2012.11.3

アラスカ ベア・ビューイングの旅
クマと人の共生をめざして 3
榛田敦行


クマの足跡
  ナチュラリストの活躍する国
  今回の私の体験は、経験豊富なガイドの助けなしにはありえなかった。夜ごとに、また、ときにはクマをながめながら、 私はガイドとクマや自然について語り合い、すっかり意気投合してしまった。遠くはなれた異国の地で、自分と同じように自然を尊敬し、 自然を愛する友人をみつけることができた。

  私は北海道に住んでいた時から、「ナキウサギふぁんくらぶ」 という団体に参加しており、その関係で、 自然保護で活躍するアメリカの研究者などと交流することもあった。
  アメリカはいろいろと問題もある国だが、自然保護のとりくみでは、アメリカに学ぶことは少なくない。 有名なESA(the Endangered Species Act=種の保存法)をはじめとする、すすんだ法律に学ぶところもある。 なにより、それらの法を支え、活用もして、自然や野生動物を守っている研究者や活動家のとりくみ。 それをバックアップする草の根の民間団体の量と質にはうならされる。

  今回のガイドたちも、いずれも専門性の高いナチュラリストだ。野生動物について、あるいは国立公園の利用などについて大学で学び、研究し、 その後、自然ガイドや動物園の飼育士などとして経験をつみ、いまはアラスカの大自然のなかで、ベア・ビューイングのガイドとして活躍している。
  そういう多くのナチュラリストたちが、ガイドをはじめとしたナチュラリストとしての活動で 「食べていくことができる」 という社会環境は、 フィールドにおける自然保護のとりくみが、もっぱら在野のボランティアにささえられている日本の現状と比較したとき、うらやましさを感じてしまう。

  発煙筒をクマから身を守る 「武器」 として使用
  今回のガイドたちは、見識をもったナチュラリストであり、自然を尊敬しているだけでなく、自然にたいして科学的な姿勢でむきあっていた。 それにたいして、テレビなどが作り出すクマのイメージ、クマについての知識は間違っていることが多い、と、彼らは率直な思いをこぼす。

  たとえば、クマの生息する地域に入るとき、いざというときに身を守るものを持つべきだということは、クマに関する本を読めば、どこにでも書いてある。 それ自体はまったく正しい。
  日本では、以前は山に入るときは護身用のナタをもつ人がいた。北米やロシアなどのクマを保護するとりくみをおさめたドキュメンタリーでは、 唐辛子スプレー(強烈な唐辛子エキスをクマの顔にふきつける道具)を使用するのが見られる。 最近は日本でも唐辛子スプレーが輸入されるようになり、私もとくにヒグマの多い山に登る時は持つようにしている。 アメリカでは銃を持つ人も多いが、日本ではハンター以外にはいないだろう。

  今回参加したキャンプでも、ガイドはいざというときのために 「武器」 を持っていた。しかし、それは厳密に言うと 「武器」 ではない。 手で持つ発煙筒なのだ。いざというときは轟音とともに火花をちらし、煙を吹き出すが、それだけだ。 しかし、つねに手にもっていれば、銃や唐辛子スプレーのように、あわてて 「撃ち損じる」 こともないという。

  クマから身を守るには発煙筒で十分だと、友人となったガイドは言った。「残念なことにアラスカマガジンの最新号ですら、 クマから身を守るためには銃と唐辛子スプレーとどちらを持つべきか、という記事なんだ。しかし、クマを傷つける必要はない。 このキャンプは20年つづいているが、発煙筒を使ったことも4回しかない」

  正直なところ、クマから身を守るために発煙筒を使うという発想は、私の頭にはなかった。日本に帰ってからインターネットで調べると、 わが国でも、ハンターのなかにはクマから身を守るためにホームセンターなどで売られている発煙筒を使う人もいるようだ。 しかし、一般の登山者などには、ほとんど知られていないアイテムではないだろうか。

  日本では、クマから身を守るために銃をもつ登山者はいない(ハンターをのぞいて)。唐辛子スプレーは正直にいって高価である(1本1万円以上)。 それゆえ、クマよけの鈴をザックにつけて鳴らすだけで、いざというときクマから身を守るものを何も持たない 「無防備」 な登山者も少なくない。 私もそういう場合が少なからずある。唐辛子スプレーなどの 「武器」 を安価な発煙筒で代替できるのであれば、新しい条件が広がるのではないか。 アウトドアや登山の専門誌などにフォロー・検証してほしい点である。

  クマとヒトの共生をめざして
  私がたずねたアラスカの広大な原野には、ヒトに関心のない 「無垢」 なクマがくらしていた。 また、その原野には、自然にたいして尊敬の念をいだきつつ、クマと人間の関係を科学的に考慮して活動するナチュラリストたちの姿があった。 そのどちらが欠けていても、私はクマと同じ時間をすごすことはできなかっただろう。

  私のふるさとである日本を、クマとヒトが共生できる社会へと変えていきたい。 そのためにも、ぜひ、自然を愛し、自然を尊敬する多くのナチュラリストたちが、フィールドで存分に活躍できる条件を日本でもつくりたいものである。
(完)

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(はりたのぶゆき)
  1971年生まれ。 東京都在住。 北海道大学大学院在学中から北海道の山登りをはじめる。 最近は小学生の息子と山登りを楽しみ、今年の夏は大雪山トムラウシ縦走を親子ではたした。 ナキウサギふぁんくらぶ会員。現在開催中のナキウサギ写真展にも出展。