憲法改正手続法案の慎重審議を求める会長声明

愛知県弁護士会

1 経緯
  本年4月13日、衆議院は、「日本国憲法の改正手続に関する法律案」 (以下、法案という) を可決し、現在、参議院での審議が行われている。

  当会は、本年 1月16日、法案 (昨年12月14日に公表された与党修正案及び民主党修正案を含む) に見られる数々の問題点を指摘して、 慎重かつ抜本的な検討と議論を強く求めるとする意見を表明したが、衆議院において法案の問題点について、十分な審議がなされないまま、 採決に至ったことは、極めて遺憾と言わざるを得ない。

2 従前からの主要な問題点
  第1に、法案は、最低投票率の定めも絶対得票率の定めも置いていない。 少数の国民の賛成で憲法が改正される危険性を排除しておらず、憲法がその改正を直接国民に委ねた直接民主制の趣旨に反するのみならず、 憲法改正手続の厳格性の要請にも反する危険がある。

  第2に、マスメディアを通じた有料広告に対しては、適切な規制が講じられておらず、資金力のあるものが広報手段を独占してしまい、民意が歪められる危険がある。

  第3に、公務員や教員に対する地位利用による国民投票運動の禁止は、萎縮効果を及ぼすおそれが強く、 表現の自由や教育の自由さらには学問の自由を侵害する懸念がある。

  第4に、組織的多数人買収及び利益誘導罪は、構成要件が甚だしく難解かつ曖昧であり、捜査当局による恣意的な適用がなされるならば、 国民投票運動の公正は却って阻害され、立法目的自体に背馳する危険がある。

  第5に、国会での発議から国民投票までの期間について、60日以後180日以内とされており、憲法改正を国民的に議論する期間としては短かすぎ、 議論不十分なままに国民が投票行動を余儀なくされるおそれがある。

  第6に、各条項ごと又は問題点ごとに個別の賛否の意思を問う投票方法をとることが明確にされておらず、 一括投票の余地を残しており、国民の意思を正確に反映しないおそれがある。

  第7に、国民投票に関する広報を担当する広報協議会の構成は、各会派の所属議員数の比率により各会派に割り当てるとされている。こうした構成による広報協議会によって公平な広報を期待することは困難である。

3 新たな問題点
  今回の法案には、従前から指摘されている問題点だけでなく、新たな問題点もある。

  法案は、広報協議会にマスメディアを通じた広報放送、広報広告の権限を新たに与えており、広報協議会を通じた広報手段を飛躍的に強化している。 法案は、広報は客観的かつ中立的に行うとの規定を置いているが、「客観的かつ中立的」 か否かを判断するのは、 前記した構成による広報協議会自身であるから、客観性や中立性が確保される可能性は乏しい。 当会は、従前の意見において、憲法改正を発議した当事者たる国会に広報協議会を置くこと自体に公平な情報の提供を危うくする可能性があることを指摘し、 その合理性に疑問を呈したが、その懸念はいっそう深刻なものとなっている。

  また、従前の与党修正案では、公務員の政治的行為を規制する国家公務員法、地方公務員法の規定を国民投票運動には適用しない趣旨が明確にされていたが、 法案では附則において 「必要な法制上の措置を講ずる」 とするに止め、公務員の国民投票運動の自由の保障を曖昧にしている。

4 結論
  以上のとおり、法案は、多くの問題点を何ら解消していないばかりではなく、新たな重大な問題を含むものである。

  当会は、憲法改正を最終的に国民に委ねている憲法第96条の趣旨が十二分に生かされるよう、 全国各地で公聴会を開くなどして広く主権者たる国民の声を聞いたうえで、参議院において、抜本的な検討と慎重な審議がなされることを強く求めるものである。

                    2007 (平成19) 年5月 1日
                     愛知県弁護士会会長
                        村 上 文 男