2009.4.23


第二次Nシステム訴訟について

弁護士 櫻井光政

  第二次Nシステム訴訟につき東京高裁は、2009年1月29日控訴棄却の判決を下しました。 犯罪捜査等のNシステムの目的は正当であり、それに照らして同システムによる無差別撮影及びナンバーの記録、保存は手段として相当である。 ナンバーは元々見られることが前提となっているので、それを記録されることは問題ないというのがその理由です。 この裁判は上告審で判断を仰ぐことになり、4月8日に上告理由書を提出しました。
  上告理由書を提出するに当たり、名古屋大学で憲法学の教鞭を取られた浦部法穂教授のご協力を得ました。 浦部教授からは原判決についていくつかの問題点の指摘を頂きました。ここではその概要をご紹介します。

  浦部教授は原判決につき 「日本はドイツのような自由で民主的な国家ではなく、警察国家である」 と宣言したようなものだと指摘します。
  我が国にはNシステムによる情報収集を規定する法律はありませんが、原判決は警察法2条を一応の根拠に上げています。 しかし警察法2条は警察の責務を定めたものに過ぎず、Nシステムを利用しての情報収集の根拠にはなりません。
  また、原判決はNシステムを 「任意捜査」 と位置づけますが、相手の意思にかかわらず一方的に情報を収集することは 「任意」 の情報提供とは言えません。 仮に警察法2条がNシステムによる情報収集の一応の根拠となるとしても、 同条は 「いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない」 としています。 他方、Nシステムによる情報収集は、人々に警察から監視されているという印象を与え、人々の日常的な行動に萎縮効果を及ぼしますから、 憲法が保障する私生活上の自由や移動の自由の干渉にわたるものであることは明らかです。従ってNシステムは警察法2条にも反するのです。

  ところでプライバシー権は、今日では「自己情報コントロール権」として理解されています。それは、自己に関する情報が、 自己が主体的・自立的に形成した社会関係を無視して流通し利用されるなどのことがあれば、自己が主体的・自立的に形成した社会関係そのものが壊されることになり、 「自立した個人」 として生きること自体を否定されることになるからです。その意味でプライバシーの権利は個人の尊重の基本に関わる権利だということができるのです。

  Nシステムによって収集される情報は、単なるナンバープレート記載の登録番号等の車両データだけでなく、 「その車両がいつ、どこを、どちらの方向に向けて走行していた」 という情報です。 ですから、ナンバープレートの公表が義務付けられていることはNシステムによる情報収集の根拠にはなりません。
  また、ある人がいつどこを走行していたかという情報について、公権力がこれを知ることの正当な利益は一般的には認められません。 従って無差別に情報を収集するNシステムはプライバシー権を侵害するものだと言えるのです。 これに対して自動車を使った犯罪や車両窃盗などの罪を犯した者についてはそのような罪を犯したことによって、 警察の追及・捜査の対象となる関係を自律的に形成したものと言えるので、 そのような者たちに対する限りではいつどこで走行していたかという情報を公権力が収集してもプライバシーの侵害にはなりません。 ですから、Nシステムが、厳格に、犯罪行為行った者についてのみ情報を収集管理するシステムであるなら違憲、違法の問題は生じません。
  しかしそのようなシステムにするためには、例えばNシステムで捉えられた自動車のナンバーを、手配車両等として予め登録されているナンバーと即時に照合して、 一致しない物は記録に残さないというようにしなければならない。 ナンバーの手配には時間がかかりますが、だからと言って予め全て記録しておくというような捜査上の便宜を、 プライバシーよりも優先するのはまさに警察国家的発想と言うほかありません。

  Nシステムによって収集された情報が大量に流出したり、個人の素行調査に用いられたりした事例が現にあったということは、 このシステムが、厳格に、犯罪行為を行った者についてのみ、その情報を収集管理するシステムとはなっていないことを端的に証明するものです。 そして、そのような流出が起こりうるシステムであるということ自体がプライバシー権に対する重大な侵害なのです。 その際、流出が偶然の事故かどうかとか、例外的事例なのかどうかとかは問題になりません。
 
  以上が浦部教授の指摘の要約です。頂いたご意見を参考にしながら上告審を闘っていきます。

  ※ Nシステムについて詳しくは こちら をご覧ください。