要がある

25条  先住民族は必要とされる土地、領土、水、海岸や他資源を用いた自身の信仰を執り行え、発展できる権利を有する。

26条  1項:先住民族は過去に所有、占有、使用していた固有の領土、土地、資源への権利を保有する
2項:先住民族は伝統的な土地の保有制度、また伝統的に利用してきた土地、領土、及び資源を所有、使用、開発、また管理する権利を有する。
3項:国家は該当する土地を法的に認め、守る義務を負っている

28条  1項:先住民族は過去に所有していた土地や資源で事前に合意なくして奪われたものに対する公正な補償を受ける権利を有する

29条  1項:先住民族は自身の土地、領土、資源を保全し守る権利を有しており国家はその遂行に向けて必要な補助をする義務を負う。

30条  国家は目に見える脅威や事前合意なくして、先住民族の固有の土地ではいかなる軍事的行動を取ってはならない。

33条  先住民族は自身の伝統と生活様式を元に自身の定義や民族範囲を定める事が出来る

38条  国家は先住民族と協力、相談しながら目標策定及び法制化を進めることでこの宣言の終結、解決を目指さなくてはならない。

39条  先住民族はこの宣言内容を全うする上で必要な財政、技術支援を国家または国際的に享受出来る権利を有する

43条  この宣言で認められている先住民族の権利は彼らの存続、尊厳を守る上での最低限必要とされているものである

46条  この宣言内容を行使するに当たっていかなる国連憲章に基づいた加盟国の主権を奪うものではなく、また独立国家の分断に用いられてはならない

  さて、そんな宣言が採択され日本も賛成したが、これを日本での現状と照らし合わせてみましょう。

  日本には 「アイヌ民族」、また場合によっては 「琉球民族」 を先住民族として捉えることが出来ます。 とりわけアイヌ民族は明確に国際的にも先住民族として認知されています。 では日本はこの宣言に賛成をしている加盟国としてどのようなステップを今後踏まなくてはいけないのか。 実は、現状でいうと殆ど何も取る必要がありません。なぜなら現状での政府は 「アイヌ」 を先住民族として未だに認めていません。

  その理由として:
*先住民族の定義が国際的に明確になされていない
*関係省庁が多数にのぼり、それぞれの意見が出されている
*個人を権利の主体とする現行憲法との整合性

  等を理由に、「アイヌ民族が先住民族であると結論を下せる状況にない。」 というのが今の公式見解です。 またアイヌの保護を目的として唯一施行されている国内法 「アイヌ文化振興法」 は成立10年を迎えましたが、 この法律はアイヌ民族を先住民族と認めず、アイヌ文化の保護のみを目的としています。 「民族」 として認めず 「文化」 のみを認める矛盾がこの宣言の採択により、より明確にでてきたと言えると思います。

  なので今回の宣言に賛成したのは、あくまで 「世界の先住民族」 に向けてであり、今も日本国内には先住民族はいないという認識の元なのです。 それが本当に正しいのか、僕及び大多数のアイヌ関係者の意見ではそれは全く間違っており、且つ整合性のない見解だと思います。

  例えば以下:
*アイヌ民族が先住民族であることは、「二風谷ダム裁判」 の札幌地裁判決でも認定されている
*12年前に設置した 「ウタリ対策のあり方に関する有識者会議」 でもアイヌ民族の 「先住性」 と 「民族性」 が認められている
*1910年の帝国議会での法案審議では明確に今の北海道が台湾、樺太 (サハリン) 同様、日本の植民地と認めている
*1911年に米、ロ、カナダと日本との間で結ばれた 「オットセイ保護条約」 において、 「アイヌ」 を 「アリュート」 や 「インディアン」 と同じく 「土人 (先住民族)」 と位置づけ、それらと同等の狩猟権を認めている

  しかしそれと同時に、それ以上に何よりももしアイヌ民族が先住民族であると結論を下せないならば、 いったい1899年から1997年まで施行されていた 「北海道旧土人保護法」 は何だったんだ?!  何故、貧困にあえぐ 「旧土人」 (アイヌ) に対する保護を名目として土地、医薬品、埋葬料、授業料の供与などが定めたのか。 そして、それを名目に何故、農業用地の供与を名目に共有地を奪ったのか。何故、狩猟民族であるアイヌを農業に従事させようとしたのか。 何故、アイヌの文化を 「遅れたもの」 と看做し同化を強要したのか。

  何故、先住民族と認められないのであれば、こんな土地の供与による農耕民化・同化の推進、共同的土地所有の近代的土地所有への強制的転化を行ったのか?  そんな 「北海道旧土人保護法」 が、100年近くも1997年まで法律としてこの国に存在したのか?!  そして、そんな同化政策が行われ衰弱したアイヌ民族を、 「もうアイヌは民族じゃなくて文化として残せば良い」 という意味にも思える現行の 「アイヌ文化振興法」 が成立するのか。

  これが先住民族に対する植民地支配と言わずに、いったい何を 「世界の先住民族」 とアイヌの間に違いを持たせれるのか?! はい、怒り過ぎています。落ち着きます。

  アイヌ民族の問題は、おそらく日本が抱える 「最長」 の人権問題の一つだと思います。 今でいう日本が今の北海道 (昔の蝦夷地) に侵略を始めたのは、13世紀という気が遠くなる話です。 呼び方だって 「土人」 「旧土人」 「原住民」 「先住民」 と変わっていってます。その間に問題の内容や本質も変わり続けています。 しかし、いくら変われど問題は 「解決」 したわけでは決してありません。そしてこのままいけば近い将来解決不能に陥ると思います。 でも、今も24000人以上の 「アイヌ民族」 が日本に暮らしています。この話は昔の話ではなく 「今」 の話です。 そしてその 「今」、こういった先住民族問題に普遍的な 「憲法」 が制定された中、改めて今の日本人全員は試されているのだと思います。 政府と共に、アイヌ民族をこれからも無視し続けるのか、それとも違いを認め尊重出来る国家になれるのか。 これはアイヌの問題ではなく 「日本人」 の問題だと僕は思っています。そして僕は一市民として断じて無視したくない、無視出来ない問題だと思っています。 もし自分に子供が出来た時に、その子が読む教科書に 「昔、北海道にはアイヌという人がいましたが、今は日本人として共に暮らしています。」 なんて書いてあったら、 僕は親としての義務を果たせていないし、日本の市民としてこの時代を生きている責務を果たせなかった、という大罪を背負う事になると考えています。

  その意味で、アイヌ問題は僕に取って単なる 「先住民問題」 ではないと思っています。 むしろ日本が本当の意味での 「多民族、多様な人々の共生」 へのハードルだと思う。 勿論、沖縄や部落問題もあるが、アイヌほど明確な人権侵害を侵しているケースはこの国に少ないと思う。 そして、この問題を解決に向かう事はその先にある 「在日」 「外国人」 や 「弱者」 「障害者」、あらゆる人々が共生出来る社会への道筋だと思っている。 そしてそれが例えばパレスチナに向けて、イラクに向けての外交政策に影響してくるし、 9条へも繋がる本当の意味での 「我々はどんな国にしたいのか」 を試されていると思う。 そういう意味でこそ、敢えて 「先住民族問題」 は先住民族の生き方を問うているのではなく、「非先住民族がどんな社会で生きていきたいのか」 を問われているし、 先住民族問題を解決に向けていくことで、誰よりも非先住民族の生活向上に繋がると確信している。

  日本を見ているとどうしても 「健常な日本人」 と 「その他」 というくくりを感じる。しかし、「その他」 には本当に多種多様、沢山の人々がいて苦しめられている。 僕らは 「その他」 を切り捨てるのか、受け入れるのか、アイヌ問題を筆頭に沢山の問題を通して問われていると思います。

  奇しくも来年、そんなアイヌの 「カムイ」 の大地でG8サミットが洞爺湖で行われる。 その洞爺湖ですら、元々はアイヌは 「キムン・トー」 (山の湖) と呼んでいたのを、湖の岸を意味する言葉 「トー・ヤ」 が和人により湖名にされた地だ。 ここで今話されている様に温暖化だけを議論して終わるのか、先住民宣言が採択されたことを受けて、 開催地を 「アイヌ民族の大地」 として敬意を表し、世界中の先住民問題の解決に向けての努力を訴えれるのか、 アイヌ民族とホスト国である日本は世界に試されていると思う。 ここでアイヌが単なる歓迎の儀式を行ったりする文化面だけで出てきたら、 それはアイヌの自決権の放棄とも思えるし、アイヌをその程度にしか今後日本は見ないという姿勢にもなると思っている。

  日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、カナダ、ロシアの首脳が集まる。この宣言に賛成した国、反対した国、 棄権した国様々だが、日本の先住民族としてのアイヌがどのようなイニシアティブを取れるか、 そして、ピースボート含めた市民社会が先住民問題をどのように捉えているのか、否応なく世界は判断すると思う。