2008.12.9

「麻生首相宅拝見リアリティーツアー」 弾圧事件報告

弁護士　��橋右京

１　事件の概要
　 事件は、本年10月26日、日曜日の白昼、渋谷の町のど真ん中で起きました。
　 その日、フリーター全般労働組合の組合委員などが中心となって企画する 「反戦と抵抗の祭 〈フェスタ〉 08」 が呼びかけ、 「リアリティーツアー62億ってどんなだよ。麻生首相のお宅拝見」との行動が行われました。 それは、社会の 「貧困」 「格差」 を解決すべき麻生首相が、参加者とどれだけかけ離れた暮らしをしているかをその目で見て実感するため、 その土地だけでも62億円とも言われる麻生首相の自宅を外から見るという企画でした。
　 参加者約60名は渋谷駅ハチ公前で集合し、やがて麻生邸へ向けて歩き出しましたが、先頭でプラカードを掲げて参加者の道案内をしていたＡさんは、 歩行中、突然警官に取り押さえられ、東京都公安条例違反 （無許可の集団示威行動） で現行犯逮捕されました。 また、彼を助けようとしたＢさん、Ｃさんも、警官に暴行などまったく振るっていないにもかかわらず、公務執行妨害で逮捕されました。

２　法的な問題点
　 本件被疑者Ａさんの被疑事実は、無許可の集団示威行進を指揮したというものでした。しかし、本件 「リアリティーツアー」 は、特に隊列などを組んだわけではなく、 シュプレヒコールなどをあげることもなく、参加者どうし雑談などしながら歩道上を交通ルールにしたがって歩行していたに過ぎません。 渋谷駅前で掲げていた横断幕などは、警察の指示に従い、歩行中は畳んでいました。つまり、「リアリティーツアー」 は、いわゆるデモというほどのものではなく、 そもそも 「集団示威運動」 にはあたらないものでした。
　 また、出発前の渋谷駅前において、渋谷警察署警備課長は参加者に対し、麻生邸の規制区域に近づいたら 「５〜６名ずつ行くぶんには、 それはかまわない」 とはっきり述べています。この事実から、警察はリアリティーツアーに許可を与えていたことは明らかです。 また、いったん許可を与えた上での突然の現行犯逮捕は、警察によるだまし討ちに他なりません。
　 さらに、Ｂさん、Ｃさんについても、被疑事実には、Ａさんを奪還しようとして警察官に対し 「体当たりする暴行を加えた」 とありますが、 前述のとおりそのような事実は一切ありませんでした。
　 逮捕後、連絡を受け直ちに弁護士が渋谷警察署に接見に行きましたが、実際に接見ができたのは、最初に接見を申し入れてから約２時間も経過した後でした。

３　被疑者と弁護団の闘い
　 右のような不当逮捕に対し、筆者を含む弁護団、被疑者は徹底抗戦の方針を決め、被疑者たちは、転向の強要や侮辱的発言を含む捜査官の厳しい取り調べに対し、 完全黙秘で対抗しました。弁護団も支援団体と連携して被疑者を精神的に支えるとともに、勾留決定に対する準抗告や勾留理由開示請求など、 被疑者の身柄解放、不起訴に向けて全力を尽くしました。 その甲斐あって、勾留理由開示公判が開かれる数時間前の11月６日に、Ａさんたちは釈放されました。 そして、11月26日、起訴猶予処分がなされました。もっとも、前述のとおり、被疑者の行為は被疑事実に該当しないので、 「起訴猶予」 処分自体不当であることは言うまでもありません。

４　新たな可能性〜動画配信の力
　 本件は、この国の貧困・格差問題を真剣に憂い、ささやかな、そしていたって平和的な行動を起こした若者達に対し、国家権力 （公安警察） が行った、 明確な政治的意図を持った弾圧事件です。近時このような、言論に対する弾圧が頻発し、裁判所の態度も極めて冷淡であることは周知のとおりです。
　 ただ、本件では、一つの大きな収穫もありました。それは、警官が事前に事実上の許可を与えていた様子や不当逮捕の瞬間を動画でインターネット上に公開することで、 世論の支持を得ることが出来た点です。

　　　　動画-１　10/26 麻生邸宅見学に向かおうとしたら逮捕
　　　　動画-２　渋谷署警察官との事前打ち合わせ＠ハチ公前

　 これらの映像は、2008年12月８日現在で、その再生回数は合計20万回を超え、インターネット上で大きな話題になりました。
　 白昼渋谷の真ん中で起きた異様な事件であるにもかかわらず、当初マスメディアの扱いは極めて小さいものでした。 それどころか、幾つかの新聞は、おそらく警察のリーク情報をそのまま流し、被疑者が警官に対して殴るなどの暴行を振るったという報道をしました。 しかし、リアリティーツアー参加者が録画した不当逮捕の一部始終をネット上で一般公開することで、多くの人が真実を知り、 多くの著名文化人や国会議員などが警察に対する抗議の声を上げてくれました。 そして最終的には、いくつかの週刊誌等も本件を取り上げ、警察を批判する内容の報道するに至りました。 このような世論の動きが、本件の処分に大きな影響を与えたことは明らかです。
　 このように、今回の件では、国家権力による不当な言論弾圧に対し、インターネット上の表現が強力な対抗手段となりうる事が証明されたと言えます。 改めて、メディアが真実を伝えることの重要性、とりわけその手段としてのインターネットの有用性を思い知りました。