2009.6.26

視力回復手術による集団感染と弁護団の結成

青年法律家協会 東京支部 弁護士 末吉宜子


  一 保健所の立ち入り検査でずさんな手術が明るみに

  2009年2月25日、中央区保健所から、「中央区内にある医療機関である 「銀座眼科」 でレーシック手術を受けた患者に、 感染症角膜炎などの集団感染が発生した」 と記者会見が行われ、これを受けて、新聞、テレビなどでかなり大きく報道された。
  この段階で中央保健所が把握していた被害者数は、2008年9月23日から2009年1月17日までの期間で手術を受けた629人中67人であり、 保健所は、医療行為による衛生管理の不徹底が感染の原因であると指摘した。 新聞報道によれば、開設者である溝口朝雄医師は、2006年8月の開院以来、手術器具の減菌装置を点検しておらず、手術は手袋をせずに行ったこともあり、 手洗い場に備え付けの消毒薬は規定の濃度に達していなかったという。そのずさんな医療体制は驚くばかりであった。

  二 弁護団の結成

  中央区保健所が記者発表をした翌日の2月26日には、患者ら85人から同保健所に問い合わせが殺到し、患者への相談窓口を設けることが急務となった。
  そこで医療問題弁護団は急遽、同弁護団内に、「銀座眼科被害者弁護団」 を立ち上げることを決めた。 そして3月9日、厚生労働省記者クラブにおいて、弁護団の立ち上げと、相談を受け付ける旨の記者会見を行った。 中央区保健所による集団感染の発表から12日後である。
  記者会見には、集団感染が発覚する前に医療問題弁護団内で個別に受任していた2人の感染被害者も出席し、 感染症の治療に当たった医師から失明するかもしれないと告げられた時の恐怖感や現在も物がだぶって見えるといった被害の実態を語った。
  弁護団体制は、団長と副団長こそ37期 (石川順子弁護士)、35期 (末吉) で弁護士経験がある程度長い者であったが、 事務局長以下は、50期台が6人、60期8人、61期7人 (合計23人) という非常に若い弁護団となった。

  三 殺到した電話相談

  三月九日の弁護団結成と同時に電話とFAXでの相談の受付が始まった。相談者数は最初の5日間で75人にのぼり、翌週には早々に100人を超えた。 このように短期間に多くの相談が寄せられたのは、マスコミへの働きかけや、 医療問題弁護団のホームページのトップに相談窓口の連絡先を告知したことが功を奏したのではないかと思われる。
  一方、相談者が殺到したことにより、弁護団は相談者との対応に忙殺されることになった。相談者は一刻も早く、弁護士と直接話をしたいはずであるため、 受付後、時間をおかずに担当弁護士が電話をかけ被害内容を聞き取った。弁護士登録をして3カ月目の61期の団員も一人で担当してもらうのである。 そうした若い団員への側面援助として、(1) 医学的知識および相談での留意点についてレクチャーの実施、(2) 弁護団 ML (メーリングリスト) を作り、 困ったことや疑問点は遠慮なく書いてもらい全員で知識・情報を共有する、といったことを行った。一時期は毎日、20通から30通のメールが飛び交っていた。

  四 レーシック手術とは?

  視力回復手術の一つであるレーシック手術とは、角膜の中心をレーザーで削って角膜のカーブを緩やかなものにし、 光線の屈折を弱めて網膜面に焦点が合うようにすることによって、近視の矯正をはかる手術である。 手順は、(1) 角膜の表層を 「マイクロケラトーム」 という器具でカンナで削るようにドア状に (切り離さないように) 切開し (フラップの作成)、 (2) 角膜の中心に 「エキシマレーザー」 を照射して角膜を削って平らにし、(3) 前記 (1) で作成したフラップをドアを閉じるように元に戻す、というものである。
  角膜を切開するため、感染防止の処置を十分行うことが不可欠であるし、レーザーを照射する位置がずれれば不正乱視となったり、 過矯正・低矯正となる。また、フラップをもとに戻す時には皺がよらないように細心の注意が必要である。
  このように、レーシック手術は、危険をともなうものであり、かつ、熟練した技術を要する手術なのである。

  五 「銀座眼科」で行われていた医療の実態

  「銀座眼科」 の溝口医師は、日本眼科学会認定の眼科専門医ではなかった。手術は流れ作業のように次々と行われ、 15分程度に一人というスピードで行われていたという。手術器具は本来患者一人ごとに替えるのが原則であるが、減菌装置 (オートクレープ) で消毒する場合、 消毒にかかる時間だけでも最低、1回に15分から30分かかり、もう一度使うためには、器具が冷めるまでさらに時間をおかなくてはならない。 溝口医師は、減菌装置の点検をしていなかったと記者会見で話しているが、そもそも消毒をせずに複数の患者に使い回しをしていたことが疑われるのである。 感染症にかかった被害者の多くは、今も視力低下に苦しんでいる。
  そのほかにも不正乱視を訴える人や、フラップを戻す時に皺ができ、何度もやり直しをしたという人もおり、溝口医師の基本的な技術の未熟さも伺われた。
  こうした実態が判明するにつけ、このようなずさんな医療行為を3年間も許してきた背景を明らかにしなければ、 再発防止と被害回復に繋がらないと強く思うようになってきた。

  六 被害者説明会を機に第二段階に

  弁護団結成から2カ月が経過した2009年5月10日(日)、被害者説明会が開催された。
  その時点で弁護団に依頼した被害者97人のうち45人の方が参加した。今後本格的に再発防止と被害回復のために活動していくことが方針として確認され、 あわせて被害者の会を立ち上げることが決まった。
  被害回復のためにはさまざまな責任追及をしていく必要があることはもちろんであるが、被害者の会を通じて情報交換をし、 交流していくことは、一人ひとりを支える力となる。また、現在の病状を少しでもよくしていくために、 医療機関の協力を求めていくことも重要な活動となっていくものと思われる。
  弁護団としての活動も第二段階に入った。今後とも皆さまのご支援をお願いする次第である。

青年法律家協会 機関誌 「青年法律家」 460号より転載